2-3
瑞季の試合によってスタジアムは大いに熱狂した。
続く試合のためにバトルフィールドが整備されている間も、観客席は興奮冷めやらぬ雰囲気で、スタジアムの声は外にまで響いていた。
「あっちは盛り上がってんねぇ」
「第一試合は痣櫛の娘さんが勝ったみたいね。まぁ注目もされていたようだし、盛り上がるのは当然じゃない? ……ていうか、アンタなんでこんなとこにいんのよ」
スタジアム近くの警備にあたっていた湊は、隣で缶コーヒー片手に端末をいじっている狼一を呆れた様子で見やる。
どう見ても「サボるな」と言いたげな彼女だが、狼一は得意げに微笑む。
「俺は今休憩中なの。湊ちゃんその辺把握してくれてない感じー?」
「そうじゃなくて、休憩中とはいえ持ち場を離れすぎじゃないかって話よ。本当に大丈夫なわけ?」
「優秀な副隊長ちゃんに任せてるから問題なし。それに俺の速さなら、アレくらいの距離すぐに移動できるって。知ってんでしょ、湊ちゃん」
「……アンタの副官に同情するわ。まぁ確かにアンタの速さなら問題ないだろうけどさ。ほどほどにしなさいよ、そういうの」
「はいよ。けど、せっかく同期の隊長同士なんだからさ。積もる話もあるじゃん? こんなとこに二人でいればさ」
狼一はどこからか取り出したスポーツドリンクを湊に私ながら感慨深げに呟く。
受け取りながら湊も歓声が続いているスタジアムを見やる。
湊と狼一は学生の頃からの顔見知りだ。
育成校自体は別だったが、戦刀祭や交流戦などでは何度か手合わせしたこともある。
簡単に言ってしまえば悪友というか、気心が知れている友というか、そんな感じの存在なのだ。
ハクロウに入った後も二人の交流は続き、結果として今に至る。
「まさか隊長になってからここに来ることになるとは思わなかったけどね」
「それは俺も思った。しかもそこにあの人の息子がいるってんだから、わかんないもんだよねぇ」
「確かに」
互いに微笑を浮かべる二人の脳裏によぎったのは先日チラッと見た雷牙と、彼の母親である光凛だった。
ハクロウに入った当初、湊は斬鬼の対処でミスをしてしまった。
結果としては被災者は増えなかったものの、警防署の先輩からは大目玉をくらい。
刀狩者になるべきではないと言われたこともある。
そんな時、当時若くして隊長を務めていた光凛に自分の下に来ないかと言われ、なし崩し的に彼女の隊に入隊したのだ。
そこで湊は見た。
どんな危険な刃災現場であっても、どれだけ驚異的な斬鬼がいても、被災者を助けるために誰よりも早く駆けていく彼女の姿を。
すぐに湊は彼女に問うた。
どうしたら貴女のように強くなれるのかと。
すると彼女は笑顔でこう答えた。
『立ち止まらないこと。ミスをしたことが悔しくても、繰り返すんじゃないかっていう恐怖があっても、絶対に足を止めちゃいけない。とにかくまずは一歩踏み出して、進むんだ。その先にきっと強さってあるんじゃないかな?』
少しだけはにかんだ笑顔だったことは今でも覚えている。
「……思い返してみれば少し臭いセリフだもんね」
肩を竦めた湊もはにかんだ表情を浮かべた。
その言葉を聞いて以来、湊は立ち止まることなくひたすら進み、今では隊長にまでなることができた。
「そういえば、アンタはどうして光凛さんのお世話になってたわけ?」
「アレ? 長い付き合いだけど話してなかったっけか?」
「聞く機会もなかったしね。で、なんでアンタあの人の下にいたのよ」
湊が光凛の隊に入った時、すでに狼一は彼女の隊に所属していた。
まぁ学生の頃から実力が高い方だったので、すぐに隊入りするだろうとは言われていた。
ゆえに今まで大して疑問にも思っていなかったのだが、改めて考えてみるとやはり首を傾げたくなったのだ。
「俺はが光凛さんの世話になってたのは、あの人に惚れたからさ!」
「……」
瞬間的に湊は鬼哭刀に手を添えた。
