1-3
多くの刀狩者が斬鬼村正を自称する青年の登場に驚愕していた。
特にまだ若い隊士の多くは眼前の敵よりもそちらに視線を向けてしまっている。
当然、そんな隙をクロガネ側が見逃すわけはなく、一瞬視線を逸らした隊士に襲い掛かる。
が、彼等の刃が届く瞬間、地中から岩壁がせり上がり、隊士を襲おうとした構成員を吹き飛ばす。
隊士はすぐさま視線を戻すものの、隆起した岩壁の上から怒号がとぶ。
「気を取られるなッ!! 今は眼前にいる敵勢力にのみ集中しろ!」
「は、はい!!」
第十二部隊の部隊長、白瀬湊は再び戦列に戻っていく隊士を見やるが、その瞬間、頭上から甲高い音を立てて水の刃が襲う。
完全に隙を突いた一撃だが、湊はそれを一瞥すらせずに霊力を纏わせた鬼哭刀でいとも簡単に弾いて見せた。
「おー、さすが。お仲間守りながら、こっちの攻撃を弾いてくるとか正直自信なくしますわー」
降って来た軽薄な声に視線を向けると、水球の上に立っている白人の男が見えた。
クロガネの鬼刃将の一人、名は確かアーヴェント・ウォルタズムだったか。
海外では名の知れた犯罪者で手配書自体は湊も何度か見たことがある。
婦女ばかりを狙うシリアルキラー。
今までに犠牲になった女性の数は五十を越え、その誰もがレイプされたあとに殺されている。
そして最後は彼自身の属性である水流を用いて、残忍な方法で殺害し、街中にオブジェのように飾る異常者だ。
「けど、そういうアンタを殺して犯せると思うと……うぅ……!! 興奮してくるぜ……!」
口元から涎をたらし、ベロリと唇を舐めたアーヴェントを湊は冷淡な瞳で睨みつける。
しかし、湊の意識は目の前の異常者ではなく、モニタに写しだされている青年に向けられていた。
自称、斬鬼村正を名乗り、もう一つの名として上げたのが、大昔の京を騒がせた鬼の首魁、酒呑童子。
端から聞く限りでは、頭のイカれている者の発言のようにも聞こえるが、彼の頭部に生えている角が、斬鬼であることを物語っていた。
多くの若い刀狩者や、一般人は彼の外見でそれを判断するだろう。
だが湊は別のものを感じていた。
いいや、湊だけではないはずだ。
あの大刃災、斬鬼村正の災を知る隊長陣はスタジアムから洩れ出る凄まじい闘気で、彼の言っていることが真実であることを信じざるをえなかった。
同じなのだ。
村正が発していた肌を刺し、全身を押し潰すかのような威圧感はまったく同じものだった。
「……まさか、本当に生きていたとはね……。でも……」
フッと湊はモニタに写っている斬鬼に向けて笑みを浮かべると鬼哭刀を鞘に納めてしまった。
瞬間、視界の端でアーヴェントが動いた。
「敵の前で得物しまっちゃっていいのかよぉ!! 隙だらけだぜッ!!」
水に濡れる刃が煌めく。
湊は動かない。
モニタに映っている酒呑童子を見やっていた彼女は視線だけをアーヴェントに向けると不敵に微笑む。
「隙? そんなものはないよ。だって勝負はもうつくんだから」
刹那、黄色い閃光が二人を照らした。
「ッッッ!!??」
アーヴェントがそれに気付いた時には遅い。
雷鳴が轟いた。
赤い光はアーヴェントを飲み込み、地面を抉りながらやや前方で停止した。
バチバチと残雷が明滅する地面を見やった湊は、嘆息気味に溜息をつく。
「少し手間取りすぎじゃない?」
「なかなか諦めが悪い子でね。それで、湊ちゃんが相手にしてた鬼刃将は?」
微弱な黄雷を纏いながら笑いかけたのは殆ど無傷の状態の狼一だった。
「そこ」
「え? ……お、ホントだ。巻き込んじゃったか」
彼の前には先程まで彼と戦っていた魅桜と、彼女に折りかさなるようにして倒れているアーヴェントの姿があった。
二人は動かず、アーヴェントを見ると白眼になっていた。
どうやら二人とも衝撃で気絶したようだ。
