1-1 開幕する戦祭
バスを降りた雷牙と瑞季は、改めてスタジアムの大きさに驚嘆していた。
今彼が立っているのはスタジアムに隣接している出場選手用の宿泊施設の駐車場だ。
「近くで見ると本当にでかいな」
「そうだな。収容人数は国内でも最大クラスに並ぶほどに大きなスタジアムだ」
「本当にここで戦えるなんてな」
雷牙はどこかしみじみとした様子で呟く。
彼自身、幼い頃から五神戦刀祭の映像はテレビ中継や、インターネットにアップされている動画などで戦刀祭の様子を見ていた。
その中にはもちろん、ここで戦う母、綱源光凛の姿もあった。
彼女が戦刀祭に最初に出たのは確か、雷牙と同じ一年生の頃だ。
結果は二回戦敗退という結果だったらしいが、その後も彼女は戦刀祭に出場し続け、三年連続でこの場に立った。
残念なことに二年次、三年次の彼女の映像はネットの海を漁っても発見はできなかった。
雷牙と彼女の師匠である柳世宗厳も録画をしていなかったようで、彼女の活躍は明確には見られていない。
だが、光凛がたったあの舞台に、雷牙も同じ歳で立つことができる。
彼はそれが嬉しかった。
まだ彼女には、追いつけていないがそれでも憧れである彼女にまた一歩近づけたのだ。
「おーい、二人ともー! 感慨にふけるのはいいけど、ちょっとこっち来てー!」
「はい。今行きます。行くぞ、雷牙」
背後からかけられた龍子の声に、瑞季は返答してから雷牙を促す。
雷牙は「あぁ……」とあいまいに返すと、若干後ろ髪を引かれる思いながらも先に言った瑞季を追いかける。
雷牙が合流すると、龍子は一度頷いた。
「うん、全員揃ったね。この後は各自割り当てられた部屋に行くんだけど、実はハクロウからの要請で夕方くらいまで、ここで待機ってなったから」
「待機?」
眉をひそめたのはやや気だるげな様子の辻直柾だった。
「強化試合を襲撃された際、クロガネの百鬼という男が戦刀祭について言及していた。ハクロウ側もそれを警戒してこの島全域に本部の刀狩者を配置し、この後は島全域の検査と鐘魔鏡の再点検、不審物がないかなどの調査が念入りに行われる。我々がうろついていては、邪魔になるだけだろう」
龍子の言葉を補足した近藤勇護は、気だるげな直柾をやや鋭い眼光で一瞥する。
大人顔負けの威圧感だったが、直柾は特に気にした様子もなく大きな欠伸をした。
「くぁ……なる。まぁ部屋でのんびりしてろってことだろ?」
「大雑把に言えばね。一応施設内だったらどこに行ってもいいけど、他フロアはほかの育成校専用エリアだから、行けるとすれば共同の場所とコンビニとかな」
「りょーかいだ。じゃあ何かあるなら端末に連絡よこせ」
直柾やボストンバッグを担ぐとそのまま宿泊施設へと入っていった。
彼らしいといえばらしいか、やはり群れるのは好まないのか。
「武蔵、他にはないか?」
「そだねー。今のところは自室待機ないしは、施設内待機ってことで」
「わかった。では何かあれば連絡を頼む」
勇護も直柾に続くように消え、駐車場には雷牙達だけが残ってしまった。
「やれやれ、どうにも私の同級生は単独行動がお好きなようで……。どー思うああいうの?」
大きく溜息をついた龍子は雷牙達に意見を求めてくるものの、雷牙と瑞季は苦笑いを浮かべていた。
「まぁやりたいこともあるんでしょうし……」
「男の子が密室で一人でやることぉ? え、それってやっぱり……アレ!?」
なぜかハッとした様子の龍子が三咲を見やったが、彼女は視線をすぐにそらして雷牙達に向き直る。
「はい、皆さん。このダメな人のことは放っておいて早く中に行きましょう」
「冗談! 冗談だってば!! みんなの気持ちを少し解そうとしてるんじゃん!!」
「どんな解し方ですか!? そろそろほかの育成校の方達も来ますから、あまりここで溜まっている暇はありません。さっさと行きますよ!」
「はいはーい。ちぇー、会長なりの気遣いだったのにさー」
龍子は唇を尖らせてやや猫背になりながら荷物を持った。
その姿に雷牙が呆れつつも荷物を持とうとしたときだった。
ふと重低音な走行音が聞こえ、思わずそちらに視線を向ける。
彼の視線の先には、装甲車が列を成して走っていた。
装甲車の車体の側面にはハクロウのエンブレムが刻まれているので、どうやらアレが龍子の言っていた派遣されてきた本部の刀狩者のようだ。
