表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
148/421

2-1 高まる鬼胎

 体を揺らす振動で勇護は眼を覚ました。


 ゆっくりと上体を起こしながら周囲を見回し、深く呼吸すると鼻腔を消毒液のような匂いが抜けていった。


「……そうか、病院か」


 勇護はアリスに敗北した後、医療カプセルに入れられたままここに搬送されたのだ。


 自身の見立てではまだここを利用することはないと思っていたのか、彼は握った拳に視線を落として自嘲気味の笑みを零す。


「完敗だったな……」


 意識の覚醒に伴うように段々と悔しさがこみ上げてきたが、どこか清清しい気分でもある。


 が、余韻に浸る暇もなく、大きな揺れが再び襲ってきた。


「どこかの馬鹿が騒ぎでも起しているのか?」


 ベッドから降りた勇護は閉め切られているカーテンを開けた。


 瞬間、彼の表情は驚愕に染まった。


「なん、だ? これは……」


 目の前に広がっていたのは所々で火の手が上がり、いくつかの建物が崩れ去っている、まるで刃災が起きているような光景だった。


 しばらく視線を外に向けていると、三度目の揺れが襲い、西の海岸沿いで巨大な雷電が散るのが見えた。


 それだけではない。


 スタジアムの方を注視すると、大きな砂煙が舞い、いくつかの影が動いているのが見えた。


 時折交錯する影からはオレンジ色の光が発っせられている。


 勇護にはその光が剣の衝突で生じる火花であることがすぐにわかった。


 戦っているのだ。


「まさか、クロガネが……」


 直感的ではあったが、間違ってはいないはずだ。


 襲撃は示唆されていたし、それを警戒してハクロウは警戒は強めていたはずだが、まさかここまで侵入を許すとは。


 驚いた様子だった勇護であるが、彼はすぐに状況を飲み込み、室内にあった着替えに袖を通すと壁の刀掛にあった鬼哭刀を剣帯に差して病室を出た。


 廊下に出ると、医師や看護師がせわしなく動いており、ストレッチャーに乗せられた怪我人が搬送されていく様子も見て取れた。


 彼はそれを避けながら病院の正面入り口から外に出ると、彼はそこでようやくスタジアムにも変化が起きていることに気がついた。


「なんだあれは……」


 スタジアムを囲むように霊力で構成されていると思われる結界が展開していた。


 病院の周囲にも似た様な結界が展開しているようだが、スタジアムのそれはどこか禍々しく、近づきがたい雰囲気だった。


「武蔵たちは無事なのか――」


『――く、クロガネだー!!』


 勇護がスタジアムに向かおうとした瞬間、病院のシェルターに避難するべくやってきた民間人の一人が結界の外を指差して叫んだ。


 人々の視線がそちらに向き、勇護もその姿を確認した。


 数はそこまで多くはない。


 しかし、様子がおかしい。


 瞳は焦点が定まっておらず、大きく開いた口からは「あー」だか「う゛ー」といった呻き声が洩れている。


 体に力が入っていないのか、だらけた様に動くその姿はまるでゾンビのようだった。


 が、彼等はこちらを認識した瞬間、眼を光らせて刀を振るった。


 放たれたのは乱雑な霊力の塊。


 雷牙のように洗練されていないそれは、病院の結界と衝突して激しくスパークするものの、あの程度ならばいくら放たれたところでこの結界は破れないだろう。


