4-2
訓練場の周囲に広がる森へと吹き飛ばされた雷牙は、そのまま黎雄との戦闘に入っていた。
「アァアァアアッ!!!!」
「くッ!」
斬鬼が発生させる瘴気のように、禍々しい霊力を纏った斬撃を雷牙は回避せずに受け止める。
が、振り下ろされた膂力は尋常ではなく、刃を受け止めた雷牙の体が数センチ地面へめり込んでしまう。
――重い……!!
纏装を展開して身体能力を底上げしているはずだが、それでも僅かに押し負ける。
このままでは防御の上から強制的に崩されると判断した雷牙は、受け止めた鬼哭刀から一瞬だけ力を緩める。
そのまま刃と刃を滑らせるように地面へ受け流してから、僅かに出来た隙をついて体を捩って難を逃れた。
力が篭った斬撃は地面を抉り、大きな土煙を立てる。
「チィッ! 逃げるなァ!!」
苛立たしげに黎雄は赤くギラつく眼光を向けてくるものの、すぐさま雷牙はその場から飛び退いて距離を開ける。
土煙で多少は眼くらましになっているが、気休め程度。
ならばと、雷牙は近場にあった木々を黎雄へ向けて倒れるように切断する。
狙い通り黎雄へ向けて倒れたことで雷牙は笑みを見せるもののそれも一瞬。
倒れた木々は黎雄が振るった刀の一振りによって、その殆どが爆散して細かいおがくずのように散ってしまう。
「足止めにすらならねぇか……! だったら――!!」
爆散した木々によって僅かに視界は狭まっているはず。
雷牙はなるべく渇いた地面へ向けて霊力による斬撃を放った。
それも一撃ではなく、黎雄と距離をとりながら二度、三度と立て続けに放ってさらに視界を遮っていく。
「待て、ツナモトォ!!」
土煙の向こうからは怒りの声を上げる黎雄の影が見えたが、雷牙はその場からさらに距離を取る。
枝に乗って跳躍し、小川を越えたところで雷牙は数メートルはある大岩に背中を預け、大きく脱力する。
「とりあえずここまで来れば向こうもまだ見つけらんねぇだろ」
岩の向こうを見やると土煙は遙か後方にあり、時折黎雄の咆哮や絶叫に紛れて木々をなぎ倒す音が聞こえる。
あの様子からしてまだこちらの居場所まではつかめていないだろう。
大きく息をついた雷牙はどうしたものかと顔をしかめる。
彼が恐ろしくなって逃げてきたわけではない。
単純に一度態勢を立て直して、万全の状態で戦うべきだと思ったのだ。
兼定を手放さずに体に意識を向ける。
――変な受け方したから胸骨とアバラあたりが逝ってるな。それと腕に足首か……。
治癒術を多様する雷牙にとって必要なのは、身体構造を理解し、不調を来たしている部分を解明する能力だ。
違和感を見つけることができればそれだけ治癒速度も上がる。
雷牙の見立てでは、胸骨とアバラの骨折やひびが数箇所。吹き飛ばされた時に取った変な体勢での受身のせいで足首の軽い捻挫に、腕の打撲傷。
切り傷などはないが、どれも放っておいては戦闘に支障を来たすものだ。
胸のあたりに手をあてて治癒術を発動する。
治療はあっという間でものの数秒で完了した。
とはいってもこれは雷牙が異常なだけで、普通ならば完治にもっと時間を要する。
「よし、これで万全。獅子陸先輩は……まだ大丈夫そうだな」
背後では破壊音が聞こえるもののまだ遠い。
どうやら霊力探知能力はあの力を手にしたせいで鈍化しているようだ。
攻撃の速度も彼が持つ本来の速度と比べるとやや遅く感じた。
少なからず隆起した筋肉の影響だろうか。
しかし、それで雷牙が優勢に立てるわけではない。