「どわーっ! ストップストップ!! 待てって湊ちゃん! 別に恋愛的な意味じゃねーって!!」
「急に惚れたとか言えばこんな反応にもなるっての」
「いやそういうんじゃなくてさ……。とりあえず、柄から手ぇはなしてくんね?」
彼が頼み込むので湊は柄から手を放して彼を見やる。
狼一は「ふぅ」と息をつくと、どこか懐かしげに語りだす。
「簡単なことだ。俺はあの人の戦いを初めて見たとき、すごくかっこいいって思ったんだ。簡単に言えば憧れたんだよ、あの人に。そんで、ほかの隊からも呼ばれてたんだけど、どーしてもあの人と一緒に戦いたいって思って入隊したんだよ」
「そんなことがあったんだ」
「おう。そしたら湊ちゃんが暗ーい表情して入ってきたってわけ」
「暗い顔は余計だっての!」
「ごっふ!? ほ、本当のことじゃん……!」
狼一の脇腹に肘鉄を叩き込む。
彼は体をくの字に曲げてうめくものの、表情はそこまで曇っていない。
見る人によっては暴力にも見えるが、まぁこれは二人のスキンシップのようなものだ。
「ところで、雷牙くんの試合はいつからなん?」
「えーっと、トーナメントが問題なく進めば、夕方くらいかな。夜になることはないと思うけど」
「ふぅん。気になってるから見てみたいんだよなぁ。副隊長ちゃんまた代わってくれたりしねーかな」
「アンタねぇ……。さすがにそれは自重しなさいよ。いつか後ろから刺されてもしらないわよ?」
「冗談冗談。ただ、あの子の試合が見たいのは本当だよ。まぁ後でネットで見るからいいけど、できればリアルタイムでみたいじゃん?」
「わからなくはないけどね。まぁ常に気を張っててもいざって時に動けなくなる可能性あるから、ある程度リラックスは必要だけどさ」
警備にあたる刀狩者は時間ごとの交替制だ。
休憩時間は基本的には何をしても自由だが、緊急時にはすぐさま対応できるように準備しておく必要がある。
端末を使った試合観戦程度であれば特に咎められることもないだろう。
今休んでしまっている狼一は別として。
「てか、湊ちゃん的にはどーよ。雷牙くんは。ファルシオンさんが誘拐された事件の時に先に敵を倒したのはあの子だったんだろ?」
「雷牙くんは……」
湊は事件当時のことを思い出す。
あの時、ヴィクトリアとレオノアがいる廃倉庫区画まであと少しと迫ったところで彼女は膨大な霊力が廃倉庫を吹き飛ばしたのを見た。
あまりに膨大すぎる霊力に思わず息を呑んだものだが、彼女はそこで気づいたことがある。
天を衝くように伸びた霊力の塊は、刃を象っていたのだ。
それは巨大な一刀。
霊力で出来た巨大な刀はそのまま振り下ろされ、大地を揺らすほどの衝撃を齎した。
廃倉庫にたどり着いた湊が見たのは、地面に刻まれた巨大な刀傷と、倒れているクロガネの構成員達。
光凛の息子であることを加味しても、あまりにも異常な霊力であった。
「……強い。とは思う」
「なんか煮え切らない返事だな。気になることでもあるわけ?」
「うん。狼一、霊力の放出だけで建物吹き飛ばせる?」
「はい?」
湊の問いに狼一はなにを突拍子もないことをと言いたげに顔をゆがめた。
「いや属性覚醒してるんなら出来るかもしれねぇけど。純粋な霊力だけじゃ無理じゃないかね」
「だよね。うん、普通は無理だよね……」
「もしかして、雷牙くんはそれが出来ちゃう系なのか?」
こくん、と湊は頷いた。
狼一は最初こそ驚いたようだったが、やがてなにか悟りを開いたかのように頷いた。
「まぁでも光凛さんの子供なわけだしな……。できそうっちゃできそうだわ」
「まぁできそうじゃなくて実際にできてたんだけどね。外見も多少似てるけど、規格外なとこなんかホントそっくり……」
現役時代の彼女の無双っぷりを知っているからか、二人の表情はどこか引き攣っていた。
湊の見立てでは、仮に光凛が生きていたとして、隊長にまで成長した自分達であっても勝つこと不可能かもしれない。
それだけ彼女は強く、そして圧倒的であった。
