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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
149/421

2-2

 スタジアムにある医務室では治癒術が得意な者達が必死の治療にあたっていた。


 雷牙もその中に加わり、傷を負った優雅達の治療に積極的に加わっている。


 その彼の姿に治癒術をかけていた選手達も思わず視線を向ける。


 いや、彼等だけではない。


 医療カプセルを準備していた者、輸血パックやガーゼの類を持ってきた者など、殆どの選手達が雷牙の治癒術に視線を奪われていた。


「すごい……」


 驚嘆の声を漏らしたのは、雷牙と同じように治療を進めていた星蓮院の女子生徒だった。


 無理もないだろう。


 雷牙が施す治癒術の速度は彼女達の倍以上だ。


 淡い青の燐光に包まれている傷口は見る見るうちに修復をはじめ、心なしか優雅の血色もよくなっているように見える。


 非常に順調に進んでいるようにも見えるが、雷牙の顔には大粒の汗が滲んでいた。


「く……っ!」


 表情も硬く、微かに嗚咽のような声まで洩れている。


 一見すると順調に進んでいるように見える治療だが、雷牙本人は消耗が激しいようだった。


 ……落ち着け、落ち着け! 焦らずひとつずつ修復の工程を潰していくんだ。


 膨大な霊力を持つ雷牙の治癒術ならば他人の治療もある程度は可能だ。


 しかし、それも万能ではない。


 治癒術が得意だと言っても結局のところそれは自身の体だからだ。


 人間の身体構造は基本的には同じだが、個人によって生じる差が確実に存在する。


 内臓の位置であったり、骨の長さであったり、筋肉量、脂肪量、骨密度……。


 自分の体であればある程度把握できても、他人の体ではそう簡単にいかない。


 ただ霊力を流し込むだけでは意味がないのだ。


 細胞組織を確実に繋ぎ合わせることは、精神力、体力共に激しく消耗するのだ。


 大きな傷を一つ一つ治していく雷牙の姿に選手達は少しだけ視線を奪われていたが、手を止めている暇はないと、彼等も自分達のやるべきことを進めていく。


 やがて負傷した四人の大まかな治療は終わった。


 治癒術をかけていた者達は皆脱力し、雷牙は壁に背中を預けて大きく息をついていた。


 すると、彼の頬に冷たい感触が伝わる。


「お疲れ様」


 見ると瑞季がペットボトルのスポーツドリンクとタオルを持って立っていた。


「おう、さんきゅ……」


 タオルを受け取って汗を拭い、一気にスポーツドリンクを煽る。


「やはり他人の治癒術は大変なのか?」


「まぁ、それなりにな。見知った相手ならまだしも、会って一日二日だとさすがにキツイ。けど、でかい傷は殆ど塞いであるし、輸血も間に合った。あとは本人達次第だな」


「そうか。だが、極楼閣の榎咲選手の腕と足は……」


 瑞季の視線は火駿のすぐ近くにおいてある、医療用のクーラーボックスに視線を向けた。


 あの中には切断された火駿の腕と足が保存してある。


 幸いなことに切断面自体は綺麗だったため、ハクロウ所有の医療機関であれば再生治療も可能かもしれない。


 が、二人の表情は曇っている。


「くっつくかどうかは、五分五分……いや、もっと低いかもしれねぇ」


「あの双剣か」


 雷牙はコクリと頷いて星螺の持っていた双剣を思い出す。


 あの剣は妖刀を加工して作りだされたものだという。


 なおかつ星螺の胸元に埋め込まれていた妖刀の欠片があったことを考えると、火駿の再生治療には暗雲が立ち込めてしまう。


「あの女の攻撃全部には瘴気が混じってた可能性がある。ここだと細かい検査はできねぇけど、あの人の細胞が瘴気に破壊されてれば、接合は絶望的だな」


「ああ……。できれば、そうあって欲しくないものだがな」


 瘴気にさらされた人間の細胞は破壊されてしまうばかりか、再生を阻害してしまう。


 たとえ腕と足が接合できる状態で残っていたとしても、そうなってしまえばもはや繋げる手段はない。


 ふと、雷牙はクーラーボックスを見やりながら呟く。


「……もしかするとこれが原因なのかもな」


「何がだ?」


「柏原のことだ。アイツの腕は確か瘴気の影響で再生治療ができなかったんだろ? だから、刀狩者を続けられないことに絶望して、逆にクロガネ側に寝返ったって感じじゃねーか」


