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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
110/421

4-4

「愚かな……」


 怨形鬼に向かって行く龍子たちを睥睨する遊漸の瞳は冷ややかだった。


 彼女らが相手にしようとしているのは、並みの斬鬼ではない。


 いくつもの斬鬼が折り重なって出来た破壊の化身だ。


 それこそ斬鬼対策課の部隊が出張ってくる案件である。


 部隊入りを果たしていない刀狩者ではまず相手にはならないだろうし、学生などもってのほかだ。


「まるで正義の味方気取りの病人ですね。所詮は子供、まだまだ浅はかだ」


 どこか呆れた様子の遊漸はやれやれと肩を竦めると、視線を黎雄と雷牙が消えた森の中へ向ける。


 先程大きな攻撃があったが、そのあとも幾度か剣戟が聞こえる。


 どうやらあれで仕留め切れてはいなかったようだ。


 遊漸は腕時計を見やると小さく溜息をつく。


「変異するにしてもそろそろですかね。まぁ今回はあくまで実験ですから、どうなろうが知ったことではありませんが」


 クロガネにはハクロウに思想が危険であると判断された技術者や研究者が募っている。


 彼らには相応の研究施設と研究材料を提供しており、研究によって生み出された産物は全てクロガネの戦力へと還元される。


 とはいえ彼らも一応は血の通った人間だ。


 時には自身のやっていることが人道に反し、人々を危険に晒す事実に耐えかねて逃げだそうとする者もいる。


 そう言った場合は否応なく殺害し、別の研究者への研究材料として提供している。


 彼らの多くは表の世界でまともな生活ができない者ばかりだ。


 研究員であると同時に、材料でもある。


 実に効率の良いサイクルが出来ている。


 そして、そういった研究の果てに様々な者が生みだされてきた。


 人工妖刀も、斬鬼の力を手に入れる薬も、そして今日、駒として扱った彼らに与えた斬鬼化薬も全てクロガネの技術者たちによる成果物。


 黎雄に飲ませていた薬もそうだ。


 あれは自然発生した妖刀から削りだした組織を薬物に混ぜたもの。


 効果自体は遅効性だが、妖刀を握らせることによって真の力を発揮させることができる。


 幸いなことに、黎雄には妖刀に適合するための黒い感情は十分にあった。


 彼自身、その感情が偽りのものであるとはわかっていたようだが、一度膨れ上がった悪意は簡単に消すことはできない。


 いずれ黎雄の精神は完全に斬鬼に飲み込まれ、体は全て斬鬼へと変貌するだろう。


「ククク……。最後はどんな斬鬼へと変化するのか、実に楽しみですね」


 遊漸は肩を震わせて笑うと、赤い瞳を遠く剣戟が響く森の中へ向ける。


 そして彼の下では龍子たちが今まさに怨形鬼と刃を交えるところであった。






「ソラソラァ!!!! どうシタ、ソンなモノかニンゲン!!」


 刃と刃が激しく衝突し、大きな火花が散る。


 そのままギャリギャリと甲高い音を立てながら乱雑に妖刀が降りぬかれるものの、雷牙は決して倒れない。


 僅かに押されながらもすぐに反撃の態勢に入る。


 が、その表情には若干の焦りが見え始めていた。


 眼前にいるのは、外見だけ見ればまだ黎雄だが、気配はもはや斬鬼のそれだった。


 赤い瞳もより色素が濃くなり、血を思わせる赤へと変貌している。


 発っせられる声も既に黎雄のものではなくなりはじめており、斬鬼へ引っ張られている様子が見て取れた。


