2-6
雷牙がスタジアムに戻ってくると、既に勇護の試合は佳境に入っていた。
どうやら思いのほか時間が経っていたようだ。
選手控え室までやってくると、呆れたような怒ったような表情をした瑞季や舞衣が待ち構えていた。
「あ、アハハハ……。ご心配オカケシマシタ……」
片言になる雷牙は静かに控え室に入るものの、扉が閉まった瞬間、ゴンという重い音が室内に響いた。
「いってぇ!?」
「ったく、どこほっつき歩いてたのか知んないけど、出てく前に言ったじゃん! 時間には遅れるなって!」
「お、遅れてねぇだろ……。間に合ってるじゃんか」
「そういう問題ではない。一応は連絡を入れろということだ。外で事件や事故に巻き込まれているのなら、ハクロウ側にかけあって試合時間を遅らせることができるだろう?」
「あー、そっか……。わるい、忘れてた」
確かに瑞季の言うとおりだった。
ハクロウも事件に巻き込まれた可能性のある選手を無碍にするほど鬼ではない。
今回は連絡を怠った雷牙にも非があるだろう。
「まったく……。まぁ結果的に間に合ったから謝ることじゃないけど、気をつけなよ?」
「おう。次からは気ぃつける」
「ならばよし。しかし、外で何があったんだ? ただ走りすぎたというわけでもないだろう?」
「それはえっと……」
雷牙は先ほど自身が遭遇した者達と彼らが行っていること。
そして狼一に助けられ、彼から光凛のことを教えてもらったことを説明した。
「なるほどねぇ。確かにそういう人たちもいるよね。でもまさかこれだけ警備が厳重になってる島でやるなんて」
「木を隠すには森の中というヤツだろうな。複数名いたという話だが、その場にいた全員がグルだったわけではあるまい?」
「ああ。他にいたのは何も知らない一般人と、ただの場外戦だと思ってる育成校の生徒だけだった」
「確かにそれなら隠せるか……。警備に当たってる刀狩者も人間だし、遠目からだと何やってるかなんてわからないもんね。人が多ければなおさらだろうし」
「あん時伊達さんが来てくれなかったらと思うとゾッするぜ。最悪殴り飛ばしてたかもしんねぇ」
肩を竦める雷牙は冗談半分に言っているが、実際危険だったのは確かだ。
あの場で狼一が止めに入ってこなければ、恐らく今も問答していただろう。
「その隊長さんには感謝だね。で、その人からお母さんのことも聞きけたんだっけ?」
「おう。母さんの元部下だったらしくてな。属性のこととか聞けたぜ」
「雷牙の母上は雷電の属性だったな。どんなことが聞けたんだ?」
「母さんの雷電は白かったって話だったな。出力や研鑽次第で青赤黄に変化するらしいんだけど、母さんは唯一白いのをつかえたんだと」
「白い雷電……。言われてみれば見たことがないな」
「確かにね。んー、私なりにいろいろ調べてみようかな。堕鬼の時は調べ終わる前にアレが起きちゃったから伝えられなかったし」
「そういやそんな約束もしてたっけな」
雷牙は入学当初、舞衣に刀狩者の斬鬼化について調べてもらっていたことを思い出す。
けれど、彼女が調べ終わるよりも早く、大城が斬鬼と化したのでそのままうやむやになってしまったのだ。
「すっかり忘れてたけど、なんかわかったのか?」
「まぁしっかり調べたからね。刀狩者が堕鬼になるって事件はあまり公にはならないけど、昔からちょこちょこ起こってたみたい。まぁさすがに誰がなったかまではわからないけど、海外ではそれなりの強さを持った刀狩者が堕鬼になって街一つが滅びたなんて事例もあるみたいだよ」
「大城の場合は刀狩者としての適性はあったが、実力はまだ成熟していなかったからな。それに変異して間もなく雷牙が対処したから大きなことにはならなかったということか」
「それでも並の妖刀やら斬鬼と比べても堕鬼は禍々しさがダンチだったけどな。そういや、大城の家はあの後どうなったんだ?」
「……大城家は七英枝族から除名された。今は空席となっている」
瑞季は一瞬悩んだようだったが、すぐに教えた。
除名。
つまり大城家はもう七英枝族の扱いではなくなってしまったということ。
「雷牙のせいじゃない。アレは、力を求めるがゆえに闇に堕ちた大城自身が招いたことだ」
「ああ、わかってる。今はそれよりも、目の前の試合に集中しないとな」
