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「ふぅん、君達が私の相手なわけねー。それじゃあ軽く自己紹介でもしとくよ」
酒呑童子を見やっていた雷牙は、この場には似つかわしくない言葉に怪訝な表情を浮かべた。
視線をバトルフィールドに向けると、四人の選手の前で星螺が仰々しく頭をさげるところだった。
「私の名前は星螺。あそこにいるボスの側近。自慢じゃないけど結構強いよ?」
首をかしげ、ニタリと笑う星螺にフィールドにあがった優雅達四人の選手は微かに動揺したようだが、大した反応は返さなかった。
下手に答えれば何かしらの術中に嵌る可能性があるからだ。
「えー、無視ー? さすがにお姉さん少し悲しいなぁ。少しはリアクションしてよー」
星螺の問いかけに対し、選手達は答えず、静かに鬼哭刀を抜く。
すると彼女は彼等の行動に呆れたかのように溜息をついた。
「まぁ仕掛けたこっちがいうのもなんだけどさー。もうちょっとお互いを知ろうよ。じゃないと――」
瞬間、彼女の姿が微かに揺らめく。
雷牙もそれを確認したが、既に異常は起きていた。
「――――簡単に殺しちゃうぞん」
星螺の声が響いたのは四人のちょうど中心だった。
彼女は既に腰から下がっていた双剣を抜き、二人の首筋に刃を這わせていた。
口元には笑みがあったが、眼球に光はなく、どんよりとした赤黒い点のような瞳があるだけだった。
ゾワリとした怖気が全身を駆け抜けるものの、それ以上に驚くべきことが先程まで彼女がいた場所にあった。
「嘘、だろ……!?」
思わず雷牙は驚愕の声を漏らしていた。
そこには星螺がいた。
双剣を抜いてはいないが、確かに彼女の姿がそこにはあった。
しかし、もう一人は確かに選手達の真ん中に立っている。
決して見間違いではない。
「会長、これはまさか属性覚醒ですか?」
「多分そうだと思う。分類的には番外属性に入る能力だと思う」
瑞季の問いに龍子は真剣な面持ちで答えると、二人の星螺を睨みつけるように見やる。
「分身を作り出す属性なんて聞いたことねぇぞ」
「ああ。というか、それはもはや斬鬼のようだな。まさか彼女も斬鬼の力を取り込んでいるというのか……」
「斬鬼……」
瑞季の声に何か引っかかったのか、雷牙は口元に指を当てて記憶を思い起こす。
確か以前、ヴィクトリアに稽古をつけてもらった時に聞かせて貰ったことがある。
斬鬼の中には特異個体という特殊な能力を持つ個体が存在する。
ヴィクトリアの話では英国に現れた斬鬼は、全く同一の個体が都市部の複数個所に現れたというものだった。
その斬鬼は分裂という力を手にした個体だったのだ。
無論、本体を叩かなければ斬鬼を滅することはできないため、解決にはそれなりに時間を要したらしい。
クロガネでは斬鬼の研究も盛んであるらしく、力を底上げするために斬鬼の力を薬物にしたり、人工的に妖刀を造ってしまう。
だから彼女の能力もその産物である可能性が高い。
「あの双剣に秘密があんのか……?」
誰にも聞こえないような声で呟いた雷牙だったが、その瞬間ぐりん! と音がしそうな勢いで首を動かした二人の星螺が雷牙を捉えた。
彼女達は関心したような笑みを浮かべたが、同時に再び彼女の姿が揺らめいた。
ゾクッと先程感じた感覚と似たような怖気が背筋に走った。
「君、やっぱり面白いねぇ」
甘い猫なで声が耳元で聞こえた。
刹那、雷牙は飛び退いて空中で身を翻すと背後を見やる。
そこにはにっこりと微笑む星螺がいた。
彼女を確認した雷牙はバトルフィールドに視線を向ける。
当然そこにも二人の星螺がおり、雷牙に向けてにこやかに手を振っている。
背後に現れたのは三人目の星螺。
ゴクリと生唾を飲み込んだ雷牙は微笑む彼女を見据えた。
