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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
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4-3

 Dブロックの試合が始まる頃にはトラブルの影響で進行が遅れたこともあってか、太陽は西へと沈みかけていた。


 濃紺を思わせる空には星も見え初めて折り、夜の訪れを感じさせる。


 綺麗な光景ではあるが、警備にあたる刀狩者達にそれを楽しむ余裕はない。


 多数の刀狩者が配備されている五神島だが、夜はクロガネからしても闇に紛れることができるので好機なのだ。


 ここから朝までは警戒レベルをより引き上げる必要がある。


 作戦本部にいる澪華もそれは同じであり、観測班から上がってくる情報から異常がないかを分析していた。


 が、連日の警戒でさすがの彼女にも疲労が見られ、一頻り定時報告を聞き終えた澪華は椅子に深く腰掛け、目頭を押さえながら大きく息をついた。


「隊長、少しお休みになってください。根を詰めすぎです」


 控えていた副隊長が彼女の身を案じて声をかける。


「大丈夫よ、これくらい。貴方の方こそ休んできたら? 外の警戒を終えたばかりでしょう」


「いいえ。貴女の方こそ休んでください。いつも言っているじゃないですか。任務を遂行するには冷静な判断能力が必要であると。我々に休息を促す前に、貴女が休んでください」


「……そうね。確かに、貴方の言うとおりだわ。じゃあ、少しだけここを任せてもいいかしら?」


「もちろん。ゆっくり休んでください!」


 副隊長はピシッと敬礼をしてから澪華との役割を一時的に交代した。


 澪華はそれに頷いてから作戦本部にある休憩室へ向かう。



 作戦本部にある休憩室には、ドリンクサーバーや携帯食を無料で提供している自販機が置かれている。


 冷たい麦茶と適当な携帯食を手に、澪華は適当な椅子に腰掛ける。


 一度室内を見回すが人影はない。


 広い室内にいるのは澪華だけだった。


 せっかく部下が心配して提供してくれた休息なのだから、一時間ほど仮眠を取ろうかとも思ったが、総隊長を任せられている以上、あまり堂々と休むべきではないだろう。


「少し肩の力を抜くくらいでね……」


 息をついた澪華は麦茶を飲む。


 よく冷えた麦茶を嚥下すると少しだけリラックスできた。


 そのまま彼女はしばらくぼーっと中空を見上げ、全身から力を抜いて脱力する。


 普段の彼女を知る者からすればかなりだらけたようにも見える光景だが、これは彼女なりの休息術である。


 しばらくそのままの状態でいた澪華だが、壁の時計がカチリと時を刻んだ瞬間、ゆっくりと体を起して大きく深呼吸する。


「よし、脱力終了。うん、やっぱり適度に力を抜くことは必要ね」


 頷いた彼女は携帯食を口に放り込むと、端末からウィンドウを呼び出して観測室とリンクしている周辺の警戒状況を確認する。


 副隊長からは休むように言われているが、どう休むかは自分で決める。


 それに完全に仕事から離れてしまうと、それはそれで警戒が緩みきってしまうので澪華からするとこれくらいがちょうどよいのだ。


「周辺空域、海域とも今のところは変化なしね。まぁ、さっき確認した時から対して時間は経ってないんだから当然といえば当然だけど……っと、そうだ」


 ふと何かを思い出した彼女は、観測情報とは別のウィンドウを展開する。


 空中に表示されたウィンドウに投影されていたのは、誰かの個人情報だった。


 まるで履歴書のように纏められた情報の最上部の欄にあった名前は――。



 ――――柏原鳴秋。



 それは今スタジアムで試合の様子をテレビで解説している男の名前だった。


 最初、彼の経歴を見たときは特にこれと言った違和感を感じなかった。


 しかし、つい先日、彼が二回戦が終わった段階でそこまで勝ち上がった選手達に向けて激励の言葉を送るという催しがあると聞き、もう一度鳴秋の経歴を確認したのだ。


 その時、妙な違和感に気がついた。


 総隊長という立場上、関係者の経歴には一通り目を通してはいたが、あまりに膨大すぎるため最初は気付けなかったことだ。


「やっぱり……彼には一年間のブランクがある……」


 口元に手を当てて考える澪華が注視しているのは、彼の経歴の一部。


