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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
150/421

2-3

 作戦本部の近くではたびたび激しい土煙が上がり、瓦礫が空中を舞っている。


 砂礫舞う戦場では、六体の異形と四人の人影がしきりに刃をぶつけ合い、激しい火花が散っていた。


「あーもう! やり辛いったらないなぁッ!!!!」


 振り下ろされた刃を跳ね除けた湊は、不機嫌そうに声を荒げた。


 彼女の前にはもはや人間としての原型をとどめていないまでに変異した鬼刃将が唸り声を上げながら立っている。


 顔面も崩れていて表情もあまり判別はできないが、洩れ出ている声からして向こうも攻撃が弾かれて不機嫌なようだった。


 グルルル、と獣にも近い声をあげた鬼刃将は、赤い瞳で湊を睨みつけると、口を大きく開けながら再び襲い掛かってきた。


 途中、その腕が突然太くなりまるで空気を押し潰すかのような音を立てながら刃が振り下ろされる。


 直撃は死に直結する一撃。


 並の人間では相対しただけでも立ちすくみそうだが、湊はいたって冷静だった。


「こっちはあんた等の相手をしてる余裕はないってのに……」


 辟易した様子で彼女は攻撃を回避する。


 直撃した地面は大きく窪み、再び砂礫が舞う。



 それに乗じて湊は距離を取って鬼刃将の動きを見ようとした。


 刹那、彼女の背後に長槍を構えた別の個体が現れた。


「ジィイィイネエエエエェエェェェエエエェエェエッ!!!!」


 怨嗟のような咆哮をあげながら凄まじい勢いで長槍が穿たれる。


 が、槍は湊に届くことはない。


「ガッ!?」


 短い悲鳴を上げたのは槍を持った鬼刃将の方だった。


 次いで、おびただしい量の真っ黒な血が零れ落ちる。


「……確かに斬鬼化して強くはなってるけどそれぐらい見切れるわよ」


 冷淡な湊の声が響く。


 背後では鬼刃将が長槍を届かせようと足掻いているものの、体を前に進めようとすれば進めるほど血があふれ出している。


 鬼刃将の腹部には巨大な棘が突き刺さっていた。


 それは植物的なものではなく、コンクリートや鉄骨などで形成された瓦礫の棘。


 硬く頑強な棘は斬鬼へ変貌しかけている男の肉を裂き、はらわたを抉り、背中まで貫通している。


 背後に男が出現した時点で湊は瞬時にこの棘を展開していたのだ。


 あとは勢いまかせに突っ込んできた鬼刃将が突き刺さるという簡単な罠である。


 振り返った湊の瞳には血反吐を吐いている鬼刃将だった者がいる。


「人間としての理性が残ってれば回避できたはず。けど、あんた等はその人間性を捨ててしまった。憐れなことね」


「オォオモイアガルナァアァアァア!!」


 吼えた鬼刃将は腹部に刺さった巨大な棘を腕の力だけでへし折ると、残った部分を乱雑に引き抜いた。


 かすかに痛みに呻いたものの、傷はみるみるうちに再生をはじめた。


「ハハハハァ!! ドウダァ、コノ再生リョクハァ!! コレデモアワレダトイエルカ!?」


 得意げに言う男の体は再生の影響なのか、一回り大きくなった。


 どうやら斬鬼としての力を使う分、体もそれに比例するように変異していくようだ。


 粘ついた唾液を垂らすその様はもはや斬鬼そのものである。


「ええ、憐れよ。実力は備わっていたはずなのに、悪道に走り、最後にはそんな化け物に身を堕とした貴方達が本当に憐れで仕方ないわ」


「ヌカセェ……ッ!!??」


 男、いいや斬鬼は湊に長槍を叩き込もうとしたが、既に湊の姿はそこになかった。


「図体ばかりがでかくなって、注意力は斬鬼並に堕ちたわね」


 湊は一瞬で斬鬼の首筋まで飛び上がっており、斬鬼の視線がそれを捉えた時にはなにもかもが手遅れだった。


「ヒ……!?」


 まだ人間としての意志が残っていたためか、普通の斬鬼では見せない明確な恐怖に歪んだ顔。


 だが湊に慈悲はない。


 一度斬鬼に堕ちてしまえば、もはや元に戻ることは不可能。


 ゆえに彼女は一切合切の容赦なくその頭を斬り飛ばす。


 放たれた一閃は的確に斬鬼の首筋を捉え、一息の後に頭部が血を撒き散らしながら宙を舞った。


 頭を失った巨体はズゥンと音を立てて倒れこみ、湿った音を立てながら転がった頭部と共に空気中に霧散していく。


 転がった頭部は死の恐怖に染まって状態で固まっていたが、湊はそれに見向きもせずに先程攻撃を回避した鬼刃将を見やる。


 向こうも湊を見つけたようで、咆哮をあげながら突っ込んでくる。


「……本当に憐れでしかたないわ。あんた達……」


