4-6
戦艦より放たれたクロガネの構成員を相手に、ハクロウ側も全力の抵抗を見せていた。
霊力砲によって発生した負傷者はいるが、頭数的にはハクロウが勝っている。
けれど、ハクロウ側が安全に勝利できるという雰囲気ではない。
「ぐあっ!?」
「ギャハハハ! そぉら、どうしたよ!! ハクロウの刀狩者ってのはこんなに弱えーのかぁ!?」
傷を受け、短い悲鳴を上げて倒れた若い刀狩者の前には、体を不必要なまでにくねらせて笑うクロガネの戦闘員の姿があった。
瞳は酷く混濁し血走っており、口からは泡交じりの唾液が漏れ出している。
とてもじゃないがまともな精神状態とは言えない様相だ。
男はギョロリと眼球を動かし、倒れる刀狩者にを見やる。
「抵抗するヤツは殺していいってボスが言ってたからなぁ! 若ぇくせに災難だったな、兄ちゃん!!」
唾液に濡れる口元を狂笑にゆがめ、男が倒れこむ青年へ向けて得物を振り上げた。
刹那、男の背後を轟く雷鳴と共に黄色い閃光が駆け抜けていく。
「あ……?」
どこか間抜けな声と共に男が振り返ろうとした時、彼の背中から鮮血が噴き出した。
「な、んだぁこりゃあ……!?」
男は驚愕の声を上げるものの、背中に触れようとした瞬間に倒れこんだ。
背中には大きな刀傷が刻まれており、大量の血が止め処なくあふれ出していた。
何度かのたうつ男を、青年が見やっていると、喝を入れるような声が降って来た。
「動きを止めるな! 戦闘続行不可能なら治癒術かけながら後方まで下がってろ!!」
「は、はい!」
語気を強めて指示を飛ばしたのは、雷光を纏いながら次々に戦闘員を無力化していく狼一だった。
狼一は指示を出した青年が傷口を押さえながら退避していくのを見送りながら、戦艦から次々に溢れ出てくる戦闘員を睨みつける。
「湊ちゃん達はまだ鬼刃将から離れられそうにない、か」
飛びながら周囲を観察する狼一の視線の先では、湊達による一際激しい戦闘が繰り広げられている。
当初、狼一も鬼刃将と戦うはずだったのだが、姿を見せた鬼刃将が五人だったことと、戦況を見た澪華が狼一を一般隊士たちのフォローに回らせたのだ。
本来ならば狼一が五人の鬼刃将を他の隊長達と共に相手をするのがよかったのかもしれないが、実際に戦場を見て回ってみると一概にそうとは言えないのが現状だ。
「それにしても……」
狼一が苦い表情をするのも無理はない。
数に対してクロガネが侵攻するペースが速いのだ。
「一人一人の力量が高い……いや違うな、あの様子からして力を無理やり底上げしてるのか?」
ふと、脳裏をよぎったのは、ヴィクトリアとレオノアを誘拐したクロガネの構成員が服用していたという、斬鬼の力を一時的に手にすることができる薬物のことだ。
報告によれば、その薬物は過剰に摂取すると冷静な判断能力を欠き、最悪の場合斬鬼化する可能性があるという。
常軌を逸した様子の彼らを見るに、それと同じもの、もしくは似たような効果がある薬物を服用していると見て間違いない。
「こっち側の戦力もそれなりにはあるけど、正直このままっていうのは――ッ!!」
言いかけたところで、狼一は弾かれるように戦艦に視線を向けた。
視線の先にあったのは戦艦の砲門。
一見すると特にこれといった変化はないが、僅かに霊力の歪みを感じた狼一は一瞬にして距離を詰める。
戦艦には実弾の対空砲など準備されていたようだが、質量兵器で狼一の高速機動を捉えることはまず不可能だ。
「ウルァッ!!!!」
裂帛の声と共に放たれた稲妻は、戦艦に配備されていた霊力砲と、その他の質量兵器を全て破壊して見せた。
「……あっぶね。存在を忘れてたわけじゃないけど、まさかここまで次弾のチャージ速度が早いとはな」
霊力砲は威力こそ絶大だが、チャージにはそれなりに時間がかかるのが難点だったはずだ。
けれど、クロガネが開発したこれは、そのチャージ時間の短縮に成功したらしい。
「けど、とりあえずこれで霊力砲はもう使えない――」
