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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
133/421

3-5

 深夜の五神島は静かだった。


 これは例年からするとやや異常な光景である。


 例年通りであれば深夜も島内は賑わいを見せておりそれなりに活気がある。


 しかし、今回はクロガネ襲撃の可能性があるとして、ハクロウから夜間の外出は制限されているため、メインストリートにもスタジアム周辺にも人の姿はない。


 街灯はついているのでゴーストタウンといった雰囲気はないが、やや不気味な雰囲気な否めない。


 まぁ、下手に出歩けばすぐさま刀狩者に拘束される可能性があるのだから、この状況も当然といえば当然と言えるだろう。


 とはいえ、全員が全員素直にハクロウの指示に従うというわけではなく、路地を少しばかり探せば珍しい光景見たさの若者や、酔っ払いなどがちらほらいたりする。


 それを取り締まるのも刀狩者の役目であり、それに階級はあまり関係がない。


 狼一もまた一人の刀狩者として、目の前の状況を取りしまる。


「外出許可時間はとっくに過ぎてるぞー。不審人物として拘束されたくないならさっさホテルにもどりなさーい」


 彼の前にいたのはそれなりの録画機材を揃えた若者のグループだった。


 動画配信者というヤツだろう。


 人影が殆どない五神島の様子を撮影して再生回数でも稼ぐつもりなのかもしれない。


 最近は少し過激な動画の方が再生数がのびるらしい。


 だが、それはそれだ。


 狼一の口調は軽かったものの、眼光は鋭く彼らを見据えている。


 一般人程度であればこれだけで萎縮して退散していくはずなのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「ち、ちょうどよかった! 俺達今からここで生配信しようと思ってたんですよ!」


「はい?」


「お兄さん刀狩者ですよね! だから俺達の配信に出てくれません? 現場の生の声が聞きたいんですよねー。俺らの配信待ってる人たちもいますしー」


 リーダー格と思われる青年は、悪びれることもなく事情を話すものの狼一はすぐに首を振る。


「いやいやいや、生配信とかダメに決まってるでしょうよ。そら、さっさと片付けて帰った帰った」


「でも島の中は特定の場所以外は撮影禁止ってわけじゃないでしょ? 少しくらい、いいじゃないですか!」


 中々食い下がってくる青年に狼一は大きな溜息を漏らした。


 確かに彼の言っていることは正しくもある。


 島内は全域が撮影禁止というわけではない。


 ある程度は撮影してもいいし、それをネットに配信しても構わない。


 だが、それはあくまで例年ならばの話だ。


 今年は例年とは状況がまったく違う。


 何が危険につながるかわからないこの状況で、彼らの配信を許すわけにはいかない。


 というよりもここで許してしまうと狼一の立場もいろいろと危うくなってしまう。


 ここで彼らを脅して退散させることは簡単だが、ここはあくまで紳士的に対処する。


「確かに君達の言ってることはわかるよ。だけど、それが許されるのは規則を守っている人のみだ。君達は、外出許可時間を大幅に超えている。規則違反を犯している時点で、対等じゃないんだよ」


「そ、それはそうですけど……!」


「けどもへったくれもない。動画の配信と自分の命、どちらが大切なのかよく考えろよ。仮に今、クロガネが襲撃してきたら、君達はすぐに殺されるぞ?」


 なおも食い下がる青年に対し、狼一は少しだけ声を低くして半眼で彼らを睨みつける。


 脅しているわけではない。


 ちょっとした注意をしているだけだ。


 クロガネの名前を出した瞬間、彼らの表情は一気に強張り緊張が見えた。


 彼らもクロガネが人殺しを平然とやってのける連中であることは理解しているはずだ。


 ゆえに、これ以上愚かな行為をしようとは思わないだろう。


 リーダー格の青年は仲間の様子を確認した後、「わかりました……」と短く答え、機材を片付け始める。


 やがて彼らは肩を落として帰路につくものの、狼一はその後ろ姿にいたたまれなさを感じたのか、彼らに声をかける。


「動画配信自体をやるなってわけじゃない。それだけの機材を持ってきたんだ。君達だってプライドを持って配信をしてるんだろう? なら、昼間、場外で戦っている学生や、それを応援する人たちの様子を取ってやってくれよ。そっちの方が炎上覚悟の配信よりもよっぽどいいと思うぜ」