 しかし、結界越しとはいえ攻撃に晒されたという事実は変わらない。


 それは避難してきた人々に恐怖を植えつけるには十分であり、駐車場で待機していた人々は我先に院内へ避難しようと駆け始めた。


 人の波に揉まれながらも勇護は冷静に状況を見極めると、鬼哭刀の柄に手をかけて人々の合間をすり抜けるように疾駆する。


「……」


 途中、左右に似たような動きをする影が見えたので、彼は口元に笑みを浮かべながら人の波から脱し、結界の外へ飛び出す。


 けれどそれは勇護だけではなく、先程彼の視界の端にうつった影も結界の外へ出ていた。


 クロガネの構成員に視線を向けると、彼等は視線を民間人から勇護――いいや、勇護達へ向けて刀を振るった。


 撃ちだされるのは先程放っていたような圧縮された霊力の塊。


 乱雑なものだが、直撃すれば病み上がりの身には手痛い一撃となるだろう。


 直撃すれば、だが。


「……甘い」


 勇護はフッと笑みを零すと、空中で霊力を回避し、鬼哭刀に炎を纏う。


 同時に彼は足から霊力を噴射し、まるでロケットのように加速して一気に距離を詰める。


「ぬんッ!!!!」


 駆け抜けざまに放ったのは、容赦のない縦一閃。


 刃は対象の肉を裂き、骨を断って赤黒い血を散らした。


 残火を散らしながら納刀した勇護は倒れた男を見やったあと、チラリと周囲に視線を向ける。


 視線の先には同じようにクロガネの構成員を打ち倒したハクロウ所属と思われる刀狩者がおり、中には育成校の生徒の姿も見受けられた。


 すると、そのうちの一人、戦闘服を纏った青年が勇護に声をかけてきた。


「協力感謝する。見事な一太刀だった」


「ありがとうございます。いきなりで申し訳ありませんが、さっき目覚めたばかりなので状況がまだはっきりとわかっていないので簡単で良いので状況を説明していただけますか?」


 凡その予想はついてはいるが、一応確認のためだ。


 勇護の問いに隊士は一瞬驚いたようだったが、一度頷くと手短に状況を説明した。


「現在、島内にはクロガネが侵攻を始めている。西の海岸沿いでは隊長二名が戦っていて、中央部でも戦闘が始まっている。一般人の避難はある程度完了しているが、まだスタジアムに大勢残っているのが現状だ」


「なるほど……。スタジアムにはまだ選手達も?」


「ああ。どうやら、ゲスト兼解説役として招かれていた柏原鳴秋がクロガネ側に寝返っていたらしい。中でなにが起きているのか、はっきりとしたことはわからない」


「そうですか。……っ!」


 弾かれるようにして勇護と隊士を含めたその場にいた全員が屠ったはずの者達を見やる。


 彼等はゆっくりとだが立ち上がり始めている。


 ボタボタと大量の血を流す男達は、再び呻き声をあげながら勇護達を睨みつけた。


「傷が……」


 学生の一人が声を漏らした。


 男達には確かに深い傷が刻まれている。


 しかし、よく見てみると傷の奥は段々と結合が始まっており、見る見るうちにふさがっていくではないか。


「再生が早すぎる……。治癒術を使っている様子がないことを考えると、コイツらもそうか」


「どういうことです?」


「さっき中央部でも戦闘が始まっているって言っただろう? 近くにいた隊員の話だと、捉えた敵幹部が急激に力を増したらしい。まぁその反動で人としての形は保てなくなったようだがな」