 鳴秋は刀狩者を引退した後、会社を立ち上げている。


 事業内容は主に引退した刀狩者達の社会的なサポートや、再就職先の斡旋などの人材派遣業務のようなものだ。


 そのような会社自体はそれなりにあるが、彼の会社は設立当初から頭角を現しており、今では大手とされるほどになっている。


 だが、澪華にはそこがどうにも気がかりだった。


 ゆえに彼女は鳴秋が引退した理由から調べた。


 記録によると彼は自分から引退すると告げたようで、その理由は腕を失ったことによる実力の低下とのこと。


 これに関してはこれといった疑問は感じなかったが、深く調べると彼は引退直前に医師からとある診断を受けていた。


 それは過度なストレスによる精神的不調というものだった。


 世間一般的に言えば所謂「うつ」の状態で、その症状は非常に深刻であったらしい。


 つまり彼の引退の理由は腕の欠損だけではなく、精神的な要因も絡んでいるということ。


「一年間のブランクはそのうつ状態を治すためだった? いや、だとしても治療が完了してすぐに社会的な地位を築けるものかしら」


 元々彼は五神戦刀祭にも出場しており、斬鬼対策課では部隊員でもあった。


 名前もそれなりに知られているため、もしかするとそれが成功に起因したのかもしれない。


 が、澪華にはどうにも話が出来すぎているようにしか見えなかった。


 刀狩者は命をかけて戦う職業であるため、給料事情はどんな職種と比べても高い。


 貯金を使えば会社を立ち上げることはできるだろうが、精神疾患を患っていたものがすぐに社会的な地位を確立できるとはどうにも思えなかった。


 これがそれなりの年月をかけていれば話は別なのだが、彼の場合はあまりにも速過ぎる。


 ゆえに疑わしい。


「仕方ないわね」


 澪華は麦茶を飲んだ後、端末の通信ボタンをタップして同じ隊長である鞍馬翔に繋ぐ。


『……鞍馬だ』


「突然すみません、鞍馬隊長。少しよろしいですか?」


『……構わない。どうかしたのか?』


「ええ。貴方の元諜報課としての力を貸して欲しいんです。柏原鳴秋について調べることは可能ですか。もっと深い経歴とできれば彼が経営している会社についても知りたいことができまして」


『……なるほど。わかった、諜報課の知り合いに早急に調べさせる』


「ありがとうございます。では、調べが終わった時は連絡をお願いします」


『……了解した』


 翔はそっけなく通信を切ったが、彼はキッチリと仕事をこなす男だ。


 無愛想に見えても頼んだ仕事は必ず遂行してくれるだろう。


 鳴秋のことが杞憂であればそれはそれでいい。


 しかし、英国元支部長の件もある。


 用心しておくにこしたことはないだろう。


「……できれば何事もないといいのだけど」


 澪華は天井のライトを見上げながら溜息をついた。






「ボス、別動隊から報告が来ました。合図があればいつでも始められるとのことです」


「そうか。なら、戦闘員を全員甲板に集めろ。計画前に士気をあげておくにはちょうど良いだろう」


 側近からの報告に歯をぎらつかせたのは、クロガネのボスとされる角を生やした男。


 ボスの一言で側近の一人は腰を折ってから艦内通信を使って召集をかける。


『総員、甲板に集まれ。ボスからのお言葉だ』


 すぐさま艦内は慌しくなり、そこかしこから足音が聞こえ始める。


 ボスと側近はそれを聞きながら甲板へ上がっていく。


 二人が到着すると、既に配下達が集合していた。


 そのうちの一人がボスの登場に気付くと、皆口々に彼に期待の眼差しを向ける。


 視線を感じながら彼は配下達の前に立ち、鞘に納まった妖刀を軽く甲板に打ち付けた。


「さて、ようやくこの時がやってきたわけだが、準備はいいか?」


 幹部である鬼刃将や、側近達に赤い瞳を向けると、彼らはそれぞれ頷いて笑みを浮かべる。


 彼らだけではなく、末端の配下達も瞳をぎらつかせており、一人一人が興奮気味だ。


 目の前に広がる光景に満足げな笑みを浮かべたボスは満足げに頷いてから大仰に腕を広げた。


「ならば、好きに暴れろ。計画に邪魔なハクロウの連中は殺せ! 金品が欲しければ好きに奪え! ハクロウに虐げられてきた恨み、ヤツらにとく味わわせろ! そして仔犬共には、この世界の真実を教えてやろうじゃないか。ヤツらが守ろうとしているものがどれほど愚かで、汚い連中なのかをなッ!!!!」