 今度は雷牙が兼定をすばやく振り下ろすと、雷牙はそのまま連続して斬撃を叩き込む。


「その人の体から出て行きやがれ!!!!」


「ソレハだめダナァ!! こいつはイイ宿主だ! こんな上物テバナスわけがないダロウ!!」


「ムカつく声だしやがって……!! じゃあテメェを痛めつけて出て行ってもらうしかねぇわな!!」


 ギロリと雷牙の瞳に強い光が灯る。


 それに反応した斬鬼の動きが一瞬止まる。


 斬鬼に出来た僅かな隙を見逃さずに、そのまま腹部へ向けて強烈な蹴りを叩き込む。


「ゴハァ!!!??」


 纏装によ強化と、捻りを加えた蹴りによって斬鬼は回転しながら吹っ飛ぶ。


 木々にぶち当たりながら吹っ飛んだ斬鬼は何とか体勢を整えていたが、雷牙は決して容赦はしない。


「っ!!??」


 体勢と整えたてこちらを見たところで、腹部へ向けて刀の峰による打撃を叩き込む。


 そのまま続けて首、腰、頭部へと次々に打撃を叩き込んでいく。


「ガァッ!?」


「もう一発喰らっとけッ!!!!」


 斬鬼へ肉薄した雷牙は体がくの字にひしゃげるほどに強烈な一撃を見舞いした。


 確かな手ごたえと共に再び吹き飛んでいく斬鬼を追う。


 斬鬼は大きな土煙の中心で膝をついていた。


 膝をつくその様子を見るに、ある程度は消耗させたようにも見える。


 打撃を見舞った箇所には痣や内出血の痕が見えた。


 けれど、それらはすぐに修復し見る見るうちに正常な肌の色へと回帰していく。


 やがて立ち上がった斬鬼から聞こえてきたのは、雷牙を馬鹿にするような笑い声だった。


「く、ククク……。ハハ、ハハハハハハハ!!!! コノ男を助ケルと言っテおきながら、打撃バカリだな、ニンゲン! オソレているのか!!」


「……」


「イヤマァ無理もない。所詮はニンゲン。臆スルのもワカルぞ。下手ニ斬撃を叩き込メバこの男ごと殺しカネンものナァ!!」


 斬鬼の言っていることはもっともだった。


 今までヤツに加えた攻撃は全てが峰による打撃のみだ。


 しかし、斬鬼は少しだけ勘違いをしているようだった。


 雷牙は一瞬笑みを浮かべると、一呼吸の後に斬鬼の背後に回りこむ。


 斬鬼もそれに反応したが、次の瞬間、肩口から鮮血が弾けた。


「ッ!?」


 突然のことに斬鬼は表情を歪めて肩口を押さえた。


 やがて傷跡は水泡のようなものに覆われ、すぐに修復されていく。


 雷牙は振り返りながら冷徹な視線を斬鬼へ向ける。


「勘違いしてんなよ。確かに斬撃は入れてねぇ。けどそれはお前がちゃんと再生するのかわからなかったからだ。しっかり再生することはさっきのアレでわかった」


「貴様ァ!!」


「うるせぇ、吼えるな。それにテメェ、気付いてるかどうかわからねぇけどよ。反応速度がガンガン落ちてんだよ」


 煽るように雷牙は切先を斬鬼に向ける。


 雷牙の言うとおり、斬鬼の反応速度は最初から比べるとかなり落ちている。


 それはなぜか。


 斬鬼は黎雄の体を乗っ取ってその実力すらも己が物としている気になっているようだったが、実際はそうではない。


 先程までの反応や動きが出来たのは、まだ体を完全に乗っ取れていなかったからだ。


 つまりは、黎雄の体に染み付いた動きが本能的に彼の体を動かしていた。


 けれど、今は違う。


 身体は完全に斬鬼が乗っ取っているため、動きや反応は斬鬼の実力に依存をせざるを得ない。


「テメェは獅子陸先輩の体を手に入れてえらくご満悦みたいだけどな、俺からすりゃちゃんちゃんら可笑しい話だ。なんつったって、強い他人の体を乗っ取ってさも自分が強くなったみたいに考えてんだからな。滑稽だったらありゃしねぇ」


