4-3
獅子陸黎雄にとって師匠である不動恒義こそが全てだった。
刃災で家族を失った子供達の殆どは養護施設に入って育つ。
施設自体の環境は良く、非人道的な扱いをされることや虐待を受けるなどといったことは殆ど無い。
けれど、失った家族の温もりを感じられることは非常に少ない。
里親として子供を引き取りたいという家族も勿論いるが、その条件も非常に厳しい。
黎雄もまたそのような子供達と同じ道を歩むはずだった。
刃災の現場をたった一人で歩いて時、彼は恒義によって救われた。
両親が既に刃災で亡くなっていることを知った恒義は、ただ一言黎雄に問うたのだ。
『一緒に来るか?』
優しい微笑みを浮かべていたことは今でも覚えている。
子供ながらに黎雄は感じ取った。
この人について行きたいと。
黎雄はそのまま恒義の養子となった。
彼が恒義のような刀狩者になりたいと思うようになるのに、あまり時間はかからなかった。
多くの人から羨望の眼差しを向けられ、誰もが認める最高の刀狩者。
≪武帝≫不動恒義はまさしく黎雄の目標だった。
弟子となってからは厳しい修業が待っていたが、黎雄は決してめげなかった。
恒義は黎雄が行き詰れば丁寧に技術を教え、体得した時にはしっかりと褒めた。
亡くなった父も、そうして黎雄を育ててくれたことを思い出し、彼はどこかこそばゆい思いだった。
けれど、その感覚こそが嬉しかったのだ。
そこには確かに家族としての温もりがあった。
黎雄にとって恒義は自身を救ってくれた救世主であり、鍛えてくれる師であり、そして失った家族の温もりを与えてくれる父親のような存在だったのだ。
だからあの時、斬鬼・左文字の災で彼を失った黎雄の喪失感は尋常ならざるものだった。
心にぽっかりと穴が空き、今にもひび割れそうになっていた。
失意に苦しみながら葬儀に出席した黎雄はあることを聞いた。
恒義には相棒といえる刀狩者がいた。
その者の名前は、柳世宗厳。
彼の存在を知ったとき、黎雄の心に浮かんだのは一つの感情だった。
怒りだった。
なぜ助けに来てくれなかったのか。
なぜあの時に相棒として組んでいてくれなかったのか。
葬儀にも来ず、手紙の一通すらない。
彼が恒義を死に追いやっていないことは分かっている。
だが、恨まずにはいられなかったのだ。
そうしないと自分の心に開いた穴を埋められなかったから。
黎雄は彼のことを独自に調べ始めたが、彼の所在をつかむことはできなかった。
そんなときだ。
百鬼遊漸と出会ったのは。
彼は黎雄に力を与えると言った。
無論疑いはしたものの、当時の黎雄にとってはそんなことを気にかける余裕すらなかった。
さらに彼は力を与えるだけでなく、柳世宗厳には弟子がいることを教えたのだ。
黎雄の怒りの矛先はその弟子にすら向いただけではなく、宗厳にも自身が味わった悲しみと喪失感を与えてやろうというものへ変化を遂げた。
その弟子こそが、目の前で苦悶に表情をゆがめる綱源雷牙だ。
「あ……ぐ……っ!」
ようやく大事な者を失う悲しみを宗厳にも与えることができると、黎雄は表情を喜悦に歪ませる。
けれど彼の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
瞳の色も片側が元に戻りかけている。
すると黎雄は掴み挙げていた雷牙を放す。
「がっ……! ゲホ、ゴホ……っ!」
地面に伏せながら雷牙は咳ごむみながらもすぐに立ち上がって黎雄に刃を向ける。
けれど彼も黎雄の瞳に浮かぶ涙に驚愕の表情を浮かべる。
「グ……ッ!? くそ、がァ……!! コノ腰抜け、めェ!! おレに任セておケバいいものヲ……!!!!」
うめく黎雄だがその言動はどこか妙だった。
まるで別の何者かと話しているような、そんな光景だった。
「黙れ……! お前はひっこんでいろ……!!」
苦しみながらもうめく黎雄の片側の瞳は、完全にもとの色を取り戻していた。
頭をおさえて呻いている黎雄の様子に、雷牙は困惑していた。
――獅子陸先輩は誰と話してるんだ?
