1-3
五神島全域にハクロウ所属の刀狩者が配置された頃。
各部隊の隊長の姿は真新しさのある建物の中にあった。
ここはクロガネの襲撃に備えてハクロウが急ピッチで建造した警戒作戦本部であり、ここから各ブロックの担当者へ向けて指示が飛ぶようになっている。
「ではこれより隊長会議を執り行います。皆さん、揃っていますね?」
凡そ正方形に近い形をした室内で最初に声を上げたのは、長い黒髪を一房結った柔和な顔立ちをした麗人。
彼女は斬鬼対策課第二部隊隊長の真壁澪華だ。
今回の任務において彼女は、長官である辰磨から直々に総隊長の命を受けている。
それは彼女が第二部隊の隊長であるからではなく、彼女の今までの経験と、実力、そして人望を考慮しての人選である。
澪華の前では五人の隊長達が控えている。
「では始めます。といっても、内容自体は事前に話したものと大差ありませんので、再確認であると思ってください」
澪華が告げた後、室内の照明が一度落とされ、床からせり上がるようにしてホログラムが現れた。
現れた青白いホログラムはこの島のミニチュアであり、現在の五神島の様子が写しだされている。
「今回の任務は皆さんわかっていると思いますが、島内の警備が主となります。また、一般客の検査などは育成校の教員たちとも協力して行うことになっています。そして私達隊長の役目は――」
「――襲撃してきたクロガネを倒すこと、っすよね?」
澪華の声を遮るように口を出したのは、壁に寄りかかっているややガラの悪そうな青年、第八部隊部隊長の伊達狼一だった。
「そうですが、人の言葉を遮るようにしゃべるのは控えなさい。伊達隊長」
「すんません。ついどっはっ!?」
謝った狼一の体がくの字に曲がった。
見ると、彼の脇腹に強烈なエルボーを叩き込んだ人物がいる。
ショートボブに髪をまとめた彼女は第十二部隊の隊長である、白瀬湊。
玖浄院に転校したレオノア・ファルシオンと、彼女の母であるヴィクトリア・ファルシオンと親交のある刀狩者だ。
「ったく。隊長の癖に落ち着きなさすぎだってば」
「つめてーなぁ、湊ちゃん。ちょっと空気を解そうとしただけだって」
「そういうのはもっと別の場面でやったら? すみません、澪華さん。続けてください」
「はい。先ほど伊達隊長が言ったとおり、我々隊長陣の主たる役目はクロガネ襲撃の際、それらを無力化することです。また、その際相手の生きた状態での無力化が困難であると各自が判断した場合は殺害も許可します」
刀狩者はただの殺人集団であってはならない。
斬鬼と変異してしまっては殺すほか方法はないが、テロリストや犯罪者は行いは人道から外れた者達だが、まだ人間だ。
罪を犯したからといって即殺害ということはしない。
捕縛して公平に裁判に欠けて刑罰を与える。
その結果として死刑になればそれはやむなしだ。
だが、大原則として刀狩者は人殺しをしてはならない。
勿論その場の状況を判断した結果としての殺害行為ならば許容されるが、殺害は最悪の手段である。
「殺害行為に対して本部からの責任追及はありません。ただ、くれぐれも安易に命を奪わないように。では、続いて各隊及び一般隊士の警備配置についてです」
彼女が手元の端末を操作すると、中央に写しだされている五神島のミニチュアに動きがあった。
島内が区画ごとに分けられたのだ。
光の線で区画わけされたそれは、合計で三十の区画に分けられていた。
つまりは一部隊五区画を受け持つ形となる。
「各区画のは当初の予定通りに願います。また、海岸沿いは厳重警戒をするように。海からの襲撃はあると考えるべきでしょう。また、空からの襲撃も考えられるため、高所からの警戒も怠らずに」
五神島は四方を完全に海に囲まれている孤島だ。
陸路で襲撃してくる可能性もあるが、あそこは下手をするとクロガネ側も逃げ場がないため襲撃の可能性は低いだろう。
海や空からの襲撃の方が目立ちはするが、現実的なのだ。
「所属不明機などの接近はこちらから観測が可能なのか?」