「すげー数だな」
「ああ」
「まぁ当然といえば当然だよね。けど、私もあの数は予想外」
いつの間にか隣にやってきていた龍子が雷牙の言葉に頷いた。
すると、装甲車の列はスタジアム寄りの駐車スペースに綺麗に停まり、中から続々と戦闘服に身を包んだ刀狩者が現れた。
ただし、彼らの戦闘服は一般隊士のそれではなく、黒を基調としたものだった。
「あの色って確か、部隊入りしてる刀狩者しかきれないヤツっスよね?」
「うん。黒い戦闘服は部隊員の証でもあるからね。けど、あんなに出してくれたんだ……って、マジ?」
「どうかしましたか?」
「んー? いやぁ見知った顔がいたっていうか、斬鬼対策課の偶数ナンバーの部隊長が出てきてるんだよね。ホラ、あそこ」
龍子が指差した方へ二人は同時に視線を向けた。
瞬間、雷牙と瑞季は全身に僅かだがゾワッとした感覚が走るのを感じた。
装甲車から現れた刀狩者は既にいくつかのブロックに分かれて列を作っていた。
その正面、つまりは刀狩者達の前にいる数名の威圧感に二人は一瞬だが当てられたのだ。
明らかに纏っている雰囲気が違う。
怖いものではないが、いるだけで空気がパリッとするというか、ピリッとするというか、そういう感覚だ。
「あれが部隊長……」
「そう。斬鬼対策課に存在する十二の部隊のトップ。正真正銘のバケモノ集団だよ」
「バケモノって……会長がそれ言うんっスか……?」
「なぁに、雷牙くん?」
「いや、なんでもないッス!!」
ボソッと呟いただけだというのに、額に青筋が立った笑顔で凄まれた。
雷牙はすぐに取り繕うために、話題をシフトさせる。
「そういや会長はなんであの人達が偶数ナンバーの部隊長だってわかったんスか? 長官の娘だから見知ってるのはわかりますけど、流石に全員じゃないっスよね?」
「あー、それね。アレ? まだその辺りって勉強しないんだっけ?」
「選抜戦での混乱もありましたし、各隊の見分け方自体は二学期からですから」
三咲の答えに龍子は「あーそっかそっか」と懐かしげに呟いたあと、人差し指を立てて笑みを浮かべる。
「よぉし、ここは生徒会長、いいや先輩として後輩二人に教えといてあげよう!」
「いや、そういうのは施設のロビーに移動してからにしましょう」
やる気満々だった龍子は首根っこを三咲につかまれてそのままズルズルと連行されていく。
「なんだろうな、こういう光景も大分見慣れて来た……」
「育成校の生徒会長とはあんなぞんざいに扱われていいものなのだろうか……」
二人は表情を引きつらせながらも、先に行った二人の後を追った。
宿泊施設のロビーには個室も用意されていた。
入り口のある壁はガラス張りのため、外からは丸見えだが必要に応じて曇りガラスの状態に出来るなど、プライベートはしっかりしている空間だった。
「さてっと、どうやって偶数ナンバーの部隊が来てるか見分けたかだったね。んー、二人は斬鬼対策課の部隊についてはどこまで知ってる?」
「十二の部隊があることは知っています。ただ、会長がいま言ったように、どうやって見分けているのかまでは。やはり隊長の顔ぶれですか」
「まぁ部隊入りしてる人たちの殆どはそうだろうね。けど、学生からすると明確には縁がない人たちだから、見分けるのは実際難しいよね」
「だったら、会長はどうやってんスか?」
「あわてないあわてない。これから説明してあげるから。三咲ちゃん、準備おっけ?」
雷牙の問いに龍子はヒラヒラと手を振りつつ、ホロモニターの準備をしていた三咲に声をかける。
彼女はそれに頷いたのを確認すると、龍子は二人にモニターが良く見えるように移動してから人差し指を立てる。
「斬鬼対策課の十二の部隊を簡単に見分ける方法はね、腕章に刻印された絵を見ることかな」
「絵?」
「うん。腕章をしてるのは部隊長と副隊長だけだけど、その下の刀狩者の戦闘服や制服の肩とか、襟元とかにもあるんだよ。んで、その絵っていうのが、これ」
龍子が言うと同時に、ホロモニターに全部で十二の絵が写しだされる。
絵はどちらかと言うと影絵のようなもので、抽象的に表現されていた。
だが、なんとなくではあるが、動物が刻印されているのはわかった。
