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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
126/421

2-4


「ごちそうさんでした」


 パン、と軽い音を立てて手を合わせた雷牙は満足げに息をついた。


 彼の前には未だに片付けきれていない大量の皿が積みあがっており、先ほどから数名のウェイターがせわしなく調理場へと戻している。


 彼らの表情は驚きに満ちていたが、雷牙の食事量が尋常ではないことを知っている瑞季達は慣れた様子だった。


 とはいえ、それは呆れないというわけではない。


「もう慣れたけどさぁ。そんなに食べて午後の試合大丈夫なわけ?」


「そうだぜ。腹パンパンになってんじゃんかよ!」


 玲汰が指差した雷牙の腹部を見ると、確かにぽっこりと膨らんでいるのがわかる。


 まぁアレだけの食料を体の中に入れたのだから膨れていなければおかしいのだが。


 皆は午後に行われる試合で雷牙が万全のパフォーマンスができないのではないかと案じているのだ。


 しかし、雷牙は特に気にした様子もない。


「へーきへーき。ちょっと見てろ――」


 手をヒラヒラさせながらおもむろに立ち上がる雷牙。


 皆が彼に視線を向けると、雷牙は一度深呼吸してから僅かに体に力を入れる。


「――ふんッ!」


 小さな気合いの声が聞こえたかと思うと、膨らんでいた雷牙の腹部がいきなり凹んだ。


 いいや、この場合は元に戻ったと言った方が正しいか。


「ほらな?」


「「「いやいやいやいや……!!」」」


 得意げに親指を立てる雷牙に友人達はツッコミにもにた声を上げる。


「なんだそれキモ!!」


「急にへっこむってなによ! ホントにお腹ん中に獣でも飼ってんの!?」


「どんな消化法なの!? てか明らかに人がやる消化じゃないよそれ!!」


「そうか?」


 けろりとした様子で首をかしげる雷牙に舞衣達は改めてあきれ返っていた。


「てかどうやったんだ、今の」


「いや普通に食いもんを霊力に還元しただけだけど?」


「それは普通とは言わないぞ、雷牙……」


 ケーキを食べていた瑞季もやれやれと呆れていたものの、雷牙は首をかしげている。


「まぁ、とりあえずその様子なら大丈夫そうね。お腹いっぱいで負けましたじゃかっこわるくてしょうがないし」


「雷牙さんはお腹ポンポンでも負けませんし、かっこいいですから!」


「今そういう話してんじゃないわよ、レオノア」


 断言するレオノアに冷静なツッコミを入れた舞衣は端末のホロモニタを呼び出した。


 何を始めるのかと雷牙がそちらを見やると、彼女はモニタを雷牙の前に送りつけた。


「なんだこれ?」


「アンタの対戦相手のデータよ。アンタのことだから、どうせ対戦相手の研究なんてしてないだろうと思ってね。要点だけ纏めといたわ」


 送られてきたモニタを見やると、確かに初戦の対戦相手である優雅の戦績や使っている鬼哭刀の形状、得意な間合いなどが見やすいように丁寧に纏められていた。


「おー、さすがだな」


「相手はまだ戦刀祭に出たことはないみたいだけど、公式試合だとそれなりに良い成績を残してる。それにまだ実力を隠している節も――」


「けどいらねーわ」


「――あるからって……はぁ!?」


 そのまま説明に入ろうとしていた舞衣に対し、雷牙がモニタを送り返すと彼女は心底驚いた表情を浮かべる。


「あ、あんたわかってんの!? これは戦刀祭なんだよ! 強化試合みたく負けてもなんどでも挑戦できますってわけじゃないの! 負けたらそこで即終了よ!?」


「おう、わかってる」


「だったら少しは相手のことを知るとか……!」


 舞衣は食い下がるものの、雷牙はそれに首を振って答える。


「問題ねぇよ。俺はアイツに勝てる。そんな気がするだけさ」


「その根拠のない自信はどっからくんのよ……」


「わからん。ただ、負ける気はしねぇし、負けてやるつもりもねぇ」


 ニッと笑う雷牙に友人達はあきれるものの、瑞季とレオノアだけは笑みを浮かべていた。


「雷牙がこうまで言っているんだ。問題はないんだろう」


「はい。こんなところで雷牙さんが負けるはずありませんから」


「……アンタたちのそれも大概根拠なんてないけど……。まぁいいわ、そこまで言うなら好きにしなさい。けど、負けたときに文句とか言わないでよ?」


「いわねーよ。必殺技もしっかり用意してきたから問題ねぇ」


「必殺技?」


 雷牙の言葉に引っかかったのか、玲汰が首をかしげる。


「なんだよ必殺技って! そんなんいつの間に会得してたんだ!?」


「強化試合の時にいろいろあったからな。一つや二つあってもいいかなって思ってよ。名前までしっかり考えてあるぜ」


「おー! なんかそそるじゃねぇかそれ!」


