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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
143/421

1-2

「あの子達、私達に挑んできますかね?」


 バトルフィールドで酒呑童子に対して首をかしげたのは、顔の右半分に酷い火傷の痕が残っている女性だった。


 言葉だけを聞くと、まるで雷牙達を案じているようにみ聞こえるが、彼女の口元には笑みがあった。


 それは獲物を狩る猛獣のような被虐に満ちた笑みだ。


星螺(せいら)。ボスになれなれしい口をきくな。殺すぞ」


 ギロリと彼女を睨んだのは、酒呑童子の隣に控えている長身の青年だった。


 一見すると優男風にも見えなくはないが、睨みつける眼光は鋭く、常人であれば卒倒するレベルの殺気を放っている。


 星螺と呼ばれた女性はそれに肩を竦める。


「はいはい。まったく、荊木(いばらき)はホントお堅いんだから。最低限の敬語使ってんだからいーじゃん」


「そういう問題ではない。ボスの手を煩わせるなと言っているんだ」


「りょーかーい。もう黙りますよー」


 荊木という青年に星螺は辟易した様子で項垂れると、そっぽを向くように背を向けた。


 荊木は彼女の態度に苛立ったようで、小さな舌打ちをしたもののすぐに頭を下げる。


「ボス、失礼しました。またあとで言い聞かせておきますので」


「構わん。だが、星螺が俺に問うのも尤もだ。お前はどう思う、荊木よ」


「どう、とは……?」


「ガキ共のことだ。俺達に挑戦して来ると思うか?」


 酒呑童子の赤い瞳が荊木を捉える。


 余計な脚色など加えるなと言いたげな鋭い視線だ。


「…………ヤツらは一応、刀狩者志す者達です。ゆえに我らに挑んでくる可能性はあると思います。特に、先程貴方に刃を向けた子供、アレは挑んでくるでしょう」


「そうだな。しかしあのガキ……」


 酒呑童子は口元に手を当てると考え込むような素振りを見せる。


「なにか気がかりなことでも?」


「そうだな……あのガキに刃を向けられた瞬間、過去に一度どこかで会ったような感じがしてな。妙な懐かしさを憶えた」


「懐かしさ、ですか?」


 酒呑童子は一度頷いて雷牙と邂逅した時のことを思い出す。


 学生からすればこの状況は明らかに絶望的で、表情をゆがめるのは必然といえる。


 現に殆どの選手達は恐怖や不安に表情をゆがめたり、大粒の汗を見せていた。


 だが、彼だけは違っていた。


 観客を人質に取られ、自分達の命すら危ういこの状況で彼は笑っていたのだ。


 満面の笑顔というわけではなかったが、口元は確かに上がり、目には歓喜の色を宿していた。


 あの表情、あの瞳を酒呑童子は知っている。


「……そうだ、あれは十五年前…………いいや、もっと前か……?」


 脳裏に浮かんでくるのは、十五年前、長い眠りから醒めたときに対峙した者の姿。


 そして彼がまだ本物の鬼だった時に見えた者との記憶だ。


 雷牙が見せた笑みはその者達と非常に酷似していた。


「あのガキ、まさか――――」


「――ボス、来ました」


 声をかけられ顔を上げると、控え室へ消えていった選手達が通路から出てきたところだった。


 僅かに数が減っているようにも見えるが、どうやら覚悟を決めてきたようで、一人一人の顔にもはや恐怖や不安は殆ど見えなかった。


 酒呑童子は一度思考をやめ、豪奢な椅子から立ち上がって少年少女達を見据える。


 その視線の先にはもちろん、雷牙の姿もあった。


 彼等はしっかりとした足取りでバトルフィールドに上がり、酒呑童子の前に立つ。


「さぁ、答えを聞かせてもらおうか」


 残虐な笑みを浮かべながら唇を舐めた酒呑童子は試すように濃密な殺気を彼等に向けて放った。






 まるで上から押し潰されるかのような濃密な殺気を雷牙は肌で感じていた。


 いいや、彼だけではない。


 酒呑童子の前に立っている選手達全員がそれを感じ、耐えている。


 すると最前列の龍子が一歩前に踏み出す。


 直柾ですら殺気を感じて僅かに表情をしかめているのに、彼女の表情には一切のかげりも曇りもない。


 毅然とした表情で強大な敵に相対している。


「ほう、さすがは十代最強にしてハクロウの長官殿のご息女だ。いい胆力をしている。それで答えは出たか?」


「ええ。ここにいる私達で、貴方達と戦います。中には参加しないと表明した者もいるけれど、それに関しては構わないでしょう」


「もちろん。そもそも戦う前から尻尾を巻くような腰抜けに興味はないんでな」


 酒呑童子が笑うと、彼の配下も小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「それと私達が戦うにあたって一つだけ条件がある」


