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澪華は思わず下唇を噛んだ。
――どうして気付かなかった!? あれだけ巨大な影をなぜ見逃したの!
ハクロウによる警備は完璧とはいえないにしろ、非常に精度が高かったはず。
それこそ外部からの所属不明機の接近などビーコンに反応がある前に気付くことも可能だっただろう。
けれど、原因を探るのは後でいい。
一度雑念を振り払った澪華は眼下でモニタを見やっている観測官たちを見やる。
黒い戦艦の登場にどよめく観測室だが、その空気を切り替えるように、凛とした声が全刀狩者に向けて通信回線を開いて命令を下す。
「島内の警備にあたっている全刀狩者に告げる!! 西方より所属不明の戦艦が接近中! 直ちに総員戦闘準備!! 付近の刀狩者は一般人に避難指示を!」
凛とした声は観測室にも響き渡り、どよめき、僅かに判断が遅れていた観測官たちも自身がやるべきことを進める。
「観測班は戦艦の詳細の解析と所属不明機に警告を! スタジアム及び、一般客に対する避難指示も――」
指示を飛ばす澪華だが、それを遮るようにして今度は別のアラートが鳴り響く。
それは警戒海域に侵入した時のアラートではなく、鐘魔鏡が異常な霊力を観測した時に発する警告音だ。
「真壁隊長! 所属不明戦艦の周囲に膨大な霊力反応が多数出現! 斬鬼のものではありませんが、非常に高い霊力の歪みを観測しました! さらに、これは……!!」
「言葉を詰まらせるな! 起きていることをそのまま報告しなさい!!!!」
驚愕の表情を浮かべる観測官に少しだけ語気を強める。
すると、観測官は中央のモニタとは別に新たなモニタを展開してから報告する。
「ビーコンからの反応によると、海面の上昇を確認!! 恐らく属性覚醒によるものかと思われます!」
瞬間、中央に展開していた巨大なホロモニタに動きがあった。
戦艦の船首が蛇が鎌首をもたげるように上がったのだ。
海面は不規則に波うち、戦艦の近くには青い燐光がしきりに明滅しているのがわかる。
「まさか属性覚醒で海を操るというの……!?」
澪華だけではなく、彼女の副隊長と観測官たちが驚愕に顔をゆがめた。
属性覚醒において操ることができる炎や雷と言ったエネルギーは、覚醒者の霊力量や技量に依存する。
極論にはなるがマッチ一本程度の火しか操れない者が、街一つを焼き尽くすほどの大火を操ることはできないのだ。
つまり、操れるキャパシティを大幅に超えるということ。
流水の属性に目覚めているとは言っても、水であれば全て操れるわけではない。
海などその最たる例であり、地球という星を覆っている海を操るなど、それこそ地球全体を操ることに等しい。
ゆえに海を操ることは、個人の力では決してできない。
「複数の霊力反応……」
澪華は先ほどの報告を思い出し、一瞬息を詰まらせると、端末を操作して周辺に展開しているビーコンのカメラと、島内から海上を監視しているカメラにアクセスする。
モニタに反映された映像には、戦艦の横に並ぶようにして霊力光が見えた。
島内のカメラのズームを最大にしてそれを見ると、戦艦の横に十以上の霊力光が並んでいるではないか。
既に海面は数メートル上昇しており津波といっても過言ではないほどにまで大きくなっていた。
澪華は背筋に冷たい汗が流れるような感覚を覚える。
瞬間、戦艦に向けて警告を発していた観測官が澪華を呼んだ。
「所属不明船からの応答が来ました。代表者と話がしたいと言っています!」
「こっちにまわしてください。全員に聞こえるようにスピーカーで」
観測官は頷いてから澪華の前にある端末に通信を接続する。
すると、それを見計らったかのようにスピーカーから低音の男性の声が響く。
『御機嫌よう、ハクロウの諸君。さて、こちらの声は聞こえているか?』
「聞こえています」
『お前が代表か?』
