4-2
鈍いを音を立てて岩礫が顔面のすぐ近くを擦過していった。
僅かに頬から出血するものの、治癒術は使わずにそれを放置する雷牙はその場から大きく飛び退いた。
瞬間、襲って来たのは人一人なら軽く押し潰せてしまうような巨岩。
着弾ギリギリで回避が間に合ったため潰されるようなことはなかったが、強烈な衝撃が雷牙の体を揺らす。
「チ……ッ」
「ハハハハ!! そぉらどうしたルーキー! 逃げてるばっかか!!」
舌打ちに続くようにして聞こえたのは、挑発の声だった。
そちらに視線を向けると奇抜な髪型と髪色をした青年が汚い笑みを浮かべて立っている。
現在、スタジアムで行われているのはCブロック二回戦第二試合。
つまりは雷牙の試合だ。
相手は育成校の中で最も殺伐とした育成校として名高い極楼閣の選抜選手だ。
確か名前は山軋三岳だったか。
一回戦でみせた瞬撃を警戒してか、開始の瞬間にフィールドの一部を隆起させて雷牙の動きを封じ、それ以降はロングレンジからの攻撃に徹している。
「ったく、刀狩者ならもうちょい近接戦で来いっての……!!」
遠くから岩塊を飛ばしたり、時に地面を隆起させるなどして攻撃を行ってくる彼に、雷牙は悪態をつくものの、相手にそんな声は聞こえていない。
「最初の攻撃が決まらなきゃ防戦一方かよ、情けねぇ!! よくそんなんでスーパールーキーなんて言われてんなぁ!!」
明らかに雷牙を挑発する声だが、雷牙は全てを無視して岩塊の回避と防御に徹する。
が、雷牙が考えていたのは戦っている彼の言動や態度だ。
試合開始前から彼は非常に素行が悪く、レフェリーにも何度か注意をされていた。
シード選手なのだからそれなりに礼節があるものかと思っていたが、全てに礼儀が備わっているわけではないらしい。
「つっても口悪すぎだろ……! 一応アレでも極楼閣の生徒会役員だって聞いたぞ!?」
試合開始前に龍子や舞衣から伝えられた情報によれば、彼は一応極楼閣の生徒会役員だ。
シード選手というだけあってその実力も高いようだが、先ほどから聞いているかぎり、かなり性格に難がある。
といっても、極楼閣の校風上それも仕方ないといってしまえば仕方ないらしい。
極楼閣は超がつくほどの実力主義を貫く校風であり、生徒会の選出も生徒会戦挙という立候補した生徒総当りのバトルロイヤルで決めるほどだ。
育成校の顔でもある生徒会であっても、素行が良い生徒が集まるわけではないのだ。
それゆえ極楼閣の生徒会は影で不良生徒会と揶揄されているとか。
「辻先輩がかなりまともに思えてきたな……」
彼は玖浄院の問題児といわれているが、この光景を見ているとかなり良識があるほうなのではと思ってしまう。
まぁ、口が裂けても本人の前では言いたくないが。
『綱源選手、本当に防戦一方ですが本当に成す術がないのでしょうか! このままで本当に押し切られてしまいそうですが……!!』
実況も雷牙が押されていると見ているようだが、それは誤りだ。
「ただ逃げてるわけじゃねぇっつぅの!」
雷牙はニッと笑みを浮かべると、飛来してきた巨岩の上にあっさりと立ち、それを足場にして蹴った。
グンと加速した雷牙はそのまま山軋へと迫る。
途中、山軋の口元が「馬鹿が!」と動き、戦斧型の鬼哭刀を地面に叩きつける。
フィールド全体が大きく振動したかと思うと、大きな亀裂が入り、一歩を踏み出そうとしていた雷牙の足場が消失した。
さらに、割れたフィールドが隆起し、岩の槍となって雷牙を襲う。
「落ちて潰れろ!!」
高らかに告げた山軋の声は勝利を確信しており、顔には笑みがあった。
だが、雷牙はまだ笑みを浮かべたままだ。
「これぐらいじゃまだ、ピンチにゃあなってねぇんだよ!」
ギラリと光った雷牙の瞳には自信があった。
山軋も一瞬それに戸惑ったような表情を見せたが、構わず攻撃を続けた。
岩の槍は両側から迫り雷牙を押し潰す――瞬間、雷牙は空中へと躍り出た。
そのまま雷牙はさらにもう一度上へ飛び上がる。
彼の足元では一瞬だけ青い霊力が煌めいており、山軋もそれに気がついたようだ。
「テメェ、霊力で足場をッ!?」
「ご名答!」
雷牙が飛び上がった原理は非常に単純だ。