「コノ、ニンゲンフゼイガァ……!!!!」


「覚えとけ。テメェがやってんのはコソ泥と同じだ。強い人間の体を手に入れたって、その体の使い方を知らなけりゃ、強くはねぇんだよ」


「ダマレェ!!!!」


 斬鬼は吼えて再び雷牙に向けて走るものの、その速度は黎雄とは比べ物にならないほど遅い。


 それを今まで鍛えてきた雷牙が見切れないはずがなく、雷牙は瞬く間に斬鬼の腕を肩から切断する。


「ギッアアアァァァァアァッァァァァァァ!!!!」


 肩から血を吹き出しながら斬鬼は悲鳴を上げるものの、腕は即座に修復していく。


 ――やっぱり再生速度は尋常じゃねぇな。


 雷牙は分析つつ、こちらを睨む斬鬼の瞳を捉える。


 僅かにだが、その瞳には雷牙に対する憎悪ではなく、どこか安堵しているような色が見えたのだ。


 瞬間、雷牙は理解した。


 ――獅子陸先輩はまだ完全に呑まれてねぇ。中に、いる。


 一旦は完全に飲み込まれてしまったようにも見えた黎雄だったが、あの視線から察するに、まだ彼の精神は死んでいない。


「……少し痛ぇかもしれないッスけど我慢してください」


 雷牙は兼定を構えるが、ふと黎雄の視線が消えて斬鬼の憎悪の視線が雷牙を捉える。


「許サン、許サンゾォ!!!! コノ俺によクモこんな屈辱ヲ……!!」


「煽り耐性ゼロかよ。そら、かかって来いよ。獅子陸先輩の力が使えねぇテメェなんか、一撃で終わりにできるぜ?」


「ゴミムシガアアアアァァァアァアァァァアァア!!!!!!」


 斬鬼が激昂する。


 雷牙はいつでも対応ができるように構えるが、起こったのは攻撃ではなかった。


 ブチリ。という肉を引き裂くような音が聞こえた。


 見ると、黎雄の背中から黒い触手のようなものが出ている。


 斬鬼を見ると、なぜか瞳を閉じており、表情はどこか穏やかにも見えた。


 触手はやがて形を成していき、最終的には斬鬼のそれへと変化した。


 そして斬鬼の中央には気を失った状態の黎雄が斬鬼の体に埋もれるようにして取り込まれている。


「コイツは……!」


「クハハハ!! 役に立タナイ体ならば不要!! 最初カラこうスレバヨカッタのだ!」


 普通の斬鬼とは違い、人間に肉体に憑依していた時間が長かったからか、あの状態になっても言葉を交わせるようだ。


 ふと、斬鬼は硬直している雷牙を見て、口元から牙を覗かせて笑う。


「ドウシタ。声もデナイか? 当然ダロウナ。コノ男がイルカギリお前は――」


「――ハハハハハハ!」


 優越感に浸る斬鬼に対して返ってきたのは雷牙の笑い声だった。


 彼は高らかに笑った後、斬鬼を見やると自分の頭を指しながら呆れた声を漏らす。


「斬鬼ってのはやっぱりオツムがアレなのか?」


「ナニ?」


「でかくなれば勝てるとでも思ってるのかよ。こっちからすりゃあ、わざわざ的をでかくしてくれてありがとさんってとこだ。それにテメェの意識がそっちにあるってことは、テメェの首を落とせばそれで終わりだ」


「フン、ヘラズ口を! ヤレルモノなら、ヤッテミロォオオォォオォォ!!!!」


 斬鬼は吼えて妖刀と共に拳を振り下ろすものの、既に実戦経験のある雷牙にとってそんなものは恐れる必要すらない。


 拳をいとも簡単に回避して見せた雷牙は、そのまま斬鬼の腕を肘の辺りから輪切りに落とす。


 続けて、足の腱を切断すると、斬鬼はそのまま力なく地面に膝をつく。


 が、雷牙は決して手加減はせずにもう一方の腕も斬り落とすと、斬鬼の首本に鬼哭刀を押し当てる。


「ぐっ!?」


 僅かに表情をゆがめる斬鬼に向け、雷牙は冷淡に告げる。


「思考や感情があるってのは難儀だな。今のテメェからは恐怖しか感じねぇよ」


 絶対零度の眼差しを斬鬼に向ける雷牙。

 

 慈悲はない。


 斬鬼は人類の敵だ。


 ましてや今回の事例は決して許してはおけない。


「お前はここで殺す」


「く……。フン、ナルホド。俺が見誤ッタヨウダナ……ダガ、貴様ハ所詮、ガキダ……!!」


 斬鬼は頭を垂れながら諦めのような言葉を漏らしていたが、不意に顔を上げると牙が並んだ口を大きく開けた。


「ッ!!??」


 雷牙はそれに回避行動をとろうとしたが、斬鬼が一瞬早かった。


 大口を空けた斬鬼が唾液と共に鋭利な牙を吐き出した。


 回避行動よりも早く浴びせられた酸性の唾液を雷牙は腕を交差させる形で防ぐ。


「あづ……ッ!!」


 ジュウウウ、と肌を酸が肌を焼いて溶かす音が耳に届く。


 けれどそんなことを気にしている暇はない。


 反撃が来ると踏んですぐさま治癒術で傷を癒しながら、距離を取る。


 しかし、顔を上げると既にそこに斬鬼、そして黎雄の姿はなくなっていた。


 周囲を見回すと、かなり離れた場所に斬鬼の姿を捉える。


「逃げた……? でも、あっちは訓練場のはず……」


 斬鬼が逃走する先にあるのは、龍子達のいる訓練場だ。


 逃げたとしても雷牙よりも強い彼女らに殲滅されるだけのはずだが……。


「いや、でもさっきの嫌な感じは……」


 雷牙は少し前に感じていた不気味な感覚を思い出す。


 アレは確か訓練場の方から感じたものだ。


 もしかするとあの斬鬼もそれを感じ取って、反撃の糸口をつかもうとしているのかもしれない。


 だとするならばかなり厄介だ。


 的が大きくなったとはいえ、黎雄を人質にとられていることに変わりはない。


 雷牙は小さく息をつくとそのまま駆け出す。


「今は、あいつを止めることが先だな」


 嫌な予感を感じつつも、雷牙は逃げていく斬鬼を追った。






 一時的に雷牙から逃走することに成功した斬鬼は、訓練場に向けて走っていた。


 それは確信があったからだ。


 あそこに戻れば、あの人間を殺す力が手に入ると。


「チカラ、チカラダ……!! モット強イチカラヲ……!!」


 力を渇望しながら、斬鬼はひた走る。


 より巨大で、黒く、暗い力を手に入れるために。


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