「島内の警戒任務の総隊長を任されている真壁です。改めて聞きますが、そちらの所属は?」
『ク、ハハハハ! 所属と来たか、まったくハクロウというのはお堅いな。そんなことこちらが答えずともわかりきっているだろう?』
確かに、わかりきっている。
戦刀祭の開催中に侵入してくる連中など限られているのだから。
この時期にこのタイミングで仕掛けている彼らの名は――。
「――クロガネ、でしょうね」
『ご名答だ、真壁総隊長』
観測官達の表情が険しさを増す。
戦艦での登場は想定していなかったが、誰もがクロガネであろうと理解はしていた。
けれど、こうして事実として突きつけられると、やはり皆緊張が走るのだろう。
『そちらの警告に応えたのは、言っておきたいことがあったからだ。よく聞くがいい』
通信の相手はそこで一拍置いた。
僅かに流れる沈黙に誰かが緊張から喉を鳴らす。
『これは宣戦布告だ。今から攻撃を仕掛ける。抵抗しても構わないが、その場合は刀狩者であろうとなかろうと、殺す』
冷酷な声はその場にいた全員を戦慄させるには十分すぎるほどだった。
ただ一人、澪華を除いては。
「やってみなさい。少しでも攻撃をした瞬間に、こちらも全霊をもって貴方達を拘束します」
『ほう、お美しいことだ。拘束と来たか』
「私達ハクロウは、貴方達のような殺戮者ではありませんから」
『お上品なことで。しかし、攻撃は止めない。防げるものならば防いでみろ』
挑発するようなセリフを吐いて、相手は通信を切った。
澪華は大きく息をつくと、そのまま気を緩めずに観測官達に命じる。
「侵入者はクロガネと断定されました。そして向こうは、はっきりとした交戦の意志がありました。ゆえにここからは決死の覚悟を持って動きましょう」
凛とした声音は、クロガネの登場によって硬直していた観測官達を再び動かし、彼らは各々のやるべきことを始めた。
澪華も副隊長と共に刀狩者が集まっているであろう西の海岸沿いに向かおうとするものの、ふと、翔と通信中だったことを思い出す。
携帯端末を見ると、まだ通信は途切れていない。どうやら待っていてくれたようだ。
「鞍馬隊長、すみません。急だったもので」
『構わない。それで先ほどの話の続きだ』
「ええ、柏原鳴秋についてです。彼は一体……」
西の海岸沿いに集まった刀狩者達は、海を見て息を呑んだ。
「なんだよ、アレ……」
「波の壁……!?」
まだ部隊用の戦闘服ではなく、一般隊士に支給されている戦闘服を身にまとった若い刀狩者は、驚愕と恐怖が入り混じったような声を漏らす。
彼らの前にはまさに波の壁と形容できるほどの大津波が迫ってきていた。
直撃すれば頑丈な刀狩者といえど、無事ではすまないほどの波。
その上には、黒い船体が見えた。
クロガネの戦艦だ。
さきほどの澪華とのやり取りは全ての刀狩者に伝わっていた。
クロガネ襲撃の可能性は十分にあったため、そこまで驚きはないが、まさか大津波を伴って来るとは予想していなかったようで、多くの刀狩者は津波を見て動きを止めてしまっている。
「そら、ボサっとするな! 被害を最小限に抑えるために各々行動しろ!!」
「周辺の民間人に避難誘導は終わってる!? まだなら早く誘導して! もう時間がないよ!!」
「あ、は、はい!!」
動きを止めていた一般隊士に檄を飛ばしたのは、いち早く駆けつけた狼一と湊だった。
二人はある程度指示を出し終えると、先程よりも迫っている大津波に視線を向ける。
「どうする? アレ」
「斬る……ってわけにもいかねぇよなぁ。光凛さんじゃあるまいし」
「まぁそれもそうね。だとすれば、ここは私の出番かな」
「だねぇ。地霊の巫女の力のみせどこだ」
「うん。今、手が空いてる人の中で大地の属性覚醒に至っている人は私のところに集合! 隊に所属してようが、してまいが関係ないから早く!!」
湊の呼びかけを聞いた刀狩者たちが続々と集まってくる。
ある程度集まったところで彼女はこれから行うことを手短に説明する。
