2-5
狼一に助けられた雷牙はそのまま彼と近くの木陰の中にある休憩所に立ち寄っていた。
「ちょい待ってて」といわれ、待つこと少し、テーブルの上にペットボトルのスポーツドリンクが二つ置かれた。
「飲みな。俺の奢りだから気にしないでいいよ」
「ありがとうございます」
雷牙は置かれたドリンクを一口飲んでから、対面するように席についた狼一を見やって軽く頭を下げた。
「さっきは本当にありがとうございました」
「感謝なんていらないよ。困っている人を助けるのが刀狩者だろう? って、これ君のお母さんからの受け売りね」
肩を竦めて笑う狼一は楽しげだった。
雷牙が彼とここに来た理由はさきほどの場外戦における注意喚起だ。
大事にはならなかったとはいえ、戦刀祭開催期間中はああいったよからぬことを企む輩もいるので、説明しておきたいとのことだった。
「さてと一息ついたことだし、パパッと終わりにしようかね。さっきの見た感じ雷牙くんは場外戦を見るのは初めてかな?」
「そうっスね。怪しい試合があるってのは友達から聞いて知ってましたけど、まさからギャラリーにまで変な連中がいるとは思わなかったっス」
「確かに、場外戦で怪しい試合というと、賭け試合みたいな危険な試合ばかりが目立つからね。ああいうのは目立たないし摘発も難しいんだ」
「あれ、でもさっき……」
雷牙は狼一が中年男性に凄んでいたことを思いだしたが、狼一は苦笑いを浮かべた。
「あれは軽い脅しみたいなもんだよ。あれで退いてくれればよし、退かなかったら退かなかったでほかにも手はあったけどね」
「逃がして大丈夫だったんスか?」
「へーきへーき。しっかり写真は撮ってあるから」
狼一は端末のホロモニタを呼び出し、雷牙の腕を掴んでいた男と彼に続いて逃げていった者達の写真を表示した。
「いつの間に……」
「まぁそこは経験と腕ってヤツだよね。あとはこれを、警戒任務に当たってる刀狩者が閲覧する共有ページにアップロードしておけば、次に連中が問題を起した時に迅速に対応できるようになるってわけ」
「なるほど……質問いいッスか?」
「いいよ。話せることなら答えよう」
「ああいう連中ってなにを考えて俺達みたいなガキを貶めようとしてんスか?」
若干険しい表情の雷牙は、先ほどの中年男性や周囲の人垣に潜んでいた連中の視線を思い出していた。
彼らから感じたのは、獲物が罠にかかったという喜悦だった。
けれど、雷牙にはその奥に彼らが隠そうとしても隠し切れていない感情があったことに気付いていた。
「あんなことをしても、あの連中に得なんてないじゃないっスか。なのに、なんであんなことをするのか気になって」
「確かに君の言うとおりだね。まぁ君も無関係というわけじゃないからね、知っておいた方がいいだろう」
軽薄そうな声音から一転してトーンを下げた狼一の瞳が細められ、雷牙は思わず背筋を伸ばしてしまった。
「彼らの多くは育成校に通ってはいたけど、刀狩者になれなかった者だったり、元刀狩者であったり、ハクロウの規律違反を犯した者達なんだよ」
「刀狩者になれなかった者?」
「うん。彼らは総じてハクロウを眼の敵にしている。自分の実力が認められなかったとか、自分の方が勝っているのになぜ隊入りすることができないのかとか、あとは、ハクロウに貢献してきたのに裏切られたからとかそういった理由が殆どかな」
「それがどうして俺達みたいなガキを罠に嵌めることにつながるんスか?」
「彼らにとって君達は羨ましい存在なんだよ。彼らはもう刀狩者としてはやり直しがきかないからね。刀狩者として活躍したくてもできない。けれど、目の前にいる君達はまだまだ可能性が広がっている。それが羨ましくて、眩しくて、同時に腹立たしくて妬んでしまう」
雷牙は狼一の言葉を聞いた瞬間、彼らの隠そうとした感情がなんなのか気付くことができた。
視線の中にあったのは、雷牙に向けてというより刀狩者志望の学生に対する憧憬と羨望だったのだ。
「自分達がこれ以上惨めになりたくないから、ああいった方法で貶めようとしてしまったんだ」
「そう、だったんですか」
「まぁ気持ちはわからないでもないけれど、どんなに御託を並べても、君達の道を閉ざして良い理由にはならないよね」
己を磨いてきたのに、努力が認められない。
なんと無念なことだろう。
けれど、たとえ努力が認められなくても、道は他にいくらでもあった。
彼らも選べたはずだが、それを拒んでしまった。
ゆえに歪み、堕ちた。
彼らが見れば雷牙達のような存在は狼一が言ったように眩しい存在なのだろう。