 やや興奮気味の玲汰であるが、男子であれば当然の反応というか、ありえる反応である。


 強い刀狩者や二つ名を持つ刀狩者に共通して言えることは、皆何かしら技を持っているということ。


 まぁアニメやらゲームやらで眼にする所謂必殺技である。


 技は使い手を象徴するものであることはもちろん、気持ちを昂ぶらせることにも使える。


 さらに言ってしまえば、必殺技とは使い手の努力の結晶でもあり、大衆に存在を知らしめるための広告塔にすらなりうる。


 玖浄院でも自身を象徴するものとして、固有の技を持っている者は多い。


 瑞季の場合は実家の剣術の名前が多いが、オリジナルで開発している技もあるらしい。


「どんな技なんだよ! ちょろっと教えてくれって!」


「それ言っちゃあつまんねーだろ。試合までのお楽しみだ。さてっと……」


 玲汰を軽くあしらいつつ雷牙は立ち上がると、そのまま観覧席から出て行こうとする。


「どこへ行くんだ?」


「腹ごなしにちょっくら走ってくる」


「この炎天下を? 馬鹿じゃないの?」


「全力疾走してくるわけじゃねぇよ。軽いジョグみたいなもんだ」


「ほどほどにしておけよ。あと、試合には遅れるな。予定時間を十分過ぎたら不戦敗になるからな」


「わーってる。そんじゃ行って来るわ」


 雷牙は軽く手を振りながら観覧席を出て行った。






 観覧席を一人出ていた雷牙はスタジアムの外に出ると、軽くストレッチをしてから端末を操作して走るルートを検索する。


「軽く五キロくらいでいいか。まぁ終わった時点で時間があればその都度追加してく感じで……」


 走るコースを自動で選定してくれるアプリでルートを検索した雷牙は、一度大きく伸びてから軽いペースで走り出す。


 軽やかなペースで走り出す雷牙であるが、端から見るとそのペースはまるでジョギングではなかった。


 普通の人間がみれば明らかにランニングのペースであり、鍛えていない人間はまるで追いつくことが出来ない速さだった。


 そのまま軽快に走っていると、ふと雷牙は視界の先で人だかりが出来ているのに気がついた。


「なんだ、アレ?」


 コースから外れるものの、少し気になった雷牙は人だかりの方へと駆けて行く。


 近づくにつれて雷牙の耳にはスタジアムで聞くような歓声と、剣戟の音が聞こえ始めた。


「これは……」


 人だかりを掻き分けた雷牙の視界に広がったのは、スタジアムのバトルフィールドより少し狭いフィールドで戦いを繰り広げる者の姿だった。


 周囲には簡易的な観客席があり、フィールドの四隅には周囲への被害を出さないためかバリア発生装置まで備わっている。


「玲汰が言ってた場外戦ってやつか。けど、霊力は使ってないのかこれ」


「なんだ兄ちゃん、場外戦を見るのは初めてか?」


 雷牙が首を傾げていると、近くにいた中年の男性が声をかけてきた。


「そうっスね。基本トーナメントしか見てないんで」


「まぁそうだよなぁ。よぅし、軽く教えてやろう。まず場外戦がどういうもんかってのは知ってるか?」


「ある程度は知ってる。確か選抜選手にも補欠にも選ばれなかった育成校の生徒同士の試合っすよね」


「そんだけわかってりゃあ十分だ。だけど、場外戦にもいろいろあってな。今やってんのは霊力を全く使わない、己の身体能力のみで戦う試合だ。これをスタンダード戦って言うんだ」


「スタンダード……」


「霊力同士がぶつかる派手な試合もいいが、こういうのも中々泥臭くて面白いぜ。見たところ兄ちゃんも育成校の生徒だろう? 一戦どうだい?」


「いや、俺は遠慮しとくっスよ。一応代表選手なんで」


 雷牙はポケットから代表選手であることを現すプレートを出す。


 代表選手は場外戦に出てはならない。


 これは戦刀祭に置けるルールの一つであり、破ると即出場は取り消しとなり次の戦刀祭にすら出ることができなくなるのだ。


 すると、男性は一瞬驚いたうような表情をしたが、すぐに笑みを浮かべる。


「大丈夫さ。ここで見てる連中は基本的にバトルジャンキーなやつばっかだ。いちいち人の顔なんざ覚えてねぇよ」


「やめとくよ。俺だけならまだしも、同じ育成校の仲間にも迷惑かけそうだしな」


 雷牙はその場を後にしようとするものの、すぐに手首のあたりを掴まれた。


「そういうなよ、兄ちゃん。まだ試合前だろ? せっかくだ、ここで肩慣らししていけや」


「いやだから――っ」


 ふと雷牙は周囲の人間の視線が自分に集まっていることに気がついた。


 同時に腕を掴んでいる男の力が強まっていることにも。


 ――こいつら……。


 すぐに雷牙は察した。


 これは選抜選手を陥れるための罠だと。


 玲汰から聞いた話だが、一部の場外戦にはやってきた選抜選手を言葉巧みに誘導したり、脅したりするなどして半強制的に場外戦をさせ、その情報をハクロウにリークして出場停止に追い込むというあくどいやり口があるらしい。