湊も二人の状態を確認するために狼一の下へ駆け寄るものの、魅桜を見ると同時に表情を引き攣らせた。
「こいつ、餓静魅桜ね」
「ああ。想定してたよりも強くてね。本当はもうちょいスマートに決める予定だったんだけど、ちょっと強引に取り押さえさせてもらったよ」
「確かにアンタにしては傷が多いやり方ね。それだけ強敵だったってことかしら?」
「……いいや、実力自体はそこまで高くなかったよ。この子がハクロウから逃げおおせたのは、実際のところクロガネの手引きがあったんだろうよ」
「かもね。私の方も鞍馬隊長の報告の割りには大したことはなかったわ。名前ばっかりが一人歩きしてたって感じかしら」
二人は揃って目の前で伸びている鬼刃将たちを見やる。
彼等は確かに強かった。
しかしそれでもいいとこ部隊の副隊長レベルがせいぜいで、隊長に迫るとまでは行かない。
ならば最初から本気で叩き潰せば良いと思うが、下手に戦闘の規模を大きくすれば、隊士は勿論のこと避難し切れていない一般人すら巻き込みかねない。
ゆえに隊長陣はそれぞれ隊士たちが密集していない場所へ鬼刃将を誘き出し、即座に決着を着けるつもりだったのだ。
「他も終わったかね」
「これくらいのヤツらだったら別段心配することもないでしょ。それよりも心配しなくちゃいけないのは……」
「ああ、わかってる」
アーヴェントと魅桜の拘束を終えた二人は異様な結界に囲われたスタジアムを見やる。
近くに投影されているホロモニタでは、酒呑童子がこれから行わんとしようとしていることを意気揚々と説明しているのが聞こえる。
曰く、これからスタジアムでは残っていた選抜選手全員と、酒呑童子と彼の四人の側近で試合が行われるという。
その試合の中で学生達が一勝でもすれば取り残されている人質は全て解放し、この島からも手を引くらしい。
だが、あまりにもふざけた話に湊は苛立ちが収まらない。
学生達は複数名で側近の相手をするとのことだったが、明らかに実力に差がありすぎる。
スタジアムから感じる威圧感は酒呑童子だけではなく、彼の側近の者も含まれている。
威圧感だけでわかる。
彼等は鬼刃将よりも強い。
隊長陣に匹敵、いいや最悪の場合隊長すらも上回っている可能性すらある。
代表選手とはいえ、まだ学生の彼等ではあまりにも危険すぎる。
「とりあえず他の隊長達と合流しようぜ。でかい音が消えたから、そろそろ終わっただろ」
「うん、そうしよ……ん? あれって……」
狼一が拘束したアーヴェントを担いだところで、湊はスタジアムの方で誰かが戦っているのが見えた。
身の丈ほどの大剣を携え、燃え上がる炎を操って束になって襲ってくる敵をなぎ倒しているのは、美しいブロンドの髪が特徴的な女性。
レオノアの母、ヴィクトリア・ファルシオンだった。
「ヴィクトリアさん!」
湊が呼びかけると、最後まで立っていた構成員の一人を倒した彼女が大剣を背負って駆け寄ってきた。
ヴィクトリアは特に負傷もないようで、湊はホッと胸をなでおろした
「よかった無事で。大丈夫でした?」
「ええ、まぁね。そっちも無事みたいでよかったわ」
「はい。あれ、一人ですか?」
問いにヴィクトリアの表情が若干曇った。
彼女はスタジアムを見やった後、拳を強く握り締めてから頭をさげる。
「……ごめんなさい。先にホテルに戻ろうとした時に襲撃があって、スタジアムから避難する人を誘導していたら戻れなくなった。もっと速く柏原の行動に気が付けていればこんなことにはならなかったはずだったのに」
「謝らないでください。それは仕方のないことです。まさか柏原が敵側に寝返っていたとは、こちら側も想定していなかったことだったので」
「そうっすね。今は過ぎたことよりもこの後のことを考えましょう。今はほかの隊長達と合流すべきかと」
