2-2
試合開始を告げるアラームがスタジアムに鳴り響くと同時に、あけびは槍を構えて臨戦態勢に入る。
相手は斬鬼を殺すことに特化した剣術、痣櫛流の使い手である瑞季だ。
彼女はあけびのような枝族の分家にあたる人間からすると敬うべき存在だ。
けれど、七英枝族の分家の人間は従属している枝族に仕えるのが掟である。
一部では寂れた掟などといわれているが、続いているところでは続いているのだ。
あけびや優雅が属しているのは無論、生徒会長であるアリスの家だ。
今回の戦刀祭におけるあけび達の役割は、アリスを優勝させることにある。
つまりは、アリスを優勝に導くための露払い的な役割を担ってここに立っていると言って良い。
なので、障害となりうる瑞季にはここで退場してもらわなければならない。
向けれられた闘気に一瞬驚きはしたものの、試合を放棄するほどではない。
「まぁ痣櫛とは言えど、所詮は一年生。私の属性の前では――ッ!?」
内心でほくそ笑みながら瑞季を見やった瞬間、彼女は息を詰まらせた。
鬼哭刀を抜いた状態で立っていた瑞季が視界からフッと消えたのだ。
「試合中にも関わらず考え事とは、余裕だな」
声はすぐ近くからだった。
ハッとして視線だけをそちらに向けると、超低姿勢の状態で肉薄していた瑞季の瞳と視線が交錯した。
直感的に回避行動を取るものの、僅かにそれが間に合わず、刃が一瞬煌めいたかと思うと、顎から頬にかけてを鋭い痛みが襲った。
バトルフィールドに僅かに血が飛び散った。
あけびはすぐさま態勢を整え、瑞季を警戒しながら湿り気のある頬を撫でる。
ヒリッとした感覚と同時に避けた皮膚と生暖かくぬめる血液の感触があった。
彼女の頬の傷は浅くはあったが、ぱっくりと裂けてしまっており、非常に痛々しい。
『やはり痣櫛選手の初撃がヒットー!! それにしても凄まじい足運びでした! 映像をスローにしても捉えるのがやっとです!!』
実況の言うとおり、スタジアム内のいくつかのモニタには瑞季が一瞬にしてあけびに肉薄した様子がスローでリプレイされている。
が、ほとんど残像なようなものしか映っておらず、瑞季の黒い髪が辛うじて視認できる程度だった。
あけびはというと、頬から流れる血を拭いもせずにただ呆然と言った様子で瑞季を見ていた。
――気付けなかった……! アレだけ肉薄されていたのに、声を聞くまでまったく……!!
脳裏でフラッシュバックするのは肉薄してきた瑞季の表情。
冷徹であり鋭さのある視線は今思い出しても身震いするほどに恐ろしいものだった。
一年生だと思って完全に舐めていた。
相手の研究を怠ったわけではない。
「……だけど、私は……!」
あけびは槍を構えて瑞季を見据える。
今の一瞬であけびは悟っていた。
目の前の少女が自分よりも強いことを。
しかし、だからといって勝負を捨てることはしない。
「……アリス様を優勝させるには、こんなところで負けるわけには行かないのよ!」
小さくも力強い声は、観客席には聞こえていないようだったが、対峙している瑞季にははっきりと聞こえたようで、彼女は薄く笑みを浮かべた。
そして今度はあけびの方から駆け出した。
敵わないのであれば、少しでもアリスに情報を与える。
それが、摩雅彌家に仕える分家として出来る最大限の奉仕だ。
一回戦は最初から完全に瑞季のペースとなっていた。
あけびも食い下がってはいたものの、槍の刺突、薙ぎ払い、そして体重と遠心力をのせた振り下ろしさえ瑞季の前ではことごとくが無意味と化していた。
それに対して瑞季の攻撃は凄まじく、一度攻撃に転じれば立て続けに斬撃を見回せていた。
そして今、バトルフィールドでは傷だらけになったあけびと、傷はないものの余裕な表情は一切みせていない瑞季が向かい合っていた。
『強い、強いです痣櫛選手!! 学年が上であり、実力も高い葛原選手をいとも簡単にあしらっています!! さすがは痣櫛流というべきなんでしょうか! 息も殆ど上がっておらず、かなり余裕があるように見えます!!』
余裕があるように見える。
実況の言葉は間違っていない。
観客達もこの勝負は瑞季に軍配が上がると誰もが思っているだろう。
あとはもはや瑞季が余裕であけびにとどめをさすだけだと。
しかし、瑞季本人は違った。
――まだ眼が死んでいない。
血みどろになりながらも槍を構えているあけびを見やると、彼女の瞳はしっかりと瑞季を捉えていた。
眼光には力強さがあり確かな覚悟が見えた。
こういった手合いが手ごわいことを瑞季はよく知っている。
彼女が特別な感情を抱いている少年もまた、あのような瞳をするときが多々あるのだ。
「さす、が……ですね。痣櫛様……!」
あけびは僅かに笑みを浮かべている。
「最初に取った、失礼な態度をお詫びします。ですが……私とて、戦刀祭に出場する理由があります! 全ては、あの方……いいえ、あの子を優勝させるために……!!」
血を吐きながらも彼女は決意のこもった声で吼える。
あの子というのは、アリスのことだ。
最初会った時、瑞季は少し心配だった。
アリスとは彼女がもっと小さなころから親交があり、彼女が早い段階で刀狩者としての才覚を表したのも知っていた。
彼女は元来が非常に優しく、争いを好まない気性だ。
なおかつ他人を優先してしまうことが多々ある。
だから、もしかするとあけび達がアリスのことをいいように利用しているのではないかと思ったのだ。
だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
目の前の彼女からはそんな悪意は微塵も感じられない。
あるのはただ、アリスに対して忠義を尽くそうというひたむきな心。
態度こそ問題ではあったが、どうやら心根まで腐っているわけではないらしい。
彼女は槍先に霊力を集中させると、フィールドに突き立てるようにして槍を構えた。
「貴女に、敵わないのは、もうわかっています……! しかし、それでもあの子に少しでも貴女の実力を報せることができる!! それが私の役目です!!」
「……すばらしい忠義だ。疑ってしまったことを詫びよう。ゆえに私も、貴女に全力で答えよう!」
本来ならばここで手の内を明かすことは愚かなことだろう。
だが、瑞季は目の前の彼女の忠道に感服し、全力で答えるに値すると判断したのだ。
虎鉄を納刀し、抜刀の構えを取る。
鯉口からは水が滴り、彼女の周囲には小さな水が浮かぶ。
『痣櫛選手に葛原選手、両名共にここで属性を使用するようです! これは次で勝負を決めるのかー!?』
あけびの槍先に集中している霊力からして放たれるのはかなりの大技だろう。
正面から受けるのは明らかに悪手。
回避してから確実に叩き込むのがセオリーだが、それではだめだ。
忠義を尽くす相手に対しては最大限の礼をもって答える。
それが痣櫛瑞季の出した答えだ。
二人の間に一瞬の間が流れた瞬間、あけびが動いた。
「叩砕する剛崩剣!!!!!!」
声と共に槍がフィールドに突き立てられ、甲高い音が響いた。
刹那、バトルフィールド全体を揺らすほどの地鳴りが聞こえ、地面が瑞季に向けて一気に隆起してくる。
轟音と破砕音が混じりながら隆起する大地は瑞季へと迫る。
隆起は瑞季との距離が縮まるほどに大きさを増し、すでに彼女の身長を軽く超えていた。
「これを受け切れますか……!!」
ニッと笑みを浮かべるあけびに対し、瑞季は深く息をつく。
そして瑞季との距離が数メートルに縮まった時、一際巨大な大地の隆起が起こった。
それはまるで大地で出来た剣。
荒々しくも鋭い巨剣は、瑞季を刺し貫かんと迫る。
しかし、その剣が彼女に届くことは――ない。
「痣櫛流殺鬼術新之刃……竜胆・絶無……ッ!!!!」
静かながら気合いの乗った声と共に放たれたのは、一切の容赦のない横一線。
瞬く間に抜き放たれた刃からは、圧縮されいた水流が飛び出し、超高音を伴って大地の巨剣と激突する。
一瞬の攻防が繰り広げられるものの、巨剣に僅かに切れ目が入った瞬間、均衡は一気に破られた。
大地の剣は極度に圧縮された水流によって切断され、そのままスタジアムの観客席へと吹き飛び、防御フィールドに衝突してそのまま落下していった。
その光景に誰もが息をのむものの、彼らはフィールドを見てさらに驚くこととなる。
巨剣を切断した瑞季の水流の刃は隆起した大地すらも切断していたのだ。
表面は磨いたかのように滑らかで、刃の鋭さがうかがい知れる。
瑞季は大きく息をついた後、切断した大地の先にいるであろうあけびを見やる。
彼女は槍を構えた状態で立っていた。
地面を隆起させることで防御しようと思ったようで、彼女の前には真一文字に切断された壁があった。
「お……み、ごと……」
あけびは震える瞳で瑞季を見やったあと、胸から大量に出血しながら仰向けに倒れた。
すぐさまレフェリーが駆け寄り、彼女の状態を確認するも、結果は見えていた。
レフェリーは実況と観客に見えるように腕をクロスさせ、あけびの戦闘続行が不可能であることを告げた。
『試合、終了ーッ!!!!!! 五神戦刀祭、Aブロック初戦を制したのは、玖浄院の痣櫛瑞季選手です!!!! 葛原選手の大地操作も素晴しかったですが、痣櫛選手はさらにその上を行っていました!! これは二つ名がつくのもそう遠くないかもしれませんね!!』
実況の声の後、歓声と拍手が巻き起こる。
その中には瑞季を讃える声もあれば、最後まで諦めずに戦い抜いたあけびへの賞賛もあった。
瑞季は医療用ポッドに入れられて搬送されていくあけびを見やると、深く頭をさげてからフィールドを去って行く。
トーナメント一回戦をまずは白星で飾った瑞季の胸中は、勝ったこともそうだが、遺恨のない良い闘いをできたことに晴れ晴れとしていた。
「次は君の番だぞ。雷牙」
入場ゲートを潜る直前、瑞季は観覧席にいるであろう雷牙に向けて微笑んでから彼らと合流するために歩いていく。
「よっし! 瑞季の勝ちぃ!!」
「まっ当然っていえば当然だよねー」
観覧席では瑞季の勝利を玲汰達が喜んでいた。
雷牙も彼女の勝利をかみ締めるように深く頷いている。
「さすが瑞季さんですね。それに前よりも格段に進化していました」
「ああ。強化試合もしっかりやってたからな。俺も、気合い入れていくぜ」
「はい! 頑張ってください。雷牙さん」
応援してくれるレオノアに答えながら雷牙は全身に纏っている霊力に意識を向ける。
霊力・纏装の型。
膨大な霊力を持つ雷牙だからこそできる技であり、日常生活でも常に行うことで戦闘時における霊力使用のタイムラグを限り無くゼロにできるものだ。
母が考案し、ヴィクトリアから教えられたこれを雷牙は既に眠りながらでも完璧に行うことが出来るようになっていた。
意識を向けたのはあくまでも状態を確認するためだ。
いまでは完全に無意識でも最適な状態を維持できる。
自信に満ち溢れた表情をみせながら、雷牙は胸の辺りで拳を握った。