 ギラリとサメを思わせる歯を見せて笑うボスに、配下たちは歓喜の雄叫びを上げる。


 彼は配下たちに背を向けると、笑みを強めて告げる。


「さぁ、進軍開始だ……!!」


 地平線の先に見えているスタジアムの影を捉えながら船は進む。


 その背中に禍々しい意志を乗せながら。






『勝者! 辻直柾選手!』


 スタジアムではDブロック二回戦の最終試合が幕を下ろしたところだった。


 雷牙達は特別観覧席から直柾の勝利を見届けたが、彼らの表情は一様になんともいえない表情だった。


「相変わらずえげつねぇな、辻先輩……」


「さすが斬刑之皇と呼ばれているだけはあるな……」


「まぁ直柾くんは過激だからねぇ」


 彼らの視線の先にあるバトルフィールドには、僅かに傷を負った直柾がいたが、彼の前には夥しい量の血飛沫のあとがあった。


 試合は終始直柾が圧倒しており、あの血痕は相手選手を切り刻んだことによって生まれたものだ。


 同校の先輩が勝ったのだから喜ぶべきなのだろうが、いまいち素直に喜べない。


「とりあえずこれでウチは四人が勝ち上がったね。で、このあとは――」


 龍子が微妙な空気を払拭しようと声を上げると、実況が割って入った。


『――このあとのプログラムですが、出場選手は参加できる人のみバトルフィールドに集合してください。ゲストである柏原鳴秋さんによる激励のあいさつがあります。観客席の方々もご自由にご参加していただいて構いません。また、お帰りになる方々は速やかにホテルに戻るようお願い致します』


「――ってわけだから、とりあえず私達はフィールドに行こうか」


 実況に取られたことが少しだけ気に食わなかったのか、やや眼を伏せながら龍子が告げ、雷牙と瑞季は彼女についていく。


「あぁそうだ、レオノアなんかはどうする?」


「観客席で見ています。戻る時にまた集まりましょう」


「こっちから連絡するよ」


「おう、了解。ヴィクトリアさんは?」


 雷牙が視線を向けると、彼女は被りを振ってから答えた。


「私はハクロウの方でやることがあるから抜けるわ。それに学生同士の中に私がいても邪魔だろうしね。それじゃあ皆、終わった後はすぐに帰ってあまり夜更かしはしないようにね」


 ヴィクトリアは指を立てて注意すると、スタジアムの出口へ向かった。


 それに続くようにレオノア達も観客席へ降りる通路へ歩き出す。


「じゃ、俺達も行くか。疲れてっからちゃちゃっと終わりにしてもらいたいもんだけどな」


「そう言うな。こういうのも貴重な経験の一つだ」


「そうそう。もしかしたら心に響く言葉が聞けるかもよー」


「だといいんスけどねぇ……」


 雷牙は肩をすくめて、二人と共にバトルフィールドへ降りて行く。


 けれど、彼の心の奥底では、昨日の昼間に出会った鳴秋に対する疑問が少しだけ燻っていた。






 作戦本部では休憩を終えた澪華が観測室に表示されているホロモニタを注視していた。


 時刻は午後八時前。


 既に陽はとっぷりとくれ、スタジアムでは三日目の最終プログラムである柏原鳴秋による激励のあいさつが行われようとしていた。


 できることならこのプログラムは中止にさせようと思っていたのだが、彼への疑念に確信が持てない以上下手に動くことはできない。


 端末を握り締める手に自然と力が入り、翔からの連絡を今か今かと待ち望んでいると、それに答えるように端末が震えた。


 モニタを展開すると翔からだ。


「鞍馬隊長、なにかわかった――」


『――今すぐに柏原を拘束してくれ!!』 


 すぐさま通信を開くものの、返ってきたのは焦った翔の声だった。


『よく聞いてくれ、あの男は――』


 続けて彼が声を発するものの、その続きは突然飛び込んできた緊急アラートによって阻まれる。


 耳をつんざくアラートに続いて澪華に届いたのは、緊張の混じった観測官の声だった。


「真壁隊長! 西方のビーコンに反応!! 所属不明の船舶が結界内に侵入しようとしています!!」


「映像は!?」


「出します!!」


 スタジアムの様子を写していたモニタが切り替わり、ビーコンに搭載されているカメラの映像に切り替わる。


 写しだされた映像に観測官達が思わず驚愕の声を漏らす。


 モニタに写っていたのは、巨大な影だった。


 便宜上、船舶と表現していたものの、その巨大さからしてただの船でないことは明らかだった。


 甲板には長大な砲身がいくつも並んでおり、あきらかに戦闘用の船だ。


「これは……戦艦……ッ!?」


 もはや文献や過去の戦争の記録程度しか見られない戦闘用の艦船の全様がモニタに写しだされていた。 

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