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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
145/421

1-4

 簡易テントでは医療課のスタッフがあわただしく動き、負傷した者の手当てを行っていた。


 その中には澪華や彼女の隊に所属している刀狩者の姿もあり、逃げ遅れた民間人を優先的に治癒術で応急手当を施していく。


「よし、この人は運んで大丈夫です! 次の輸送班の車に乗せてください!!」


「はい!」


 頭部から激しく出血していた怪我人の手当てを終えた澪華は医療スタッフに指示を出す。


 現在、怪我人はハクロウ所有の装甲車にのせて順次ピストンの要領で島内にある病院へと搬送しているところだ。


 病院の周囲は万が一のことも考えて三重に結界をめぐらせており、たとえ怨形鬼が現れても一時間以上は持ちこたえられる。


「……怪我人自体はそこまで多くはない。このまま制圧さえできればスタジアムの方に人員を回せる」


 テント内にはまだ怪我人はいるが、幸いなことに重傷者はそこまで多くない。


 もちろん、このあとも運ばれてくる可能性はあるが、ひとまずの山場は越えたところだろう。


 ふぅ、と息をついた澪華は一度テントを出ると、表の指示を任せていた篝と湊に合流する。


「お二人ともありがとうございました。怪我人の方は今のところ大丈夫そうです」


「そうですか、よかった。こちらの方も問題はありません。シェルターへの避難も特に問題なく進んでいるようです」


「さっき入った伝令だとクロガネ側の戦力もかなり削れてきているみたいです。制圧できるのはもうすぐだと思います」


「わかりました。では、白瀬隊長は前線の伊達、華斎両隊長と合流し制圧をお願いします。朔真隊長は鞍馬隊長と合流して結界の解析に。よろしいですか」


「「了解」」


 澪華の指示に二人は頷いてから踵を返した。


 が、それを止めるように酷く焦った様子の隊士が飛び込んできた。


「ま、真壁総隊長! すぐに来てくださいッ!!!!」


「何事ですか?」


「さ、さきほど隊長達が捕らえた鬼刃将なのですが、急に様子がおかしくなりまして……! ともかく一緒に来てください!! 出来ればお二人も一緒に!」


「わかりました」


 隊士に続いて澪華達は鬼刃将を捕らえているテントへと向かう。


 気絶させて霊力の使用を阻害する拘束具を着けているため、動くことはできないはずだが、一体なにがあったというのか。


 テントに向かうも、その途中、三人の耳に絶叫が届く。




「ぎ、ああアァアアッァアッァアアッァアァァアッ!!??」




 それは喉が裂けてしまいそうなほどの悲鳴。


 痛みと苦しみにあえぐような叫び声に、三人はテントへ飛び込むと、思わず息を詰まらせた。


「これは……ッ!?」


 篝が眼を見開くのも無理はない。


 彼女達の前に広がっていた光景は凄惨なものだった。


「ぎぎぎぃいいいぃいッ!!??」


「いだぃ、いだいいだいぃいぃいいぃいいぃッ!!!!」


「――――――ッ!!????」


 気絶させていたはずの鬼刃将たちの体からは、いたるところから真っ赤な血があふれ出していた。


 眼球は血走り、口からは血の泡をふきながらのたうつ彼等は、一人一人が痛みを訴え、苦痛に表情をゆがめていた。


 中には血の涙を流しながら苦しむ者や、もはや痛みによって声すらまともに出ないのか、ただ海老ぞりになって震える者の姿がある。


「いったい、なにが……!」


「わかりません……! 急に苦しみだしたと思ったら、あのように……」


「まさかコイツらも薬を使ってたとか? 副作用ですかね……」


 苦しみのたうつ鬼刃将に視線を向けた湊が首をかしげた。


 確かにそれも考えられる。


 ほかのクロガネの構成員を見てもわかることだが、彼等は皆一種の興奮状態に陥っているようだった。


 刃を交えた者の中には支離滅裂な言葉を叫び、眼の焦点が合っていない者が多かった。


 恐らく服用した薬物は一時的に刀狩者の能力を底上げするブースト系の薬だろう。


 だが、たとえそうだったとしても妙だ。


 能力ブースト系の薬物は確かに危険だが、こんな副作用が出ることはまずない。


