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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
152/421

2-5

 星蓮院は全国に五つある刀狩者育成校の中で最も女子学生の数が多い。


 男子学生もいるにはいるが、はっきり言って一クラスに十人いれば多いほうで、全体を比較しても限り無く少数だ。


 それゆえ五神戦闘祭に出場する選手もここ数年、女子生徒ばかりだった。


 が、今年はただ一人の男子生徒が出場権を得た。


 それが今バトルフィールドで虎銅という巨漢男と対峙している少年、高槙北兎である。


 他の者達が倒れている中、彼は切先を敵に向けているが、足はどこか覚束無い。


 当然だろう。


 裂けた服の下には青あざがいくつもあり、頭からは血が派手に流れ出ていて満身創痍であることは簡単に見抜けてしまう。


 それでも彼は倒れない。


 目の前の大男を睨みつけて闘争心を露にしている。


「高槙くん……!!」


 痛々しくも勇ましく立つ北兎の姿に星蓮院の生徒会長、燈霞は拳を強く握り締めた。


 彼の頑張りを誰よりも見てきたのは彼女だ。


 星蓮院の男子生徒の多くはハッキリ言ってしまうと『諦めて』しまっている。


 毎年のように女子生徒に出場選手の座を持っていかれてしまい、皆やる気が欠けてしまったのだ。


 たとえ選抜戦に出場したとしても、大勢の前で女子生徒に叩き潰されること自体を恐れている。


 そんな男子生徒ばかりの中で、北兎だけは違った。


 入学当初はどこにでもいる平均的な力を持った男子生徒だったが、他の男子生徒とは明らかに違うところがあった。


 それは『諦めない』こと。



 何度負けようと、何度大勢の前で倒れようと、彼は必死に足掻いてあがいて、今日まで決して諦めなかった。


 単純なことだが、最初から諦めている者達と比べるとその差は天と地ほどもの開きがある。


 ゆえに彼はここでも諦めないだろう。


 例え四肢を砕かれようと、瀕死に追いやられようと、北兎は向かっていくはずだ。


 しかし、北兎を見やる燈霞の表情はどこか不安げだった。


 諦めずに敵へ向かって行く。


 これ自体は評価できることかもしれない。


 が、今回ばかりは状況が違う。


 相手はまともな話が通じるような相手ではない、本物の悪だ。


 今はまだ大人しく試合という体裁をとってはいるが、いつ暴論を言い始めるかわかったものではない。


 燈霞からすると今回だけは北兎に『諦めて』ほしいのが本音だ。


 だがそれはできない。


 彼の心意気を否定する権利など燈霞にはないのだ。


 できるのはただ、ここで彼がこれ以上酷い怪我を負わないことだけ。


 同じ育成校の生徒を守れないでなにが生徒会長だ、と自身のふがいなさを痛感する彼女の表情はどこか悲しげに歪むが、視線の先では北兎が笑っているのが見えた。


 その笑みはほかでもない燈霞に向けられたものだ。


 彼の微笑を見た燈霞は一度迷ったような表情を浮かべたものの、やがてはにかむような笑みを浮かべる。


 すると、彼もそれに頷いて返した。




 燈霞が微笑んだのを確認した北兎の表情は満足げだった。


 ついさっき、北兎の視界の端で不安げな表情を浮かべる燈霞の姿が見えたのだ。


 どこか自責の念にかられているような彼女に対し、北兎は内心で呆れてしまった。


「……こうなったのはあんたのせいじゃないだろ。燈霞先輩」


 呟いた北兎は目の前で不愉快な笑みを浮かべている虎銅を睨みつける。


 そうだ。


 彼女に非などあるものか。


 あるのは目の前にいるクロガネ達だ。


 だから北兎は彼女に笑ってみせた。


 貴女が不甲斐無さを感じることはないという意味をこめて。


「ガハハハ! 吾輩としたことがまさかこんなひょろっちぃ小僧っ子に一太刀もらってしまうとはのぅ!」


 顔に出来た傷跡を触る虎銅は値踏みするように北兎を見やった。


 ゾワリ、と全身に怖気が走るのを感じながらも北兎は気丈に構える。


「なるほど。吾輩を前にして小娘に笑みを見せるだけの胆力はあるようだのう……」


 虎銅の瞳は燈霞を捉えていた。


 視線を外したのはほんの一瞬だったはずだが、見られていたようだ。


 しかし、まさかピンポイントで燈霞であると当ててくるとは。


「のう、小僧よ。お前は何ゆえハクロウの刀狩者となることを望む?」


「はぁ……?」


「ハクロウなど窮屈でたまらんぞぉ? 規則に縛られ、時には死地へ赴かなければならん。無事生き残ったとしても、報酬は微々たるモノ」


「何が言いてぇ!」


「簡単なことよ。ハクロウなどやめてクロガネに入れ。先程は脆弱などと言ってすまなかった。よく見てみると中々いい目をしておるわ。どうだ? クロガネにつけば全てが自由ぞ。金も命も、全てが思うがままよ。他の童共もどうだ? いい提案ではないかな?」


