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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
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4-1 闇底より鬼は来たる

 戦刀祭三日目。


 シード扱いだった選手も参戦したトーナメントはさらに激化していた。


 一昨日勝利した者が勝利できるとは限らず、中には敗北したものもいた。


 けれども、瑞季、そして龍子の二人はそんな中でも勝利を収める。


 瑞季の相手は星蓮院のシード選手で、それなりに苦戦を強いられたようにも見えが、最終的には瑞季の卓越した剣技によって相手は下された。


 とはいえ瑞季も無傷ではなく、重傷ではないにしろ傷を負っており今は医務室へと担ぎ込まれている。


 続いて行われたBブロックの試合では、逆にシード選手である龍子が対戦相手を迎える形となった。


 当然のように龍子が勝利を収めた。


 しかも完全な無傷の勝利、完勝である。


 同時に勝ち残っている全ての選手が彼女への警戒を強めた。


 もともと去年の優勝者だけあって警戒はされていたが、それでも参加選手の一部はたかを括っていた。


 が、常人離れした圧倒的な剣技と、完全無比ともいえる氷結の力を目の当たりにしたことで、彼らは思い知ったのだ。


 武蔵龍子こそが、十代の中で最強という頂に位置する武人だということを。


 とはいえ、皆が皆彼女を恐れ、警戒するというわけではなく、逆に龍子と戦えることを嬉しく思い、闘志を滾らせる者も存在する。


 そのうちの一人が、彼女と同じく玖浄院に籍を置き、生徒会の役員をつとめている近藤勇護だ。


 勇護と龍子は玖浄院入学時から注目され、どちらも早くから頭角を現していた。


 ちょうど今の雷牙と瑞季と言った感じか。


 けれど、勇護は彼女と試合をして一度も勝利したことがない。


 僅差までは迫れることはあっても、いつも彼女が一枚、いいや二枚は上を行っていた。


 正直なことを言えば、心のどこかでは彼女に敵わないのではないかと思っている。


 何度も斬られて、何度も負けた。


 それでも諦めることはできなかった。


 龍子に勝ちたい。


 そのために研鑽を積み、ここまで来たのだ。


 彼女に勝利するためなら、たとえ同校であろうと、実力者であろうと叩き伏せる覚悟はある。


 だからこそ、次の試合も必ず勝つ。


 そう胸に刻み、彼はバトルフィールドへの道を歩いていった。






 しかし、現実とは時に非情で無慈悲で、そして残酷だ。


 一人の少年がずっと胸に抱いていた、一人の強者に勝ちたいという思いを簡単に踏みにじる。


 たとえどれほどの努力を積んでいようと、敗北は訪れてしまうのだ。


 そしてそれが実際に起きてしまうのが、五神戦刀祭である。







 Bブロックの最後でフィールドに張られているバリアにちょっとしたシステムトラブルが生じ、午後の開始時間は大幅に遅れた。


 時刻は午後三時半を過ぎており、今はCブロック二回戦第一試合が行われている。


 が、雷牙達は目の前で繰り広げられる試合にただ驚いていた。


 出場選手は雷牙達の先輩である勇護と、摩稜館の生徒会長、摩雅彌アリス。


 体格は圧倒的に勇護が勝り、経験でも勇護が勝っている。


 相手が天才と呼ばれている生徒会長だとはいえ、雷牙は心のどこかで勇護が勝つものだと思っていた。


 しかし、実際は違った。


「なんという……」


 隣で口元を押さえながら漏らしたのは瑞季だった。


 彼女が驚くのも無理はない。


 バトルフィールドには袖口から無数の鋼線を延ばしているアリスの姿があった。


 彼女表情に陰りはなく、ただジッと勇護を見据えている。


 体に傷はなく、頬を赤く染めているのは勇護の血だ。


 彼女の前には、全身のいたるところを切り刻まれ、おびただしい量の血を流している勇護が辛うじて立っている。


 試合は最初こそ勇護が攻めていた。


 いや、攻めていたように見えたと言った方が妥当か。


 この状況が作りだされたのは本当に一瞬のことだった。


 決して勇護に油断はなく、一切の手加減もなかったのだ。


