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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
121/421

1-5

 コツコツとやや厚底気味の靴を鳴らしながら、店内席から出てきたアリスに皆が視線を奪われていた。


 ゴスロリチックな服装に低身長かつくりっとした大きな瞳。


 誰もが一目で美少女というであろう容姿をした彼女の表情はやや硬い。


 けれど、眼光は鋭くひったくり犯を見据えていた。


「お前は――?」


 雷牙は彼女に声をかけようとしたが、ふと視界に入った何かが気になって言葉を詰まらせた。


 視界に入ったもの、それは陽光に反射して時折キラキラと光る糸だった。


 けれど普通の糸よりも細い。


 軽く引っ張れば切れてしまいそうな糸は、フリルで覆われた袖から伸びている。


 正確な数はわからないが、軽く十本以上は糸が伸びているだろうか。


 殆どの糸はひったくり男の体に向いているようで、眼を凝らしてみると男の体に糸が巻き付いているのが見えた。


「どろぼうはいけないこと、です。そのバッグを返してあげてください」


 テラス席から出たアリスが男に向けて告げる。


「う、うるせぇ!! クソ、こんな糸ぐらいすぐに――!」


 男の方は一度冷静になったのか、自身の体が糸で縛られていることに気付いたようで、力任せに引き千切ろうとしている。


「あ、ダメ……!」


 アリスは焦った声を上げる。


 けれど、男はそんなことお構いなしに無理やり体を動かすそうとした。


 瞬間、男の体から鮮血が吹きだした。


「ぎっ!?」


 短い悲鳴を上げた男は動きを止めた。


「だから言ったのに……」


「あんだけ糸が巻き付いてる状態で無理に動かせばそうなるわな」


 糸は時として鋭利な刃物以上にものを切断できる凶器となる。


 今回は男がアリスの言うことを聞かなかったゆえの自業自得だ。


「い、いてぇ……! クソッタレがぁ……!!」


 男は体中から血を流し、今は力なく糸に体を任せていた。


 すると、アリスもそれを感じ取ったのか、拘束していた糸を一度緩める。


 そのまま男はアスファルトに倒れこむかと思ったが、どうやらまだ足掻こうとしたようで彼は倒れこむ瞬間に態勢を立て直した。


「ハハハ! やっぱりガキだな! まだまだ詰めが甘――!!」


 すぐさま走り去ろうとした男は悪態をついたものの、その行動は即座に止められた。


 腕と足を真っ直ぐにした状態で倒れた男はそのままアスファルトと強烈なキスをすることとなった。


 アリスの袖から伸びる糸が彼の腕と足をキツく縛り上げたのだ。


 まだ抵抗するかと思われたが、どうやらアスファルトに叩きつけられた際に頭を強く打ったのか完全に気を失っているようだ。


「最初からこうすればよかったです」


 雷牙の隣ではアリスが溜息をつきながら引っ手繰られた女性のバッグを手元に運ぶ。


 どうやら運ぶ時も伸びている糸を器用に使っているようで、バッグは一度アリスの手に入ると、そのまま被害女性のもとへ返却された。


「あ、ありがとう。お嬢ちゃん、すごいのね! もしかして有名な刀狩者!?」


「い、いえ……そんなことはないです。それよりも、えっと、気をつけてください。人も多い、ので、そのぉ、ああいう人もいると思いますから」


 女性に感謝されたアリスはややたどたどしい口調で言葉を繋ぐと、すぐに俯いてしまった。


「うん、そうするわ。でも本当にありがとう! それじゃあね」


 彼女は最後にもう一度頭を下げると、バッグを手に共に来ていたであろうグループの元へ戻っていった。


 雷牙もそれを見届けると、隣に立つアリスに声をかけた。


「すごいな、お前。今使ってた糸、鬼哭刀と同じ素材だろ?」


 やや笑みを浮かべて語りかけると、彼女はすこしだけあたふたした様子を見せたがすぐに呼吸を落ち着けて頷いた。


「はい、鋼糸型の鬼哭刀です。名前は銀鈴って言います。えっと、貴方は確か玖浄院の選抜選手、ですよね?」


「俺のこと知ってるってことは、お前も選抜選手か?」


「はい、私は――」


 彼女がそこまで言ったところで、店内から何者かが駆けて来る音が聞こえた。


 いったい何が、と雷牙が店内を見やった瞬間……。



「――アリス様と口を聞くなこの下等生物があぁぁあぁぁ!!!!」



 凄まじい怒号と同時に視界いっぱいの靴底が飛んできた。


「ブバァッ!?」


 短い悲鳴を上げて雷牙は激しく飛んだ。


 そのまま背後の建物の壁に衝突した雷牙は力なくその場に倒れこむ。


「アンタ何やってんのよ!!」


「雷牙さんへのあんな仕打ち、さすがに看過はできません!!」


「ピーピー囀るな! 貴様らこそ自分達の前にいる人がどなたかわかっているのか!?」


 舞衣やレオノアの声に混じって聞こえたのは、男の声だった。


 黒い髪をヘアワックスできっちりと硬め、鋭い目つきで舞衣達をにらみつけたのは、どこか執事服を連想させる服装の青年だ。


 彼は真っ先に声をあげた舞衣とレオノアを睥睨してから大きく溜息をついている。


 すると、蹴り飛ばされた雷牙は後頭部を摩りながら立ち上がった。


「いつつ……ったく、少しは手加減して欲しいんだけどな。俺じゃなかったら死んでるぞあれ」


「雷牙さん! お怪我は!?」


「平気だ、レオノア。それよりもいきなり人の顔面に蹴り叩き込んでくるとは、どういう了見だ?」


「フン、貴様のような下賎な輩がアリス様に話かけるなど百億年早いと思っただけだ。……だが、すぐに立ち上がれたことは褒めてやる。一応は玖浄院の選抜選手と言ったところか?」


 嘲るような視線を向けてくる男性に雷牙は決して熱くはならず、眼光だけを彼に向ける。


 すると、彼の背後からまた別の人影が現れる。


 一人は脱色した髪と新しく伸びてきた髪が混在してプリンみたいな色合いになったギャルっぽい少女。


 そしてもう一人は眼鏡をかけ、前髪を切り揃えた冷徹な雰囲気を漂わせる少女だ。


「そういうアンタ達はなんなんだ?」


「えー、マジ? ウチらのこと知らないわけぇ?」


「玖浄院の質も墜ちたものね。ほかの育成校の選手に眼を通していないなんて」


 雷牙の言動に心底呆れた様子を見せる少女達。


 青年の方もやれやれと首を横に振っており、アリスはというと先ほどからずっとオロオロしている。


「いい機会だから教えておいてやろう。私たちは――」


「――そこまでにしろ。雨儀(あまぎ)優雅(ゆうが)