その眩しさによって自分達がさらに惨めに見えてしまう。
だからあのような蛮行に奔ってしまった。
被害者がいる以上安易に許せることではないが、彼らのような存在がいることを思い知ると正直やるせない。
「現実ってのは非情だからね。刀狩者を志す君にこれを言うのは気が引けるけど、現役の刀狩者だって心を病んでしまって辞めて行く人はいるよ」
「それは斬鬼や妖刀への恐怖ってことっスか?」
「いいや。人から向けられる悪意に耐え切れなくなってさ」
「それってどういう……?」
雷牙は思わず首をかしげた。
刀狩者は刃災から人々を守り、命を助ける者たちだ。
感謝されることは多いはずだが、悪意を向けられるというのはいまいち理解ができない。
「多くの人々は刃災から救助してくれた刀狩者や、斬鬼を打ち倒した刀狩者に感謝や応援をくれる。これ自体は間違っていないんだ。ただ、中には『もっと早く助けられたはずだ』。『到着が遅いから家族が犠牲になった』。『戦闘で家や店が壊れたから弁償しろ』みたいな感じで攻め立ててくる人もいるんだよ。そういう人たちを君も見たことがあるはずだよ」
視線を向けられ、雷牙は記憶を辿ってみるとすぐに思い出すことができた。
それは轟天館での強化試合中に起きたクロガネの構成員、百鬼遊漸による襲撃事件だ。
遊漸は一人ではなかった。
彼は二十人ほどの配下を連れていた。
彼らは口々にハクロウを罵っていたことを雷牙は覚えている。
つまり、彼らこそが狼一の入っている一部の人間達ということか。
「ハクロウはね。斬鬼や妖刀から人々を守る機関だから感謝もされるけど、逆にそれと同じくらい恨まれもするんだよ。犯罪者だけじゃなく、時には救助した本人から「役立たずが!」なんて言われることもあるからね」
「そんな……」
「ああいう人たちの怖いところは、『どこにでもいる』ことだ。いつ、誰が恨み言を言ってくるかはその時になってみないとわからないのさ。……まぁそんなこといちいち気にしてたら刀狩者なんてやってられないんだけどね」
肩を竦めた狼一の声のトーンは戻っていた。
気配も少しだけ柔らかなものとなり、雷牙も全身から力を少しだけ抜く。
「ただ、忘れちゃいけないのは俺達刀狩者は人に感謝されるために戦うわけじゃないってことだ。俺達が戦う理由はただ一つ、命を守るためだよ。どんなに恨み言を言われたとしても、後ろ指をさされたとしても関係ない。俺達はいつだって前に進むしかないんだよ……って、俺は君のお母さんから教わったよ」
にこやかに笑う狼一に対し、雷牙も暗くなっていた表情を少しだけ綻ばせる。
確かに彼の言うとおりだ。
雷牙が刀狩者を志したのは、人から注目されたり、賞賛されたり感謝されたいからではない。
戦う母の姿に憧れ、自分も彼女のようにありたいと思ったからだ。
「さて、暗い話になったね。今話したことは友達に伝えてもいいからね。さっきの件のことと合わせて教えてあげるといいかもしれない」
「了解です。ありがとうございました」
「なんのなんの。後輩にいろいろ教えるのも先輩の役目だからね。……それにしても雷牙くんは割とと礼儀正しいほうだね」
「そうっスか? 寧ろ失礼くらいに思ってたんスけど……」
「いいや、光凛さんの行動から比べたら可愛いもんだよ。あの人一応言葉遣いとか丁寧なんだけど、やたらとグサグサ刺さること言うからね。慇懃無礼ってやつだったねあれは」
「あー、でもなんとなくわかるかもしれません。師匠も『アイツは黙っていれば可愛げがある』って言ってましたから」
「それ! 俺も思ってたー!! 外見はマジで超絶美人なんだけど、蓋を開けてみると戦いのことしか考えてない完全なバトルジャンキーなんだよ……って、ごめん。息子さんの前でする話じゃなかったね」
若干苦い表情を浮かべる狼一だが、雷牙は鼻で笑いながら肩を竦める。
「師匠からも言われ慣れてるんで問題ないっス。それに俺もその辺はガッツリ受け継いでるんで」
「あー……なるほどね。似てるのは外見や雰囲気だけじゃないってわけだ。俺もストレス発散と言う名の模擬戦に付き合わされたもんだよ」
遠くを見ながら呟いた彼の瞳はなにか悟りを開いたかのようなだった。
腕が若干震えていたのは見間違いということにしておこう。
とりあえず話題を変えた方がいいと雷牙は軽い咳払いをしてから彼に声をかける。
「あの伊達さん。母さんの属性って……」
「あぁ、光凛さんは俺と同じで雷電の属性覚醒者だったよ。もしかすると雷牙くんも?」
「いやぁ、それが……」