 鋼線によってからめとられることもなく、彼はアリスを攻め立てていた。


「勇護くん……」


 ふと聞こえた声に雷牙が視線を向けると、やや険しい表情の龍子がいた。


「会長、さっきのって」


 声をかけると彼女は険しくなっていた表情を少し崩して静かに頷いた。


「うん。勇護くんの攻めの手が一瞬緩んだところを狙われたね」


「え、でも近藤先輩の動きに緩みなんてありませんでしたよ?」


「そうっスよ! ずっと猛攻してる感じで、あのまま押し切れそうな感じもしてたじゃないっスか!」


 舞衣と玲汰はそれぞれ声を上げたが、龍子はそれを否定せずにただ静かに頷いた。


「二人の言うとおり、勇護くんは攻めていたよ。だけど、攻めていたとしても隙っていうのは確実に生まれるんだよ。例えば攻撃と攻撃の合間とかにね」


「それってどういう――」


「――呼吸です」


 玲汰の声に答えたのはレオノアだった。


「呼吸?」


「はい。人間が体を動かすには十分な酸素が必要です。もちろん無呼吸でも動けますが、ずっとその状態でいることは不可能です。だから、攻撃の合間に僅かですが一拍置いて肺に酸素を取り入れる必要があります」


「レオノアちゃんの言うとおりだよ。勇護くんも呼吸に関してはかなり隠していて相手に悟られないようにしていたけど、アレだけの鋼線を操るアリスちゃんの洞察力は桁違い。大きく呼吸する瞬間を見逃さず、的確に思い一撃を叩き込んだ」


「あの白い槍みたいなヤツっスか」


 雷牙は数瞬前に見た光景を思い出す。


 この惨状になる前、つまりは勇護が隙を突かれたとき、アリスの手の中には白い槍があった。


「アレって、鋼線を纏めて造った槍っスよね?」


「そう。操っている鋼線を霊力で一つの強靭な槍へと変えて、勇護くんの肩を抉った。鋼線は切断力は高いけど、一本一本の強度はそこまで高くない。パワーアタッカーの勇護くんは簡単に切断できてたでしょ?」


「だから防御じゃなくて回避を優先してたってわけっスか」


 勇護の猛攻をアリスは最初こそ鋼線をクロスさせたり、束ねたりして防御していたものの、勇護の力の前に鋼線は限り無く脆く、簡単に切断されていた。


 だから彼女は回避を優先したのだ。


 そして回避しながら勇護の動作と挙動を一切見逃すことなく観察し、そして隙を見つけたのだ。


 あとは出来た隙に槍を突き刺すだけ。


 可愛い顔をしながらも実に強かな少女だ。


「しかし、あの出血量ではもう……」


 瑞季のいうとおり、勇護の状態を見るにもう長くは戦えないだろう。


 このままアリスが手を出さずとも、回避を続けていればいずれ彼は勝手に倒れる。


 それほどまでに絶望的な状況だ。






 ――これほどとはな……。


 勇護は目の前に佇む少女、いいや童女の実力に驚いていた。


 龍子から天才だとは聞いており、対抗策も用意していたが、それはいとも簡単に突破された。


 火炎による遠距離攻撃も、彼女の前には無力であり、極細の鋼線によって瞬く間に体を切り刻まれた。


 立ちはだかるものを叩き伏せると覚悟しておきながらなんてざまだと、自嘲気味の笑みが零れる。


「く……」


 膝が震え、視界はぼんやりと霞む。


 呼吸は荒くなり、全身に感じる虚脱感はさっきよりも強くなっている。


 どうやら立っていることすらままならなくなってきたようだ。


 すると、アリスがやや緊張した様子で問いを投げかけてきた。


「降参は、していただけませんか?」


 声音は優しく、身を案じていることはすぐにわかった。


 決して勇護を下に見ているとか、勝負がついているから諦めろといっているわけではない。


 アリスは単純に勇護のことが心配なのだろう。


「……心配には及ばん。俺はまだ、戦える……!!」


 勇護は口元の笑みを強め、切先をアリスに向けた。


『近藤選手、試合を続けるようです! しかし、さすがにあの出血量では……!!』


 実況の声も心配があり、視界の端ではレフェリーが実況に対してなにか指示を出していた。


『えー、ただ今レフェリーから指示がありました。次の剣戟が終わった瞬間に試合を終了するとのことです! 両者ともよろしいですね!! これに違反した場合、たとえ試合に勝っていようと負けになりますのでご注意ください!』


