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開会式当日。
夜に行われる開会式に向けて五神島の玄関口は一般客で大いに賑わっていた。
橋には車による列が形成され、リニアレールが止まるホームも人で溢れ、港に到着した客船からは次々に人が降りてくる。
その中には雷牙や瑞季の友人である狭河玲汰達の姿もあった。
「マジで人の数やべぇな!」
「そりゃあ日本で最大のイベントの一つなんだから当然でしょ。まぁ今年はクロガネ云々のニュースがあったからこれでも例年より少ないくらいらしいわよ」
玲汰の隣ではタブレット端末をいじっている柚木舞衣の姿があり、なにやらメッセージアプリでやり取りをしているようだ。
彼女のやや後ろでは、綺麗なブロンドの髪をした英国淑女然とした少女、レオノア・ファルシオンが若干やつれた様子でついてきている。
「レアちゃんどしたん?」
小首をかしげた大神陽那に対して、レオノアは「いえ……」と少しだけ言葉を詰まらせてから答える。
「人ごみが苦手というわけではないのですが、正直これほどとは思っていなかったもので……」
「あー、なるほどねぇ。確かにすごいよねこの人の数は」
「そうだな。テレビ中継で見たことはあるが、ここまでごった返すとは恐れ入る」
二人の後ろで肩を竦めながら答えた岡田樹の表情にも若干周囲の人ごみに辟易した色がある。
現在彼らがいるのはリニアレールのホームから、地上へつながる階段を上がりきったところにある広場だった。
階段に視線を向けると、未だにせわしなく人が吐き出されている。
ここだけ見ると先ほどの舞衣の言葉が嘘のように感じるが、実際のところ一般客の数はそれなりに減っているらしい。
クロガネが襲撃をちらつかせているのだから当然といえば当然だろう。
ニュースでも戦刀祭に関する報道は連日のように取り上げられており、一部の一般客の不安を煽った結果といえる。
「けど本当に厳重警戒って感じだったよな。空港の検査よりも厳重だったぜ」
「そりゃあ、あんなことがあった後だからね。ハクロウも慎重にはなるわよ。それにホラ、周り見てみなさいよ」
周囲に視線を向けると、街中のいたる場所に戦闘服を着用した刀狩者の姿がある。
一見すると漫然と人ごみを見ているようにも見えるが、視線はどことなく鋭く、警戒しているのがはっきりと見て取れた。
「刀狩者も数が多いですね。精鋭揃いって感じがします」
「部隊長クラスも派遣されてるらしいからね。まぁそういう人たちは要人がいる中央に集中してるみたいだけど、全体的に見てもレオノアが言ったとおり精鋭を揃えてるみたい」
「相手がクロガネではそれも頷けるな。だが、今はそれよりも一旦ここを離れないか? 人もかなり増えてきたぞ」
樹の言うとおり、立ち止まって話しているうちに周囲はより人口密度を増していた。
このままでは移動することも困難になってしまうだろう。
「そだねー。じゃあまーちゃん行こうよー。いったんホテルに荷物置いてから、らいちゃん達と合流でしょー?