すこしだけバツが悪そうに雷牙は頬をかいてから自分がまだ属性覚醒に至っていないことを彼に話した。
「なるほど。けど雷牙くんはまだ十六だし、焦る必要もないんじゃね? 湊ちゃんに聞いた話だと、霊力はめちゃめちゃすごいって話じゃん?」
「まぁ焦ってるわけではないんスけどね。ただ、覚醒できるならしたいじゃないっスか」
「そうだね。確かに覚醒できれば技のレパートリーも増えるし、特性も使えるからねー」
狼一は手の上で霊力を雷電に変えて軽く放電させている。
雷牙も同じように掌に霊力を集めてみるが、やはり薄ぼんやりとした青い霊力が浮き上がるだけだ。
それに小さく溜息をつくものの、ふと目の前で放電している狼一の雷電に眼を向ける。
「……伊達さんの雷って黄色なんスね」
「え? あぁ、これのことか。雷電は面白い属性でね、使用者の熟練度や強さ、あとは日々の研鑽によってその色を変えていくんだよ」
「色を?」
「霊力を集束していくと赤くなるだろう? あれと一緒だよ。段階的には青、赤、黄で、青がもっとも多くて、殆どの刀狩者はここで成長を止める。そこから壁を一つ越えたのが赤い雷電で、全体的に見ても数がかなり少ないんだ。そして俺が使ってる黄色は、赤い雷電よりもさらに少ないんだ」
「すげぇ……。さすが斬鬼対策課の隊長……」
「いやー、面と向かって言われると照れるね。ただ、君のお母さんはもっとすごかったんだよ」
「もっと?」
三段階の中で最高位に位置している狼一を超えているという意味なのだろうか。
ならば黄色い雷を体に纏って持続させることができるとか、そういった類のものか。
「光凛さんは雷電の色は、白だった」
「白って、三段階の中に入ってないっスよ?」
「ああ。白は黄色を超越した存在だからね。あの人が亡くなって十五年経つけど、俺は黄色止まりだし、白い雷電を使える刀狩者には会ったことがない。そればかりか、光凛さんの以外に白い雷電を使える刀狩者の記録がないんだ」
「母さんだけが使えた……」
「うん。だから確実に雷牙くんが属性覚醒に至れるってわけじゃないけど、可能性は十分にあるはずだよ。ただ、覚えておいて欲しいのは、属性だけが全てじゃない。霊力と己の剣術のみで隊長になったヤツだっている。だからこれからもがんばりな」
背中を押される言葉に雷牙は笑顔を浮かべて頷いた。
すると、二人の端末が殆ど同じタイミングで鳴動し、二人はそれぞれ端末を耳に当てた。
「「もしも――」」
『隊長ーッ!!!! 休憩に行ったっきり戻って来ませんけど、どこほっつき歩いてるんですか!!』
『この馬鹿ー!!!! さっさとスタジアムに戻ってきなさいよ!! どこほっつき歩いてんの!!』
キーン、と耳鳴りがする勢いで端末から怒鳴り声が聞こえた。
狼一は副隊長から、雷牙は舞衣からの呼び出しだった。
「あー、ごめんごめん。ちょっとした事件に出くわしちゃってさー。すぐ戻るよー」
「わりぃ、面倒ごとに巻き込まれてたんだ。全速力で戻る」
二人は軽く返事をしながら通話を切ると、互いを見やって苦笑する。
頬には冷や汗が流れており、心中は決して穏やかではなさそうだ。
「あ、あははは……雷牙くんも?」
「そ、そうっすね……伊達さんもっスか?」
「そうだね。じゃあお互いにそろそろ戻ろうか。話せてよかったよ、雷牙くん」
「こちらこそ。ありがとうございました、伊達さ――いや、伊達隊長」
握手を交わし、雷牙はスタジアムの方へ狼一は副隊長の元へと歩き出すが、不意に狼一が雷牙と呼び止めた。
「雷牙くん! 戦刀祭がんばれよ! 応援してるからな!」
「はい!」
大きく手を振りながら雷牙は答え、そのまま走り出す。
予期せぬ出会いだったが、彼と出会ったことでまた一つ知らない母の実力が垣間見えた気がして、雷牙の表情は晴れやかだった。
小さくなっていく雷牙の背中を見やりながら、狼一はどこか満足げに微笑むが、その表情はすぐに険しいものへと変わる。
「……そうだ。彼は、あの人が残し救った最後の命だ。だから絶対に守ってやるさ」
クロガネの影がちらつく戦刀祭。
最大限の警戒を敷いてはいるが、襲撃が完全に起きないという確証はない。
もしもの時は彼を、いいやこれからの未来を担う彼らを全力で守るのが、刀狩者である狼一の責務だ。
狼一は夏空が広がる蒼穹を見やりながら口元に笑みを浮かべた。
「俺も貴女のように守ってみせますよ。光凛さん」
踵を返した狼一の姿は次の瞬間には消えていた。
先ほどまで彼がいた場所には、不規則に明滅する黄色い残雷が煌めいている。




