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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
138/421

4-5

 スタジアムは物々しい雰囲気に包まれていた。


 外からは緊急時避難警報が聞こえているが、まだ多くの人が観客席に残っている。


 中には避難を始める人もいたが、その間も人々の視線はある一点へ注がれていた。


 視線の先にあるバトルフィールドにあったのは、数名の刀狩者に包囲され、鬼哭刀を向けられている柏原鳴秋の姿がある。


 つい先程まで、バトルフィールドでは元刀狩者であり、五神戦刀祭の出場経験がある鳴秋から出場選手たちへ向けた激励が行われていた。


 が、避難警報が鳴ってすぐ、彼はスタジアムを警備していた刀狩者によって包囲されたのだ。


 雷牙を含めた選手の多くが目の前の光景に驚いているが、雷牙は驚きながらもなんとなくだが彼が包囲されているのに納得してしまっていた。


 昨日の昼間、ほんの少し彼と会話しただけだったが、その時に僅かな違和感を感じたのだ。


 いいや、違和感というよりは、覚えがあると言った方が正しいか。


「柏原鳴秋、再度警告する。両手を頭の後ろで組み、その場に跪け! 妙な気は起こすな!」


「……いったいなんの冗談でしょうか? 私はここでただ彼らに――」


「――口答えするな! これは総隊長命令だ! 不審な行動をした場合は力づくで拘束することになるぞ」


「……わかりました。しかし、理由だけは教えていただきたい! 何故私がこんな扱いを受けなければならないのですか!?」


 鳴秋はゆっくりと腕を組み、その場にひざをついた。


 雷牙たちもその光景に注目してたが、刀狩者から声がかかる。


「選手の皆はすぐに避難しなさい! 外に出たら西の海岸には決して近づかず、避難誘導にしたがって避難を!」


「ま、待ってください! 外では一体なにが起きているんですか!?」


 一人の選手が避難を促してきた刀狩者に問うと、彼は一瞬迷ったような表情を見せながらも苦い顔で告げた。


「クロガネの襲撃だ。ヤツら、戦艦に乗ってきたらしい。そら、わかったら早く避難するんだ!」


 クロガネの名前が出た瞬間、全員に緊張が奔り、選手たちは互いに顔を見合わせると避難を始める。


 観客席でも刀狩者や実況の呼びかけがあってか、鳴秋が拘束されそうになっているのを見ていた人々も段々と避難を開始している。


「私たちも避難するよ。皆できるだけ固まって、はぐれないように」


 龍子の指示に雷牙たちも避難を始める。


 ただ、その最中も雷牙はずっと鳴秋の様子を睨むように観察していた。


「貴様にはこの襲撃を手引きした容疑がかけられている!」


「なにを馬鹿な! どこにそんな根拠があるんですか!?」


「鞍馬隊長が貴様の身辺を改めて洗ったところ、貴様の会社に出資している会社の一つに、企業としての実態が不明瞭なペーパーカンパニーが確認されている。なおかつ、会社の口座には用途不明の高額な金が振り込まれていることも確認している。それがクロガネではないのか!?」