 青年達は一度振り返ると、小さく笑みを浮かべてから頷いた。


 どうやらわかってくれたらしい。


 狼一は軽く手を挙げて彼らを見送ると、近場の刀狩者に彼らをホテルまで護衛するように告げ、近場のビルの屋上へと跳躍する。


「優しいんだねぇ、狼一くん」


 かけられた声に顔を上げると、露出の激しい隊服を身に纏った女性、華斎遥蘭が笑顔で立っていた。


「あらら、見てたのか?」


「そりゃもうバッチリと。外見に似合わず意外と人情派だよね」


「話し合いで済むならそれに越したことはないだろ。下手に拘束したって面倒になるだけだし」


「ふぅん。最初から脅した方が手っ取り早いと思うけど……」


「状況によっては俺もそうするさ。で、遥蘭ちゃんは何しに来たわけ?」


「ちょっと世間話しにきただけ」


「湊ちゃんとか篝ちゃんあたりは今休憩中?」


「うん。ホテルに戻っても二人とも仮眠してるし、話し相手がいないからさ。外をぶらぶらしてたら、狼一くんがあの子達を取り締まってるのが見えてね」


「そうか。警備をしながらになるけどそれでもいいなら付き合うよ」


「それでいいよ。私も適当について行くし」


 遥蘭が頷いたのを確認すると、狼一は彼女と共に別のビルの屋上へと跳躍し、周囲の様子を確認する。


 視界に入る範囲で特にこれといったトラブルは見当たらない。


「世間話とはいったんだけどさ、ホントはクロガネのことについてなんだよね」


「クロガネのこと?」


「うん。襲撃を示唆してるけど、どうして本部じゃなくてこっちを狙うのかなって思ってさ。そのあたり、経験豊富な狼一くんならわかりそうじゃん?」


「そうだな……。まぁ一番に考えられるのは人質だろうよ。抵抗できない学生を人質にとって、仲間の解放とか要求するってのが濃厚だな」


「でもそれだと一般人でもいいわけじゃん?」


 遥蘭の言うことは正しい。


 クロガネの狙いが仲間の解放や身代金の要求程度ならば、学生を標的にするのではなく、一般人を狙ったほうが確実に狙いやすい。


 学生とはいえ、この島にいるのは精鋭中の精鋭だ。


 クロガネとはいえ手こずれば人質にしづらいだろう。


「目当ては五神戦刀祭を見るために集まった一般人ってことはないかな?」


「それも考えられるけど、正直俺が考えてるのはもうちょっと人道から外れてるな」


「具体的には?」


「クロガネからすれば育成校の生徒なんてのは、次代を担う刀狩者だ。このまま成長されでもすれば、将来的に脅威になることは確実。なら、どうする?」


 別のビルに飛び移りながら問うと、遥蘭は何かに気がついたように手を打った。


「……強くなる前に殺す」


「そのとおり。将来的に脅威になるなら、脅威になる前に殺してしまえばいい。しかも、戦刀祭に出場している生徒を殺せば、育成校に残っている生徒達の意志を折ることだってできるからな」


