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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第六章 顕現する刃
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1-1 鬼と仔狼

 本来であれば五神戦刀祭の開催で活気に満ちていたはずのスタジアムには、恐怖による緊張感があった。


 座席には酷く動揺した様子の観客達の姿があり、助けがくるのをただ祈っている状態だ。


 全ての元凶はスタジアム中央にいる存在。


 自身を斬鬼村正であると名乗った男――酒呑童子。


 いつの間に持ち込んだのか、皮製の高級感のある椅子に座っている彼の背後には男二人、女二人の姿があった。


 恐らくは酒呑童子の直属の配下だろう。


 彼等五人が放っている異様なまでの威圧感が、観客達に恐怖を与えており、誰一人として席から動けずにいる。


 動いたところで今はスタジアムの外に出られるわけではないのだが。


 クロガネ襲撃の際、スタジアムにはまだ多くの観客が残っていたのだが、避難自体は始まっていた。


 しかし、彼等によってスタジアムの周囲に張り巡らされた霊力による壁、恐らくは結界の類の影響で避難が出来ずにいる。


 救出は外部からの助けを待つしかない状態だ。


 とはいっても中には外部と何とか情報を取り合うために動く者達の姿もあった。


 観客席にある階段の影では、逃げ遅れていた柚木(ゆうき)舞衣(まい)達がおり、皆の手には通信端末が握られている。


 だが、彼等の表情は硬く状況が芳しくないことを物語っていた。


「ダメですね。母に連絡してみましたがまったく繋がりません」


「こっちもダメだな。緊急ダイヤルにかけてみもサッパリだ」


 レオノア・ファルシオンと狭河(さがわ)玲汰(れいた)は肩を落とし、同じように外と通信を図っていた大神(おおがみ)陽那(ひな)岡田(おかだ)(いつき)の二人も首を横に振る。