「――いやお見事、さすがはハクロウ、斬鬼対策課の部隊長さんは違いますね」
突然かけられた声に反応した狼一はそちらに刃を向ける。
狼一の稲妻によって半壊した甲板上に立っていたのは、妙齢の美しい女性だった。
その美貌は誰もが美しいと言うかもしれないが、狼一は決して警戒を緩めなかった。
なぜなら目の前にいる彼女は、翔から貰った鬼刃将のリストに入っていたからだ。
「お前は鬼刃将の……」
「あら? 既に知っていましたか。なるほどなるほど、クロガネの中に狼共が紛れ込んでいるという噂は本当でしたか。ならば、名乗る必要はありませんかね?」
「……ああ。それにお前自体はそれなりに有名人だからな。『無情の殺戮者』餓静魅桜!」
狼一が睨みつけると、魅桜はニタリとサディスティックな笑みを浮かべた。
彼女は数年前、ハクロウによって指名手配されていた刀狩者であり、殺人鬼だ。
しかし必死の捜索むなしくハクロウは彼女を捕えることはできず、彼女はそのまま姿を消した。
「まさかクロガネに身をおいているとは思わなかったよ」
「スカウトされたんですよ。私にとっても旨みのある話でしたからね。いくら人を殺しても誰も文句を言わない。すばらしいと思いません?」
「……生憎と人間殺して喜ぶ趣味はないんでね。というより、お縄についてくれると助かるんだけど?」
「嫌です。もっともっと殺したいので」
「そうかい」
「ええ、そうです」
魅桜が微笑むと同時に、彼女の顔の横あたりで小さな光がスパークした。
瞬間、狼一の姿が消失し、続けて魅桜の姿も掻き消えた。
次に二人が現れた時には既に二人は激突しており、互いの得物をぶつけ合っており、周囲には赤い雷光と黄色い雷光が煌めいていた。
「アハハハ! すごいですね。さすが部隊長さんです!!」
「褒められてもうれしくないね」
「あら、残念」
二人の姿はそのまま空中高くへ上がっていき、二人は雷鳴を轟かせながら剣戟を繰り広げる。
激しい剣戟は長く続いたものの、やがて二人はある程度の距離をおいて向かい合う。
狼一の表情は険しいままだが、魅桜の表情には余裕が見えた。
しかし、次の瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。
「え……?」
疑問符を漏らした彼女の額から血が垂れたのだ。
それだけではない。
腕、足、腹部など彼女が感知していなかっただけで、次々に傷が開いていく。
「わるいね。速さでは俺の方が上みたいだ」
「……」
ニッと笑みを浮かべる狼一に対し、魅桜は忌々しげな表情を一瞬見せたものの、すぐに笑みを戻した。
「さすがに強いですね。でも……その様子だと私達の狙いには気付いてないみたい。下の隊長さん達も」
「なに?」
嘲笑交じりの魅桜の言葉に狼一が首をかしげた時。
背後のスタジアムから猛烈な重圧が襲ってきた。
「ッ!!??」
怖気と共に全身に鳥肌が立つのを感じ、弾かれるようにしてスタジアムを見やるもスタジアム自体に変化は見られなかった。
しかし、感じることは出来た。
あの中には化物がいると。
「私達の主のご到着です。囮に引っかかってくれてどうもありがとうございました」
耳元で聞こえた声に反応した狼一の視界に入ったのは、残虐な笑みを浮かべ、優越感に浸っている魅桜の顔だった。
鮮血が宙を舞った……。
雷牙達は視線の先に現れた存在に対して、声を出すことができなかった。
いいや、彼らだけではない。
スタジアムに残っていた避難途中の観客達もまた、逃げることを忘れてバトルフィールド上に現れた存在に視線を奪われていた。
一瞬の出来事だった。
鳴秋が懐から取り出した妖刀をバトルフィールドに突き刺した瞬間、まるで瞬間移動でもしてきたかのように彼らは現れたのだ。
同時に雷牙達を襲ってきたのは凄まじい重圧だった。
声を出さないのではない、出せないのだ。
避難しないのではない、足が動かないのだ。
僅かに体を動かすことすら許さない、絶対的な存在がそこにはいた。