 凛とした声音が優雅と呼ばれた青年の言葉を遮った。


 声の主は瑞季だった。


 彼女はあまり見慣れないほどの鋭さのある眼光を優雅に向けていた。


 言葉を遮られたことに優雅が再びヒステリックな声をあげるのではと雷牙は思ったが、それは裏切られることとなる。


「ほう、これはこれは……痣櫛家の御令嬢ではありませんか」


 優雅は瑞季を見やると軽く頭を下げた。


 それに続くように二人の少女も軽く頭を垂れる。


 礼をわきまえているようには見えるが、その行為の中には嘲りもあった。


「彼等は私の学友だ。まずは謝ったらどうだ?」


「おやおや、痣櫛瑞季ともあろうお方の友人がこんな連中ですか? それは随分と、よい御趣味をしているようで……」


 僅かに口角をあげる優雅。


 小馬鹿にしたような態度をとる彼に、玲汰が「てめぇ……!」と声をあげたが、瑞季がそれを制する。


「私がどんな友人を持とうとお前には関係のないことだ。それよりも蹴りを入れた彼と、お前が暴言を吐いた彼女等に謝れ」


「いくら痣櫛様の言葉でもそれは――」


「――謝れと言っているのが聞こえないのか?」


 瞬間、瑞季の眼光は今までにないほどに冷たく、暗いものへと変化した。


 明らかに敵意を露にした眼光にさらされ、優雅はもちろんのこと少女達も僅かにたじろいだ。


分家(ぶんけ)の分際で随分な態度を取るな。君達ごとき、枝族の力を使えば分家の席から抹消することなんて簡単だが?」


「……っ! わかりました……」


 命令にも近い言葉に優雅は小さな舌打ちをすると、渋々といった様子で雷牙と舞衣、レオノアに謝罪する。


 すると、瑞季は優雅の前を横切り、いまだ慌てている様子のアリスの肩に手を置いた。


「アリス。君ももう少し配下の者には強く言っておいてくれ。行き過ぎた行動は控えるようにと。枝族の君になら、その権限はあるはずだ」


「……はい。すみません、瑞季さん」


「君は謝らなくていい。とりあえず、これで退いてくれるか?」


 瑞季の言葉にアリスはこくんと頷くと、優雅たちに対して「行きましょう」と短く告げる。


 彼女の言葉に従って優雅はカフェのカウンターで支払いを済ませる。


 最後にアリスは雷牙に対して深く頭を下げる。


「アリス! 鋼糸捌き、見事だったよ。戦える時を楽しみにしている」


「……はい!」


 彼女等が去る直前、瑞季が告げるとアリスは少しだけ頬を綻ばせた。


 そのまま彼女達は大通りへ向けて歩き出し、姿を消してしまった。


 後に残ったのはどうにも状況がしっかりと飲み込めていない雷牙達の姿があった。


「さて、ではティータイムの続きと行こう」


「「「待て待て待て、おい!!」」」


 まったく気にした様子もなくお茶へ戻ろうとする瑞季に全員のツッコミが炸裂する。




「あいつ等は摩稜館の選抜選手だったのか」


 紅茶を飲み終えた雷牙が頷くと瑞季はティーカップを口から離して頷き返す。


「ああ。さっき連行されていったひったくり男を拘束したのが生徒会長であり、私と同じ七英枝族である摩雅彌アリスだ。育成校では珍しい、飛び級して入学した少女さ」


「あー、そういえば前に話題になってたかも。飛び級少女が育成校に入学って感じで」


「飛び級か……やっぱ強いのか?」


「ああ。みんなも見たと思うが、彼女は鬼哭刀の中でも特異な部類に入る鋼糸の使い手だ。育成校の生徒で鋼糸の扱いにおいて彼女の右に出る者はいまい。幼少の頃からその実力は如何なく発揮され、結果飛び級ということになったらしい」


「ふぅん。戦ってみてぇな……」


「少しはそっちから離れなさいっての。それで、他の三人は?」


「ああ、そうだぜ! あのいけ好かねー野郎はなんなんだ?」


 舞衣の言葉に玲汰も同調し、拳を震わせている。