 得意げな笑みを浮かべる虎銅はバトルフィールドを含め、観客たちにも聞こえるような声で問うた。


 当然答える者はいない。


「誰がそんな誘いに乗るかよ。寝言は寝て言ってろデカブツ」


「本当にいいのか? 我らの仲間になれば、お前が見ていたあの小娘のことも好きにできるぞ」


「ッ!!」


 一瞬、北兎の表情が強張り、虎銅の表情が笑みから不適なものへと変化する。


「やはり図星か。小僧、あの娘に惚れているな?」


「だったらなんだってんだよ……!!」


 北兎は声を荒げて虎銅を睨む。


 すると、彼は一気に距離をつめてきて北兎の胸に指を当てた。


 回避すべきだったはずなのに、体が動かなかった。


 いいや、動けなかったのだ。


 目の前にある巨体に気圧されそうになりながらも、北兎は真っ直ぐに虎銅を見やる。


「いい話だと思うがなぁ。お前の中にあるその劣情、あの娘にぶつけたくはないのか?」


「……」


 北兎は答えない。


 だが、彼の中に燈霞に対する恋慕の感情があるのは事実だ。


「お前がその気をおこさないのであれば、吾輩があの小娘の純潔を汚してやろうか?」


 べろりと唇を舐めた虎銅。


 口元にあったのは下卑た笑みだった。


 その瞳は北兎ではなくこちらを見守っている燈霞に向けられている。


「……ハハ……」


 北兎は渇いた声で笑った。


 すると、それに気付いたのか虎銅の視線が戻る。


「どうした? 吾輩達の軍門に下り、欲のままに生きたい思うようになったか」


「……ああ、そうだな……」


 北兎は口元を不敵に歪めると燈霞を見やった後、虎銅と視線を交わす。


「……寝言は寝ていってろつったろうが、このスケベオヤジがッ!!!!」


 ギン、と北兎の眼光が強くなり、巻き起こった突風によって虎銅が大きく後退した。


 彼の胸元は吹き荒れた突風によって裂けており、かすかに裂傷のあとも見える。


「いいか! 遠くなりかけてるその耳かっぽじってよく聞きやがれ!!」


 後退させた虎銅に対し、北兎は人差し指を燈霞に向けて高らかに宣言する。


「俺があの人と目指してる関係はピュアな付き合いだ! テメェみたいな時代遅れのオヤジの脂ぎった妄想と同じに見てんじゃねぇよ!」


 静寂が蔓延っていたスタジアムに北兎の声が木霊する。


 北兎自身は肩で息をしてやや興奮気味だが、彼に指さされた燈霞はというと、驚いているような呆れているような複雑な表情を浮かべている。


 すると、防御の態勢をとっていた虎銅がくぐもった笑い声を漏らした。


「ククク、まったく愚かよなぁ。人が親切に招き入れてやろうというのにその姿勢、若さとは実に短慮よ。本当に愚かで愚かで……すぐにでも殺してやりたくなるわ」


 先程までとは打って変って虎銅の声が低くなった。


 瞳には明確な殺意とかすかな怒りも含まれているようだった。


 濃密な殺気に晒されながらも構えを取る北兎。


 すると、彼と共に戦っていたほかの選手達も徐々に立ち上がり始める。


「ふぅむ、なるほど。脆弱ではあるが、気概は本物か……反吐が出るのう」


「どうとでもいいやがれ。……さっきお前はどうして俺達がハクロウの刀狩者になりたいのかって聞いたな。その答えを教えてやる!!」


 北兎がフィールドを蹴り、自身が巻き起こした突風を推進力に虎銅に斬りかかる。


 ナックルダスターと鬼哭刀が激突し大きな火花が散るなか、北兎はグンと力を込めて身を乗り出すようにして吼えた。


「俺達が刀狩者を目指すのは、お前達みたいなテロリストや斬鬼から人を守るためだ!! たとえ死んでもお前らの仲間になんてならねぇよ!!!!」


「ふん、ならばせいぜい足掻いて見せろ。童共ッ!!!!」


 瞬間、虎銅の全身から霊力があふれ出し、北兎は軽々と吹き飛ばされてしまった。


「なん、の……!」


 生み出した疾風を利用して空中で体を反転させる北兎だが、彼の眼前には霊力を放出している虎銅の姿があった。


 が、彼の姿は先程よりも大きくなっており、筋肉が一段階ほど膨れ上がっているようだった。


「ハハハハ! この姿にまでなるのは久方ぶりよ。さぁ、覚悟はいいかぁ!!!!」 






「お、おいおいおい。あいつでっかくなったぞ!? やばいんじゃねぇかこれ!!」


 驚愕と不安の声をあげたのは観客席で試合の様子を見守っていた玲汰だった。