目の前で呻く黎雄の言動はあきらかに誰か別の者と会話している言動だ。
けれど、ここにいるのは雷牙と黎雄二人だけ。
疑問を浮かべる雷牙であるが、ふと先日黎雄と会話した時のことを思い出す。
ロビーで会話した時は敵意を向けていたが、雷牙が修練中の時は敵意は全く感じなかった。
ふと雷牙の中でとある仮説が生まれる。
「まさか獅子陸先輩の中で斬鬼が意志を持ってるのか……!?」
考えられないわけではない。
斬鬼にもそれぞれ個体差はあるが、ある程度の思考能力はある。
ならば意志のようなものがあってもおかしくはないはずだ。
つまり今、黎雄は表に出ている斬鬼を押しとどめようとしているのかもしれない。
「だったらまだ……!」
雷牙は兼定を構えるが、獅子陸の瞳が雷牙を捉える。
「綱源!!」
発せられた声は先程まで聞こえていた敵意丸出しのものではなかった。
彼の瞳は片方は完全に元の色にもどり、もう片方も半分程度が戻り始めていた。
「獅子陸先輩? よかった、意識が――!」
雷牙は安堵するもののそれを律するように黎雄は言い放つ。
「――俺を……殺せッ!」
「え……」
「俺は、刀狩者に準ずる者としてやってはならないことをした……! クロガネの口車に乗り、力を求めた……!!」
黎雄は苦しげながらも己の感情を吐露していく。
「最初からわかって、いたんだ!! 俺がお前の師匠やお前自身を恨むのが間違っていることだと……! だが、かつての俺は誰かを恨まずにはいられなかった。そうしなければ俺自身の心が壊れてしまうと思ったから……!」
「獅子陸先輩……」
「八つ当たりにも近い怒りを持つことで己の心を保つ……まったく馬鹿げているよな。お前にも、不快な思いをさせたと思う……すまなかった」
黎雄は伏し目がちに謝罪を口にする。
そんな彼を見やりながら、雷牙は僅かに表情を悲しげにゆがめる。
「先輩、俺は――」
「――うぐっ!?」
彼に答えようとしたとき、再び黎雄が頭を押さえて呻いた。
「くそ……! もう、意識がもたないか……! 綱源、頼む! 俺が意識を保てている間に、早く俺を殺してくれ……!!」
「でも……っ!」
懇願にも近い黎雄の声に、雷牙は一瞬戸惑いを見せる。
本当に殺すしかないのか。
雷牙の脳裏で斬鬼へと変化した大城の姿がフラッシュバックする。
完全に斬鬼へ変貌してしまえば、もう殺す他ない。
姿も形も保てず、空気中に霧散していくだけだ。
黎雄は確かに己の欲のためにクロガネと手を組んでしまった。
けれど、心の弱みにつけ込まれたがゆえに起きたことであるのもまた事実。
「……」
雷牙は意を決したように兼定を構えなおして、切先を黎雄に向ける。
纏装を更に大きくして瞬時に霊力を全身に回す。
青色の燐光が雷牙を包み瞳も青く染まると、黎雄はどこか安堵したような表情を見せる。
「……ありがとう。それと会長達にも伝えてくれ……すまなかったと。あぐ……っ!!」
瞬間、黎雄は頭を下げて一度体を震わせると、赤い瞳を持った黎雄――いや、斬鬼が顔を上げる。
「腰抜ケがァ。最初カラ俺に任セテ入れバよかったモノを。面倒をカケやがッテ!!」
どうやら完全に本性を現したようで、僅かに黎雄を装っていた殻が外れている。
赤い瞳はぎょろりと動いて雷牙を捉え、その口元が喜悦に歪む。
「コイツがお前をコロしたいと思っタのは本心ダ」
「そうかよ……」
冷淡に答える雷牙に対し、斬鬼は更に笑みを強くする。
「だから、俺はオマエを殺ス。そしてもっとモット殺す! 人間を殺してヤル!」
「させねぇよ」
「じゃア、オマエは俺を殺セルのか? まだコの男の肉体はあルンだぞ? 精神もナァ!!」
「うるせぇよ。それにテメェ、なにか勘違いしてるだろ。俺は、獅子陸先輩を殺そうなんてこれぽっちも思っちゃいねぇんだよ」
腰を落とした雷牙は斬鬼を睨みつけて静かに息をついてから告げる。
「助けるんだよ。おまえだけ殺して、獅子陸先輩は絶対に助けてやる」
「く、ハハハハ! なニヲ言い出すかと思エバ! 助ける? この男をカ! おまえを殺ソウとしていた男を助ケルとはナァ!」
「まだその人と話したいことはたくさんあるんでな。だからテメェは――」
