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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第五章 開幕、五神戦刀祭
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1-2

「いやー、遅れてごめんねー」


 龍子は対して悪びれた様子もなく、宿泊施設に用意された一室に入った。


「なぁにがごめんねー、や! ウチが連絡せぇへんかったらあと一時間以上遅れとったやろこんボケコラカスゥ!!!!」


 最初に飛んできたのは黒羽によるキャンキャンした怒号だった。


 けれど龍子は大して気にした様子もなく、軽く手を挙げただけだ。


「まぁまぁ、白鉄さん。武蔵さんにも事情があったようですし、責めてもしょうがないでしょう」


 黒羽をなだめたのは日本人離れした容姿を持つ少女だった。


 ブロンドの髪は、玖浄院に所属しているレオノアを思わせるが、純外国人の彼女と比べると、若干の親しみやすさがあるのは、彼女に日本人の血が流れているからだろう。


 彼女は星蓮院の生徒会長を務める剣裂(けんざき)燈霞(とうか)


 容姿が外国人よりなのは、祖母の遺伝らしい。


 ちなみに、育成校の男子生徒の間で秘密裏に投票されている、『お嫁さんにしたい女子』ナンバーワンでもある。


「さっすがトーカちゃんわかってるー。そうなんだよー。後輩クンにいろいろと指導というか、教鞭をとってたんだー」


「それは素晴しいですね。……で・す・が! 一応は反省のほどよろしくお願いします。わたくし達も決して暇というわけではありませんので」


 にっこりと微笑む燈霞だが、さすがに怒っていないというわけではないらしく、龍子に笑顔のまま重圧をかけた。


 普段優しいためか、こういった時の凄みのある笑顔は中々に背筋に来るものがあったのか、龍子は僅かに額に汗を滲ませた。


「どうでもいい、武蔵が来て全員揃ったならさっさと始めろ」


 悪態をつくような声を漏らしたのは、やや小太りながらも目つきの鋭い青年だった。


 彼の顔面には複数の刀傷があり、一番目を引くのは、右目を両断するように入った縦一文字の傷だ。


 極楼閣の生徒会長、烏丸(からすま)昂凱(こうがい)は「ちっ」と軽い舌打ちをしながらキロリと三人を睨むものの、彼女らは大して臆した様子もない。


 そればかりか、黒羽は昂凱を見やりながら肩を竦めた。


「わーっとるわデブ。これから始めよう思っとったわ」


「あぁ? 誰がデブだ?」


「お前や昂凱。タッパがあるから隠されとるけどな、お前大概デブやで?」


「上等だコラ。表出ろチビ女。その首今ここで落としてやらぁ!」


「ハッ! 返り討ちにしてソテーにしたるわ豚ァ!!」


 同時にそれぞれの得物に手を伸ばす昂凱と黒羽はすぐにでも構える勢いだった。


 が、二人は突然動きを止めた。


 否。


 止めざるを得なかった。


 見ると、鬼哭刀を何かが絡め取っている。


 光の反射で僅かにわかるそれは、極細の糸だった。


 引っ張れば切れそうなほどに細い糸が、二人の鬼哭刀に付いていたのだ。


 二人は表情をしかめ、龍子と燈霞はそれぞれ溜息をついてから、糸の出所を見やる。


 そこには、幼女がいた。


 黒羽も大概に小さいが、彼女よりももう少しだけ小さい。


 特注のものなのか、摩稜館の制服はフリルがたくさんついたゴスロリチックなものになっており、腕の中には可愛らしいテディベアが見えた。


「け、けんかはだめです……! みんな、なかよく、です!」


 くりっとした大きな瞳を潤ませる彼女の名前は摩雅禰(まがみ)アリス。


 摩稜館の生徒会長であり、龍子、黒羽と同じハクロウ七英枝族に名前を連ねる摩雅禰家の次期当主でもあり、育成校では珍しい飛び級をした十二歳の少女だ。


 フリルで隠れた袖から伸びる糸は昂凱と黒羽の鬼哭刀をガッチリとロックしている。


 けれど、アリスを見ると瞳に溜まった涙が今にも零れそうで、糸は何本かがフルフルと震えている。


「はいはい、アリスちゃんを泣かせない! 喧嘩をしにきたわけじゃないでしょー?」