「条件?」


「おい小娘、つけあがるなよ。貴様等が置かれている状況をよく考えろ。条件を出せる立場にあるのか?」


「下がっていろ、荊木。この娘は今俺と話している。余計な口出しは許さん」


 雷牙達に向けられていた殺気が僅かに弱まり、酒呑童子は荊木という青年をにらみつけた。


 彼は一瞬表情を強張らせると僅かに腰を折って半歩引いた。


「条件とはなんだ?」


「……そちらの実力は非常に高く、普通に一対一で戦っても私達が貴方達に勝てる確立は非常に低い。だから、こちらは複数で挑ませてもらいたい」


「複数……なるほど、確かにその言い分もわからなくはない。ふむ……いいだろう、あまりに一方的な試合もつまらんからな。その条件飲んでやる」


 意外なことに酒呑童子は龍子が出した条件を受け入れた。


 だがそれは裏を返せば、複数で掛かったとしても負けないだけの自信があるということ。


 龍子がそれに安堵したような様子を見せるが、酒呑童子は「ただし」と念をおすように語気を強めた。


「一人、俺と戦う相手を選ばせてもらおう。そちらの条件は飲んでやったんだ。これぐらい構わんだろう?」


「…………」


 龍子は静かに頷いた。


 いいや、強制的に頷かされたといった方が正しいか。


 こちら側の出した条件を飲んだとはいえ、状況は依然として向こう側が有利。


 すこしでも機嫌を損ねるようなことをすれば、それこそ人質に何をするかわかったものではない。


 雷牙は卑劣なやり方をする酒呑童子を見据えて拳を強く握る。


 瞬間、雷牙の視線と酒呑童子の視線が交錯した。


 ニタリ、とギザギザした鋭い歯が口元から覗く。


「俺と相手にあそこのガキを確実に入れろ」


 彼が指名したのは、当然のように雷牙だった。


「彼を……?」


「ああ。俺はあのガキに少しだけ興味が湧いた。いやとは言わせんぞ?」


 再び襲ってくる殺気。


 龍子は雷牙をチラリと見やり、雷牙はそれに静かに頷いた。


 もとより雷牙も酒呑童子と戦いたかった。


 正直願ったり叶ったりな状況だ。


「……わかった。貴方と戦う時は彼を入れる」


「いいだろう。これで条件は整った。あとは相応の演出をしてやるか。おい、実況。いるんだろう?」


 酒呑童子がずっと沈黙を続けていた実況席に向かって視線を飛ばすと、マイクのハウリングの後に女性の軽い咳払いが聞こえた。


『い、いますけど……』


「なら試合の様子をしっかり実況しろ。それとスタジアム外部へ試合の映像を流せ」


「ボス、さすがにそれは……」


「問題はない。外の連中はまだ鬼刃将に手間を取られている。それに例えヤツらがやられたとしても、下級の構成員共には例の薬も渡してある。おまけに外にも避難民は大勢いる。ここに突入するにしても、かなりの時間がかかると見ていい。……というわけだ。さっさと進めろよ実況」


『は、はい……!!』


「それと引きこもっているテレビ関係者はこれから始まる試合をちゃんと放送しろ。無論、全世界に向けてな」


 ニィッと酒呑童子の口元が吊りあがった。


 それだけで雷牙の背筋に怖気が走ったが、彼はどこか腑に落ちていないような表情を浮かべた。


「どうした、雷牙」


「いや、妙だと思ってよ。せっかく俺達をここに閉じ込めて向こうが良いように出来る状況を作ったってのに、中の情報を外部に伝えるなんて……アイツ、なに考えてやがる」


「……逆に、この状況を外に伝えること自体が目的だったのかもしれませんね」


 雷牙の疑問に答えたのは、意外なことに優雅だった。


 彼はアリスを隠すように立ちながら雷牙と瑞季を見やる。


「それってどういうことだ?」


「この島はハクロウによって厳重な警備がされていました。にも関わらず、彼等はこの状況をいとも簡単に作り出してみせた。その状況を放送させるということは、それだけでハクロウに対する挑発にもなりますし、世界に対する力の誇示にもなります」


「なおかつ、ここで試合をして私達を痛めつければ中継を見ているであろう育成校の生徒達に恐怖を植え付けることもできる、か」


「はい。痣櫛様の言うとおり、その線も濃厚でしょう」


「嫌なこと考えてやがんな、アイツ」


 舌打ちのあとに雷牙は酒呑童子を睨みつける。


 流石はこの世界において最悪のテロリスト集団のボスだけはある。

 