雷牙は一つずつ見ていくが、ふと動物の並びに法則性があることに気がつく。
「これって、十二支ですか?」
「お、せいかーい。雷牙くんの言うとおり、刻まれている動物は十二支で、ハクロウ内では紋獣って呼ばれてる」
「紋獣……」
「まぁどうして十二支から取ったのかはわからないけどね。十二って数字で簡単に連想しただけかもしれないし、刻まれてる動物に大きな意味はないみたいだよ」
「なるほど。ですが、この並びは少しおかしくありませんか?」
瑞季が首をかしげて言うので、雷牙ももう一度表示されている絵を見やる。
十二の獣の隣には、対応している部隊の番号がふられていた。
そこで雷牙も妙なことに気がつく。
「順番が逆?」
本来十二支の並びは一番先頭が鼠のはず、つまりは第一部隊の紋獣が鼠となっていなければならない。
だが、第一部隊に対応している紋獣は猪で、十二支の最後尾に位置する動物だった。
二人は龍子を見やるものの、彼女も眉をひそめていた。
「それねー。実際のところ私も気になってるんだよね。父さんに聞いてもはぐらかされるだけだし……三咲ちゃんなんか知ってる?」
「斬鬼対策課のトップでもあり、ハクロウのトップの娘である会長が知らないことを私が知っているわけないでしょう……」
嘆息気味の声を漏らした三咲であるが、彼女は「ただ」と言葉を繋げる。
「あくまでネット上の噂ですが、斬鬼対策課には公には秘匿されている部隊があるというスレを見たことはあります」
「ふぅん。流石に私もそれは知らなかったなぁ……」
龍子も顎に指を当てて唸っている。
が、唸る龍子の前で、雷牙は紋獣の絵を見て首をかしげていた。
「……やっぱりねぇな……」
「どうした?」
雷牙の呟きに反応したのは瑞季だった。
一瞬答えるのを迷った雷牙であるが、彼女も知っていることなのでとりあえず伝えておくべきかと、視線を向ける。
「覚えてるか? 剣星さんのこと」
「あぁ、四月だったか五月あたりに私達を助けてくれたあの隊長さんか。それがどうかしたのか?」
以前会ったことのある斬鬼対策課の部隊長と思われる男、京極剣星。
雷牙は彼がしていた腕章のことを思い出していたのだ。
「いや、あの人も腕章をしてたと思うんだけど、なんかここには出てないみたいでよ。まぁはっきりと見たわけじゃないから、確証はねぇけど」
「なら会長に聞いてみればいい。部隊長なのだから、会長と面識があるかもしれないぞ」
「それもそうだな。かいちょ――」
龍子に声をかけようとしたとき、彼女の端末が鳴動して着信を報せた。
彼女がそれに出ると、スピーカーになっていないのにも関わらず、怒声のようなものが雷牙の机を挟んだ元にまで聞こえてきた。
『クラァ! 龍子ぉ!! お前いつまで待たせんねん!!』
通話の相手は轟天館の生徒会長、白鉄黒羽のようだった。
ずいぶんとご立腹の様子だが、なにかあったのだろうか。
龍子は最初首をかしげていたが、すぐになんのことか思い出したのか、一気に表情を引き攣らせた。
「あ゛……! ごめーん!! すっかり忘れてたー!!」
『はよう来いや、こんドアホ!! お前以外全員集まってんで!!』
「ごめんごめん。すぐ行くよー」
龍子は軽く謝りつつ通話をきると、雷牙と瑞季に向きなおる。
「施設についたら育成校の生徒会長同士で会議するのすっかり忘れてた。というわけで、話はこれで一旦終わりね! あーっと、そうだ雷牙くん!」
彼女は個室から出て行こうとしたが、何かを思い出したようだ。
「何スか?」
「外出許可が出たら連れて行ってあげたいところがあるから、後で連絡するね。瑞季ちゃんもどう?」
「ぜひお願いします」
「うん、おっけ。それじゃ、許可がおりるまでは施設内待機ね。三咲ちゃん、あとよろしく!」
「はい」
そのまま彼女は近くにあったエレベーターに飛び乗っていった。
「それでは二人とも、荷物を持って部屋に行きましょう。少し前に言ったとおり、外出許可は夕方くらいには解除されると思うので」
三咲の指示に二人は頷いてそれぞれの荷物を担ぐ。
途中、瑞季が剣星のことを聞かなくてよかったのかと言いたげだったが、龍子も忙しそうだったので、下手に呼び止めるのも野暮というものだろう。
三人はそのまま割り当てられた部屋へ向かい、とりあずは一時解散となった。