「違いますよ! あれはただの――ッ」


 鳴秋が反論するために声を荒げた瞬間。


 西の空が激しく明滅をはじめ、破裂音のようなものが轟いた。


 同時に島全体が振動する。


「なんだ、これ……!」


「まさかクロガネがもう侵入をっ!?」


「いいや、多分これは周囲に張り巡らせてる防御結界に衝突した音だと思う、だけど、これだけ音が激しいってことは――」


「――連続的に何かがぶち当たってるってことだわな」


「そういうことになるね。急いだ方がいいかもしれない。手遅れになる前に速く行こう!」


 雷牙たちが足を速めると、他の選手たちも同じようにやや足早にスタジアムの出口へ向かおうとする。


 が、彼らは背後から聞こえてきた悲鳴に思わず足を止めてしまう。


 反射的に全員がそちらを見やると、そこには膝をついて無実を主張していたはずの鳴秋の姿はなかった。


 あったのは、包囲していた刀狩者のうちの一人の胸を、残っている方の腕で刺し貫いていた鳴秋だった。


「がぼ……ッ!? ぎ、ぎさまぁ……!!!!」


 胸を刺し貫かれた刀狩者は苦しみながらも鳴秋を睨むものの、鳴秋自身は眉一つ動かしていない。


 その顔には先程まで無罪を主張していた男の悲痛な色はなく、冷徹な殺人者としての顔があった。


「やれやれ、出来ればもう少し速く来て欲しかったですね」


 刀狩者の胸が腕を引き抜いた鳴秋は大きなため息をついた。


 支えを失った刀狩者はそのまま仰向けに倒れこむと、何度か震えたあとぱったりと動かなくなってしまった。


 死んだのだ。


 つい先程まで、圧倒的優位に立っていた刀狩者が、いとも簡単に殺された。


 その事実を突きつけられた瞬間、観客席から悲鳴が上がり、観客たちは我先にと出口へ走った。


「うるさいな……」


「動くな柏原! 貴様よくも仲間を!!」


「警戒対象から視線を外したコイツが悪いんですよ。まぁ、あれだけの音が聞こえれば仕方ないかもしれませんが、いい隙でした」


「こいつ……!!」


「それにしても意外とバレるのが早かったですね。うまく隠していたと思ったんですが。まぁいいでしょう、こちらの準備も整ったことですし」


 彼は懐から短刀を取り出した。


 反射的に雷牙を含めた玖浄院と轟天館の面子が身構えた。


「会長、アイツが持ってるあの短刀まさか……!」


「うん、妖刀だね。しかもこれはあの時と同じ……」


 雷牙は視線を鳴秋が持っている短刀に戻す。


 彼が持っているのは間違いなく妖刀だ。


 しかし、それ以上に雷牙たちにはあの妖刀が発している感覚や雰囲気に覚えがあった。


 そう、これは強化試合の時に襲撃者達や、遊漸が持っていたものと同じ妖刀の感覚だった。


「まさかアイツここで怨形鬼を作り出すつもりかいな! まだ万単位で人残ってるんやで!?」


 轟天館の生徒会長、黒羽が周囲を見回しながら苦い顔をする。


 確かに彼女の言うとおり、スタジアムにはまだ多くの人々が残っている。


 再び怨形鬼を造られようものなら、今度はどれだけ大きな鬼へと変貌するかわかったものではない。


「くははは! 怨形鬼? まさか、そんな美しくないものは作りませんよ」


 黒羽の声が聞こえていたのか、鳴秋は額のあたりに手をあてて体を大仰に仰け反らせながら笑った。


「だったらテメェはなにをするつもりだ!!」


「そう興奮しないでください、綱源くん。見ていればわかりますよ。まぁ、それよりも先に面白いことが起きると思いますが、ね」


 ニタリと鳴秋が口角を上げた。


 粘着質な笑みであり、嘲りがあったのはすぐにわかった。


 もはや彼に先程までの面影はない。


 彼の変化に雷牙達が自分達の得物に手をかけた瞬間、今度は破裂音ではなく、ガラスが砕けるような音と共に空に亀裂が入った。


 いいや、亀裂が入ったのは結界だ。


 結界はそのまま音を立てるようにして崩壊し、再び島全体を振動が襲った。


「くっ!?」


「今度はいったい……!!」


 雷牙達が顔をゆがめる中で、鳴秋だけは笑みを絶やさない。


 恍惚とも取れる表情を浮かべている彼に雷牙が薄気味悪さを感じていると、再び西の空に動きがあった。


「なんだ、あれ……?」


 選手の誰かが声を漏らした。


 皆が視線を向けると同時に、西の空が赤く発光し、轟音と共にスタジアムの真上を赤い閃光が駆け抜けていった。






 狼一は目の前の光景にいらだつように眉間に皺を寄せていた。


 ついさっきまで彼の前には湊や他の刀狩者たちが作った壁が並んでいたはずだった。


 しかし、壁は無残にも破壊され残骸があたり一面に散らばっている。


 周囲にはさきほどの攻撃の余波で火災も発生しており、負傷によって呻き声をあげている刀狩者の姿も見受けられた。


「狼一、怪我は?」


「大丈夫。湊ちゃんも平気かい?」


「なんとか防御が間に合ったからね。でも、近場の子達しか守れなかった」


 悔しげに歯噛みする彼女の後ろには無事な様子の刀狩者の姿があった。


 どうやらあの一瞬で自身の近くに展開していた者達を覆うように壁を作り出したようだ。


「俺の方も全員は無理だった。まさかクロガネの連中、霊力砲まで持ち出してくるなんてな」


 狼一もあの一瞬で動けるだけ動き、数名だけは救助できたものの全員を助けることは不可能だった。


「うん……。もう随分前に製造が禁止された兵器をよくも使う気になったよ」


 二人は土煙の向こう側に僅かに見える黒い砲身を睨みつけた。


 霊力砲、それは霊力が実用段階に入ってしばらくした後に開発された兵器だ。


 当初は斬鬼に対する有効な攻撃手段として注目されていたのだが、砲撃に時間を要することと、運用のコスト、そして街中に配備することが出来ないという欠点から今では製造されなくなった兵器だ。