「おぉ、我らが主よ。よくぞいらっしゃいました……!」
歓喜に酔いしれるような声を出しているのは、その存在に対して頭を垂れている鳴秋だった。
すると、鳴秋に主と呼ばれた男は、鼻で笑う。
「ご苦労。貴様の活躍で簡単に入ることができた」
「なんというもったいないお言葉。ありがとうございます……!!」
まるで忠義を尽くす騎士のように応える鳴秋。
雷牙は一度鳴秋から視線を外し、彼の前に立つ男を見やる。
そこにいたのは、浅黒い肌の青年だった。
口元から覗く歯は明らかに人間のそれではなく、赤黒い頭髪もどこか異様さを際立たせている。
けれどそれ異常に異質さを放っているものが、彼の頭部にあった。
それは角だ。
一対の捻じれた角が、天を突くようにして伸びている。
片方は途中から鋭利な刃物で断ち切られたようになっているが、確かに角が生えている。
同時に雷牙は、いいや雷牙だけではない、この場所にいる誰もが彼の存在が人間の脅威と同じだったことを感じ取っていた。
人間の負の感情に呼応して生まれ、人間を殺戮し、人間が作り出したものを悉く粉砕する破壊の権化。
斬鬼。
バトルフィールドに立っている青年が放っている雰囲気はそれと同じだったのだ。
「会長、アイツ……」
「…………」
龍子は応えなかった。
いつもはどんな状況であっても雷牙達の声に答えてくれるはずの彼女が、応えなかった。
それだけ気を張っている状態なのだろう。
雷牙も口に溜まった唾液をなんとか嚥下し、青年をジッと見据える。
彼の後ろには四人の人影があり、青年ほどではないが異質な雰囲気はヒシヒシと伝わってきた。
実力などはわからないが、感覚的には斬鬼対策課の隊長クラスと例えた方が打倒だろうか。
「お集まりの諸君、初めまして」
永遠とも思える静寂を破ったのは、角の生えた青年の方だった。
瞬間的に雷牙達は臨戦態勢に入るものの、青年は気にとめる様子もなく続ける。
「俺はハクロウと敵対しているクロガネのボスをやっている者だ。今日は訳あってここを襲撃させてもらった。外は既に俺の配下によって襲撃されている。そして、このスタジアム自体も……おい、やれ」
「はっ」
彼の声に背後に立っていた人物の一人が頷いてから、大剣を抜いて地面に突き立てた。
同時にスタジアム全体を半透明の膜のようなものが覆い、夜空にもそれがかかって行く。
「スタジアム全体に霊力による結界を展開させてもらった。これで貴様達はここから自由に出て行くことは叶わない。無理に出ようとすれば、消し炭になるぞ?」
ニッとギラつく歯を見せた青年に、怖気が走るのを感じながらも雷牙は呼吸を落ち着けると、思わず一歩前に踏み出していた。
自分でもなぜそうしたのかはわからない。
だが、あの青年の角を見たときから、体が妙に疼いたのだ。
龍子や瑞季の視線を背中に感じるものの、雷牙は一人青年との距離を詰め、気づいた時には彼に問いを投げかけていた。
「……お前は一体、なんなんだ……!?」
「あぁ……?」
ギロリと向けられた赤い瞳に、雷牙は全身が強張るのを感じながらも彼から視線をはずことはしなかった。
すると、青年は雷牙を睥睨したと、一度頷いてから残虐な笑みを浮かべた。
「そういえば自己紹介がまだだったか。すまない、すっかり忘れていた」
青年は腰から下がっている剣帯に下がっている刀を抜き放つ。
同時に溢れたのは濃密な赤黒い瘴気。
瞬間的にあれが妖刀であると雷牙は理解したが、この感覚には覚えがある。
全身に走る感覚を雷牙は確かに知っている。
どこかなつかしさすら感じるこの感覚は――――。
「俺の名は千條真。とはいってもこれはあくまで俺の依代となった男の名。俺の本当の名は、酒呑童子。だが、お前達にはこちらの名の方がわかりやすいだろう」
ニタリを笑みを浮かべた千條――いいや、酒呑童子の姿が雷牙の瞳の中である姿と重なった。
それは十五年前、まだ雷牙が赤ん坊だったころ、確かに脳裏に焼き付いた災厄の化身の姿。
「――――我が名は斬鬼・村正だ――――」