「なるほど。確かにその可能性はあるな。だが、本当にそれだけが理由なのだろうか」


「まだなにかあるってことか?」


「ああ。理由がそれだけではいささか不充分に思えてな」


「うーん、まぁそれもそうか……っと、会長達が戻ってきたな」


 視線の先で医務室の扉がバシュっという音を立てて開き、外で話あっていた龍子たちが戻ってきたところだった。


「皆お疲れ様。特に四人に治癒術をかけてくれた子、大変だっただろうけどよく頑張ってくれたね」


 治療を担当した選手達は頷いて返し、龍子は立ち上がった雷牙を見やって薄く笑みを浮かべた。


 しかし、それも一瞬のことで彼女はすぐに神妙な面持ちで告げる。


「さて、本当はこのまま労ってあげたいところなんだけど、クロガネ側から速くしろって言われててね。このまま第二試合に行こうと思う」


「そこでもう一度皆さんに確認したいと思います。次の試合、辞退する人はいますか?」


 問うたのは燈霞だ。


 彼女の質問に室内には沈黙が蔓延り、重い空気が流れる。


 当然だ。


 あれだけ凄惨な試合、というよりは一方的な蹂躙に近い光景を見せられればこんな空気になるのも頷ける。


 ましてやここには重傷を負わされた選手達がいる。


 それを考えれば仕方ないことといえるだろう。


「辞退することは決して悪ではありません。あと数分しかありませんが、もう一度よく――」


「――――愚問っスね」


 答えたのは星蓮院の制服を来た少年だった。


 彼の名前までは覚えていないが、確か星蓮院の出場選手五人の内たった一人の男子生徒だったか。


「剣裂会長、俺等はもう覚悟は決めてんですよ。クロガネと戦う。さっきの試合の前に確認したことじゃないっスか」


高槙(たかまき)くん……」


 高槙と呼ばれた少年は一度カプセルで眠る優雅たちを見やり、再び燈霞達に向き直る。


「逃げることは確かに悪いことじゃないかもしれないっス。けど、ここで逃げたら、頑張ってくれたコイツらに格好がつかねぇでしょうよ。そうだろ、みんな」


 彼は周囲に視線をめぐらせてニッと快活な笑みを浮かべた。


 が、そんな彼に対し会長の一人、黒羽が溜息をつく。


「いや、そんないい感じに言うても、お前のことあんまわからへんしなぁ。だれ?」


「だれって!? い、一応勝ち残ってんですけどねぇ!!」


「しらへんわ……けど、確かにお前さんの言うとおりやんなぁ。ここで逃げたら、最初に戦うたそいつらに示しがつかへん。せやから、戦おうやないか。この高槙の言うとおりな。お前等かて、外で戦うとる先輩達見たいになりとうて刀狩者目指したんやろ?」