 その理由は様々で、元々刀狩者志望だったが挫折した者が若い刀狩者を陥れようとしたり、不戦勝を狙って仕掛けてきたりなどだ。


 今回の場合は後者が考えられるが、周囲に優雅の姿もなければ気配もない。


 恐らくは前者、もしくは別の理由だろう。


「なぁ、戦ってけよ。兄ちゃん」


 男の腕に力が入り、周囲の人垣からも若干の威圧感を感じる。


 全員が全員雷牙を陥れようとしているわけではなさそうだ。


 恐らく人垣のなかの十名前後といったところか。


 ――なるほど、よく考えてるな。ここで俺が無理やり引き剥がせば、それはそれで問題になる。そしたら今度はそれを種に揺するつもりか。


 刀狩者志望である以上、下手に一般人に手を出すことはできない。


 ましてやそれが戦刀祭の出場選手ともなれば余計だろう。


 無理やり引きがした瞬間、この男は雷牙に暴行をうけたとか何とか適当なことを言って揺すってくるだろう。


 そしてほかの協力者がそれに同調し、何も知らない一般人も流されるまま彼らに同調するはず。


 大衆を味方につければ、雷牙一人の意見など軽く握り潰される。


 ――どうしたもんかね。


 録音でもしておけばよかったと雷牙は内心で溜息をつくものの、男は手を離してはくれない。


 正直中年のおやじに腕を掴まれているこの状況に嫌気がさしてきた。


「どうだい? やる気になってきたかい?」


 首をかしげる男は人のよさげな笑みを浮かべていたが、瞳はまったく笑っておらず、愉悦にも似た感情が見て取れた。


 雷牙は男の顔面を殴り飛ばしたい感情に駆られながらも、諦めるまで断ることを決意し「だから――」と声を上げようとした。


「――はーい、そこまでー。選抜選手捕まえて何やってんだ? おじさん達」


 雷牙の言葉を遮るようにしてやや軽薄そうな声が聞こえた。


 そちらを見やると、灰色の髪をウルフカットに整えた青年が立っていた。


 腰にあったのは日本刀型の鬼哭刀であり、纏っているのはハクロウの斬鬼対策課の部隊員である証の黒い戦闘服。


 そして腕には紋獣が象られている腕章をつけている。


 紋獣は竜。


 即ち、目の前の彼は斬鬼対策課の第八部隊の部隊長ということを物語っていた。


「ハ、ハクロウの……!」


「まったく、これだけ刀狩者がいる中でよくやるよ。白昼堂々、ばれないとでも思ったかい?」


「な、なんのことやら。俺はただこの兄ちゃんに試合を見ていかないかって誘ってただけ――」


「シラを切るのもいいけど、言葉は選べよ? こっちはアンタたちの素性なんて簡単に調べられるんだぜ? 入場チケットは本名じゃないとだめだ。特定なんて簡単だぜ?」


 ニッと笑みを浮かべる青年だが、雷牙は瞬時に感じ取った。


 目の前にいるのが学生とは比べ物にならないほどの実力を有している絶対的な強者であることを。


 それは男も感じることができたようで、すぐさま雷牙から手を離し、足をもたつかせながらそそくさとその場から消えていった。


 彼の後には仲間と思われる者達も続いていった。


「やれやれ。逃げるくらいなら最初からやんなきゃいいのにな。って、大丈夫かい、しょうね……ってまさかこんなところで会うとはね……」


 青年は雷牙を見た瞬間、苦笑しながら空を仰いだ。


 それを怪訝に思いながらも、雷牙は彼に頭を下げる。


「ありがとうございました。不注意で近づいちまって、本当に助かりました」


「いいっていいって。気にしないで、綱源雷牙くん」


「え、どうして俺の名前……」


「そりゃあ知ってるさ。誘拐されたファルシオン親子を救い、轟天館との強化試合では怨形鬼打ち倒した玖浄院のスーパールーキー」


「いや、スーパールーキーってわけじゃ――」


「――そして綱源光凛隊長の息子さんだ」


 青年の言葉に雷牙は弾かれるように反応した。


 彼は微笑を浮かべながら、雷牙に腕を向けてきた。


「初めまして、綱源雷牙くん。俺は伊達狼一。今は斬鬼対策課第八部隊隊長を務めてる。光凛さんの元部下だった男さ」


 彼の声は優しく、どこか懐かしむような声だった。


 雷牙は狼一の差し出してきた腕に答えて彼と握手を交わした。

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