「元はと言えばお前がやなぁ……。ハァ、もうええわ。怒る気ぃにもなれんわ」


「なんだ、怖気づいたってか?」


「あぁ? どう聞いたらそうなんねん。いい耳鼻科紹介したるさかい、耳クソとって貰ってこいや」


「テメェ……!」


「だーもう! キリがないでしょうが!! 昂凱くんも黒羽ちゃんも煽りに煽りで返さない!! この状態からちっとも前進しないよ!」


 龍子は二人の間に立ってすぐさま止める。


 これ以上のごたごたはまずい。


 具体的になにがまずいかというと、アリスの涙が決壊寸前なのだ。


 泣いた彼女をなだめること自体は簡単なのだが、問題なのは摩稜館の副会長が来ることだ。


 アレまで来られては正直手に負えない。


 最悪の場合この部屋、というよりもこのフロアが吹き飛びかねない。


 戦刀祭直前になってそんな不祥事は起こしたくないので、なんとしても阻止する。


「……わーったよ。クソが」


「へーへー。大体お前が遅れさえしなけりゃこんなことにはなっとらんわ」


「それは私が悪かったです。ごめんなさいね。で、アリスちゃん、もう糸を解いてくれない?」


「け、けんかはしませんか?」


「うん、しないしない。あとはみんなでお話するだけだから。ね?」


「はい。だからアリスさん、糸をしまってください」


 燈霞がアリスの肩に手を置いて彼女に微笑みかけると、アリスも安心したのか二人の鬼哭刀を縛っていた糸を緩めてそのまま袖の中へしまった。


 龍子と燈霞はホッと胸を撫で下ろすと、それぞれ用意された椅子に座る。


「さぁてと。いろいろあったけど、会長会議始めようか」


「ようやくやな……」


 黒羽の溜息が異様に大きく木霊しながら会議が始められた。


 内容は主に、戦刀祭中の注意事項や緊急時の対応、その他有事の際のハクロウ所属の刀狩者との連携などである。











 龍子から呼び出されたのは、午後四時を少し過ぎた頃だった。


 雷牙と瑞季が宿泊施設の正面入り口へ向かうと、既に龍子が待っていた。


「わるいね、会議が少し長引いちゃってさー。結構退屈だった?」


「別にそれほどでもなかったっスよ。学校にいる舞衣とか玲汰とかとも連絡とる約束してましたし」


「はい。後は親にも連絡をしておきました」


「なるほどね。そういえば二人は特別招待チケットを誰に渡したの?」


 特別招待チケットとは、戦刀祭出場選手に与えられるチケットで、本人以外の人物を優先的に島内及び、スタジアムへと入場させることのできる代物だ。


 チケットの枚数は一人三枚であり、転売などは不可能となっていて、仮に転売した場合は戦刀祭へは出場できなくなる罰則が課せられている。


「私は舞衣と陽那、樹に渡しました。来たがっていたので」


「俺も似た感じっスね。玲汰にレオノアとあといろいろ世話になったんで、ヴィクトリアさんにも渡しました」


「ふぅん。アレ、でも二人とも親御さんに渡してないの?」


「それは考えたんスけど、育ての親と師匠には友達とかに渡しなさいって言われたんで」


「私も父に渡すか迷ったんですが、研究で行けないとのことでしたので」


「なるほどね。まぁ誰を連れて来るかは自由だからねぇ。さてっと、それじゃあ行こうか」


 龍子は何度か頷いた後にスタジアムに向けて歩き始める。


 それに続いて雷牙達も歩き始めるものの、彼らの視線はスタジアムは勿論、その周囲に展開している刀狩者に自然と向き始める。


「やっぱり結構な数っスね」


「そうだね。まぁ部隊員以外にも一般隊士もそれなりにいるみたいだね」


「……前々から思ってたんすけど、なんで一般隊士って言うんスか?」


 ふと雷牙は浮かんだ疑問を口にする。


「あーそれね。実際知ってても知らなくてもいいところだから教えなくなったんだけど、元々ハクロウの斬鬼対策課は斬鬼対策隊って名前だったんだよ。だけど、妖刀観測課や、刃災調査課、装備開発課と呼び名を統一したの。で、それと同時に秀でた力を持った刀狩者を分けようってことで、部隊が出来た。だから、一般隊士っていうのは、斬鬼対策隊だったころの名残みたいなものだね。当時は部隊わけじゃなくて、ある種の階級制みたいな感じだったらしいし」