 挑発に加えて力の誇示、さらには後に続くはずの未来の刀狩者の心を折る算段まで立てているとは恐れ入る。


 が、雷牙は彼を見据えながら違和感を覚えた。


 視線の先にあったのは、酒呑童子の頭部に生えている角だ。


 捻じれた一対の角の片方が欠けている。


 いや、角が欠けていること自体は最初見た時から気付いていたのだが、こう改めて見てみると欠け方がなんとも不自然だった。


 欠けた角の断面は非常に滑らかで、折れたような荒々しい雰囲気は一切ない。


 あれは刀などの鋭利な刃物で切断された断面だ。


 彼が斬鬼村正であることを考えれば、そこから連想される刃物は唯一つ。


 鬼哭刀だ。


 恐らくだがあの角は鬼哭刀によって切断されたのだろう。


 酒呑童子、いいや斬鬼村正による被害は甚大なもので、まともに戦えた刀狩者など殆どいなかったと聞く。


 しかし、角を見るに誰かが彼に対して一太刀を浴びせたのは確かだ。


「いったい誰が斬ったんだ……?」


 首をかしげた雷牙の視線の先では、どこからか呼び出したテレビクルーになにやら命令を下している。


 すると、酒呑童子が写しだされたホロモニターが観客席に投影される。


 ここに表示されたということは、恐らくスタジアムの外のモニタにも表示されているのだろう。


 雷牙は一度疑問を抑え、酒呑童子の動向に視線を向けた。






 結界に覆われたスタジアムの外では、刀狩者とクロガネの攻防が続いていた。


 クロガネの幹部、鬼刃将を交えての戦いはいっそう激しさを増し、各部隊長達と鬼刃将(きじんしょう)の衝突は各所で轟音を響かせてている。


 その中の一つ。


 スタジアム近くの空中で赤い雷光と黄色い雷光は空中で幾度となくぶつかっている。


「アハハハハ! すごいすごい!! さすが隊長さん!」


 狂笑にも似た声で歓喜の声を上げているのは、額付近から激しく血を流している女性、鬼刃将の餓静(がじょう)魅桜(みお)


 斬鬼対策課の第八部隊部隊長、伊達(だて)狼一(ろういち)は、笑い声を上げる彼女とは対照的に冷静に彼女が放つ攻撃をいなしている。


 スタジアムから感じたプレッシャーに気を取られた一瞬、背後に回りこまれた時は僅かにヒヤリとしたが、その程度反応できないようでは部隊長など務まらない。


 狼一は回り込んだ魅桜に対して的確なカウンターを見舞い、頭に深い傷を負わせることに成功した。


 彼女はその程度では止まらなかった。


 刀狩者の素質があるものはそれなりに頑丈ではあるが、頭に傷を負うことはそれなりに大きなダメージだ。


 痛みだってあるし、なにより出血で判断能力が鈍る。


 実際、魅桜の様子を見る限りでは、多少なり影響は出ているはずだ。


 だが、それを無視するかのように彼女は戦闘を続けている。


 眼下で戦っているクロガネの構成員もそうだが、恐らく彼等全員一種の興奮剤のようなものを摂取している可能性がある。


 その効果によって痛みや苦しさを鈍らせているのかもしれない。


「……酷いやり方だな……」


 敵とは言えあまりにも非人道的な扱いに狼一は歯噛みすると、襲って来た魅桜の刃を受け止めると黄色い雷光を纏った鬼哭刀をそのまま振り抜いた。


「くっ!!??」


 大きく吹きとばされた魅桜はそのまま空中に霊力で足場を作ってなんとか留まるものの、すぐに顔を苦悶にゆがめて嘔吐した。


 彼女の様子に狼一は悲愴な視線を向けて溜息をついた。


「あきらめな。勝負はもう見えた」


「こんなこと程度で勝負がついたとか思ってるんですか? うぬぼれるのも大概にしてくれません?」


 肩を竦めた魅桜は余裕を気取ってはいたが、大量出血の影響で大粒の汗が浮かんでいるし、顔色もかなり悪い。


「このまま続ければ君は確実に死ぬ。ハクロウは基本的に殺人はしない。意識が残っているうちに投降してくれないか?」


 正直に言えばこれ以上彼女を痛めつけても意味はない。


 それよりも問題なのは、スタジアム全体に展開されている結界だ。


 同時に気がかりなのが、あの中で凄まじい威圧感を放っている存在。


 普段相手にしている斬鬼の何十倍も強い威圧感は、これだけ離れていてもヒシヒシと伝わってくる。


 視線をスタジアムに一瞬向けていると、魅桜が大きく体をくねらせる。


「――アハハハハ、投降!!? 私が? 本当にハクロウの連中ってのは甘いんですねぇ! でも、これを見てもそんな甘いことが言っていられますかね」


 笑った彼女が見せた笑みは、まるで張り付いたような笑みだった。


 ゾクリと悪寒が走った狼一は構えなおすが、それと同時にスタジアムの外に巨大なホロモニタが展開した。


 そこに写し出されているのは、二十代後半くらいの青年だった。


 肌は浅黒く、瞳は深紅。


 口元から覗く歯は鮫のように鋭利で、頭からは一対の角が生えている。


 一瞬にして彼が人間ではないことを察した狼一だが、モニタに写っている青年は凶悪な笑みを浮かべた。




『ごきげんよう、ハクロウの諸君。俺はクロガネのボス、酒呑童子だ。あーいや、間違えた。お前達にはこちらの名の方がわかりやすいんだったな』


 青年はわざとらしい仕草をすると、愉悦交じりの声で宣言した。


『俺は、斬鬼村正だ』


 ニィっと歯茎まで見せて笑う青年の声に、狼一だけでなくそれを聞いていた刀狩者全員の表情が驚愕に染まった。

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