 態勢を低くした湊は鬼哭刀を一度納めると、冷たい瞳を向けて大きく息をはいた。


 刹那、彼女の足元がせり上がり、一瞬にして岩塊が突き出した。


 突き出た岩塊に弾かれるようにして湊は急加速して空中へ躍り出る。


 その姿たるやまるでカタパルトによって射出された軍用機。


 が、彼女の加速はそれだけでは終わらない。


「高速移動が雷電だけだとは思わないことね」


 先程の斬鬼とは違って意思が残っているとは思えないが、忠告じみた声を向けた彼女の先にあったのは鬼刃将ではなく瓦礫。


 そのまま瓦礫に着地した湊だが、そのスピードが完全に失われる前に再び岩塊がカタパルトのように突き出した。


 さらに加速した湊はそれを重ねていく。


 着地すると同時に射出を二重、三重に重ねていき彼女の姿は空中を高速で駆けながら鬼刃将を翻弄する。


 苛立ち交じりに力任せの攻撃を放たれても、彼女には掠りもしない。


「オオォオォォォォッ!!!!」


 だが、斬鬼になりかけて思考力が失われかけているといっても馬鹿ではないのか、雄叫びを上げた鬼刃将は巨腕となった両腕を振り上げて地面に叩きつけた。


 地震の様な振動が起きたのも束の間、次に起きたのは地面がせり上がって爆発したかのような大震。


 巨大な瓦礫すら空中に舞い上がるほどの範囲攻撃。


 見えないのならば移動している範囲ごと吹き飛ばせばいいという実に単純だが、理に叶った攻撃方法だ。


 湊も同じ状況だったらそうするだろう。


 だがこの攻撃を彼女が想定していないわけがない。


 鬼刃将は湊を探すために周囲を見回しているが、彼女の姿はありはしない。


 それもそのはず。


 湊がいたのは空中に舞い上がった巨大な瓦礫の影。


 ちょうど鬼刃将の中天だった。


「さようなら」


 静かな声で告げると同時に再び彼女はカタパルトの要領で自身を射出して空中から強襲する。


 鬼刃将も気付いた用で見上げたが、一手遅い。


 ヒュオン! という空気を切り裂く甲高い音をたてながら抜刀した刃は煌めきながら首に入った。


 肉を切り裂く手ごたえを感じながら全体重を乗せた一刀を叩き込む。


 着地と同時に鬼刃将の頭が刎ね飛んだ。


 頭を落とされて体は倒れた。


 やがてその姿は先程と同じように空気中に霧散していくが、僅かに残っていた人間の部分だけは消えずに肉塊としてその場に留まっている。


 湊はそれを一瞬悲しげな眼差しで見やるものの、すぐに思考を切り替える。


「さてと、こっちは終わったことだしヴィクトリアさんの応援に行こうかな」


 捉えていた鬼刃将は全部で六人。


 今二人、いいや二体を討伐したので残るは四体。


 他三体はまぁ篝と澪華がいれば問題はないだろう。


 だが、一体はヴィクトリアが相手にしていたはずだ。


 英国の元序列第五位とはいえ、最近はいろいろあって前線に立つことがないと言っていたので、もしかすると手間取っているかもしれない。


 湊はヴィクトリアがいる方へ足を向けようとしたが、それを遮るようにして黄色い閃光が飛び込んできた。


「あれ? 終わっちゃった感じ?」


 バチバチと残雷を発生させながら飛んできたのは、肩透かしを食らったような表情の狼一だった。


「さっきね。てか遅いわよ!」


「これでも超特急で来たんだぜ。けど、報告に来た子が焦ってた割りには元気そうだね。安心したよ」


「最初こそ威圧感はすごかったけどまぁ慣れちゃえばその辺りはね。確かに速度、力、霊力が全体的に上がってはいたけど、変化前だったからよかったのかも」


「完全に変異してたらやばかった?」


「……さぁね。でも、それに負けてるようじゃ隊長なんて務まらないと思うけど」


「そりゃそうだ。んじゃ、せっかくこっちに来たわけだし澪華さんあたりの加勢に行きますか。あんまり放っといて怨形鬼になられても厄介だし」


「アンタがそういうこと言うと大概そのとおりになるんだから言わないでくれない?」


 戦闘の後だというのに軽口を叩き合う二人だが、不意に背後で巨大な霊力が動いたのを感じ取る。


 同時に視線を向けると、西の海岸線がまるで夕焼けのように真っ赤に染まっていた。


「アレは……遥蘭?」


「うん。萌魏ちゃんあたりと同調したんじゃね? にしたって相変わらずすごい火力だこと」


「まぁあの二人は相性が最高のコンビだからね。って、こんなことしてる場合じゃない! すぐにヴィクトリアさんのとこに――!!」


 思い出したように湊が焦った声を上げた時、二人のすぐ近くを猛り狂う剛炎が駆け抜けていった。


 炎の先を見ると炭化しかかりながらも再生しようとしている斬鬼の姿が見える。