確かに攻撃速度は僅かに遅くなっているものの、力自体は段違いに跳ね上がっている。
さらに加えると攻撃や回避の精度は殆ど下がっていないのだ。
「どんなチートだよクソ……。人間の状態で斬鬼の力とかシャレにならねぇ」
黎雄自身のポテンシャルもあるのか、以前闘ったクロガネの構成員、隼と言う男よりも実力は数段上と言っていいかもしれない。
「ハハ……」
自然と笑いが洩れたことに雷牙は思わず口元を押さえる。
まさかこんな状況でも笑みが出るとは、どれだけ戦闘狂だというのか。
「……今は笑ってる場合じゃねぇだろ。あの人を助けねぇと……!」
雷牙は思考を巡らせてこの状況を打破する作戦を考える。
正攻法でも行けなくはないが、危険性が高い。
では不意打ちか、奇襲か。
いいや、恐らくそれも通用する確立は低いだろう。
霊力探知は鈍化していると言っても、彼自身の体に刷り込まれた戦闘スキルによって阻まれる可能性の方が濃厚だ。
完全に行き詰っている。
やはり龍子たちの合流を待ってそれまで逃げ隠れをしていた方がいいのかと、一瞬だけ思考が脳裏をよぎるものの雷牙はそれを拒絶するように頭を軽く小突く。
「馬鹿が。そんな情けない闘い方するヤツが刀狩者になんかなれるかよ」
すぐに思考を切り替える雷牙であるが、不意に背後から濃密な殺気と威圧感を感じて弾かれるようにして黎雄がいるであろう方向に視線を向ける。
が、彼の姿はすぐ近くには見えない。
岩の上にも木の影にも上にも見当たらない。
ではどこだと、視線をめぐらせていた時だった。
「出てコないナら、引きズリ出してヤろウッ!!!!!!」
視線の先。
黎雄の姿を捉えることが出来た。
同時に雷牙は戦慄する。
彼は刀を天に掲げており、鍔の根元辺りから空間が歪んでいた。
黒い影と空気の層のようなものが激しく乱回転しており、巨大な球体を生み出している。
球体は周囲の木々や小石を舞い上がらせ、触れたものを塵に変えていった。
あれと同じものを雷牙は直柾との試合で見たことがある。
黎雄は直柾と同じ疾風の属性持ちだ。
同じことができるのは当然。
あの球体は言うなれば真空刃の削岩機。
触れたものを一瞬で斬壊させる暴風の刃の集合体だ。
一度、直柾のものを喰らった雷牙だからこそわかる。
黎雄が作り出したあの球体は直柾のそれよりも遙かに危険だと。
脳内で激しく警鐘が鳴り、瞬間的にその場から退避する。
「風神天斬・禍ッ!!!!」
刹那、背後から襲ってきたのは暴風の刃。
木々を斬り裂き、地面を抉り、四方八方に刃が奔る。
「ッ!!!!」
息を詰まらせながら雷牙はそれを回避するもののこれはまだ序の口に過ぎなかった。
突如、爆裂音が周囲を包み先程の刃が可愛いと思えるほどの轟風が吹き荒ぶ。
まるで嵐の中に放り投げられたような感覚も一瞬。
気付いた時には雷牙は薙ぎ倒されていく木々や岩と共に、その場から吹き飛ばされた。
黎雄が放った大技は斬鬼と戦闘中の瑞季達からも見えるほどだった。
衝撃は彼女達が立っている場所にまで伝わり、それに続いて烈風が吹き荒れる。
「なんて力……ッ!」
質量兵器の爆発にも匹敵する威力に瑞季は思わず声を漏らすものの、背後から殺意を感じ体を捻りながらその場から飛び退く。
視線の先にいたのは大きく開いた口から不揃いの牙を覗かせた斬鬼だ。
呻き声をあげる斬鬼の手には妖刀があり、赤い瞳は瑞季を正確に捉えている。
――今はこちらに集中するのが先か……!