 黒羽の言葉に僅かに暗くなりかけていた選手達の瞳に再び力が灯る。


 そうだ。


 外ではまだ戦闘が行われているようで時折振動が伝わってくる。


 戦っている。


 人々を守るため、先輩刀狩者が己の信念と命を賭けて。


 そしてスタジアムに取り残されている人質達の運命は、雷牙達にゆだねられている。


 ならば、ここで戦うことこそが彼等が目指した刀狩者としてのあり方だ。


 人々を斬鬼、そして妖刀から助ける。


 それが刀狩者。


 少年少女達が目指した存在だ。


「……覚悟は決まった?」


 龍子の問いが室内に響く。


 一拍おいて選手達全員が頷いた。


 彼等の瞳にもう影はない。


 あるのはクロガネを倒すというただ一点の簡単な信念のみ。


 この先きっとその瞳には、恐怖や怯えが見えることはあるだろう。


 しかし、だとしても彼等は決して折れことはない。


「よし! それじゃあ行こう! 次の試合の子達は準備して。ほかの子達は休憩も兼ねてここで待機」


 龍子の宣言に第二試合に向かう選手達は「はい!」と返してから会長たちと共に医務室を出て行く。


 途中、先程の高槙が「あ、円陣とかくまねぇ!?」と提案していたが、その辺りは皆お年頃なようで、そこまで相手にされていなかった。


 やがて室内には第三、第四試合に出場する選手達と、第五試合に出場する雷牙だけが残ったが、再び外から振動が伝わってきた。


 頻発する振動は戦闘の激しさを物語っており、雷牙は外で戦っているであろう狼一のことを思い浮かべた。






 島内西側では急に実力を跳ね上げたクロガネの構成員達と激しい戦闘が繰り広げられていた。


 その中には狼一と遥蘭の姿もあり、彼等は波のように押し寄せてくる敵をいとも簡単に切り伏せていく。


「数ばっかり多くて嫌になるんだけど!!」


「ぼやかないでっての。……にしても、こいつらの力が跳ね上がった感じ、やっぱり斬鬼とか妖刀関連だよなぁ」


「だろうね。感覚としてはそれにそっくりだしー。けど、副隊長たちでも余裕で勝てるでしょー」


 遥蘭の言うとおり、実力が跳ね上がったと言っても元々の実力がそこまで高くないからか、そこまで危機的な状況ではない。


 数だけは向こうが上だが、実力的にはこちらに軍配が上がると主って良いだろう。


 まぁそれはあくまでスタジアムの外での話だが。


 つい先程までスタジアムから最初感じた強烈なプレッシャーとは別の気配があった。


 恐らく中では選手達が無茶な戦いを強いられているのだろう。


 彼等を一刻も早く救助するため、翔による結界の解析が待たれるが、それまでにもう少しこちらの数を減らしておく必要がある。


「伊達隊長、華斎隊長!!」


 不意にどこか焦ったような声が聞こえた。


 視線を向けると、肩で息をしている隊士がこちらに駆け寄ってくるところだった。


 そのまま彼は二人の前で止まると焦りを見せながら告げた。


「す、すぐに作戦本部にお戻りを!」


「なにかあったのか?」


「それが、隊長達が捕らえた鬼刃将が拘束を破り、斬鬼のような姿に変異しました! 今は総隊長達が戦っていますが、向こうのほうが数が上のため、至急応援を!」


「なるほど、コイツが強くなった理由がなんとなくわかったよ」


「ああ。鬼刃将やコイツらは捨て駒。本命はやっぱりスタジアムだ」


「狼一くんは行っていいよ。ここは私と副隊長たちで掃討してあげるからさ!」


「遥蘭ちゃん……。わかった、じゃあ頼むよ!」


「おっけい!」


 二人は軽くハイタッチをすると遥蘭は疾風をその身に纏い、狼一は雷電を纏う。


「伊達隊長! このトランシーバーを!」


「おう、さんきゅ!」


 隊士からトランシーバーを受け取った狼一はそれを腰から下げると、ダンッ! と地面を蹴った。


 彼の姿は一瞬にして掻き消え、鬼刃将と戦っている湊達の方へ消えていった。




 狼一がいなくなったあと、遥蘭は疾風を纏った状態で「もっちゃん!」と誰かのあだ名を叫んだ。


 すると、答えるように彼女よりも少しだけ年上の女性が現れた。


 腕には腕章があり、遥蘭と同じ紋獣が刻まれている。


 彼女は遥蘭の部隊である第十部隊の副隊長を務める、日下(くさか)萌魏(もえぎ)である。


「その呼び方やめてくれません?」


「いーじゃん。わかりやすくて。それよかやるよ、同調!」


「……了解です」


 遥蘭がニッと笑うと萌魏の鬼哭刀に炎熱が宿り、一瞬にして大火が出来上がる。


 それはすぐに遥蘭が纏っている疾風に取り込まれ、やがて遥蘭を包むように巨大な炎の竜巻が出来上がる。


「さぁて……それじゃあ、一掃タイムの始まりだ……っ!!」


 全身に火焔の竜巻を纏った彼女は迫り来る敵を見据えて笑みを浮かべた。

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