控えめに手を挙げたのは狼一の向かい側にいる短髪の女性、第六部隊隊長の朔真篝だった。
「ええ。この施設の地下にはハクロウの妖刀観測課から選りすぐりの精鋭たちが常時周囲の海域、空域、そして霊力の監視を行ってくれています。異常があればすぐに隊長、副隊長に連絡が行く手はずになっています」
「了解した」
「まぁつまりは俺らはここからの指示に耳を澄ましてればいいってわけっすねー」
「簡単に言ってしまえばそのとおりですが、各自で警戒も決して怠らないように」
「うぃーっす」
あまりに場違いな返事であるが、こんな男でも一応は斬鬼対策課の部隊長である。
隣の湊は呆れているが、澪華は特に咎めることもせずに話しを続ける。
「では、この話は終わりにしたいと思います。ですが、最後に一つだけ皆さんに徹底してもらいたいことがあります。これは、長官からの言葉ではなく、私個人としての言葉です」
澪華が一度隊長達の顔を見やると、隊長陣も彼女に向き直る。
「警戒任務は体力は勿論ですが、精神力も非常に削られる任務です。いつ襲撃してくるかわからない敵を警戒するのは疲れはもちろんのことストレスも溜まります。そのため、警備時間の交代は徹底してください。
疲労は判断能力を鈍らせてしまいます。不調を訴えた者には救護班の診断を受けるように促してください。そのほかに問題があればその時も同様です。よろしいですね」
彼女に人望があつまる理由の一つがこれだ。
澪華は元々斬鬼対策課の所属ではない。
最初彼女が配属されていたのは、救護医療課という刃災の被災者達を治療する部署だ。
けれど、彼女は被災者だけではなく刀狩者の傷を少しでも減らすため、斬鬼対策課へと転属したのだ。
元々刀狩者としても天才的なセンスを持っていた彼女はすぐさま頭角を現し、数年で部隊長の地位にまで上り詰めた。
彼女の指揮によって、刀狩者の死傷者はそれまでに比べて格段に減っていったという。
そしていつしか彼女にはこんな二つ名がついた。
『慈愛の聖女』。
これが彼女の二つ名だ。
先ほどの言葉も、警備にあたる刀狩者の身を案じてのことだ。
彼女は一頻り隊長達の様子を伺った後、彼らが同意を示したことに頷いてから中央のホログラムを別のものへ切り替えた。
「では、次の議題に移りましょう。ここからは第四部隊の鞍馬隊長の報告を交えての議題となります。鞍馬隊長、よろしいですか?」
「……了解」
口元を戦闘服の襟を伸ばすことで隠した青年、鞍馬翔は端末を操作した。
彼もまた澪華と同じように元々斬鬼対策課の人間ではない。
前の部署は諜報隠密課。
世界に蔓延る刀狩者で構成された犯罪組織を秘密裏に調査、及び監視、場合によっては潜入調査などを行う部署だ。
その中で彼は凄腕の潜入調査員だったらしい。
「……まずはこれを見て欲しい……」
彼はボソッと呟いた後に操作しているホロキーボードを叩いて写真をホロモニターに投影した。
写真は男女あわせて十一名のものだった。
人種も年齢もバラバラで統一性は殆どない。
「これは?」
「……君達も聞いたことくらいはあると思うが、クロガネにはボス直属の実働部隊が存在する。彼らは鬼刃将とよばれていて、クロガネの大幹部だ。そしてその殆どが以前は刀狩者としてそれなりに名を馳せた連中だ……」
「確かに、何人か見たことのあるやつらがいんな」
「あれー? でも待ってよ。クロガネに関してはあまり情報が上がってないって前の定例会で言ってなかったっけ?」
やや子供っぽい声を上げたのは、やたらと露出度の高い戦闘服に身を包んでいる女性だった。
戦闘服を個人の動き安いようにアレンジするのは個人の自由なので、どんな形にしても咎められることはないが、彼女ほどアレンジしまくっている者はいないだろう。
華斎遥蘭。
現役の刀狩者にして、第十部隊隊長であり、そしてハクロウ七英枝族の一角である華斎家の現当主である。
「……情報の漏洩を防ぐためだ。隊長陣に裏切り者がいるとは思っていないが、英国支部長の件もあり、長官からはギリギリまで伏せておくようにと言われていた……」