あれだけの大技を見てしまったことで雷牙への心配は絶えないが、今は目の前の斬鬼を片付けることが急務だろう。
小さく息をついた瑞季は虎鉄を納刀した状態で僅かに鯉口を切る。
鞘から漏れ出した水滴が地面に落ちた刹那。
振りぬかれた刃と共に超高圧縮された水刃が斬鬼の体を両断し、上半身と下半身に分ける。
ズルリと生々しい音を立てて崩れる斬鬼の上半身はそのまま地面に落下し、斬鬼は痛みにもがきながら苦しげな呻き声を挙げるものの、すでに再生が始まろうとしていた。
すかさず瑞季は空中に躍り出ると、斬鬼の首目掛けて水の刃をギロチンの如く放つ。
刃の直撃を受け、斬鬼は残った体を一度ビクン、と大きく震わせてから力なく地面に腕を垂らし、立ったままの下半身も倒れると徐々にその体は空気中へと霧散していく。
「ふぅ……」
今ので二体目の討伐。
視線をめぐらせると、斬鬼は当初よりもそれなりに数を減らしていた。
黒羽は三体、勇護は二体の斬鬼を討伐し、今のところは危なげないように見える。
流石はどちらも選抜選手というだけはある。
しかし、その中でも抜きん出ているのは龍子であり、彼女は向かってきた二体の斬鬼を同時に相手取り、即座に氷の刃で斬殺していく。
彼女の討伐数は今の二体で四体に達し、これで四人の合計は約九体とようやく半分近くにまで斬鬼の数を減らすことができた。
「しかし、素直によろこんでもいられないか……」
瑞季は苦い表情をしながらすぐ近くに横たわる怪我人の二人を見やる。
黎雄によって傷つけられた四人のうち、かなりの重傷だった直柾と刑丞は先程三咲と士によって施設内へと搬送された。
残っているのは冥琴と天一朗だけだ。
が、やはり怪我人を守りながらというのが、戦闘を円滑に進めることができずにいる要因になっている。
斬鬼の殆どは動きが遅いのだが、数体妙に動きの早い個体がいる。
そのような斬鬼に限って動けない怪我人を積極的に狙いに来ており、四人は満足に怪我人の元を離れることが出来ずにいる。
守勢を維持して襲ってきた斬鬼をもっとも近い人間が相手にする戦法を取っているため、本来ならばとっくに片付けられているはずの斬鬼を仕留めていない。
そんな状況に勇護が表情を曇らせながら鬼哭刀に炎を灯す。
「残りは十体……。武蔵、一掃するか?」
「いいや。怪我人二人に余波が行く可能性もあるから、大技は撃てないかな」
「確かになぁ。さっきからうろちょろしとる動きの早いヤツ、あの辺がうざったいわー……。下手こくと、大技後の隙突かれてこの二人のタマとられんで」
「それもそうですが、不気味なのはあの百鬼という男です。さっきから照明塔の上にいるばかりで何も手を出して来ません。なにかを狙っているのでしょうか」
瑞季の視線を追うと、遊漸は訓練場を照らす照明塔の上でこの状況を見下ろしていた。
口元には張り付いたような笑みがあり、それがより一層不気味さを際立たせる。
「瑞季ちゃんの言うとおり、何かを狙ってると見て間違いないだろうね。ただ、生憎とその何かがわからないのがネックなんだけど」
「別動隊の可能性はないんか?」
「それも考えて士くんに周囲を見に行ってもらってるんだけど、斬鬼の影はないってさ。だから、ここに戦力を全て投入してるみたいだけど……」
龍子は警戒を緩めずに思考をめぐらせているようだったが、不意に照明塔に立っていた遊漸が飛び降りる。
瞬間的に刃を向ける龍子と黒羽。
瑞季と勇護は怪我人を守るため周囲の斬鬼を警戒しながら耳だけをそちらに向ける。
「いやはや素晴しい。やはりこの程度の斬鬼では相手になりませんねぇ」
「だったら貴方が出てくるのかな?」
「いえ、私は戦闘向きではないので。まぁちょっとした観察をさせてもらうだけですよ」
「ハッ、体中から血ぃの臭いプンプンさせてなにが戦闘向きではない、や。それにええんか? 駒もあと半分に減っとるで?」
「威勢がいいですねぇ。ですが確かに、このままではいささか分が悪いのも事実……。すこしだけあなた方の力を見誤っていたようですね」
遊漸はやれやれと首を振りながらハットのつばをつまむ。
俯いているので表情は見えなかった。