 が、恐ろしい速さで再生する斬鬼の首に業火を纏った真紅の大剣が飛来した。


 頭と胴体を切りはなされ、斬鬼は一度大きく体を震わせるとそのまま二度と動くことはなかった。


「あら、そっちも終わったのかしら?」


 声のした方を見ると、腕や足、顔に小さいながらも傷を作ったヴィクトリアが立っていた。


 彼女は大剣を回収してから二人の前にやってくると、大きなため息をついた。


「しばらく戦ってないと体がなまっちゃってダメね。もう少し手早く終わらせるつもりだったんだけど、少し時間が掛かりすぎちゃったわ」


 肩を竦めるヴィクトリアであるが、湊は驚いていた。


 ヴィクトリアはここ数年、前線から退いて後身の育成に注力していたはずだ。


 無論、完全に退いたわけではないらしいがそれでも戦闘から離れていたことは事実だ。


 にも関わらず彼女は久々の戦闘を小さな傷を作りながらも単独の勝利で収めた。


 さすがに元序列五位の肩書きは伊達ではないということか。


「いやいや、十分早いですって! こりゃ俺達も油断してらんないな……」


「確かに……。正直心配してたくらいです」


「言うわね、湊。けど、まだまだ負けるつもりはないわよ」


 彼女は力瘤をつくるようなポーズをとると微笑んだ。


 これでわかっている限りで三体目を撃破したことになる。


「それじゃあ総隊長のところに行きますか。向こうもそろそろ終わるくらいでしょうし」


 狼一の提案に頷き、湊はヴィクトリアと共に移動を始めるもののその途中でヴィクトリアが足を止めた。


 彼女の視線を追うと、スタジアムの状況を投影している巨大なホロモニターがあり、ちょうど二戦目が始まったところのようだった。


「さっきの試合、見ましたか?」


「ええ。戦闘中にチラッとね。……正直、あの結界を破れないことにはらわたが煮えくり返りそうだったわよ」


 グッと力をこめる彼女の拳には微かに血が滲んでいた。


 あの場には愛娘のレオノアだけでなく、彼女が非常に親しくしていた光凛の忘れ形見である雷牙もいる。


 できることなら結界などさっさと破壊して助けにいきたくてたまらないのだろう。


 だがそれは湊や狼一とて同じことだ。


 自分達大人が手をこまねいている間に中では刻一刻と命のリミットが近づきつつある。


 彼等が全員敗北する前に救助しなければ。


「大丈夫です。子供達も観客も絶対に助け出せます。だから今は鞍馬隊長の解析を待ちましょう」


 いつもはふざけた様子の狼一もこういうときは真面目な声音だ。


「ええ、そうね」


「じゃあ早いところ澪華さん達と――」


 瞬間、三人は重いプレッシャーに襲われる。


 禍々しく、怖気交じりのこの感覚は……。


 睨むようにプレッシャーの発生源と思われる方向に視線を向けると、そこには通常の斬鬼よりも巨大な斬鬼が出現していた。


「……ったく、どっかの誰かさんが言ったから本当に出てきちゃったじゃないのよ」


「ハハハハ……サーセン……」


 渇いた笑いを漏らす狼一に対し、湊は大きなため息をついた。


「あれは怨形鬼ね……。救援に行かなくて大丈夫かしら」


「あー、それは多分大丈夫ですよ。そろそろ来るかな……」


 狼一が腰から下がっているトランシーバーを持つと同時に声が洩れる。


『こちら真壁。聞こえますか?』


「聞こえてますよー澪華さん。救援が必要ですか?」


『いいえ。こちらは二人で十分です。そこには伊達隊長以外に誰がいますか?』


「白瀬隊長とヴィクトリアさんが揃ってます。こっちはもう斬鬼退治は終了してます」


『結構です。では三人はそのまま鞍馬隊長と合流してください。人手が欲しいとのことです』


「了解。もう一回聞きますけど、救援はいりませんか?」


『ええ。問題ありません。というより、この怨形鬼は私と朔真隊長の獲物です。手出しは無用ということでお願いします』


 澪華はそれだけ告げると通信を切ってしまった。


「こっわ……ちょっと怒ってたよね?」


「まぁあんな面倒くさいもんが出てきちゃったからねぇ。とはいえ、あの二人がいるんだから大丈夫でしょ。怨形鬼くらい澪華さん一人でもどうとでもなるし」


「そうね。じゃあヴィクトリアさん。私達は鞍馬隊長と合流しましょう」


「ええ、了解。……けど本当に大丈夫なの?」


「平気ですよ。寧ろ邪魔すると俺達の方に雷が落っこちてくると思うんで……」


 狼一は肩をすくめ、湊も若干苦笑いを浮かべる。


 ヴィクトリアだけはいまいち飲み込めていないようだったが、三人は澪華の指示通り結界の解析にあたっている翔の下へ走っていった。

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