「うん。ホテルの場所は……うん、ここからそんなに遠くないみたい」
舞衣はタブレットにナビを表示しながら歩きはじめ、レオノアたちもそれに続いた。
しばらく人の流れに従いながら歩いていると、「そういえば……」と玲汰が何かを思い出したように声を上げた。
「今年もやるんかな、場外戦」
「どうかしらね。一応鬼哭刀の持ち込みは身分証があればオッケーってことにはなってるけど……」
「さすがにこの警戒ムードでは無理じゃないか? 下手な騒ぎになればそれこそ混乱を招きかねない」
「まぁそうだよなぁ。けどよぉ正直ちょっと寂しかったりするよな。戦刀祭って言えばトーナメントがメインだけど、場外戦も戦刀祭の華みたいなもんだし」
若干落胆する玲汰に皆肩を竦めていたが、一人、レオノアだけは彼が言っていることが理解できていないようだった。
「あの、陽那さん。場外戦というのは?」
「ん? あー、レアちゃん知らないのか。まぁ海外で放送されてるのは基本的にトーナメントの様子だけだししょうがないかー。うん、じゃあここは私が説明したげるね」
「お願いします」
「おけおけー。場外戦っていうのは簡単に言っちゃえば読んで字の如くの戦いのことでね。選抜戦で惜しくも代表を逃した子達が、この島の空きスペースを使って自分達の戦刀祭をやっちゃおうってことで初めたのがきっかけなんだー」
「つまり、ストリートファイトのようなものですか?」
「うーん、当たらずとも遠からずって感じかな。ストリートファイトと少し違うのは、最近だとしっかり育成校の先生やら、派遣された刀狩者やらが審判についてくれるから、ただの喧嘩ってわけじゃないんだよー」
「ちゃんとルールもあって、参加者は皆それを守って試合をするってわけ。始まった当初は危険なこともあったけど、最近だといろいろ整備されてかなり落ち着いてるわよ。ホラ、あそことか」
陽那の説明に続いて舞衣が補足しながら車道を跨いだ先にある広場のようなものを指差した。
広場は特殊な壁で囲われており、簡易的ではあるが観客席のようなものも備えられている。
「あれは?」
「野外戦用のバトルフィールドだよ。街中でいきなり始めると流石に危険だってことで、十年位前にハクロウが新しく造ったの。刀狩者を含めて誰でも使えるよ」
「なるほど。そういうものがあったんですね……。それが今回は行われないということですか?」
「まだ確定じゃないからわからないけどねー。ハクロウからも禁止令は出てないし、やっても良いとは思うんだけど、まぁクロガネの話もあるし」
陽那はうーんと唸りながら難しい表情をした。
彼女の言うとおり、ハクロウからは場外戦をしてはならないという明確な通達は出てない。
出ていないのだからやってもいいということではあるのだろうが、やはり時期が時期なのでもしかするとこれから先禁止になる可能性はある。
レオノアはもう一度バトルフィールドを見やると、小さく息をついた。
「もしかしてレオノア、出たいの?」
「え!? あぁいやそういうのではないんですが、他校の人と手合わせできる機会でもあるんだなぁって思いまして、決して出たいとかそういうのでは……」
「いやそれもう出たいって言ってるようなもんだろ。けど、場外戦ならどこでも出れば良いってもんじゃないぜ?」
玲汰の忠告にも似た言葉にレオノアは首をかしげた。
「場外戦もいろいろあってさ、質のいいところと悪いところがあんだよ。中にはギャンブル紛いの試合をしてるとこもあるし、常に先生達がいるってわけでもない。だから、危険なところはマジで危険なんだ」
「詳しいんですね、玲汰さん」
「このバカそういうの好きだからね。動画とかも結構見てるでしょ?」
「まぁな。でも、もし場外戦ができるってなっても、そういうのは本当に気をつけろよ。中には違法薬物が出回ってるなんて噂もあるくらいだしな」
「取り締まったりはできないですか?」
レオノアの疑問ももっともだが、玲汰は微妙な表情を浮かべるだけだ。
「例年通りだとギャラリーが多すぎるってのもあるな。あと学生にその気持ちがなくても、周囲がそうさせちまうってのはあるかもしんねぇ。だから、今回なんかは多分寧ろ安全にできるかもしれねぇな」
「確かにね。これだけ刀狩者の目があれば下手な犯罪なんてできっこないし、学生側も無茶なことはしないでしょ。まぁ一番いいのは、スタジアムとかホテルとか、人がたくさんいる場所でやってる場外戦に参加することね」
「なるほど。わかりました、教えていただいてありがとうございます」
「……やっぱり参加する気満々じゃん?」
「……あの子もあれで雷牙と似たり寄ったりな面あるからねー」
「き、聞こえてますよ! 参考までに聞いただけですから!!」