 が、実際に製造禁止となったのはそれだけが理由ではない。


 明確な理由の一つとしてあげられるのは、その破壊力が高すぎたこと。


 斬鬼に撃った場合、その周囲へもたらす副次的被害も尋常なものではなく、出力の調節をほんの僅かでも誤れば絶大な被害が及ぶ。


 それこそ斬鬼に暴れさせていたほうがまだマシと思えるレベルでだ。


 また、人に直撃すれば削り取られたような死体が出来上がってしまうことからも、人道を外れる兵器として早々に製造が禁止されるようになった。


 既に製造されて各国の軍に配備されていたものも全て解体処分されたはずだが、まさかクロガネに渡っているものがあったとは。


「闇ルートってやつかね」


「……それはない」


 突然聞こえた声に振り返ると、翔が不機嫌そうな表情で立っていた。


「……霊力砲が市場に出た直後にその危険性が指摘され、出回ったものは非常にすくなかったため、出回っていた全ては確実に処分されている」


「じゃあ、あれはクロガネがゼロから作り出したってこと?」


「……そうなるな。向こうにはハクロウに反感を持っている技術者も多くいるらしい。造れないことはなかったんだろう」


「馬鹿げてる……。あんなものを使えばどれだけの被害が出るかわかっているはずなのに!」


「だから、私達で止めましょう。これ以上、被害を出さないために」


 怒気のこもった湊の言葉に答えたのは澪華だった。


 彼女の後ろには篝や遥蘭の姿もあり、隊長陣がようやく集まった。


「遅れてすみません。スタジアムの方にも指示を出していたもので」


「いや大丈夫です。まずは民間人の避難が優先ですから」


「ええ。ですが、状況はあまりよくはありません。というよりも最悪です」


 彼女が目を伏せたところで、狼一はハッと霊力砲が放たれた方角を見やる。


 その方角には僅かにオレンジ色の光が明滅し、黒煙が立ち上っていた。


「まさか、さっきの砲撃が着弾したのは……!」


「はい。島と本土を繋ぐ橋は一本を残して完全に破壊され、港も今は跡形もありません」


「じゃあ船も?」


「はい。一つ残っている橋だけでは、島内の民間人を避難させるのに時間がかかりすぎます」


「本部に救援は?」


「……通信設備も破壊されている。本部が気付くのは、定期連絡がある三時間以上後だろう」


 翔は端末を取り出すも、ホロモニタには『通信エラー』という表示があるだけだった。


 恐らく、民間人の端末も同じだろう。


「作戦本部では通信の復旧も進めていますが、早々には無理でしょう。ですが、私達がやることは変わりません。民間人をクロガネの脅威から守りましょう」


 澪華の言うとおりだ。


 狼一達が派遣されたのは、民間人や生徒達をクロガネから守るためだ。


 状況は最悪かもしれないが、そこに変わりはない。


 それぞれが改めて覚悟を決めた時、ガコン、という重々しい音が響いた。


「どうやら向こうも本腰を入れてくるようだな」


 戦艦を警戒していた篝の声に、隊長陣が視線を向ける。


 見ると戦艦の船体の装甲の一部が徐々に開きはじめていた。


 やがてそれは海岸にスロープのようにかけられた。


 同時に戦艦からは興奮した様子のクロガネの構成員達が次々と現れ始めた。


 彼らの中には意味不明な奇声を発しているものもおり、尋常ならざる雰囲気だ。


 とはいえ彼らの実力は見る限りそこまでではない。


 一般隊士でも冷静になってかかれば普通に倒せるレベルだろう。


 しかし、戦艦から出てきた彼らの一番後ろにいる連中だけは、明らかに異質だった。


「あいつらが鬼刃将か……」


「ああ。クロガネの幹部連中だ」


「数が足りなくない? まさか新都に?」


「その可能性はありえるな。最初から救援をさせないつもりなのだろう」


 襲撃方法は想定外だったが、どうやら同時襲撃の見立てはあたっていたようだ。


「鬼刃将の相手は俺達が、雑兵連中は他の刀狩者に任せる形で?」


「ええ。それでいきましょう。総員! 戦闘準備ッ!! 怪我をしている者は後方で待機! それ以外は、クロガネの対処に回れッ!!!!」


 澪華の声に隊長陣及び、他の刀狩者達も臨戦態勢に入った。


「ヤツらをこれ以上進ませるな!! なにがあってもここを守り切れ!!」 

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