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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
113/421

4-7

 


『ん……』


 僅かに眉を動かした黎雄は暗闇の中で眼を覚ます。


 周囲は真っ黒だったが、なぜか自身の体だけははっきりと認識できる。


 不思議な空間だった。


 近いものでいえば夢のような空間、と言った方が妥当だろうか。


『俺は……』


 記憶を呼び起こした黎雄は、自身が斬鬼に取り込まれたことを思い出す。


 そして最後に見たのは、自身が間違った怒りの感情をぶつけてしまった少年、綱源雷牙の姿。


 彼には最後「自身を殺せ」と告げておいた。


 恐らく彼ならやってくれたろう。


 小さな笑みを零した黎雄は呟く。


『俺は、死んだのか』


 実感はなかった。


 けれど、今のこの状況からしてその確立の方が濃厚だろう。


 明らかに非現実的な景色。


 黎雄は死ぬ間際の一幕のようなものかと納得しかけるものの、不意に背後から声が降って来た。


『阿呆。勝手に決めるでないわ、黎雄』


『ッ!?』


 よく知った声だった。


 聞き間違いなどするはずのない、憧れた人の声に、弾かれるようにして振り返った黎雄は、表情を驚愕に染める。


『せ、師匠……!?』


 驚くのも無理はなかった。


 彼の背後に立っていたのは、亡くなったはずの師匠、不動恒義だったのだから。


『ほ、本当に師匠――!』


 思わず駆け寄ろうとする黎雄だったが、恒義に触れることは叶わなかった。


『――こんの、馬鹿弟子がッ!!!!』

 