「なるほど。じゃああの辺にいるのは一般隊士ってことっスか」


 雷牙の視線の先には、黒い戦闘服の刀狩者に指示を受けている刀狩者の姿があった。


「そうそう。一般隊士は基本的に警察署と同じ役割を果たしてる警防署(けいぼうしょ)で、パトロールとかするのが役目。だから今回もパトロールを担当するのは彼らだね」


「じゃあ、あの時駆けつけたのもああいう人たちなのか……」


 雷牙は口元に指を当てて玖浄院に入学した時のことを思い出す。


 確かに彼らの戦闘服は今雷牙が見ている刀狩者がつけていたものと同じものだった。


「ところで会長、スタジアムに向かっているようですが、なにかあるんですか? 見せたいものがあると仰っていましたが……」


「ふふん、それはついてからのお楽しみってやつかな。さ、中に入るよー」


 龍子は入り口に立っていた刀狩者に玖浄院の生徒手帳を見せると、回転扉にはいってスタジアムに入った。


 ガラスの向こう側で手招きする彼女に雷牙と瑞季は首をかしげながらも、同じように生徒手帳を見せてスタジアムへ入る。


 中に入った三人はそのままエスカレーターを使ってスタジアムの最上階にまでやってきた。


 そのまま五階の回廊を進んでいると、不意に龍子が「あったあった」と声を上げて駆け出し、しばらくいったところで立ち止まった。


 彼女に続いて走り出した雷牙と瑞季は、彼女が立ち止まったところで龍子の視線を追う。


「これは……」


 瑞季が少しだけ驚いたような声を漏らした。


 彼らの前にあったのは、ガラス張りの大きなショーケースだった。


 飾られているのは様々なデザインのトロフィーだ。


「優勝トロフィーの展示? 会長、これって……」


「うん。今まで行われた戦刀祭で優勝した人たちのトロフィー。のレプリカ」


「レプリカ?」


「本物は本人に贈呈されるからね。ここにあるのは、この人が優勝しましたよーっていう証拠で置いてあるだけだから。価値はなくていいの。ホラ、私の名前が入ったやつもあるでしょ?」


 龍子が指差した方を見ると、確かに彼女の名前が刻まれたトロフィーが飾られている。


「え、ひょっとしてこれ自慢したかっただけっスか?」


「流石にそれは……」


 雷牙と瑞季の表情は一気に曇った。


「いやいやいや! いくら私でもそんなことしないよ! まぁ自慢したかった気持ちが完全にないとは言えないけど……」


 ――言えねぇのかよ。


 両手の人差し指をいじる彼女に雷牙は内心で呆れるものの、龍子は一度咳払いをしてから「そうじゃなくて」と切りかえした。


「私が見せたかったのはアレだよ!」


 再び指差された方を見やる。


 ショーケースにはトロフィーが所狭しと並んでおり、パッと見ではわかりにくい。


 けれど、雷牙は彼女の指差した方を見てすぐさまそれに気がついた。


 そのまま彼はショーケースに張り付くと、あるひとつのトロフィーを凝視する。


「あれって、まさか……!」


「うん。そうだよ、雷牙くん。君のお母さん、綱源光凛さんの優勝トロフィー」


 どこか優しげな龍子の声だったが、それよりも雷牙はトロフィーに釘付けになっていた。


 確かに『綱源光凛』の名前が刻まれている。


 その隣には優勝した日付なども刻まれていたので、彼女がいつ優勝したのかは容易に想像できた。


 光凛が優勝したのは彼女が三年の時のようだ。


「すごいな、君の母上は……」


「ああ。俺も知らなかったよ。戦刀祭の結果に関しては母さんが一年の頃の動画しか見られなかったし。優勝してたんだな、母さん」


「光凛さんは前年は準優勝で飾ってる。だけど、父さんに聞いたら二年次は家族に不幸があって、まともな精神状態じゃなかったみたいでね。決勝戦は行われたらしいけど、実際は相手の不戦勝って感じだったみたいだよ。だから、もしかすると光凛さんは二年連続優勝を果たしていたかもしれない」


 二年連続の優勝。


 叶わなかったとはいえ、それがどれほど難しいことなのか雷牙もわかっていた。


 一度優勝をしても戦刀祭は出場できる。


 けれど、それは周囲に手の内がばれているということ。


 決勝戦まで勝ち進んだ時点で、彼女のことは当時の出場選手全員が警戒していたことだろう。


 それでも光凛は三年でついに優勝を果たしたのだ。


 この全国の学生刀狩者の頂点を決める大会で。


「私が見せたかったのはこれ。どう? 俄然やる気が出てきたんじゃない?」


「……当然!」


「私も。こんなものを見せられたら、俄然優勝したくなりました」


 雷牙と瑞季は龍子に対して笑みを浮かべて答える。


「ハハハ、良い顔つきになったねぇ。うん、そうでなくっちゃ! けど、皆強いよ?」


「それが何だってんですか。相手が強くたって優勝を諦める理由にはならんでしょうよ。寧ろ燃えてくるってもんです。会長、今度こそアンタを倒して見せますよ」


「言うねぇ。その様子だと瑞季ちゃんもだね?」


「ええ。次は負けません」


「うんうん、やる気があって大変よろしい。それじゃ、このあたりで戻ろうか。あんまり長居しても警備の邪魔になるだろうし」


 龍子は満足げに頷くと来た道を戻っていく。


 その後姿を見やりながら雷牙は瑞季に向けて告げる。


「俺は、今度こそ会長に勝ってみせる。そして瑞季、お前にも負けるつもりはねぇ」


「当然だな。私も同じ意見だ。ぶつかったら全力で叩き潰してやる」


「返り討ちにしてやるよ」


 それぞれどこかクールな笑みを浮かべた二人は、コツンと互いの拳でグータッチを交わす。


 戦刀祭開始まであとわずか。


 母が為しえなかった一年次での優勝という決意を胸に刻み、雷牙は戦刀祭に臨もうとしていた。

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