「つまり目の前にいるこの者達も似たようなことをしていると?」


「ああ。斬鬼の力だろうさ。……なんて馬鹿なことを……」


 隊士の瞳は悲しげだったが、彼はすぐに切先を構成員に向ける。


「ここから先は俺達の領分だ。君達学生は結界内に戻っていてくれ」


「……残念ですが、それは聞けない命令ですね」


「なに?」


「俺は既にライセンスを取得している刀狩者です。であれば、戦っても問題はないはず」


「しかし……」


「止めても無駄ですよ。それに俺はまだハクロウには所属していません。命令を聞く義務はないはずです」


 少しだけニヒルに笑って見せた勇護は、瞬時に鬼哭刀を抜いて炎を纏った。


 すると、それに呼応するように他の育成校の生徒達も同じように自らの得物を構える。

 彼等の行動に隊士達は一瞬呆れた様子を見せるも、どこか懐かしいようなものを見るような目で勇護を見やる。


「……無理はするなよ、学生諸君」


「はい」


 隊士の言葉に頷いた勇護は一瞬だけスタジアムを見やった後、立ち上がった男達との戦闘に入った。






 雷牙の視線の先には惨たらしい光景があった。


 フィールドに立っているのはただ一人、星螺だけだった。


 彼女の周りには、彼女に挑み敗北した四人の姿があり、その誰もが無事では済んでいなかった。


 最初にやられた兼竜と恋は傷こそ多くないものの、出血は非常に多い。


 が、二人はまだマシなほうだったかもしれない。


 二人に続くように戦闘不能へ追いやられたのは火駿であり、彼は片腕が肩から切断され、右足は膝から先がなかった。


 腹部にも抉るような傷が残っており、彼は辛うじて意識のある状態でうめくだけとなっていた。


 そして最後に残された優雅は四人に分身した星螺からの一斉攻撃を受け、今は星螺によって串刺しにされた状態で持ち上げられている。


「んー、頑張ったほうだったけどやっぱり学生じゃこんなもんだよねぇ」


 優雅の体に双剣の刃を鍔元までねじ込んだ状態で星螺は退屈したような声を漏らす。


 その言動は雷牙にも恐怖を与え、悪寒を感じさせるほどだった。


 誰もが試合は終わったと思っていたが、雷牙は視線の先で優雅の腕が動いたことに気がつく。


 血だらけになった彼の手は自身を持ち上げている星螺の腕をつかむ。


「お?」


「ま、だ……しょう、ぶは……ついて、いない……ッ!!!!」


 もはや虫の息と言っていい状態にも関わらず、優雅の瞳は死んでいなかった。


 が、彼の声も虚しく、返ってきたのは嘲笑だった。


「ぷ、ハハハハ! え、なに、この状況わかってる? 勝負はついてない? 馬鹿じゃん!! どう考えたって勝負ついてるし!!」


 星螺は乱雑に優雅を投げ飛ばすと、転がっていった彼に歩み寄る。


「いーい? 勝負は私の勝ちなの。どう考えたってそうでしょ? ……けどまぁ――」


 優雅は血に染まった顔を上げて星螺を見やり、星螺は彼に視線を合わせるようにしゃがみ込む。


「――学生の身にしては頑張ったと思うよ。すごい努力をして来たんだろうね。うん、その辺りは評価してあげる。よくがんばりました」


 声は優しく、言葉どこか賞賛染みたものだった。


 一瞬、場の空気が微かに緩んだものの、星螺の顔が不敵に歪んだのを雷牙は見逃さなかった。


「……なぁんて言うと思ったぁ? 思ってるわけないじゃんそんなことー! アンタたちじゃどう足掻いたって私には勝てないんだよバァカ!! 可哀想だねぇ、残念だねぇ、君達が鍛えたものは全部無駄になっちゃったよー。無駄な努力、ご苦労さま!」