「その方がいいよ。ホラ見てみ」
舞衣が指差した方にはホロモニタがあり、その中では相手選手を倒した勇護の姿が映しだされていた。
僅かに傷があるものの、危なげない勝利を飾ったようだ。
「近藤先輩の試合が終わったか。じゃあ次は俺の番だな」
ひとまず暗くなりかけた空気を払拭するように立ち上がった雷牙は、瑞季が持ってきてくれていた鬼哭刀、兼定を剣帯に差した。
「んじゃ、言ってくるわ。必殺技、楽しみにしといてな。もし気になるんだったら、会長にでも聞いてくれ」
「りょーかい。ちゃんと勝ちなさいよ、雷牙!」
雷牙は軽く手を挙げて答えつつ控え室を後にするも、少し歩いたところで「雷牙!」と瑞季に呼び止められた。
「どした?」
「いや、その、用事ではないんだが……」
「なんだそりゃ? 急用じゃないんだったら行くぜ?」
「あぁいや、待ってくれ! そのなんだ……戦刀祭が終わったら、君に伝えたいことがある」
瑞季の顔は珍しく赤くなっていた。
その様子に雷牙も察しがついたのか、若干背筋を伸ばす。
「だから、必ず勝て。決勝で必ず会おう。そこで私が勝っても負けても君に伝えるから」
「……わかった。じゃあ、勝って来るぜ」
雷牙は瑞季の肩を軽く叩いてから足早に通路を駆けて行った。
彼の姿が見えなくなったところで、瑞季は大きく息をついて通路の壁にもたれかかるとズルズルとしゃがみ込む。
「ふぅ……」
「ちゃんと伝えた?」
「ひゃっ!?」
不意に声をかけられて瑞季は飛び上がる。
隣には悪戯っ子のようなにんまりとした笑みを浮かべている舞衣がいた。
「あ、ああ。伝えたぞ」
「ならよかった。いい加減あんた達の距離感にこっちもやきもきさせられてたからね。じゃ、それも住んだことだし、観覧席戻ろうか。雷牙に必殺技ちゃんと見ないとね」
「……そうだな」
二人は雷牙の初戦を見届けるため、観覧席へと戻っていった。
瑞季達が観覧席に戻ってくると、窓際にはレオノアはじめ友人達が集まっており、龍子もバトルフィールドを見やっていた。
二人もそちらに近づくと、龍子が気付いたようだ。
「雷牙くん、間に合ってよかったね」
「ホントですよ。まったくハラハラさせるんだから」
「ハハハ、まぁそこが雷牙くんっぽいって言えばぽいけどね」
龍子は肩を竦めてバトルフィールドを見やる。
既に前の試合の修復は終了しており、あとは実況が選手入場の宣言を待つだけだ。
「会長、雷牙が必殺技について知りたいなら、会長に聞けと言っていましたが、彼になにか教えてんですか?」
「教えたって程じゃないよ。ただ、技があれば戦う時のテンションを上げるのに良いかもねってアドバイスしただけ」
「じゃあ会長は雷牙の技を知ってんですか?」
「まぁね。けどそれを今言っちゃ面白くないじゃない。だからこの試合をちゃんと見てること。そうすればどういう技かすぐにわかるから」
どこか不敵にも見える笑みを彼女が浮かべた瞬間、実況の声がスタジアムに響いた。
『さぁCブロック第二試合です!! この試合も中々面白い試合となるでしょう! それでは選手入場! まずは東ゲートから!!』
実況の声の後に場内に入ってきたのは、雷牙の対戦相手の優雅だった。
彼はゆったりとした足取りで、口元には僅かに笑みが見えた。
余裕綽綽といった様子である。
『東ゲートより入場するのは、摩稜館の生徒会にて副会長を務めている雨儀優雅選手! 昨年も戦刀祭に出場し、校内でもすばらしい戦績を残した実力者です! 昨年は初出場ということもあり、本人にとっては悔しい結果となりましたが、今回は実力にさらに磨きをかけての参加となります! 果たして今回は勝利を重ねることができるのでしょうか!!』
「そういやあの野郎って、属性覚醒してんのか?」
「してるよ。確か疾風だったかな。結構苦戦する相手かもね」
「育成校の副会長ですしね。それも頷けます」
レオノアが少しだけ心配そうな表情を浮かべているが、瑞季は龍子だけか一人楽しげに笑みを浮かべているのを見逃さなかった。
『続いて西ゲート! 今年の戦刀祭において二人目の一年生での出場となります! 玖浄院で行われた学内トーナメントにおいては、なんとあの武蔵龍子選手についで第二位という凄まじい戦績を残した逸材、綱源雷牙選手です! 情報によるとまだ属性覚醒には至っていないとのことですが、それ故にトーナメントで勝ち上がった実力の高さが伺えます! また、秘かに人気が出ているという噂もあります!』