「まっ、そういうことにしときますか。ホラ、そろそろホテルに着くわよー」
若干顔を赤くしたレオノアを軽くスルーしつつ、彼らは戦刀祭中に宿泊することになっているホテルに入っていく。
フロントでチェックインを済ませた後、舞衣たちは泊まることになっている部屋に向かった。
部屋は二人部屋であり、舞衣は陽那と、玲汰は樹と、そしてレオノアは後からやってくるヴィクトリアと同じ部屋に分けられた。
とはいえ、彼らは一般客とは違い、選抜選手の身内の扱いとして入場しているため、部屋のクラスはなかなか良いものだった。
舞衣曰く「スイートは確実」とのことだ。
そして現在、彼らはホテルのロビーに再集合していた。
「雷牙さんと瑞季さん、そろそろでしょうか?」
「うん、時間的にはね……」
舞衣は視線を大きな振り子時計に向ける。
リニアレールを降りてすぐ、舞衣は二人と連絡を取っていたのだ。
向こうも軽い鍛錬がちょうど終わる時間らしく、速めにランチにしようということになっている。
この混雑具合ではお昼時はどこも混雑するだろう。
「おーい。舞衣ー」
ふいに声をかけられてそちらを見やると、私服姿の雷牙と瑞季がやってきた。
「すまない、すこし待たせてしまったようだな」
「鍛錬に集中しすぎちまってなー」
「あんた達らしいわね。じゃあ全員揃ったわけだし、行きましょうか。一応目星はつけてあるから」
「さすが舞衣さん。では雷牙さん、行きましょう!」
レオノアは自然に雷牙の手を握ると、先にホテルの外へと出て行った。
途中、なにやら雷牙が抵抗していたようにも見えたが、どうやら無駄に終わったらしい。
ロビーに残った四人は、チラリと横目で瑞季の様子を見やる。
「フフ、レオノアもはしゃいでいるようだな」
口元には優しげな笑みがあった。
けれど、瞳はまったくと言っていいほど笑っておらず、額には青筋のようなものまで見えていた。
「……やれやれ」
「……こっちの方は前途多難って感じだねぇ」
彼女の様子に大きなため息をつきながら先に出て行った雷牙とレオノアを追いかける。
舞衣が目星をつけていたのはオープンテラスのあるおしゃれなカフェだった。
大通りから少し入ったところにあるためなのか、それともお昼時から少し外れていたからなのか、店内はテーブルはそれなりに空いていた。
雷牙達はせっかくならばと外の席で昼食を取り、現在は食後のティータイムに入っている。
「んで、お二人さんはどうなんだよ? 明日っからの試合、勝てそうなのか?」
「流石にまだそのあたりはわかんねぇよ」
「そうだな、トーナメント表も今日の開会式で発表されるわけだし、一概に勝てるかどうかまでは断言できない」
「けど、目標は優勝だ。試合に出るなら、何が何でも勝つ。それ以外にはねぇだろ?」
ギラリと光る雷牙の眼光に、その場にいた全員がゾワっとした感覚を覚える。
一見すると無茶で無謀なことを言っているようだが、なぜか雷牙が言うと妙な説得力がある。
「素敵です、雷牙さん……」
レオノアは彼の様子にうっとりと頬を綻ばせており、瑞季も僅かに口角をあげ満足げな表情を浮かべている。
が、店内からは水を差すかのような嘲笑にも似た小さな声が聞こえた。
誰がそんな風に笑ったのかと、玲汰と舞衣が視線を向けるものの、それをかき消すかのように別の声が響いた。
「ひ、ひったくりー!! 誰かそいつ捕まえてー!!!!」
突然聞こえた女性の金切り声に雷牙がテラスから身を乗り出すと、正面の道を男が全力疾走で駆けて行った。
手には不釣合いな女性モノのバッグがあり、表情はどこか焦った様子で、ひったくりであることは一目瞭然だった。
「あんにゃろ――!!」
すぐさま雷牙は男を追おうとテラスから飛び出すものの、それよりも早く何かが頬を掠めていった。
同時に聞こえたのは、シュルシュルというなにかが擦れるような音と、ピンと弦を軽く弾いたような音。
「なん――っ!?」
音に気を取られながらも雷牙は前方を走っているであろう男をみやるが、その表情は一気に驚愕へと染まる。
男は完全に動きを止めていた。
まるで彼だけ時間がとまったかのようにピタリと走っているフォームのままで固定されているのだ。
「な、なんだこりゃあ!? どうなってやがんだ、クソっ!!」
口はきけるようで、必死に喚いているものの体はまったくといっていいほどに動いていない。
すると、カフェの店内席から誰かが出てきた。
出てきたのは、フリルのたくさんついた服を着て、腕にぬいぐるみを抱いた幼さの残る少女だった。
「どろぼうは、だめ、です!」
どこか緊張した面持ちで告げたのは、摩稜館の生徒会長、アリスだった。