 星螺は優雅の髪の毛を掴み、そのまま彼の顔面をコンクリートのフィールドに何度も叩きつけた。


 その光景に雷牙はワナワナと怒りがこみ上げてくるのを感じ、思わず鬼哭刀に手を伸ばすものの龍子がそれを止める。


「会長……!!」


「待って。まだ彼等は、あきらめていないから……!」


 雷牙の手首をつかむ彼女の腕は震えていた。


 彼女もまた、星螺の行動に怒りを燃やしている。


 いいや、それは彼女だけではない。


 見ると優雅と同じ摩稜館の生徒会長であるアリスも、そしてほかの選手達の瞳にも明確な怒りがあった。


 それでも我慢しているのは、皆が優雅達がまだ諦めていないことをわかっているからだ。


 ここで割ってはいるのは簡単だ。


 しかし、それでは優雅達の覚悟が無駄になってしまう。


 だから止めるのは今ではない。


 雷牙は鬼哭刀から手を離して再びフィールドを見やる。


 すると、顔面を叩きつけられていた優雅の口元に笑みが浮かんだ。


「あぁ? なぁに笑ってるわけー? お姉さん、そういう笑い方が一番ハラ立つんだよねー」


 髪を引っぱり上げて強制的に優雅と視線を合わせた彼女だが、優雅は歪んでしまった顔で笑みを作る。


「……マヌケが……」


「は……?」


 瞬間、豪炎が駆け抜けた。


 見ると、片腕片足を断ち切られた火駿が寝転がった状態ながらも腕を突き出していた。


「ちッ! 虫の息が……!!」


 星螺は業火の中から脱すると、火駿に視線を向けて双剣を構えたが、ほぼ同時に彼女の頬に切れ込みが入った。


「ッ!!」


 切れ込みはやがて広がり、最終的にばばっくりと割れて赤黒い血が吹き出す。


「思った、とおりだ……。どうやら、貴様は……相手をなぶる時、は……オリジナルでなければ、満足いかない……性分らしい」


「……」


 立ち上がった優雅に対し、星螺は無言だった。


 しかし、遠目に見ている雷牙もわかった。


 あの星螺は本物だ。


 分身や幻影などではない。


 彼女本人だ。


「挑発、すれば確実に乗ってくると、踏んだ。案の定、乗ってきてくれて、助かったよ。マヌケな単細胞女……バカはどっちだ?」


 傷だらけの顔で星螺を煽る優雅だが、星螺は頬の傷に指を這わせると光の灯っていない闇の眼光で彼を見やる。


「……潰す」


 声は低く、まるで別人のようだった。


 瞬間的に場外にいる雷牙達も構え、アリスからは糸を張るような甲高い音が聞こえた。


「……ガキが。手加減してやってれば調子に乗りやがって。グチャミソのひき肉にして豚のエサにしてやるよ……!!!!」


 額に青筋を立てた星螺に対し、優雅は一歩も引かずに鬼哭刀を構える。


 が、これ以上は本当に危険だ。


 この殺気は尋常ではない。


 星螺は間違いなく優雅を含めた四人を殺すつもりだ。


 それだけは阻止しなければならない。




「――そこまでにしておけ、星螺」




 星螺の行動を全力阻止しようとした雷牙達の耳に聞こえてきたのは酒呑童子の低い声だった。


 見ると、豪奢な椅子に座っていた酒呑童子が鋭い眼光を星螺に向けている。


「勝負はすでについている。それ以上そのガキ共をいたぶったところで無意味だ。さっさと切り上げて戻れ」


「で、でもボス……!!」


「黙れ。それとも俺になにか意見があるのか?」


 刹那、襲い掛かってきたのは押し潰されるかのような激しいプレッシャー。


 それをダイレクトにくらったのか、星螺は一瞬すくんだあとに優雅と火駿を睨みつけてからフィールドを降りた。


「試合はこちらの勝ち。それで問題はないだろう? 武蔵の娘」


「……ええ。こちらとしてもこれ以上続けても勝機はないと思うので、それで構わないわ」


「賢明な事だ。そら、さっさとフィールドを空けて次の試合の準備をしろ」


 ニヤリと笑った酒呑童子は指を鳴らして結界を解かせた。


 すぐさま優雅達に駆け寄ると、倒れる優雅をアリスが抱き留めた。


「申し訳、ありません。アリス、様……」


「謝らないでください。雨儀さん達はすごく頑張ってくださいました。だから今はゆっくり休んでください……!」


「……ありがとう、ございます……」


 どこか安心したように笑った優雅はそのまま意識を失ってしまったが、呼吸はまだ続いている。


「すぐに医務室へ運んで! 雷牙くん、治癒術頼める?」


「了解っス」


 他人への治癒術は本来そこまで効力は高くない。


 しかし、雷牙ほどの霊力の持ち主となれば話は別だ。


 大量の霊力によって相手の自然治癒能力を底上げして、重傷であっても持ち直せるところまでは持っていけることが多い。


 勿論、後々医療機関に世話になることは必須となるが、応急処置としては重要になるだろう。


 雷牙はストレッチャーに乗せられた優雅や火駿の体に手を翳しながら医務室へと向かった。






「あのガキ……なかなかの霊力量だ……」


 雷牙の治癒術を見て酒呑童子は興味深げに呟いた。


 が、それを遮るように星螺が声をかける。


「なんで殺らせてくれなかったんですか、ボスー」


「今殺す必要はないと思っただけだ。それにあの場で止めていなければ、今頃お前の片腕は輪切りになっていたぞ」


「え?」


「気付いていなかったのか? お前を煽っていたガキを抱き留めた童女。アレが伸ばした糸がついさっきまでお前の腕や足にかけられていた」


「……嘘」


「事実だ。お前は実力はあるが、興奮すると周りが見えなくなるのが玉に瑕だな」


 肩を竦める酒呑童子と荊木に対し、星螺はわずかな困惑の表情をアリスへと向けた。


 視線の先のアリスは酒呑童子達を見てはいなかったが、その袖口には微かに煌めくものがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