入場する雷牙にも特にこれといったおかしな様子は見られない。
実に堂々とした入場である。
「雷牙くん人気なんだ。舞衣ちゃん知ってた?」
「一応は。なんか意外に女子人気が高いみたいですよ。まぁ顔は割りといい方ですし」
「へぇ~~~?」
若干間延びした声を漏らしながら龍子は瑞季を見やった。
「な、なんですか?」
「なんでもなーい。さぁて、雷牙くんの必殺技、楽しみだねぇ」
実にわざとらしく話題をそらした彼女に、瑞季は少しだけ膨れた。
バトルフィールドには二人が上がり、レフェリーが二人の間に立った。
「まさかこんなに早く戦うことになるとは思いませんでしたよ。綱源くん」
優雅は笑みを浮かべながら雷牙に告げた。
「まぁそれは俺も同じだ。けどちょうど良かったぜ。顔面蹴られた借りは、出来れば俺が返したかったからな」
雷牙も口角を上げると、柄に手をまわして兼定を引き抜いた。
その様子を見た優雅は肩を竦める。
「やれやれ。君、もしかして根に持つタイプですか?」
「どうだろうな。けど、いきなり顔面蹴られれば誰だってこういう反応するだろうぜ」
「あぁ、確かにそうですね。これは失敬、謝ります」
軽く頭を下げる優雅だが、雷牙はその姿に大きく溜息をついた。
「俺の精神を逆撫でして怒らせたいのか知らねぇけど、演技ならやめてもらっていいか? 俺は怒るつもりはねぇよ。ただ、顔面に食らった一撃の借りを返したいだけだ」
「……おや、ばれていましたか」
「いちいち演技臭いんだよ、アンタ。一番感情が出てたのは、俺がアンタんとこのチビッ子会長と話してた時だ」
「そこまで分析されていたとはね。なるほど、やはり一筋縄ではいかないようですね」
優雅の顔から笑みが消え、瞳は雷牙をしっかりを見据えると得物を構えた。
ピリッとした感覚が奔り、雷牙は兼定を構える。
「君のことは調べさせてもらいました。治癒術が得意なようですね。どんな重傷でも瞬時に回復するとか。ならば、回復される前に君の意識を刈り取ります。初撃で勝負をつけてあげますよ」
「面白れぇ。その言葉そっくりそのまま返してやるよ」
互いが臨戦態勢に入ったことで、レフェリーが実況に向けて判断を下す。
『両者共に準備が整ったようです! それではCブロック第二試合、試合開始ですッ!!!!』
アラームが鳴り響き、優雅が動こうとした瞬間、雷牙の鬼哭刀、兼定から赤い燐光が弾けた。
周囲が一瞬それに照らされ、優雅の目がそれを捉えると同時に、彼は見てしまった。
既に自分との距離を一瞬にして詰めた雷牙の姿を。
「ッ!!!???」
思わず息を詰まらせた優雅はすぐさま回避しようとするものの、その時には既に遅かった。
赤い霊力を纏う鬼哭刀を構えた雷牙は、短く呼吸をすると同時に、静かに告げた。
「――――鬼鏖斬刀・緋光刃――――ッ!!!!」
刹那、雷牙が優雅と交錯すると同時に赤い斬光が伸び、赤く光る粒子を散らしながら空間を両断した。
やがて赤い霊力は空気中へと霧散し、雷牙は兼定をゆっくりと鞘に納め、鯉口をカチンと鳴らした。
瞬間、生々しい水音を立てながら優雅の胸から血が吹き出し、声も上げずにその場に倒れこんだ。
『あ……え……っ?』
実況の疑問符が洩れ、観客席はシンと静まり返っている。
けれどすぐにレフェリーが動き、優雅の状態を確認すると彼は実況に向けて腕をクロスさせる。
そこでようやく実況もわれに返ったのか、すぐに高らかに宣言した。
『し、試合終了ーーーー!!!! も、申し訳ありません! あまりに一瞬の出来事でしたので呆然としておりました! 勝者は綱源雷牙選手です! それにしてもまさかこれほどまでとは……!!』
実況の声に送れて歓声が巻き起こる。
雷牙は医療用ポッドに運ばれていく優雅を見やると静かに告げる。
「言っただろ。一撃で終わりにするってよ。けど、これで借りは返したぜ」
満足げに告げた雷牙は入場ゲートへと戻っていく。
五神戦刀祭、Cブロック第二試合。
綱源雷牙は一瞬にして勝負をつけ、勝利を飾るのだった。