「親子だけあってやっぱりその辺も似るんだろうなぁ。っと、そうだ規格外ってことで思い出したことがあるんだけどさ」
「アンタ本当に戻らなくて平気なわけ? 休憩時間とはいえさぁ……」
「大丈夫だって。これでマジで最後にすっから」
狼一が手をヒラヒラさせながら言うので、湊は大きく溜息をついてから「それで?」と聞き返す。
「おう。いや、零って今なにしてんのかなって思ってよ」
「なんで私にそういうこと聞くの?」
「だって京極が連絡する相手なんて湊ちゃんか、長官だけだし」
「まぁそうだけどさ……まぁいいや、秘密にしてろとは言われてないし。零が今やってるのは人探しだよ」
「人探し?」
「うん。長官命令でね。京極くんが言うには、超重要人物だったかな」
湊も詳しいことは知らない。
ただ、京極剣星が言うには、随分前にハクロウを去りそのまま世界のどこかへ旅立ってしまった人を探しに行っているらしい。
「人探しで零を出すってことは相当頭が固いか、ヤベーヤツなんかねぇ」
「どうだろ。京極くんもはっきりとは伝えてくれなかったし、わかんないわ。さて、雑談はこれでおしまい。アンタはさっさと持ち場に戻る!」
「へいへい。わっかりましたー」
軽く手を叩いて促すと、狼一は観念したように踵を返した。
彼はそのまましばらく歩いていくと、軽く手を振ってから全身に稲光を纏って姿を消した。
後に残ったのは、僅かな土煙と紫電が迸る地面だけだった。
「相変わらず早いわねぇ。ホント、実力はあるんだからもっとしゃんとすればいいのに……」
軽薄な雰囲気を纏う狼一だが、その実力量は斬鬼対策課の中でも上位に入る。
学生の頃から既に雷電という属性に目覚め、それを駆使した圧倒的な高速戦闘を繰り広げる彼は、こう呼ばれていた。
「雷天の迅狼、伊達狼一。まだまだ健在って感じだね」
かつての二つ名を思い出しながら、湊は警備を続行する。
少しばかり長話がすぎたが、部下や一般隊士からの報告はあがっていない。
いまのところ五神島は平穏なようだ。
瑞季の試合を皮切りに始まったトーナメント一回戦は滞りなく進行していた。
それぞれの育成校の代表が、鍛え上げてきた力を最大限に発揮しながら繰り広げる戦闘は、見るものの心を熱くさせ、スタジアムは夏の日差しに加えて益々ヒートアップしている。
が、もちろんずっと熱狂しているわけにもいかない。
しっかりと熱を抜く時間も必要だ。
『えー、それではただ今の試合をもちまして、午前中の試合は終了とさせていただきます。午後は十四時からの開始となります。皆様一度クールダウンとお昼休憩といたします。また、今日も非常に気温が高くなっていますので、水分補給はこまめに。それでは、Cブロック第一試合でまたお会いしましょう!』
実況が言うと、観客達はそれぞれ動き出す。
スタジアム内には食堂や売店も多数あり、直結でフードコートも作られているため、食いっぱぐれるということはないだろう。
「私達も昼食にしよう。会長、確かここから注文できるんでしたね」
「うん、シュフが常駐してくれてるからね。ま、午後に試合がある人達は食べ過ぎないように……って、雷牙くんはもう聞こえてないね」
苦笑気味の龍子の視線の先には既に食卓についてウェイターになにやら注文していた。
「すみません。とりあえずこのページにあるここからここまでお願いします」
「……一ページ丸々となりますが、大丈夫ですか?」
「問題ないっス。じゃ、お願いしますー」
パタンとメニューを閉じた雷牙は楽しみな様子で笑みを浮かべている。
瞬間、彼を知るものは全てを悟る。
――嗚呼、これはまたいつもの爆食タイムがくるんだなぁ。
と。
結果として雷牙の昼食は凄まじいの一言だった。
胃にブラックホールでも備わっているのではないかと思うほどの速度で食べ進めていく彼の周りには、あっという間に皿の山が出来上がっていくのだった。