「こっちも同じくー」


「俺もだ。だがこの状況、通信が混線しているというわけではなさそうだな」


「うん。多分、外にある通信設備が破壊されてる」


「さっきの赤い光でしょうか?」


「だろうね。光の方角からして港も、橋も落とされてる可能性が高い」


「完全に島に閉じ込められてるって感じか……。でも外の状況も多分やばいよな」


 玲汰が顔をしかめるのも無理はない。


 先程から地震のような揺れが頻発している。


 外で戦闘が起きている証拠だ。


 クロガネのボスが来ている以上、構成員も大挙として押し寄せているのだろう。


「いずれにしろ外からの救助はもっと待たないとダメね。あの結界もかなり厄介なシロモノみたいだし」


「はい。彼等の発言が正しければ、何かしら仕掛けている可能性はありますね」


 酒呑童子は下手に結界に手を出せば消し炭になると言っていた。


 敵からの情報を鵜呑みにするわけではないが、こちらから不用意に手を出さない方がいいだろう。


「クソッ! 通信さえ繋がればここの状況を外に――」


「――外に、なんですか?」


「ッ!!??」


 突然聞こえた声に皆弾かれるようにして視線を向ける。


 視線の先に立っていたのは選手達に先輩として激励の言葉を贈るという立場にあった隻腕の男、柏原(かいばら)鳴秋(なりあき)だった。


 彼の袖には殺した刀狩者の血液がべったりと付着しており、舞衣たちはすぐさま身構える。


「まったく、影でコソコソなにをやっているかと思えば無駄なことを。外に連絡が取れようが取れまいが、君達がここから出ることは叶いませんよ」


「アンタ……ッ!!」


「元は刀狩者であったはずなのにどうしてクロガネなんかに手を貸したんですか!!」


「……まだ若い君達にはわからないでしょう。私が味わった屈辱と絶望など」


 鳴秋は光の灯っていない瞳で舞衣たちを見据えると、腕を観客席に向けて口元だけを笑みに変えた。


「まぁ今はそんなことよりも席に戻りなさい。余計なことをしなければ我々は手を出しません。今はことの行く末をその眼でしっかりと見守ることですね」


 それだけを言い残すと、彼は酒呑童子の下へ戻っていく。


 念を押された舞衣達は渋々頷きあってから空いていた座席に腰を下ろす。


「……雷牙さん達はどうするんでしょうか」


「わからない。だけど、私達を含めた人質全員が助かるには、雷牙達に賭けるしかない……!」


 舞衣は下唇をかみ締めながら拳に力を入れる。


 内心で思うのは、今、この場所にいない雷牙達のことだ。


 外からの救助を待つしかないというが、厳密に言えばこれは誤りだ。


 救助を待つ以外にもう一つだけ、観客全員が助かる方法がある。


 けれどそれはあまりにも無謀で望みの薄い、まさしくギャンブルのような方法だった。






 選手控え室には陰鬱な空気が蔓延っていた。


 室内にいるのは今回の戦刀祭に出場している選手達だ。


 怪我の治療のため何名かの姿は見られないが、補欠を含めてほぼ全員が顔を並べている。


 だが、彼等の表情は非常に硬く、中には震える体を隠すために自分の肩を必死に抱く者の姿もあった。


 無理もない。


 スタジアムに現れた連中のプレッシャーを直に浴びれば並みの刀狩者であっても恐怖する。


 戦刀祭という舞台に立っているとは言っても、彼等はまだ経験の浅い学生だ。


 恐怖に震えるのも、顔をゆがめるのも当然のことなのだ。


 だが、綱源(つなもと)雷牙(らいが)だけは冷静に見える。


 他の選手たちが頭を抱えていようが、震えていようが、雷牙だけはただ静かにことが起きるのを待つことに徹しているようだった。


 すると、控え室の扉が開き、やはり難しい表情をした生徒会長達が入ってきた。


「いろいろと話し合ったけど、ごめん。やっぱり私達だけじゃ決められない」


 最初に口を開いたのは玖浄院の生徒会長である、武蔵(たけくら)龍子(りゅうこ)だった。


「だからここは、皆にも聞くべきだと思った。今からこのあとの方針を決めるけど、それぞれ手を上げて――――」


「――そんなことして何の意味があんだよ!!」


 龍子の言葉を遮るようにして吼えたのは、不安に表情をゆがめていた極楼閣の選手だった。


 彼は肩を激しく上下させながら生徒会長達を見やったあと、雷牙を睨んで怒号を飛ばした。


「こんなことになったのはお前のせいだぞッ! お前がさっき連中を挑発するようなことをしたから……こんなことに……!!」


 目尻に涙を溜めながら吼える選手に対し、雷牙は答えることはなかった。


 時間は少し遡る。


 雷牙が酒呑童子に対して宣戦布告のようなものをした後、クロガネ側がゲームをしようと持ち掛けてきた。


 ゲームに勝利すればスタジアムの観客はもちろん、島内の侵攻もやめるという。


 そのゲームの内容とは実に単純なものだったが、非常に困難を極めるものだった。


『俺達と戦ってお前達が一勝でも出来たなら、俺達はここから手を引いてやろう。ただし、全員が負けたら、観客達を皆殺しにする』


 これが彼等の提示してきたゲームだった。


 直感的にその場にいた殆どの選手達が無理だと悟った。


 恐怖に駆られた観客の一人が「戦わなかった場合はどうなるのか」と聞くと、彼等はこう答えた。


『選手には手を出さないが、一時間経つごとに数百人単位で人質を殺す、もしくは人体実験の道具にする』と。


 テロリストらしく、非常に横暴かつ性根の腐った条件だった。


 彼等はその後、選手達に対して考えるだけの時間をやると、一時間の猶予を与えた。


 そして現在、雷牙達は彼等が提示したゲームをするか、それともしないかの選択を迫られているところだったのだ。


 目尻から涙を零す選手は血走った瞳を雷牙に向けているが、それでも雷牙は一切反応せずにただ俯いているだけだ。


 その行為というより姿勢が癇に障ったのか、彼は再び声を荒げる。


「無視してんじゃ――!」


「ぎゃーぎゃー吼えるな、みっともねぇ」


 冷淡な声が控え室に響く。


 激昂する選手を制したのは極楼閣の生徒会長、烏丸(からすま)昂凱(こうがい)だった。


 彼は腕を組んだ状態で大きく溜息をつくと、雷牙に向けて顎をしゃくった。


「そいつがクロガネのボスに食って掛かってようが、掛かってまいがこの状態にはなってたはずだ。それにもう始まっちまったことだ。泣こうが喚こうが変わることじゃねぇんだよ」


「せやなぁ。連中、最初っからその気やったろうし。遅いか早いかだけの問題や」


 同意したのは、ほかの生徒よりもすこしだけ表情が崩れている白鉄(しろがね)黒羽(くろは)


「綱源くんの行動は確かに褒められたものではありませんが、終わったことをこれ以上騒いでいる時間はありません。とりあえず今は、私達が考えた案を聞いてください」


 星蓮院の剣裂(けんざき)燈霞(とうか)が落ち着いた声に皆に告げると、選手達は不安そうながらも顔を上げた。


 燈霞はそれを確認すると龍子を見やってから頷いた。


「私達が出した案は一つ。ゲームに参加するのは、戦えるだけの意志がある子達だけが参加するって案。もちろん、無理強いはしないし、参加しなかったからって誰も恨まない」


「選択は個人の自由です。強制は一切しません。逃げることも、時には必要です」


 生徒会長達が出した案に選手達に動揺が走る。


「……武蔵会長は、どうするんですか?」


 少しだけ緊張した声音で痣櫛(あざくし)瑞季(みずき)が問うと、龍子は緊張を解きほぐすようにはにかんでから肩を竦めた。


「私は戦うよ。生徒会長は、育成校の生徒を守るのことも役目の一つだからね」


「龍子さんだけじゃないです。私も戦います……!」


 摩雅彌(まがみ)アリスはあまった袖の中で手をぎゅっと握りこむ。


 すると、彼女と同じ摩稜館の選抜選手である雨儀(あまぎ)優雅(ゆうが)を含めた選手はそれぞれ視線をめぐらせると静かに頷き、立ち上がった。


「アリス様が戦うというのであれば、我々も戦います。もとより私達の役目はアリス様を守ることですから」


「皆さん……。ありがとう、ございます」


 アリスは優雅たちに頭を下げた。


 どうやら摩稜館の選手達は覚悟を決めたようだ。


「じゃあここからは各校同士で話し合おう。もう一度言うけど、他の人が戦うからとか、友達が戦うからとか、そういうのは一切無視していいからね。これだけは本当に慎重に選んで欲しい」