 彼に触れる直前、脳が激しくゆれ、鈍痛が脳天に響いた。


 どうやら拳骨を喰らったようだ。


 死んでいるというのに痛みを感じるものなのかと思ったが、彼はゆっくりと顔を上げながら恒義の表情を見やる。


 恒義の顔は非常に険しく、まだ拳骨したりないというように拳をワナワナと震わせていた。 


 が、彼は拳を納めると大きなため息のあとに怒号を飛ばした。


『クロガネに惑わされるとは何事だ!? あまつさえ、斬鬼の力を手にするなど……! 私はお前をそこまで弱い男に育てた覚えはないんだがな!』



『……面目しだいもありません』


 黎雄は彼の前で俯いた状態で正座の姿勢をとる。


 怒られるのは当然だ。


 心身に大きな隙があったとはいえ、クロガネに利用されたことは事実。


 結果として恒義の名前ばかりか、ハクロウ全体に影響しかねない失態をしてしまった。


『私の死もいつまでも引き摺りおって……。なにかあった時は、お前の道を行けと言っておいただろうに……』


『……はい』


 ふと、黎雄の瞳から涙から零れ落ちた。


『……顔を上げろ』


 恒義もそれに気がついたのか、僅かに声音を優しくした。


 ゆっくりと黎雄が顔を上げると、やはりその双眸から大粒の涙が流れ落ち、表情にはくやしさが滲んでいた。


『まったく、泣き虫なところは直っておらんな』


『ごめんなさい、師匠……! 本当に俺は、なんてことを……!! 綱源にも、育成校の仲間達にも! ごめんなさい……! 本当に……!!』


 嗚咽交じりに謝罪を口にする黎雄の肩に恒義は手を置く。


『もういい、泣くな。過ぎてしまったことは変えられん。それに謝るのであれば、私よりも、仲間達にするべきだろう』


『ですが、俺はもう……』


 涙を拭う黎雄は悔しげに表情を曇らせる。


 できることなら、彼らにも直に会って謝りたい。


 けれど、死んでしまっていてはどうしようもない。


『まったく、だから馬鹿弟子だというのだ。何を勘違いしているかは知らんが、お前はまだ死んではいない』


『え? でも、ここは……』


『さてな。お前の夢かもしれんし、あの世とこの世の境かもしれん。だがまぁ今はそんなことどうでもいいだろう。お前は生きている。これは紛れもない事実だ』


『俺が、生きてる……』


『綱源という少年に感謝しておけよ。あやつ、お前が斬鬼に飲み込まれた後も、お前のことを助けることしか考えていなかったようだからな』


 黎雄はハッとして雷牙が最後に自身に向けてきた瞳を思い出す。


 あの時、雷牙は自身を殺す覚悟を決めたものだとばかり思っていた。


 だが、彼は黎雄を助けることを決して諦めていなかったのだ。


『……完敗だな……』


 黎雄は小さく息をつく。


 初めて対峙した時は、まだまだ荒削りで、倒すことなどたやすいと思っていた。


 けれど、弱かったのは黎雄の方だった。


 彼の覚悟は黎雄が思っていたよりも数倍上だったのだ。


 精神的にも、刀狩者としてのあり方としても、黎雄は雷牙に完全に負けた。


 黎雄はかすかに口角を上げて笑みを零す。


 自身の未熟さと、弱さを痛感したばかりだが、嫌な気分ではなかった。


 むしろどこか清清しさすらある。


 彼の前に立つ恒義も弟子の様子に満足したのか、一度深く頷いた後一歩後ろへ下がる。


 すると、黎雄の体を包むように眩い光が降り注いだ。


 黎雄はそのままふわりと浮き上がり、徐々に光の方へと導かれていく。


『師匠、俺は……!!』 


『何も言うな、黎雄。私が死んだことも、お前がクロガネに惑わされたことも、変えられない過去だ。ならば、進み続けろ』 


 徐々に小さくなっていく恒義は、力強い声音で告げる。


『ゆっくりでも構わない。肩の力を抜いて、自分のペースで進むのだ。私はいつもお前を見守っている。だからお前が志すままに生きろ、黎雄』


 優しい笑顔を見せた恒義に、黎雄は目頭が再び熱くなるのを感じたが、今度は涙を零さずに力強く頷いた。


『はいッ!!』


『いい返事だ。行って来い!』


 恒義の声に送り出されるように黎雄は光の中で消えていく。


 彼の瞳にもう陰りはなかった。


 あったのは、未来を向いた晴れやかな色の双眸だ。




「雷牙くん!! 逃げて!!」


 最初に聞こえてきたのは、焦りをはらんだ声だった。


 同時に全身に感覚が一気に戻った。


 瞼を開けると、視界は僅かにぼやけたが、自分がいる位置よりも少し上で二つの人影が見えた。


 一人は地面に倒れ、もう一人はその上で刃を構えている。


「クソっ、てめぇ……!」


「君を生かしておくと我々の計画に支障をきたしそうなので、ここで処理させていただきます。でも安心してください。お仲間は見逃してあげますから……」


 ぼやけた視界はやがて鮮明になり、倒れているのは雷牙ということがわかった。


 そして、彼の上で残虐な笑みを浮かべているのは、クロガネの構成員であり、黎雄を利用した男、百鬼遊漸だ。


 彼の手にはどす黒い色をした短刀があった。


 瞬間的に黎雄はこの状況を理解すると、ガクガクと震える腕に力をこめた。


 ――殺させるものか……!! 


 自分を闇の呪縛から解き放ってくれた恩人を、みすみす死なせるものかと、黎雄は軋む体に鞭打って起き上がる。


「では、死んでください。綱源くん――ッ!!」


 短刀が振り下ろされる瞬間、黎雄は遊漸に向けて拳を握りこむと……。


 