「彼は雨儀優雅。七英枝族の分家筋の人間にあたり、まぁ見てのとおり、選民思想が強い男なんだ」


「選民思想……まさか、枝族至上主義(しぞくしじょうしゅぎ)というやつか?」


 樹の言葉に瑞季は頷いた。


 それにつづいて舞衣たちの表情が曇るものの、雷牙とレオノアは首をかしげていた。


「なんだそれ?」


「なんだよ、雷牙。そんなことも知らねぇのか? 枝族至上主義ってのはなぁ……なんだっけ?」


「わかんないなら得意げにするんじゃないわよ! まったく馬鹿なんだから!!」


「簡単に言ってしまえば枝族こそがこの国をすべるにふさわしいと思っている連中のことだ。七英枝族とはいえ、その社会的地位が絶対的に高いというわけではない。彼等はその状況が気にいらないんだ」


「ですが、分家ということは彼等に直接的な恩恵はないのでは?」


「確かにレオノアの言うとおりだ。だが、分家の彼等は自身が属する枝族が隆盛することで、ある程度の旨みもあるんだ」


「ようは甘い汁が吸いたいヤツらってことかよ。気に入らねぇな」


 雷牙は嫌悪感を露にする。


 虎の威を借るなんとやらではないが、それは自分達の努力によって手に入れた力ではない。


 そんなものを振りかざしてなにがいいのだろうか。


 雷牙にとってはそんな権威にすがりつく者達の考えなど理解することができない。


「じゃあ、あのアリスって子危ないんじゃない? あんなのに付き纏われてたら」


「いやそれは問題ない。雨儀は選民思想は強いが、ハクロウを裏切ることはしない。まぁ極端な話、アリスへの愛情が深すぎるが故の行動なんだよ」


「俺への顔面キックも?」


「……うん」


 瑞季が答えるまでに微妙な間があったが、そのあたりは気にしない方がいいのだろう。


「にしても、瑞季のドスのきいた声しびれたねぇ」


「あれな! 俺あそこが好きだったぜ、『謝れと言っているのが聞こえないのか?』ってとこ!」


「わかるー! お嬢様っぽさ全開だったねー。なおかつちょっとドS感もあったし!」


「や、やめてくれ! 私だってああいうのは慣れていないんだ。ただ、あそこはその、雨儀のあまりにもな言動に腹が立ったからで……」


 興奮した様子の玲汰や陽那をなだめている瑞季からは先ほどまでの冷徹な気配は感じられない。


 あの時の彼女と今の彼女が同一人物には見えないほどだ。


「まぁどちらにせよ、俺はあの野郎にきっちりお礼しねぇと気がすまねぇけどな」


「だろうな。それにあの二人、彼女らも分家筋の人間だ。そして私達が優勝という言葉を口にした時微かに聞こえた笑い声は彼女らのものだ」


「やっぱりな。アリスって子の声じゃないってのはなんとなくわかってた。まぁ、向こうからすりゃ舐めてると思ったんだろうな」


「だが、舐めているのは向こうも同じだ。トーナメントでぶつかった時は、私達の力を見せてやろう」


「おう」


 二人はニッと笑みを浮かべ、トーナメントへの意欲を燃やした。






 カフェから引き上げた優雅の表情は険しかった。


 思い出すのは先ほど蹴りを叩き込んだ雷牙のことだ。


 ――容赦などはなかった。一撃で意識を刈り取れるはずだった……。


 あの蹴りにはそれなりに霊力も乗せていた。


 雷牙が選抜選手であることはわかっていたがゆえの洗礼のつもりだったのだ。


 本来なら五分、短くても一、二分は意識を失う衝撃だったはずだ。


 しかし、彼はすぐさま立ち上がった。


 まるで何事もなかったかのように。


「……一筋縄ではいかないということですね……」


 優雅は僅かに口元に笑み浮かべて余裕を取り繕うも、その心には雷牙に対しての得体の知れない怖気が芽生えていた

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