「今から私達全員で海岸沿いに壁を作るよ。防御用の結界が展開してるけど、多分それだけじゃ足りない。大きければ大きいほどいいけど、どんな形であれ壁を作って! あの波を絶対に島に入れちゃいけない。わかったら、各自散開!」
「はい!」
隊士たちは各々間隔をあけて海岸沿いに並ぶと、鬼哭刀を抜いて霊力を練り上げる。
防御用の結界は眼には見えないが確かに存在している。
その堅牢さは本物だが、全てを防ぎきれるという万能の代物ではない。
結界には弱点がある。
例えば砲撃のように断続的な攻撃、つまりある程度攻撃の合間があれば破られることはほぼないのだが、一箇所に集中して衝撃を加えると維持が難しくなる。
実際、この結界は斬鬼の攻撃を防ぐためのものであり、今回のような大津波を想定して考案されたものではない。
だからこそ、湊は海岸に壁を作ろうとしているのだ。
「ここにいない方が安全だと思うけど?」
「いるよ。だってここにいないと、アイツら迎え撃てねぇじゃん?」
「あっそ。……来るよ」
「おうさ。こっちの準備は何時でもオッケーだ」
狼一の全身から黄色い雷光が迸る。
既に大津波は目前にまで迫っており、激しい波の音も聞こえている。
そして、大津波と結界が衝突する瞬間、湊が吼える。
「今ッ!!」
短く的確に発せられた声と同時に、展開していた刀狩者達は一斉に海岸沿いに向けて壁を作り出す。
その中でも湊のものは幅も高さも人一倍大きく、彼女の技量の高さを物語っていた。
直後、大津波と結界が衝突し、雷鳴のような音が轟き、僅かに地震じみた衝撃を生み出した。
バチバチと音を立てて紫電が明滅し、結界と津波の拮抗状態を表す。
波は崩れた傍から新たな波となり、激しくうねりながら結界の強度を格段に下げていく。
「やっぱり、結界だけじゃ無理だね……」
「ああ、いいかお前ら、これから先は一瞬たりとも気を抜くな! 相手は俺達を殺す気満々で来る! 絶対に呑まれるなよ!!」
鼓舞するような狼一の声に、刀狩者は皆覚悟を決めた表情を見せ、自然と鬼哭刀を持つ手に力が入る。
「良い表情だ。けど、熱くなりすぎるなよ。心はホットに、頭はクールにだ」
「応ッ!」
返答に気概を感じていると、視線の先で結界に亀裂が入った。
波の勢いは最初から比べると衰えているが、結界に波がしきりに打ち付けているのを見ると、まだ完全に終息していないことが見て取れた。
破られた瞬間に湊たちが作り出した壁があるのである程度は防げるだろうが、戦艦の砲門のことを考えると、無理やりに突破してくる可能性は非常に高い。
「壁、しっかり残しといてくれよ、湊ちゃん!!」
「アンタこそヘマしたら承知しないわよ!」
互いに声を掛け合った瞬間、バギン! という破砕音が轟いた。
ついに結界が破壊されたのだ。
怒涛のように押し寄せる波濤は、勢いをそのままに壁に激突する。
津波の衝撃で幾枚かの壁は突破され、海水が島内に侵入してくるものの、すぐさま刀狩者が互いをカバーしあって出来た穴を塞ぐ。
皆が一丸となって波の侵入を防ぐことで、やがて打ち付ける波音は遠くなり、地面を揺らしていた衝撃もなくなってきた。
「こっから先は絶対に行かせない……!!」
踏ん張る湊の頬には僅かに汗が流れていた。
壁という単純に見えるものでも、強度を保つにはそれなりの霊力と体力を消費する。
しかも彼女の場合はほかの刀狩者以上に大きな壁を作り出しているので、どちらの磨耗も激しいのだ。
けれど、彼女の苦労もここでようやく報われる。
ついに波が完全に動きを止め、ギリギリでせき止めることが出来たのだ。
「よっし、これで一気に――ッ!」
津波を止めたことで、戦艦に攻め入ろうとした狼一だが、不意に襲って来た重圧に体が戦慄を覚える。
同時に入ってきたのは、作戦本部からの通信。
『海岸沿いの刀狩者全員に報告します! クロガネの戦艦から高熱源体を確認!! これは、霊力砲ですッ!!!!』
刹那、赤色の光が壁の向こうで炸裂した。