「いやー、君のことは最初から気になってたんだよねぇ。ボスのプレッシャーを感じながらあれだけの啖呵が切れるのは素直にすごいなーって思ったよ。ねぇ、君の名前は?」
コテンと首をかしげた彼女の質問に対し、視界の端で瑞季と龍子が首を横に振った。
答えるべきではないということだろう。
しかし、雷牙は一度大きく息をつくと星螺の瞳を真っ直ぐと見やり口を開く。
「……玖浄院所属の綱源雷牙だ。よく憶えとけ」
「綱源雷牙くん、ね。うん、覚えたよ。じゃあ親しみをこめてがっちゃんって呼ぶことにしようかな。よろしくね、がっちゃん」
非常に人のよさげな笑みを浮かべる星螺だが、雷牙にははっきりと見えていた。
彼女の瞳の奥底で燻る加虐的な影が。
「星螺、いつまで遊んでいる! さっさと始めろ!!」
「はいはいわかってるよー。ちょっとしたスキンシップじゃんねー。がっちゃん」
星螺は笑みを浮かべたまま雷牙の肩を叩くと、そのままフィールドへ戻っていったが、その途中でふっと消え去った。
バトルフィールドを見やるとあちらはあちらで優雅達に名前を聞いたであろう星螺が姿を消した。
どちらも消え方は一瞬であり、残像すら残らないまさに消失と言った具合の消え方だ。
「さぁってと、それじゃあ準備も自己紹介も終わったことだし始めようか。まぁ正直言って君達弱そうだから、あんまし期待はしないけどねー。実況さーん、開始宣言よろー」
目の前にいる星螺の存在に優雅は怖気がとまらなかった。
――バケモノめ……。
間近で相対してみて改めてわかる。
アレは尋常ではない力を持った魔人であると。
酒呑童子のように角が生えているわけではないから、斬鬼というわけではないのだろうが、雰囲気はほとんど斬鬼のそれだ。
それでいて時折見せる笑顔は人間のそれに非常によく似ている。
だからこそ不気味なのだ。
まるで鬼が人の皮を被っているかのような光景に優雅はゴクリと喉を鳴らした。
指先は微かに震え、鬼哭刀の切先も微かに揺れていた。
しかしそれは優雅に限ったことではない。
チラリと視線を背後に回すと、いつもは軽薄そうな印象のある新嶋恋も口を固く結んでいた。
彼女は優雅と同様にハクロウ七英枝族の分家にあたる人間であり、一回戦で瑞季に敗北したあけびとは親友同士という間柄だ。
いつもであれば軽口の一つや二つ叩いるであろう恋の口は閉ざされ、下唇を微かに嚙んでいるのが見えた。
彼女もまた恐怖を押し殺しているのだ。
他校の二人も同様に恐怖で体が固まってしまっている。
表情を曇らせる優雅だが、ふと彼の視界の端にアリスの姿が写りこむ。
彼女は優雅達を案ずるような瞳で見やっており、両手を胸の前で組んで祈るような姿勢だった。
瞬間、優雅は自身がこの場に立っている理由を思い出し、鬼哭刀の柄を強く握りなおす。
自分がここに立つ理由、それはアリスを守るためだ。
決して彼女が七英枝族だからではない。
日々努力を重ね、自身を鍛え続ける彼女の姿勢と、多くの人々を助けたいと願う彼女の心情に惚れたからこそ、優雅は彼女をサポートしたいと思ったのだ。
だから、こんなところで倒れるわけにはいかないのだ。
「……新嶋、行けるか?」
「……当然っしょ。あーちゃんにあんな顔されちゃあびびってるわけに行かないってーの」
どうやら恋もアリスを見たらしく、表情は先程よりも微かに解れていた。
それでも恐怖は完全に拭えていないようだが、寧ろその方がいいだろう。
恐怖を感じているのは、まだ冷静である証拠だ。
真に恐怖に囚われれば、まともな判断が出来なくなる。
恐慌状態となれば相手の思う壺だろう。
「そちらも大丈夫か? 極楼閣の」
視線を向けると、派手な髪色をした少年、堂柿兼斗が鼻で笑った。
「ああ、正直さっきまではブルッちまってたけど、考えてみっとちょっとイラついてきたぜ」
「イラつく?」
少しだけ笑みを零すと、極楼閣の二人は星螺を睨みつけた。