 ヴィクトリアを襲った犯人達も斬鬼の力を手に入れることの出来る薬を服用していたようだったが、副作用はここまで大きくなかった。


 考えられるとすればアレを越える劇薬の服用だろう。


「なんて惨い……ッ!」


 眼を背けたくなる光景に澪華の拳には自然と力がこもる。


 仲間を道具としか思っていない外道の所業。


 救護課から転属した彼女にとってこの光景は到底看過できるものではなかった。


「……医療キットと鎮静剤をありったけ持ってきてください」


「まさか、彼らを治療するのですか!?」


 報告に来た隊士が驚愕の声を上げるのも無理はないだろう。


 クロガネはハクロウに仇なす存在。


 彼等を治療すること自体、世間的に見ればバッシングの対象になりかねない行動だ。


 しかし、澪華にも元救護課というプライドがある。


「彼等とて私たちと同じ命です。たとえ悪道に身を堕としていたとしても、目の前で斬鬼に変異していない以上、苦しむ人を見捨てることはできません」


「…………わかりました。少々お待ちを!」


 隊士は逡巡すると苦い表情ながらも頷いて医療キットを取りに行った。


 が、その瞬間、呻き声をあげていた鬼刃将が突然動きを止めた。


 三人は弾かれるようにして彼等を見やる。


 視線の先にいる鬼刃将は全員が倒れており、胸は上下していなかった。


 そのうちの一人の瞳は澪華達を捉えていたが、瞳はガラス細工のようでまるで生気を感じられなかった。


「死んだ……?」


「そんな、あの一瞬で――」


 澪華は鬼刃将の脈を計ろうと駆け寄ろうとしたが、それを止めるように彼女の腰から下がっていたトランシーバーから声が洩れる。


『総隊長!! 今すぐそこから離れてくださいッ!!!!』


 聞こえてきたのは非常に焦った様子の観測官の声だった。


 すぐさまそれに答えようとするものの、それよりも速く観測官が告げる。


『強力な霊力の歪みを観測しました! 斬鬼と非常に酷似した歪みです!! 観測場所は、総隊長のすぐ近くです!!!!』


 刹那、澪華達はその場から飛び退いた。


 同時にテントが爆散し、周囲を砂塵が舞う。


 突然の爆発に周囲から悲鳴が上がるなか、飛び退いた澪華は先程までテントがあった場所を見据えた。


『総隊長!? ご無事ですかッ!!』


「……はい。報告助かりました。間一髪回避が間に合いました」


『よかった……。ですが、気をつけてください! 霊力の歪みは強いままです。歪みの大きさからして危険度は赤と想定されます!』


「ええ、こちらでも確認できました」


 トランシーバーを腰に戻した澪華は、湊、篝と共に砂塵の中に揺らめく黒いオーラを見やる。


 やがて砂塵は晴れるが、その代わりに黒い霧のようなオーラが溢れ出した。


 視線の先にはついさっき事切れていたはずの鬼刃将が立っていた。


 三人は彼等の様子に表情を曇らせ、澪華は悲しげに表情をゆがめる。


 鬼刃将は既に人としての形をとどめてはいなかった。


 ある者は口が歪に裂けぎらついた唾液をしたたらせ、ある者は腕だけが巨大に変化し、またある者は頭部が肥大し無数の目玉を付けた異形へと変わり果てていた。


 それでも僅かに人間としての名残を残しているためか、それが不気味さを余計に際立たせている。


 例えるのであれば、半斬鬼化というのが打倒だろうか。


「……」


 あまりにも惨い光景に澪華は言葉が出なかった。


 もはや人間としての思考や感覚すら消えうせたのか、彼等は動物のように低く唸りながら澪華達を見据えている。


 すると、三人の背後で装甲車が止まり、ヴィクトリアが駆けてくる。


「三人とも無事?」


「まぁなんとか。そっちは大丈夫でした?」


「うん。さっき搬送した人たちは無事に病院へ送ったわ。それよりもあれは……?」


「鬼刃将……だったものです。恐らく斬鬼の力を無理やり取り込んだのでしょう」


「……そう」


 ヴィクトリアはどこか悲しげな表情を浮かべた。


 自分達を誘拐した犯人のことを思い出しているのだろう。


 が、彼女はすぐに雑念を振り払うように背中から大剣を抜き放った。


「ヴィクトリアさん、なにを……?」


「決まっているでしょう。彼等を倒すのよ。三人よりも四人の方が何かと便利でしょ?」