山軋が言ったように、雷牙は岩の刃が直撃する瞬間、足元に霊力を固める事で簡易的ではあるが足場を作り出したのだ。
あとはそれをグッと踏み込んで上で飛んでやれば、回避することが可能というわけだ。
これは技という技ではないが、足場の生成にはそれなりの集中と精密な霊力操作が求められる。
少し調整を間違えただけでも霊力が膨れ上がってあらぬ方向に飛ばされる可能性があるのだ。
落ち着いた状況でなら可能だが、端から見れば先ほどの場面は明らかに落ち着ける状況ではなかった。
瞬時に足場を生成したのは、どんな状態でも焦らない雷牙の強靭な胆力と精神力があったからこそ出来た芸当だ。
「けどミスったな綱源! んな高く飛んだら良い的だぜ!」
ニタリと笑みを浮かべた山軋の足元が盛り上がり、四つの土の蛇が姿を現した。
『出ました! 山軋選手の大技の一つ、地殻蛇です! 昨年より数を増やしているようですが、綱源選手、この窮地を脱することができるでしょうか!』
「霊力の足場を使ったとしても、満足に動けねぇだろ! そんな状態でこいつが避けられるか!」
「……そういうセリフは負けフラグっスよ」
「ぬかせぇ!!」
雷牙の煽りに効果があったのかはわからないが、山軋は戦斧を振るった。
すると、土によって作られた蛇の一体が雷牙に喰らいつこうと大口を開けた。
口の中は土が殆どだったが、牙に当たる部分には鋭利な形をした岩が並んでおり、噛みつかれれば致命傷は免れないだろう。
観客の殆どは雷牙が回避するだろうと思っているはず。
それは恐らく山軋も同じであり、それを想定して他の蛇を展開させている。
雷牙とてそんなことは百も承知。
だからこそ雷牙は回避をしなかった。
そればかりか蛇の口に自分から飛び込んでいく。
「なっ!?」
山軋が驚く声が聞こえたものの、彼の蛇はそのまま雷牙を飲み込んだ。
『こ、これは綱源選手、食べられてしまいました!! どういうことなんでしょう! 試合を放棄したと取っていいんでしょうか……!?』
実況の声も疑問符があり、観客席では僅かに悲鳴が上がっている
皆、雷牙が蛇の口の中で押し潰されていることを想像しているのだろう。
しかし彼らの想像は次の瞬間にはあっさりと破られる。
突如、雷牙を飲み込んだ蛇の頭が大きく膨らみ、生じた亀裂から赤い燐光が顔を出した。
それは大きな光りとなり、やがて蛇の頭は完全に爆散する。
つい先ほどまであった蛇の頭の上だったものに立っていたのは、完全に無傷の状態の雷牙だ。
頬に出来た小さな傷も塞がっており、傷らしいものは皆無だった。
「野郎、あえて飲まれやがったか……!!」
山軋は毒づき、別の蛇たちを操ろうとしたものの雷牙を飲み込んだことで出来た一瞬の気の緩みが判断を鈍らせた。
雷牙が蛇の頭を蹴り、そのまま蛇の背中を滑るようにして山軋との距離を詰め始めたのだ。
「チィッ!!」
すぐさま三匹の蛇がそれを追うものの、雷牙の方が早い。
赤い染まった霊力を纏いながら接近する雷牙の口元には笑みがあり、自信に満ち溢れていた。
が、雷牙はゾワリと背筋に嫌な予感が奔るのを感じた。
「舐めるな、一年坊!!」
山軋が怒鳴った瞬間、背後から感じていた質量が一気に消え去った。
不信に思い背後を見やると、そこに土の蛇の姿はあったが、動きは完全に止まっていた。
そして今度は正面から濃厚な殺意を感じ、視線を向けると巨大な蛇が鎌首をあげたところだった。
「これなら、どうだッ!!!!」
巨大な蛇が雷牙に向けて放たれる。
質量的には明らかに上であり、まともに受ければ防御の上からでも潰されることは確実。
回避するにしても巨大すぎるゆえ掠っただけでも吹き飛ばされ、せっかく詰めた距離が無駄になる。
で、あればやることは一つだ。
「……そうじゃなくちゃ、面白くないよなぁ……!!」
雷牙は笑みを強くする。
けれどその笑みはただの笑みではない。
戦いに興奮し、血を滾らせ、魂が高揚している戦闘狂としての笑みがそこにはあった。
歯茎まで見せるほどの笑みは、スタジアム全体のモニタに写しだされ、観客達すらも恐怖させる。
「終わりだ、綱源ぉ!!!!」