「あの女、俺達のことを弱いとかぬかしやがった」
「確かに向こうと力の差があんのはしってんよ。だとしても、あいつ等に弱いとか言われる筋合いはねぇんだよ」
兼斗に続いたのは、彼と同じ極楼閣の選手である榎咲火駿だった
「そういうこった。あわよくば勝ってやるが、それ以上にあの女のいけすかねぇ鼻っ柱をへし折ってやりたくなったとこだ……!」
彼等の眼光は鋭く、闘志に満ちていた。
その様子に優雅は満足げな表情を浮かべると、星螺を見据える。
彼女は人のよさげな笑みを浮かべてはいたが、不気味な雰囲気は依然として変わらない。
だが、既にこちらも覚悟は出来た。
すると、それを見計らったかのように実況が声を上げた。
『で、では実況を開始させていただきます。若き刀狩者の卵達の前に立ちはだかるのは、クロガネという巨悪……! 彼等はこの絶望的な状況を好転させてくれるのでしょうか! 大人である私が何もできないというのは非常にやるせないですが、どうか! どうか、無理をしないように頑張ってください!! 選手達に武運があることを祈ります!!』
必死の実況に優雅は身と心を引き締める。
そうだ。
アリスを守ることも絶対だが、スタジアムにはまだ多くの観客が残っている。
クロガネというテロリストから彼等を守ることも、刀狩者を志す者として必要なことだ。
『それでは――試合を開始してくださいッ!!!!』
宣言と共にアラームが響いた。
アラームと同時に動いたのは優雅達の方だった。
先陣を切るのは優雅であり、彼の鬼哭刀には空気の歪みが見えた。
雷牙との試合では一瞬で終わってしまったがゆえに見せなかった属性覚醒、疾風である。
「最初の相手は君かな?」
「どうですかね……新嶋ッ!!!!」
「りょっ!」
短く答えた恋が彼の背後で動き、鬼哭刀を瞬時に抜き放つ。
同時にバリバリと音を立てて複数の稲妻が迸り、眩い光を発しながら星螺に迫る。
「ふぅん、なるほど。学生にしては実力は高そうだね。うちの雑兵くらいなら普通に負かされそうだわー。けど……ざーんねん」
彼女は腕を前に突き出して乱雑に振るうと、バチン! と音を立てて稲妻を弾いた。
「このくらなら、刀を使うまでもないんだよねぇ……うん?」
得意げに言う彼女だが、ふと足下を見やった。
彼女の足は足首までが砂と化したバトルフィールドに埋まっていたのだ。
「これは……」
「はっ! こっちはハナからこれを狙ってたってーのよ! 今の新嶋の攻撃は囮だ!」
「流砂……。なるほど、大地の属性ねぇ。でもこれがどうかしたわけ? この程度で私の動きを封じたとは思わないほうが……っ?」
彼女は再び簡単に動こうとしたようだが、兼斗はニッと笑みを浮かべる。
「逃がすわけねぇだろ!! たとえ全霊力使ったとしても、そこに釘付けにしてやるぜ!!」
兼斗は地面に鬼哭刀を突き刺した状態でさらに霊力を送り込む。
砂は星螺の足をさらに飲み込み、太ももまでを締め上げる。
すぐさま彼女は分身を生み出そうとしたようだが、それも飛来した雷撃によって阻まれる。
「やらせないってーの! 分身なんて作らせてたまるもんか!!」
恋はフィールドを駆け回りながら次々に雷撃を浴びせ、彼女に反撃と分身を作る隙を与えない。
「ちっ」
流石に星螺も苛立ったようで、表情を曇らせたが、ふと彼女は何かに気付いた。
だが、その時には既に遅い。
彼女の視線の先にはお互いの霊力を高める優雅と火駿の姿があった。
彼等が星螺に向けて掲げる刀身には、乱回転する風牙と、激しく燃え上がる炎剣があった。
「風と炎、二つの属性の融合攻撃……!!」
「受けてみやがれぇッ!!!!」
瞬間、二人は鬼哭刀を振るう。
放たれたのは業炎と刃風。
二つの霊力はやがて混ざり合い、一つの巨大な炎刃となって星螺に襲い掛かった。