 龍子が告げると、生徒会長達は各校の選手達を集め、それぞれ話し合いを始める。




「さてと、それじゃあ単刀直入に聞くけど、戦う意志はある?」


 玖浄院の選手達の前で龍子が問うと、最初にあきれたような返答があった。


「なに言ってんだかな。俺はハナッから戦うつもりだったぜ。クロガネの連中を倒せるまたとないチャンスだからな」


 (つじ)直柾(なおまさ)はニヒルな笑みを浮かべて肩をすくめた。


 すると彼に続くように瑞季も頷く。


「私も、戦わせてください。ここで戦えなければ、私はきっと一生後悔します。だから、戦います」


「そう……わかった。それじゃあ二人は確定ね。雷牙――」


「――戦いますよ」


 龍子の声に雷牙が食い気味に答える。


 先程まで俯いていた雷牙だったが、その表情は非常に冷静で動揺は一切見られなかった。


「ここで逃げたら、俺は絶対に母さんを越えることはできません。だからなにがなんでも戦います。それにアイツは、酒呑童子は俺の母さんの仇ですから」


 雷牙は斬鬼・村正の災の生存者だ。


 ゆえに彼にとってあの酒呑童子は因縁のある相手なのだ。


 けれど、彼の口元にはほんの僅かにだが笑みがあり、奥底に潜む狂気が顔を出していた。


 龍子はそれにやれやれと首を振る。


「じゃあ雷牙くんも確定ね」


 龍子はそのまま視線を副会長である土岡(つちおか)三咲(みさき)と、沖代(おきしろ)(つかさ)に向ける。


 彼等も無論戦うつもりでいたようで、若干体が前のめりになっていたが、龍子が告げたのは思いもよらぬ言葉だった。


「二人は、戦わないでもらっていいかな?」


「え……?」


「ど、どうしてですか!? 俺達じゃ力不足なんですか?」


「ううん、ちがうよ。二人には観客席にいて欲しいんだ。ほら、あれ見て」


 龍子が指したのは、観客席を定期的にうろついている鳴秋だ。


 どうやら彼は酒呑童子から観客席の警戒を言い渡されているようだ。


「敵はクロガネだけじゃない。あの男にもそれなりに注意を払うべきだと思う」


「確かに……。倒した方がいいでしょうか」


「いいや、下手に手を出す必要はないよ。ただ、これから先、観客席でも絶対に混乱が起きるはず。そうなった時、皆を守れる人が残ってないとダメ。私のわがままだけど、聞いてくれる?」


「……会長のわがままは今に始まったことじゃありませんから」


「そうですね。了解です。その任務承りました」


 二人は苦笑気味に答え、龍子も胸を撫で下ろすように息をついた。


「ありがとう、二人とも」


 こうして玖浄院の参加選手は決まった。


 その後も各校の参加者達が決まって行き、ついに約束の一時間が経とうとしていた。




「雷牙」


 バトルフィールドに続く通路を皆と歩いていた雷牙は、ふと瑞季に声をかけられた。


「どした? やっぱりやめるか?」


「いや、そういうわけじゃないんだが。少し前にした話を覚えているか?」


「前? あぁ、俺に伝えたいことがあるって話か」


「そうだ。こんなことになってしまったから、どうすればいいのかわからないが……。こういうのは前もって伝えておいた方がいいのだろうか?」


 首をかしげる瑞季の表情に雷牙は一瞬どきりとした。


 少しだけ不安げな彼女はこういってはなんだが、いつも以上に可憐に見えてしまったのだ。


 が、すぐにそれを振り払い、軽く咳払いをする。


「いや、そういうのは全部が終わったらにしようぜ」


「全部が終わったら?」


「確かに気にはなるけど、ここで聞いたらなんか遺言みたいじゃねぇか。だったら、クロガネぶっ倒して、すっきりした時に伝えてもらった方が俺としても気持ちがいい」


「そうか……うん、そうかもしれないな」


「ああ。それにほら、伝えたいことを伝えられてないってことで力が湧いてくるかもしれねぇだろ。俺の方も気になって負けるわけには行かなくなるだろうからな」


「フフ、実に君らしい言い方だな」


 これから始まろうとしている激戦を前に、二人は非常にリラックスしていた。


 互いに笑みを浮かべた二人は自然と小指を出してそれを絡める。


「んじゃ、指きりな。瑞季は俺に伝えることを、俺はお前から聞くこと約束する。嘘ついたら……何にすっか」


「千回切り刻む?」


「怖ッ」


「冗談だ。だが、それぐらいの気持ちもって行こう」


「おう。……絶対に死ぬなよ」


「君もな」


 二人は指切りをして互いの約束を果たすことを誓うのだった。

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