 どうやらレフェリーは勇護の傷を案じてジャッジを昏倒や失神ではなく、剣戟が終わった瞬間を試合終了に決めたようだ。


 まぁそれも当然といえば当然だろう。


「ならば、俺がやることは一つだな……!!」


 勇護は鬼哭刀から片手を離し、拳を胸の前で作る。


 瞬間、彼の体が燃え上がった。


 観客席から悲鳴が上がったが、勇護はおかまい無しに炎を強める。


 実際に燃えているのは全身につけられた傷跡だ。


 じゅうじゅうと傷口が焼け、僅かに肉のこげる臭いが立ち込める。


 焼灼止血法。


 出血面を焼くことで止血する方法である。


 勇護は雷牙のように治癒術に長けているわけではない。


 得意ではないと言った方が正しいか。


 だからこそ、己の体を痛めつけるこの方法を選んだ。


 大量出血している今では大した効果は望めないが、焼けた痛みによって僅かだがぼんやりしかけていた脳と視界がクリアになった。


「なんて無茶を……」


「無茶をせねばお前を倒せないと思っただけだ……。さぁ、行くぞ!」


 勇護が纏っていた炎が完全燃焼の青い炎へと変化する。


 煌々と燃える青焔は勇護の覚悟の大きさを現すように大きくなっていく。


 アリスも彼の覚悟を感じとったのか、初めて袖から手を出して構えた。


 指先に白金の細工が施された手袋からは、無数の鋼線が一切絡まることなく伸びている。


 二人の間に僅かな沈黙が流れたが、彼らはそれぞれが呼吸を終えると同時に動いた。


 青い炎を纏い、突貫する勇護。


 決してヤケになっているわけではない。


 劣っているのはわかっている。


 自分が天才と呼ばれる者達に敵わないことも。


 だが、それが諦める理由にはならないし、ヤケを起す理由にもならない。


 僅かな希望があるのなら、それを求めて突き進むのだ……!!。




「――蒼龍(そうりゅう)灼炎槍(しゃくえんそう)――ッ!!!!」




 足から炎を噴射し、ジェットの要領でアリスとの距離を一気に詰める勇護はまさしく炎の槍と化した。


 対するアリスはそれを正面に見据え、指を動かして一瞬にして鋼線で何かを形作る。


 それは一対の剣だった。


 彼女はそれを構えると凄まじい勢いで突貫する勇護に向けて構え、迎え撃つ。




「――糸纏(シテン)形象(ケイショウ)紡ぎし糸よ刃となれ(モード・クロートー)』――」




 勇護とアリスの交錯は一瞬だった。


 競り合いもなく、二人が同時に駆け抜けただけ。


 が、蔓延る静寂が勝負がついたことを物語る。


 アリスの首筋から頬にかけては鋭い傷あとと火傷の後が見え、勇護はいまだに炎を纏っている。


 しかし、彼の背後でアリスが糸を解いた瞬間、それは起こった。


「――『刃よ花開け(モード・リリース)』――」


 声と同時に剣をかたどっていた糸が分かれ、勇護は胸から大量のい血を撒き散らした。


「ぐ……く……っ!」


 それでも勇護は倒れない。


 グッと踏ん張って絶対に地に膝をつかなかった。


 燃え盛る炎は段々と小さくなり、勇護は振り返らずにただ一言アリスに賞賛を送る。


「……見事……!」


「……ありがとうございます」


 アリスの感謝の声が聞こえた瞬間、勇護の意識は一瞬にして闇に飲まれた。


 が、それでも彼は倒れない。


 威風堂々としたまま、力強くその場に立っていた。


 レフェリーもそれを確認すると実況に勝負がついたことを知らせる。


 試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。


『試合、終了ーッ!! 今回も凄まじい戦いでした! 近藤選手、惜しくも勝利を手にすることは出来ませんでしたが、武人たる堂々とした戦いぶりでした! そして摩雅彌選手! 天才の名は伊達ではありませんでしたね! 精確無比な鋼線による攻撃は繊細かつ鋭利!! 明後日の試合にも期待が高まります!! それでは皆様、試合を終えた両者に拍手を!!』


 観客席から試合を終えた二人に惜しみない拍手と賞賛が送られる。


 アリスはそれに可愛らしく答えるものの、その視線は搬送されていく勇護に向けられていた。

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