「うん。ヴィクトリアさんもそれで大丈夫ですか?」
「ええ。目に付く一般人は全員避難させたし問題ないわ」
三人は伸びている鬼刃将二人を担ぎ、スタジアム近くにある作戦本部へ駆けていく。
本部の前には澪華を含めた三人の隊長と、拘束された鬼刃将の姿があった。
簡易的テントも設営されており、地下の観測施設と簡易的では通信ができるようになっていた。
が、テントの下には負傷者も多く、逃げ遅れた一般人と負傷した刀狩者の姿が見受けられる。
「重傷者は民間人、刀狩者問わずすぐに病院へ搬送しなさい! 軽い負傷であれば治癒術をかけてシェルター、ないしは避難路へ誘導!!」
真壁澪華は動ける隊士や医療スタッフに指示を飛ばしているが、湊達が戻ってきたことを確認すると軽く手招きをした。
すぐさま三人が駆け寄ると、彼女はホロモニタを投影する。
「二人ともお疲れ様です。ヴィクトリアさんも無事でなによりでした」
「いいえ、それよりもごめんなさい。子供達から眼を離してしまって」
「それに関しては仕方ありません。今は現状を打開することが先決ですから。鞍馬隊長、状況の説明をお願いします」
「……了解した。島内に侵入してきたクロガネの構成員だが、一人一人の力量自体はさほど高くはない。身体能力強化の薬でドーピングしているようだが、こちらの隊士の殆どは慣れてきている。異常だった雰囲気もそこまで脅威ではなくなっている。こちら側にも負傷者はいるが、今のところヤツらの侵攻は西の海岸沿いで止めることができている」
鞍馬翔は投影されている島の地図を指差しながら解説する。
地図には赤い点が表示されており、それがクロガネの侵攻度合いを表しているようだ。
「そういえば遥蘭ちゃんは?」
「……彼女には敵の掃討と、戦っている隊士たちの援護にあたってもらっている。ちなみに、彼女が下した鬼刃将はあそこだ」
指差した方を見ると腕を拘束された鬼刃将たちがいた。
先程狼一がまとめて倒したアーヴェントと魅桜も一箇所に集められており、合計で六人の鬼刃将が拘束されたことになる。
「島内に侵入した鬼刃将はあれで全部か?」
「……ああ。本来ならばもう半分いるはずだが、そちらは予想通り新都へ向かった可能性が高い」
「なるほど。しかし、鞍馬隊長が念を押した割には、鬼刃将もそこまで驚異的ではなかったな」
肩を竦めたのは朔真篝だ。
彼女が言うように、鬼刃将の強さは想定していたよりも大したことはなかった。
「……あれはあくまで想定だ。それに下手にこちらの方が勝っていると言えば慢心する。だから、あえて実力は拮抗しているという話にしたまでだ。実際、副隊長クラスの強さはあっただろう」
「まぁ、そう言われるとそうだが……」
「……鬼刃将のことは一旦保留にしておく。話が前に進まなくなるからな。なによりも重要なのは、スタジアムを覆っている結界と、中にいる村正とその側近達だ」
「結界の解析の方は進んでいるんですか?」
澪華が問うものの翔は苦い表情を浮かべた。
どうやら解析状況は芳しくないらしい。
「……部下に解析を進めてさせてはいるが、迂闊に手を出すことができない」
「どうしてだ?」
「……攻撃を受けると、それを倍にして跳ね返してくるんだ。どの程度の攻撃に耐えられるのかはわからないが、こちらが仮に全力で攻撃をして破れなかったらそれこそこちらの痛手になるだろう」
「そりゃそうか……じゃあどうやって破るんだ? 中にはまだ大勢の人たちや、学生達がいる。悠長には待ってられないぜ」
「……わかっている。現状までの解析でわかったことだが、あの結界は空気中の霊力は使っているわけではないようだ」
「というと、一人の霊力で形成されていると?」