 ……鮮血が舞った。






 生暖かい血液が顔にかかる。


 同時に、カランという渇いた音と共にドチャっという湿った音が聞こえた。


「な、に……!?」


 雷牙は、自身の上で短刀を振り上げていたはずの遊漸の表情から笑みが消えているのに気がついた。


 あったのは、驚愕と痛みによる苦悶。


 けれどそれは当然であった。


 彼の腕は、肘から先が鋭利な刃物で切断されたようになくなっていたのだ。


 雷牙が僅かに視線を外すと、そこにあったのは切断された彼の腕だった。


「――彼から離れろ。外道」


 凛とした声が聞こえ、雷牙は即座に振り向く。


 同時に彼は緊張で固まっていた表情を僅かに綻ばせた。


「し、獅子陸先輩!」


 少し窪んだクレーターの中央部に、つい先程まで気絶していたはずの黎雄が立っていた。


 こちらを見やる彼の瞳には、遊漸を睨む怒りすらあれど、淀んみ荒んだ色は微塵もなく精悍な雰囲気に満ちていた。


 もう彼に闇はない。


 雷牙は直感的に理解した。


「貴様、この死にぞこないが……!!」


「彼から離れろ」


「フン、やってみ――ッ!!??」


 瞬間、遊漸は大きく吹き飛ばされた。


 黎雄が突風を巻き起こしたのだ。


 飛ばされた遊漸は空中で態勢を立て直すも、雷牙との距離は大きく開いた。


「綱源、世話をかけた」


「もう、大丈夫なんスか?」


「ああ。お前達のおかげだ。感謝する」


 どうやら本当に問題はなさそうだ。


 雷牙は体の力を抜こうとしたが、まだ現状は変わっていないことを思い出しなんとか立ち上がろうとする。


「無理するな。かなり霊力を消耗しているだろう? 痣櫛、彼を頼む」


「は、はい」


 黎雄に命じられて瑞季が雷牙を抱え、二人を守るように黎雄が立ちはだかる。


 すると、彼の隣には同じように雷牙を守るため黒羽、勇護、龍子の三人が並んだ。


「ったく。あんだけ人様に迷惑かけといて、なぁに一人でええカッコしてんねん」


「……すまん。皆には迷惑をかけた」


 黒羽の小言に黎雄は素直に頭を下げる。


 その様子に驚いたのか、黒羽は一瞬キョトンとするも、すぐに肩をすくめて笑った。


「なんやえらい丸くなったやないか。いつもそんぐらいの方がちょうどええで」


「善処する」


「まっ、ひとまずは無事でよかったよ。それと、雷牙くんを守ってくれてありがとう。獅子陸くん」


「俺は彼に救われた。助けるのは当然だ」


 黎雄の返答に龍子は満足げに頷くと、吹き飛ばされた遊漸を見やる。


 彼は出血する腕を押さえ、こちらをジッと見据えていた。


 仕掛けるにしても武器は手元を離れている。


 それに消耗しているとはいえ育成校の実力者四人を相手にするのは彼としても得策ではないだろう。

 