蛇の大口が雷牙へと迫り、山軋が吼えた。
が、大口が雷牙と噛み砕こうとした瞬間、赤い光が強く弾けた。
「――鬼鏖斬刀・緋光刃・連閃華――――ッ!!!!」
刹那、赤い斬閃が大蛇へ向けて連続して放たれる。
空間にすら刃の軌跡が残ったそれは、大蛇の動きを完全に止め、次の瞬間には、大蛇の体に幾重もの鋭利な亀裂が入り、その巨体を瓦解させていく。
「くっ!!??」
大技を打破された山軋はすぐさま雷牙に向けて次の一手を放とうとするが、すでにそこに雷牙の姿はなかった。
「消え――――ッ!!??」
驚くのも束の間、彼はすぐさま上を見上げた。
そこに雷牙の姿はあった。
山軋の直上で、彼は鬼哭刀を担ぎ足元に霊力を集中させていた。
「これで――」
雷牙はグッと足に力を込め、蹴る。
続けて赤い霊力を推進力として加速し、山軋へと迫る。
「く、そがァ!!」
ダメ押しとして山軋が槍を放つものの、すでに遅い。
槍は雷牙を捉えることができない。
雷牙は山軋に肉薄すると、赤い斬閃を空間に刻み付ける。
「――――終わりだ」
キンッという甲高い音が響いた瞬間、空間には縦一閃の赤い斬閃が残る。
やがてそれが消えると、山軋は大量の血を撒き散らしながら仰向けに倒れこんだ。
同時に操っていた全ての岩や土が崩れ、フィールドへと降り注ぐ。
全てが崩れ終わると、レフェリーが駆け寄って彼の容態を確認するものの、結果は既に決まっていた。
『今、レフェリーからの判断が下りました! 試合終了です!! 勝者は玖浄院の綱源選手!!!! 一昨日の勝利も鮮烈でしたが、今回の勝利もまた心に残るものでした!! これは非常に面白くなってきましたね!』
観客が湧き、雷牙は兼定を鞘に納めてから山軋に対して頭を下げ、フィールドを後にする。
若干の危なさはあったが、これで雷牙も二回戦を突破した。
そして次の試合は、例の彼女とだ。
雷牙は摩稜館の特別観覧席を見やると、口元に笑みを浮かべた。
「……倒してみせるぜ、天才少女」
強敵との邂逅に心躍らせながら雷牙は瑞季達の待つ観覧席へと戻っていく。
雷牙の試合は勿論全国ネットで中継されており、メディア用に設けられた解説席では鳴秋がちょうど解説を終えたところだった。
「やはり彼は面白いですね。これは今年のダークホースかもしれませんよ」
「なるほど。確かに見ごたえのある試合でしたね。両選手の気迫がここまで伝わってくるようでした!」
「ええ。この後も彼には頑張って欲しいですね」
「はい! この後といえばDブロックが行われますが、確かその後に勝ち抜いた選手達に向けた柏原さんによる激励があるそうですね!」
「そうですね。まぁ激励といっても、簡単なことしか言えないと思いますが、出来るだけ彼らの心に少しでも響く言葉を言えたら良いと思います」
「こちらとしても楽しみにしています! 頑張ってください!」
女性リポーターが言うと、ちょうどCMに入ったようでスタジオ全体の空気が少しだけ緩む。
鳴秋も少しだけ肩の力を抜くものの、僅かに失った腕が疼くのを感じ、肩のあたりを押さえる。
「……彼らの心に響く、か。あぁ、響かせてやるとも……」
濁った瞳は試合が終わったスタジアムに向けられており、瞳の中にはどこか怒りにも似た感情が渦巻いているように見えた。
「いやー、相変わらずすごい戦い方だねぇ。雷牙くんは」
「それが彼らしいところです」
「はい! 自ら蛇の口に飛び込むなんて、雷牙さんじゃないと出来ませんから!」
龍子の言葉に瑞季とレオノアはそれぞれ満足したように頷いていた。
「……まぁ、それもそうだね。さて、これで私達は三人勝ち上がったわけだけど、そっちの準備はできてるの? 直柾くん」
「言われるまでもねぇ。ハナっから負けるつもりなんざこれっぽっちもねぇよ」
龍子の視線の先には席を立って控え室に向かおうとする直柾がいた。
彼はすこし気だるい様子だったが、既に闘気を纏っており、完全に戦闘態勢へと入っていた。
「心配すんなら、近藤の心配でもしてやるんだな」
「そういうことは言わない。じゃ、頑張ってきてね」
「……へいへい」
直柾は軽く手を挙げて答えながら観覧席を出て行った。