「ああ。村正――いや、酒呑童子とやらの側近が維持しているんだろう。相当な霊力の使い手だ」
「たった一人であれだけの大きさの建造物を囲うなんて……」
ヴィクトリアは結界に覆われたスタジアムを見て微かに息を呑んでいた。
だが、彼女の反応も当然といえば当然だろう。
巨大な建造物一つを囲うのには本人の霊力多さもそうだが、精密な操作が必要となる。
少しでも歪みが生じればたちまち崩壊するだろうし、維持しているものの技量の高さがうかがえる。
「……あの結界についてわかっているのはこれだけだ」
「ありがとうございます。では次に私から。避難状況ですがこちらも余り芳しくはありません。新都と連絡がとれない以上、下手に橋を使えません」
「通信の復旧はいつごろなんですか?」
「その辺りもまだ難しいですね。スタジアムに入れさえすれば、テレビの中継システムを経由して強制的に通信を繋ぐこともできたんですが、こうなっては手出しができません」
スタジアムの内部にある中継システムは独立しており、仮に通信が切れても中継ができるようになっている。
ゆえに中に入れさえすれば多少なり本部と通信を取ることは可能なのだが、そこでもあの結界が邪魔をしてくるのだ。
「やっぱり、状況を打開するには結界をぶち壊すのが手っ取り早いみたいっすね」
「ええ。それにさっきの放送を見て本部の手があき次第、応援が来てくれるかもしれません。そうなってくれればこちらにも打つ手はあります」
「選手達は大丈夫だろうか……無理をしなければいいんだが」
「そこは問題ないんじゃねーかな、篝ちゃん」
やや軽い声音で狼一が言うと、篝はキッと鋭い眼光で彼を睨む。
ふざけているというか、無責任な言動だと思ったのだろう。
けれど狼一は決してふざけているわけではない。
「学生達がどうして戦おうとしてんのか、それは多分時間を稼ぐためさ」
「……ッ! そういうことか。あえて勝負に乗り、人質が殺されない状況を作り出した。だがその本質は、私達が突入するまでの時間を稼ぐことにある」
「うん。彼等は勝利を狙っている可能性もあるけど、それとは別に時間の引き延ばしが目的だと思う。向こうには長官の娘さんもいるからね、彼女相当切れるし」
「学生とは思えないわね、本当に」
狼一と湊は龍子のことを思い浮かべて肩を竦めた。
一見するとふざけたような言動をする彼女だが、かなりの切れ者でもある。
今回のことも計算して動いているはずだ。
「学生達が時間を稼いでくれているのだから、こちらも総力を挙げて掛かりましょう。まずは残存する敵勢力の排除と結界の解析を優先しましょう。ヴィクトリアさんには負傷者の搬送の警護をお願いします」
澪華の指示に隊長達とヴィクトリアは頷くと、それぞれやるべきことに足を向ける。
が、その途中で湊が澪華に問うた。
「鬼刃将はあのまま放っておいて大丈夫ですかね? なにか隠し玉を持っている可能性がありませんか?」
「確かにそうですね……念のために霊力阻害の手錠と足枷もしておきましょう」
一通りのスピーチを終えた酒呑童子は部下と共にバトルフィールド降りていく。
が、その途中で荊木が彼に耳打ちした。
「ボス、外の鬼刃将ですが、仕掛けたGPSの状態から察するに敗北した可能性があります」
「そうか。意外に早かったな。まぁ、所詮は使い捨ての駒だ。期待はしていなかったがな」
「いかがなさいますか?」
「……少し早いがやって構わん。元々ヤツらの存在など陽動程度にしか考えていなかったからな。お前に任せるぞ、荊木」
「わかりました。ではそのように」
軽く腰を折った荊木は、懐から端末を取り出してなにやら操作を始めた。
そして残忍な笑みを浮かべた彼は、端末の画面をタップした。
「……陽動は陽動らしく豪快に暴れて注意をひきつけてくれよ……」