「正義の味方気取りのガキ共が……」


 最初に現れた時の紳士然とした様子とは真逆の汚い口調に、龍子達は全身に怖気を感じて構える。


 そうだ、得策ではないと言っても向こうはテロ組織の構成員。


 命を捨てる覚悟で来る可能性もあるし、実力的に見ても黎雄達よりも上である可能性は否めない。


 ピリピリとした空気が睨み合う両者の間に流れる。


「……やめましょう」


 フッと遊漸が笑みを見せたかと思うと、遊漸の方が殺気をおさめた。


 いきなり殺気をおさめたことに黎雄達は不信に思うものの、彼は小さく息をついたあとに吹き飛ばされた際に飛ばされたハットを拾い上げて被りなおす。


「ここで貴方達を相手にしていたら、プロが到着するまでに逃げられません。私としても、ここでつかまるわけにはいかないので、ここは退かせてもらいましょう」


「ハッ! 結局逃げるんやないか腰抜けぇ!!」


「安い挑発ですね。けれど、相手は選んだ方が身のためですよ。仔犬共」


 頬笑みながら言う遊漸だが、その瞬間、ゾクッと身震いするような嫌な感覚がその場にいた全員に走った。


 明らかに人間が発していいものではない。それは異常なほど濃密な殺気と憎悪だった。


 まるで斬鬼のそれであると、雷牙もゴクリと唾を飲み込む。


「では、私はこれにて。もとより今回の目的はあくまで実験と調査。それではさようなら、仔犬諸君」


 踵を返す直前、遊漸は切断された傷口を腕が転がっている方にむけた。


 すると、腕は一度大きく跳ねると、切断面から伸びたどす黒い血液に拾い上げられる。


 腕はそのまま何事もなかったかのように吸着し、彼はくっついた腕の調子を確かめるように何度か動かす。


 特にこれと言った問題点はなかったのか、遊漸は踵を返して背中を向ける。


 パッと見は隙だらけにも見える。


 だが、その場にいた全員が理解していた。


 今仕掛ければ確実に誰かが殺されると。


 遠ざかっていく彼を、誰も止めることが出来ずにいると、ふと遊漸が思い出したように「あぁそうだ」と声を上げた。


「一週間後の五神戦刀祭、頑張ってください。そして、十分お気をつけください。なにか、大変なことが起きるかもしれませんからね。フフフ……」


 含み笑いを浮かべた遊漸は、再び歩き始めた。


 けれど、次の瞬間彼の姿はまるで瞬間移動したかのように掻き消えた。


 どこかに潜んでいるのではと、全員が警戒するものの、周囲にそれらしい気配はない。


「……っづはぁ……!! なんじゃありゃ!」


 黒羽が大きく脱力してその場に座り込むと、龍子と勇護、黎雄もその場に膝をついた。


「あれが、本物の悪というものか……」


「うん。正直、完全にこっちが見逃してもらったって感じだったね」


 珍しく龍子の頬にも汗が浮かんでいた。


 すると、正門の方からハクロウの装甲車が入ってくるのが見えた。


 どうやらプロの刀狩者の到着のようだ。


「なんや、ようやくお出ましかい……。もう終わったあとやっちゅうに」


「愚痴ってもしょうがないよ。とりあえずは、全員生き残れたことを喜ぼう」


「会長、シェルターの方は大丈夫でしょうか」


「幸いなことに怨形鬼の攻撃は全部外れてるから、大丈夫なはず。っと、噂をすれば……」


 瑞季の問いに答えたところで、彼女の端末が鳴動した。


 全員に聞こえるようにスピーカーにした状態で通話に出ると、心配そうな広魅の声が響く。


『龍子!? 怨形鬼が消えたけど、そっちは無事なの!!??』


「あー、うん。なんとかね。そっちも無事?」


『ええ、なんとかね。ポッドに入ってる直柾くんと刑丞くんもついさっき眼を覚ましたわ』


「そう、ならよかった。プロも到着したから、もう出てきても大丈夫だよ。あとで合流しよう」


『わかった。それじゃ後で』


 通話は切られ、雷牙達もホッと胸を撫で下ろす。


 凄まじい戦いだったが、どうやら本当に死者を出すことなく乗り切れたようだ。


 が、突然黎雄がその場に倒れこんだ。


「獅子陸!?」


 黒羽が駆け寄り、雷牙も瑞季に支えられながら彼を見やる。


 彼の呼吸は少しだけ荒く、顔も僅かに赤くなっていた。


「すごい熱……! やっぱり、後遺症が残ってるんだ! すぐに担架の用意……って、皆動けないんだった。仕方ない、とりあえずはこれで……!」


 龍子は残った霊力を使って氷を作り出し、着ていた服の一部を噛み千切って氷を包むとそのまま彼のわきの下と首元、そして額にあてがう。


「風邪とかじゃないから、効果があるかはわからないけど、とりあえず冷やさないと危険だよね」


「獅子陸先輩……」


「大丈夫や。こいつがタフなんはわかるやろ? せやから、心配せんでええ。それよか今はお前がゆっくり休め、綱源」


「……はい」


 雷牙は掌に視線を落としながら頷いた。


 その後、プロの刀狩者と共に医療班が到着し、怪我人の手当てが行われた。


 結果として、玖浄院、轟天館双方に怪我人は出たものの、怨形鬼とクロガネの構成員に襲われながらも死者が出なかったことは奇跡といえた。


 けれど、両校の生徒会長には一抹の不安があった。


「なぁ、龍子。どう見とる?」


 手当てを終えた黒羽が龍子の隣に座りながら問うた。


「どうって?」


「あの百鬼言うんが最後にうすっ気味悪いこと言い残してたやんけ。五神戦刀祭になにかが起きる的なことを。報告はしたんか?」


「一応はね。けど後でお父さんにもしておくつもり。さすがに言わないわけにはいかないからね」


「……せやな」


 答える龍子の表情は曇っていた。


 彼女も遊漸の言葉は引っかかっていた。


 戦刀祭を控えたこのタイミングの襲撃と、戦刀祭に気をつけろという嘲りにも似た忠告。


 黒羽は遊漸の言葉を反芻しながら大きなため息をついた。


「おかしなことにならなければええんやけどな……」

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