「そんなことわかってる! 下手に騒いで不安をあおるな馬鹿玲汰!」


「け、けどよぉ……!」


 彼の胸倉をつかみそうな勢いで立ち上がったのは舞衣だった。


 彼女はすぐに玲汰を座らせると、彼に観客達の方に視線を向けさせる。


「アンタだってわかってるでしょ。ここにいる人たちの希望は今戦ってる選手達だけ。ただでさえ勝利の可能性が少ないのに、ここで恐怖を助長させでもしたらスタジアム全体がパニックになる」


「舞衣さんの言うとおりです。もしパニック状態になったら、連中が何をするかわかりません。それに、観客同士でのトラブルも起きるでしょう。そうなれば、雷牙さん達にも危害が及びます。今私達にできるのは少しでも皆さんの負担を減らすことです」


「お、おう。わるい、俺も少し切羽詰ってたみたいだ……」


 ふぅ、と息をついた玲汰の表情にはいつもの明るい笑顔はない。


 それも当然と言えるだろう。


 選手達が人質を救うために戦っているとはいえ、彼らが負けた場合、あそこに見える鬼人達による虐殺が待っている。


 自身の命が危険に晒されているこの状況で取り乱すなと言うほうが無理な話だ。


「だが、観客達の中にはそろそろ限界を迎えている者達もいるようだな」


 樹の言うとおり、観客席では状況に絶望してしまったのか呆然と虚空を見上げている者や、泣き崩れている者、中には遺書のようなものを書いている人物の姿も見える。


「せめて外の状況がわかればねー……。外、どうなってんだろ」


「震動が小さくなってきたことを考えると、近くで起きていた戦闘は終息していると思います。うまくいっていれば、結界の分析に入っていると思いますが……」


「アイツの目があるからこっちも下手に動けないもんねー」


 嘆息した陽那であるが、それに答えるように声が響いた。


「呼びましたか?」


「ッ!?」


 全員が弾かれるようにして声のした方に視線を向けると、クロガネに寝返った裏切り者、柏原鳴秋の姿があった。


 皆一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに彼から視線を外す。


「別に。誰がアンタなんか呼ぶのよ」


「そうですか? これは失敬」


 鳴秋はわざとらしく腰を折ると、フィールドを見やった。


 その瞳には選手達に向ける憐れみと呆れの色が見て取れる。


「……学生の身ではどうあっても勝てるわけがないのに、馬鹿ですねぇ。彼らは」


「馬鹿だと? 人質を救うために必死で戦う彼らに向かってよくも……!」


 語気を荒げたのは樹だった。


 が、鳴秋は彼を一瞥もせずにかぶりを振った。


「事実を言っているまでです。いくら若くとも実力くらいは測れるでしょうに」


「……皆それぐらいわかってるわよ。でもね、たとえ敵の方が強かったとしても戦うのが刀狩者よ。雷牙や会長達はそれがわかっているから戦ってるの!」


「そうです。彼らが必死で戦う姿を貴方のような下賎な裏切り者が小馬鹿にする権利はありません!」


 鳴秋を睨みつける舞衣とレオノアには明確な怒りがあった。


 すると、ようやく彼女らを一瞥した鳴秋は肩をすくめた。


「現実を知らないお子様はおめでたいですね。ですがいいでしょう。貴方達も、選手達も、そのうち知ることになる。守るべき存在に裏切られることをね……!!」


 そういい残して鳴秋は姿を消した。


 けれど彼が最後に見せた表情は憎悪と憤怒に染まりきっていた。


「守るべき存在に裏切られる……?」


「どういうことでしょうか」


「……わからない。けど、少し引っかかるな……」


 舞衣は口元に指を当てて考え込む素振りを見せると、頭の中に入っている膨大な情報を呼び起こす。


 ……柏原のことに関してはある程度しらべてたはず。なんだっけ……。


 頭の中で必死に情報を思い起こすものの、それを邪魔するようにフィールドから轟音が響いた。


 見ると、フィールドには筋肉が隆起した虎銅が拳を放った姿勢で止まっており、彼の前には北兎を含めた選手達が倒れている。


「ガハハハ!! 雑魚狩りはやはりこれに限るのぅ!」


 虎銅の大きな声は、スタジアム全体に響き渡り、人質達の精神をさらに絶望へと近づけていった。

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