「私的には、戦刀祭そのものを壊す感じかと思ってたけど、考えてみれば学生達を殺した方が手っ取り早いもんね」


「なおかつクロガネにしてみれば警戒が薄くなった新都やハクロウ本部を狙う絶好の機会だからな」


 無論、ハクロウ上層部や長官である辰磨もそれぐらいは把握している。


 だからこそ狼一達部隊長が多く派遣されたのだ。


「やっぱり場数踏んでる先輩は違うね」


「遥蘭ちゃんね、もうちょいいろいろ勉強しとこうな。強いだけじゃ隊長はできねーよ?」


「善処しまっす」


 彼女は軽く敬礼をして見せた。


 その様子に肩をすくめた狼一は軽いため息をついた。


 斬鬼対策課の部隊長にもっとも求められるのは純粋な強さだ。


 もちろん本人の性格や思想、功績、多少の知力は求められるが、強ければある程度は許容されてまう。


 結果、遥蘭のように若くとも隊長になれるのだが、勉強不足なところも否めないのだ。


 とはいえ、そんなことをいちいち気にする狼一ではないので、適当に忠告しておくに留めた。


「けど、半数の部隊長しかいないとはいえ、この状態で襲撃ってクロガネも無茶するよね」


「それだけ自信があるのかもしれない。何はともあれ、用心するに越したことはないだろ」


「そうだね。うん、ありがと、狼一くん」


「どういたしまして」


「じゃあとりあえず重い話は一旦置いといて、あと一個聞いてもいい?」


「どーぞ」


 またクロガネ襲撃に関しての疑問かとも思って質問を受け付けるものの、彼女の口から発せられたのはまったく予想していない言葉だった。


「湊ちゃんと狼一くんって付き合ってんの?」


「ゲッホ、ゴホ!!?? な、なんでそんな質問がでてくるんだよ!?」


 予期せぬ問いに思わず咳ごむ狼一の額には冷や汗のようなものが浮かんでいた。


「あ、その反応! やっぱ付き合ってんだ!」


「付き合ってねぇわ! 二人ともいい年だけど、そんな暇はねぇの! 誰だそんなでまかせ吹聴してんのは!」


「誰かっていうのまでは知らないけど、部隊員の間では結構有名な噂だよ?」


「……それって俺んとこも?」


「全体的にって感じかな」


「よぉし、あとでアイツら光凛さん式スパルタトレーニングの刑だわ」


 額に青筋を立てた狼一は変な噂を流している部下達に鍛錬と言う名の制裁を加えることを決めたのだった。


 その後も二人は適当に話しながら深夜の五神島の警戒任務に当たる。


 途中、酔っ払いやテンションの上がった若者にも遭遇したが、とりあえずのところはクロガネに関連することはなかった。






「ん……」


 目覚ましとして設定した端末のアラームで湊は目を覚ました。


 カーテンを開けて外を見ると少しだけ空が白み始めており、そろそろ夜明けであることがわかった。


 大休憩であったため時間にはまだ少し余裕があるが、朝食を取る時間とシャワーを浴びることも考えて彼女は一旦部屋を出た。


「あ」


「お」


 扉を開けた瞬間、彼女と目の前にいた人物は思わず声を上げた。


 湊の部屋の前をちょうど通り過ぎようとしていたのは、同じ部隊長である篝だった。


 少し髪がぼさついている湊と比べると、篝は非常にキッチリと身だしなみを整えている。


「おはよう。湊」


「うん。はよー。くぁ……」


 キリッとした挨拶をされるものの、湊は思わず小さな欠伸を漏らしてしまった。


「眠そうだな」


「寝起きは低血圧でねー。今から朝御飯?」


「君もか?」


「そんな感じ。ついでだし一緒しようか」


「ああ。そうしよう」


 二人はそのまま肩を並べて他愛ない話をしながら食堂まで降りていくと、それぞれ朝食を注文する。


 ちなみにどちらも朝から高カロリーなものばかりで、一般人であれば胸焼けを起すレベルのものだった。


「ごちそうさまでした。……ふぅ、ようやく頭が冴えてきた」


「ならよかった。今日一日そんな状態では、若い子達に示しがつかないからな」


「わかってるって。あとで髪もしっかりセットしてくるし」


「ああ、そうした方が良い」