「ふぅん。まぁ長官が言ってたなら別にいいけど、他に隠してたりしないよね? まさか鞍馬くんが裏切り者だったり?」
「……そう言うなら君も自分が裏切り者ではないという証拠を見せるんだな……」
「やめてください、二人とも。今はそんなことで争っている場合ではありません。鞍馬隊長、続きを」
僅かにピリついた空気を澪華の柔和な声がかき消す。
翔も一度頷くと、遥蘭から視線を外して投影されている写真を見やる。
「……彼らは全員属性覚醒を果たしている。中には番外属性を持つものもいるようだ。実力は隊長、副隊長クラスでなければ対処が難しいと言っていい……」
「まぁ大幹部ならそうよね……」
「……個人のデータは後で端末に送信しておくので確認してもらえるとありがたい……」
「りょーかい。けど、コイツらが全員で襲撃してくるって可能性はあるのか?」
「……可能性がゼロとは言い切れない。だが、新都の警戒が緩まっている今は連中としても好機なはず。こちら側に来るとすれば半分と考えるのが妥当だろう……」
「確かにね。新都を襲撃すれば、こちら側は応援も望めない。それを見越しての同時襲撃は十分ありえそう」
「……ああ。だから襲撃時は我々のみで対処しなければならないだろう。それともう一つ、クロガネには彼ら鬼刃将を越える、ボスの側近がいるという情報を掴んだ」
「その数は?」
「……現段階で判明しているのは二名。写真はボスと同じで入手できていない。しかし、性別は男女とのことだ……」
「なるほどねー。まぁどっちに来てもハクロウ側としては厄介ってわけだね」
今回は警備任務であると同時に、生徒及び一般客を守る護衛任務でもある。
ゆえにハクロウ側に負けは許されない。
彼らが倒れることは、その後ろにいる数万の命の死につながる。
室内にはわずかばかり暗い空気が流れ始めるものの、澪華がすぐさまそれをかき消す。
「そうですね。私達にとっては非常に危険かつ難易度の高い任務となるでしょう。けれど、それでも私達はここを守らなければなりません。夢を追う少年少女達の明日を守るため、そしてそれを応援する人々のため、全力をとしてここを死守しましょう。負けは、許されません」
力のこもった凛とした声に、重々しくなりかけていた空気が一気に晴れて隊長達の瞳には強い闘志がみなぎった。
その後も隊長達による入念な会議は続けられ、彼らが外に出たのは夕日が傾きかけた頃だった。
「んー……づはぁ! やっぱり薄暗い部屋にいると太陽が眩しく感じんなー」
「なに言ってんだか。ホラ、さっさと持ち場に行くよ。区画の様子も見ないといけないんだから」
大きく伸びた狼一の背中を湊が押す。
二人はそのまま歩き出して、他の隊長達と別れて自分達が割り当てられた区画へと向かう。
空を見上げると空が茜色に染まりかけていた。
二人がスタジアムの近くを通り過ぎようとした時、ふと狼一と湊は立ち止まる。
視線を追うと、先にいたのはスタジアムから三つの人影が出てきた。
楽しげに談笑していたのは、龍子と瑞季、そして雷牙の三人だ。
「あれって……」
狼一がどこか懐かしいようなものを見るような声音を漏らす。
湊も夕日に照らされている雷牙を見てどこか感慨にふけっているようだ。
一瞬だったが、彼らには雷牙の姿が今は亡き彼女の姿に重なって見えたのだ。
「そうか、あの子が光凛さんの……」
「うん。やっぱ似てるよね、前会った時も似てるなーって思ったけど……」
「懐かしいなぁ。あの人には俺らよく世話になってたわー」
「そうだね。だから今度は私達が光凛さんから受けた恩を返す番。絶対にあの子達を守るよ、狼一」
「おうよ。お前も負けるなよ、湊」
二人はニヒルな笑みを浮かべると、それぞれの持ち場になっている区画へ向かう。
クロガネの襲撃があるかないか……。
それはまだ確定した情報ではない。
けれど、彼らは刀狩者だ。
その背後に守るべきものがあれば、全力で守り、そして助ける。
たとえその命を犠牲にしたとしても。