四人は警戒を緩めないものの、一瞬だけ遊漸に視線を向けた瑞季は気付いてしまう。
僅かな隙間から覗く彼の糸目が少しだけ開かれ、赤い瞳が露になっていることを。
「ではこんなのはどうでしょう」
再び顔を上げたとき、彼の瞳は閉じられていたが、三日月形の笑みは不気味に歪んでいる。
遊漸が指を鳴らす。
瑞季達の体にピリッとした緊張が奔ると同時に、それは起きた。
突如、一体の斬鬼が天高く吼えた。
それに吊られるように残った斬鬼も呼応するように吼えると、最初に吼えた斬鬼を中心に濃密な瘴気があふれる。
瘴気はそのまま瑞季達を飲み込むかとも想われたがそうではない。
溢れでた瘴気が飲み込んだのは、他の斬鬼達だ。
瘴気に触れた斬鬼は一瞬呻いたあとに次々に倒れていき、その姿を瘴気に似た黒い霧へと変貌させていく。
得体の知れない光景に瑞季は生唾を飲み込む。
そして瘴気の渦の中心にいる斬鬼以外、全ての斬鬼が黒い霧と化した時、周囲を渦巻いていた黒い霧と瘴気が渦の中心にいた斬鬼に宿る。
「――――――ッ!!!!!!!!」
斬鬼が発したのは声にすらなっていない叫び。
この世のものとは思えない叫びに瑞季は思わず耳を塞ぐものの、視界の端で龍子が駆けたのを捉える。
その表情は今まで見たことがないほどに神妙で、僅かに焦りの色すら見えた。
彼女はそのまま氷霜による斬撃を叫ぶ斬鬼に向けて振り下ろす。
けれど、刃は斬鬼には届かず、濃い瘴気によって彼女は大きく後退させられた。
「龍子!!」
「大丈夫! 三人とも、二人を担いで一旦距離を取るよ!!」
「了解! 行くぞ、痣櫛!」
「は、はい!」
撤退命令に瑞季は勇護に続いて斬鬼と距離を取る。
その途中で彼女の視界には、糸のようだった目を見開き、興奮した様子で笑みを浮かべる遊漸が写った。
瑞季達がある程度距離をとると同時に、斬鬼のいた場所でなにかが爆ぜるような大きな音が聞こえる。
弾かれるようにしてそちらを見ると、四人は息を呑んだ。
そこにいたのは通常の斬鬼の倍はある巨大な斬鬼だった。
体のいたるところからは妖刀と思しき刀が生え、口元から覗く牙から滴り落ちる唾液は、地面に落下すると土を溶かしている。
額には三つ目の眼球が浮かび、仕切りにギョロギョロと動いて非常に気味が悪い。
「これは……!?」
「龍子……まさかこいつ……!」
「……うん。信じたくはないけど、多分そうかもしれない」
「会長、あれは一体……」
表情を曇らせる上級生三人に瑞季が視線を向けるものの、それは興奮をはらんだ声によって阻まれる。
「すばらしぃいいぃぃぃぃいぃぃいぃいぃぃぃッ!!!! そう! これこそが、我がクロガネの技術力!! 我らにかかれば斬鬼の創造すらも容易!! ハクロウなど恐れるに足らず!!」
体を大きく仰け反らせて叫ぶ遊漸。
先程までの物静かな雰囲気はまるでどこかに消えてしまっており、非常に興奮した様子だ。
「瑞季ちゃんが知らないのも無理はないよね。ただ、名前だけは聞いたことがあると思うよ。あの斬鬼の名前は――」
龍子の声音は真剣そのもので表情には先程しとめ切れなかったくやしさもにじんでいる。
僅かに歯をかみ締めた彼女は眼前に立つ斬鬼を見やって静かに告げる。
「――斬鬼融合体『怨形鬼』」
黎雄の大技によって吹き飛ばされた雷牙は仰向けの状態で苦しげに表情をゆがめていた。
全身を見ると、大きな傷はないが切り傷は非常に多く、肌が露出したところには岩や木が当たったのか青あざが出来てしまっている。
攻撃の直撃を避けることはできたが、あの突風を全て回避することはできなかった。
「く、そ……!」
ギリっと歯を噛み締めて起き上がりながらすぐに治癒を始めるもののは、自身を覆うように現れた影に戦慄してすぐさま顔を上げる。
そこにいたのは冷淡な表情をした黎雄だった。
「ちっ!」
すぐさま攻撃しようと兼定を構えようとしたが、黎雄の方が一瞬早く、雷牙は喉元をつかまれて持ち上げられる。
「カハ……ッ!」
息を詰まらせた雷牙だが、黎雄はギラリと光る赤い眼光で雷牙を睨みつける。
「ようヤク捉えタぞ……。ツなもとォ……!!!!」
口元は不敵に歪み、喜びの色すら見えた。