刹那、雷牙の姿が消え、斬鬼の目の前に現れる。
流石に斬鬼も驚いたようで僅かに表情が驚愕に染め、辛うじて斬撃を防御する。
激しく火花が散り、そのまま鍔迫り合いに入ると雷牙は叫ぶ。
「――さっさと消えろ!!!!」
「斬鬼融合体……『怨形鬼』……」
「存在自体が非常に稀な斬鬼でね。妖刀連鎖顕現の現場で目撃されるかどうかのシロモノだよ」
「連鎖顕現自体の確率が低いから、当たり前やな」
瑞季は視線の先で低く唸り声を上げている怨形鬼を見て緊張でかすかに喉を鳴らす。
けれどそれは瑞季に限ったことではない。
勇護も黒羽もそして龍子ですら、目の前の巨大な鬼を見て緊張を隠せずにいた。
「まさかあんなものまで出てくるとはな……プロの到着は?」
「さっき連絡したけど、到着するまでにあと二十分はかかるよ」
「まぁ、ここは都市部やないからなぁ。普通は斬鬼なんぞ出てけぇへんやろうし……どないする?」
「それは決まってるでしょ……私達でやるしかないよ」
龍子の言葉に一瞬沈黙が流れるが、黒羽が笑って沈黙をはらった。
「ハハハ……せやなぁ。確かにそれしか方法はないわ」
「同感だな。俺達が倒れれば怨形鬼は、新聞部の生徒は勿論、街に下りるだろう。そうすれば、何千と言う人々が死ぬ」
「うん。だから、ここで私達があれを倒す。ただ、瑞季ちゃんは――」
「――避難はしませんよ」
龍子に対して答える瑞季の瞳には覚悟の光が灯っていた。
恐怖心を殺し、ただ目の前の斬鬼を滅することのみを考えている者の目だ。
「私も学生連隊の一員であり、刀狩者を志す者です。ここで逃げれば、私は一生後悔します。だから、私も闘います!」
「おー、勇ましいなぁ。さっすが痣櫛の次期当主。いっそのこと玖浄院やめてウチに来ん? 歓迎するで」
「勝手に勧誘しない。……今まで対峙してきた何よりも強敵だよ。正直私も命の保障を断言はできない。それでもいける?」
「当然です。刀狩者を志した時から、覚悟は出来ています」
瑞季ははっきりと告げる。
彼女の言葉に龍子はかすかに笑みを見せてから頷く。
すると、直柾と刑丞を運び終わった士と三咲がこちらに駆けてくる。
「会長! 二人は無事にって、なんですかあれ!!?」
「怨形鬼!? まさか、あれと闘うつもりじゃ……!」
「当然。ただ、こっからは一切手が抜けないからね、二人を早く安全なところに運んでくれる?」
「だったら俺達も協力を……!」
「ダメだよ。もし私達が負けたとき、新聞部の皆と怪我人の搬送は誰がやるの? 士くんの速力と三咲ちゃんの統率力が必要になるでしょ? だから、二人をつれて早く行って」
「……負けるなんていわないでください。必ず、勝って帰ってきてください……!」
三咲の目尻には涙が見えた。
その様子に龍子は微笑を浮かべてかる
「了解。必ず勝つよ」
「……ご武運を」
三咲と士は悔しげに顔を歪めながらも、天一郎と冥琴を搬送していった。
「慕われとるなぁ。妬いてまうで」
「いやいや、黒羽ちゃんだって皆に守られてたじゃん。同じだよ」
「どうやろなぁ。せやけど、守られる側やのうて、守る側がウチらやからな。こっからは本気で行くで……!!」
黒羽が僅かに全身に力を入れると、彼女の全身から霊力があふれ出した。
同時に、バチバチという音を立てて雷電が激しくスパークする。
けれどこれで終わりではない。
雷電が次第に色を変えていったのだ。
蒼雷はやがて紫電へかわり、紫電は最終的に赤雷へと変化していく。
「これは……」
「ホントなら、この試合中おまえを倒すために磨いとった奥の手や。霊力を高めに高めて、ひたすら集中させたウチの雷電の今のとこの最終形態や。速度も半端やないで」
ニヤリと笑う黒羽の髪は雷電の影響で鋭く逆立ち、全身が発光している。
「さっすが黒羽ちゃん。じゃあ、行こうか。私達で、怨形鬼を倒すよ」
「ああ!」
「おう!」
「はい!」
四人は巨大な怨形鬼へと視線を向ける。
同時に向こうも彼女らを捉えたのか、耳が割れんばかりの咆哮を発した。
音圧が全身を襲い、僅かに怯むがそれ如きが逃げる理由にはない。
「行くよっ!!」