「……ありがとうございます」


 ヴィクトリアの申し出は正直かなり助かる。


 半斬鬼化している鬼刃将の数は六人。


 相対してわかることだが、彼等の力量は最初に邂逅した時よりも上がっている。


 いいや、強制的にあげられていると言った方が妥当か。


 加えて今は完全に斬鬼化していないとはいえ、これからさらに進化していく可能性も十分ありうる。


 それを考えればヴィクトリアが参戦してくれるのは非常にありがたい。 


 すると、鬼刃将だったものは唸り声を上げて拘束具を乱雑に取り払った。


 中には腕ごと引き千切った個体もいたが、傷口は瞬時に再生し、新たな腕が生えてきた。


「完全に斬鬼ですね」


「ええ。こうなってしまっては致し方ありません。これより戦闘に入ります! 一般隊士、及び部隊所属の隊士は怪我人を連れてここから早急に退避を!」


 凛とした声で下った指示に、隊士たちは一斉に動き始める。


 瞬間、斬鬼が咆哮を上げどす黒い血のあぶく交じりの唾液を漏らしながら澪華に襲い掛かった。


 凶刃は澪華の体を的確に捉えていたが、その程度反応できない澪華ではない。


 キィン! という高い金属音と共に火花が散る。


「真壁総隊長!!」


「怪我人を連れて速く行きなさい!! これは命令ですッ!!」


「しかし! それでは相手との数がッ!!」


 隊士の一人が食い下がるものの、澪華はそれを許さない。


「問題ありません! さぁ、速くッ!!!!」


「……わかりました……!! では、私達の方で華斎、伊達両隊長に救援を頼んできます!!」


 隊士は澪華に問う。


 彼女はそれに小さく笑みを浮かべると頷いた。


「ありがとう。お願いします!」


「はい!!」


 一人の隊士は大きく頷くと霊力を纏って前線へ走った。


 すると、それを見ていたのか三体の半斬鬼が追おうとした。


「おっと、ここから先は行かせないよ」


「当然、こちらもな」


 湊と篝が立ちはだかり、半斬鬼の侵攻を食い止める。


 当然他の半斬鬼も動き、一体は病院へ向かう装甲車を襲おうとしたが、その前にはヴィクトリアが大剣を掲げて立ちふさがった。


「やらせるわけにはいかないわね。久しぶりの斬鬼との戦闘だけど、勝たせてもらうわよ」


 ヴィクトリアは鋭い眼光を向けると、大剣に業炎を纏わせた。


 それに続くように湊、篝もそれぞれ刃を半斬鬼へ向け、澪華もまた攻撃を弾いた半斬鬼ともう一体を見据える。


 半斬鬼との間に沈黙が流れるものの、静寂は一瞬にして破られ、次の瞬間には剣戟の音が再び島内を揺らした。






 再び外で始まった戦闘の音と振動はスタジアムの中にいる雷牙達にまで届いていた。


 同時に、斬鬼が持つ特有の不気味な雰囲気も彼等は感じ取っている。


「瑞季、この感覚……」


「ああ。恐らく外で斬鬼が出現し、誰かが戦っているんだろう」


「やっぱり、ちょっとやそっとじゃ片付かねぇか」


 雷牙はバトルフィールドを挟んで対面側にいる酒呑童子を睨みつけるものの、彼等は意に介した様子もない。


 彼等の様子に舌打ちをしかけるものの、それを遮るように龍子の声が響いた。


「さて、外も大変なようだけど、私達は今私達ができることをしよう。わかっているとは思うけど、これから始まるのはとても危険な戦いになる。無理をしすぎないように戦おう」


「試合直前になって無理だと判断した場合は辞退しても構いません」


 龍子と燈霞の呼びかけに選手達は頷くと、第一試合に出るメンバーが前に進む。


 すると、それを見計らったかのようにクロガネ側から顔に火傷の傷跡がある女、星螺がフィールドに上がった。


「さぁて、私の相手をしてくれるのは誰かにゃん?」


 おどけた様子の星螺の顔には微笑があったが、瞳には加虐的な光が見えた。


 彼女に答えるようにフィールドに上がったのは優雅を含めた四人。


 彼等が全員フィールドに上がると、逃さないとでも言うようにフィールドを囲うように結界が張り巡らされた。


「さぁて、第一試合の始まりだ。せいぜい楽しませてくれよ、少年少女達」


 雷牙の視線の先では酒呑童子が傲岸不遜な笑みを浮かべた。

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