 食後のコーヒーを飲みながら二人は談笑するものの、不意に篝が神妙な表情を向けてきた。


 何かあると踏んだ湊は篝の瞳を見やる。


「どうかした?」


「あぁ、少し気になることがあってな。澪華さんにも話したんだが、お前はこれをどう見る?」


 彼女が端末を操作して出したホロウィンドウには、動画が流れていた。


 内容は、つい先日に起きたばかりの玖浄院と轟天館の強化試合襲撃事件の監視カメラの映像だ。


 映っていたのは、百鬼遊漸が雷牙達に背を向けて立ち去る場面だった。


 彼は一瞬で姿を消しており、カメラの解像度もあってか姿を追うことは困難だった。


「凄まじい速さでの移動って見るべきかもしれないけど、口振りからすると別のことを考えてる?」


 湊の問いに篝は無言で頷くと遊漸が姿を消す瞬間を一時停止した。


「この男の移動速度は速いレベルではない。それこそ()()()()をしているレベルだ」


「雷電の属性覚醒者なら高速移動したあとに残雷があるはずだしね」


「ああ。これはあくまでも仮説に過ぎないが、クロガネは長距離間の瞬間移動装置を有しているんじゃないか?」


「……けど、そんなことが出来るなら、クロガネはもっと活動を激化させてるでしょ。仮に瞬間移動が出来るとすれば、ハクロウ本部に直接攻めることだって可能なはずだし」


「確かにそうか……。しかしだとするなら、この移動速度は一体……」


 篝はふに落ちていない様子だが、湊からしても同じことだ。


 遊漸の移動速度は明らかに異常だ。


 姿が消えるのも本当に刹那の瞬間で、大きな霊力の反応も見られない。


 もしかすると篝のいうように、瞬間移動装置なるものを向こうは開発しているのかもしれない。


「疑問は確かにあるけど、これはあくまで不確かな情報だからね。下手に躍らされない方がいいかもしれない。もしかすると、百鬼ってヤツがあえてそう見せてる可能性もある。それに斬鬼の特殊個体には、透明化って能力を持ってるヤツもいるから」


「透明化か……確かにそれも考えられるか」


「不確定情報に踊らされるよりは、今は堅実に警備任務を遂行しよう。私がやるのは、この島の安全を守ることだから」


「……ああ。そうだな。貴重な意見をありがとう。あとでもう一度澪華さんに進言してみるよ」


「うん」


 話に一端の区切りをつけ、二人は食後のティータイムに戻るが、「あぁそうだ」と篝が人差し指を立てる。


「噂で聞いたんだが、湊と狼一は付き合っているのか?」


「……………はい?」


 短い沈黙のあと、湊は疑問符を浮かべた。


 そこから先は数時間前の狼一と遥蘭のやりとりとそっくりそのまま同じだったという。


 結果的に二人は付き合ってるという噂を全面的に否定したものの、興奮した様子で否定するのが逆に怪しいという理由でさらに疑いをかけられるのは必然となってしまった。
















「ボス。全ては当初の予定通りに進んでいます」


 頭部から一対のねじれた角を生やした男の前で、まだ若い青年が頭をたれる。


「そうか。ヤツからの連絡は?」


「数時間前にありました。例のものも問題なく持ち込めたようです」


「ならばよし。鬼刃将の配置も十分だな」


「問題なく。準備は着々と進んでおります」


「いいだろう」


 玉座を思わせる椅子から立ち上がった角の男は、凡そ人とは思えないギザギザの歯を見せながら笑みを浮かべる。


 彼の正面には刀掛けに置かれた刀があった。


 しかし、それは明らかにこの世ならざる異質なオーラを纏っている。


 不気味だというのにどこか妖しい色気すら感じさせるその刀は、この世界に生きる全てのものが畏怖し、忌避する存在。


 ()()であった。








 刀狩者によって警戒が高まる五神島。


 未来の刀狩者たちが互いに競い合う中、闇からの足音はゆっくりと、しかし着実に迫ってきていた。


 彼らはまだ知らない。


 五神戦刀祭が混迷の渦へと飲み込まれていくことを。

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