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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
104/421

3-4

 とある地方都市の一角を黒いハットを被った糸目の男性が歩いていた。


 全身を黒いスーツでコーディネートした男性の足取りは軽く、鼻唄混じりに歩く姿は非常に上機嫌な様子だ。


 道行く人々、特に若い女性は彼の容姿の良さも相まって一瞬眼を引かれる素振りを見せる。


 しかし、やはり鼻唄交じりというのに引っかかるようで、声をかけるような素振りは見せない。


 とはいえ彼にとってそんなことはどうでもよい。


 所詮はただの有象無象。


 無価値で取るに足らない者達の視線など気にする必要性すらない。


 すると彼の端末が鳴動した。


「……」


 あけているのかあけていないのか分からない瞳で端末を見やった彼は鼻唄をやめると、近場にあった薄暗い路地へ入る。 


「はい」


 やや高めの声で端末の通話画面をタップすると、やや『Calling』と表示されたモニタが表示され、機械で加工されたような声が返ってくる。


『首尾は?』


「今のところは問題なく。対象への投与率も良好ですし、私がやろうと思えばいつでも発動は可能です。ただ……」


『ただ?』


「私の命令無しで発動もしそうなのですが、それはそれでよろしいですか?」


『構わん。今回はあくまで立証にすぎないからな。発動したことが確認できればそれでいい』


「ありがとうございます。では予定通り、彼には存分に闘っていただきましょう」


 含み笑いを浮かべる男性はにんまりと口角を上げた。


 オモチャを手にした童子のような笑みは、真人間のするそれではなかった。


 その独特の雰囲気を通話の相手も感じ取ったのか、どこか嗜めるような声を漏らした。


『……あまり楽しみすぎるな。全てはあのお方の計画のためだ。お前の娯楽ではない』


「ええ、ええ。わかっていますとも。とはいえ、新宮の失敗の例もあります。相手も精鋭のようですし、これ以上の失敗を重ねないために私の方である程度保険をかけても構わないでしょう」


『保険だと?』


「まぁ、計画を円滑に進めるため駒を増やしておこうと思いましてね」


 彼は懐からカプセルの入ったピルケースを取り出す。


『お前、それをいつ……』


「少し前に本部に戻った時に拝借したんですよ。以前のものより強化されているようで」


『だが安定はしない。一錠含んだだけでも崩壊が始まるシロモノだ。失敗作として廃棄を命じたはずだが、貴様が持っていたとは』


「失敗作だなんてとんでもない。手軽に駒が増やせるんですよ? いいものじゃないですか。まぁ制御できないのが難点ですが、今回にはもってこいだ」


『……そうか、先日鋳造に失敗した妖刀を持って行ったのもお前か』


「ええ。これで駒を増やしても、力を存分に発揮するための武器がなくては始まらないので」


『ハァ……まぁいい。所詮は廃棄予定の失敗作だ。好きに使え』


「ありがとうございます。では」


『ああ。良い報告を期待しているぞ、百鬼(なぎり)


 通話はそれで終わり、百鬼と呼ばれた男性は白く光る犬歯を覗かせながら口角を吊り上げる。


 端末をポケットにしまいながら彼は来た道に戻り、目的地を目指して歩き出す。


 ――ハクロウに恨みを持つものなど探せばいくらでもいますからねぇ。


 ハットを押さえる彼は片目を開けていた。


 瞼の下にあったのは、血のように赤く染まった瞳。


 妖しげな眼光を宿しながら男性――百鬼(なぎり)遊漸(ゆうぜん)は軽やかに足を進める。





 

 強化試合三日目の第三試合。


 アリーナで行われているのは、玖浄院の生徒会長、武蔵龍子と轟天館の獅子陸黎雄の試合だった。


 その様子は強化試合に参加している選抜メンバーはもちろん、各校の新聞部も注目していた。


 最初から二人は激しく衝突し、レベルの高い試合が展開されている。


「ふぅむ……」


 が、不満げな声を漏らす者がいた。


 轟天館の天一朗だ。


 黎雄の試合を観戦する彼の眉間には深く皺がよっている。


「あまり面白げではないな」


 声をかけてきたのは、刑丞だった。


 銀縁眼鏡を上げる彼に天一朗は「あー、せやなぁ」と禿頭を撫でながら溜息をついた。


「相手が玖浄院の会長さんやからしゃーないんやかもしれへんけどな。なんや、獅子陸の動きが悪いなぁ思うてな」


「あー、それ私もなんとなくわかるかも。なんかこうあれよね、覇気はあるけど少し反応が遅いって感じ?」


「せやな。学内で戦うた時はもうちょい良い反応しとった気ィするんやけど……やっぱ調子悪いみたいやな」


 話に入ってきた冥琴に頷き返しながら、天一朗は新聞部の取材が来た時の黎雄の様子を思い出す。


 顔は白く、額には汗が浮かんでいた。


 本人はなんでもないと言っていたが、あの様子でなんでもないことはないだろう。


 動きが悪いのもやはりその影響と見るのが妥当か。


「会長には伝えたのか?」


「一応はな。まぁ会長自身も気付いとったみたいやけど、なんか不機嫌でなぁ。『わかっとるわそんぐらい!』ってキレられてもうたわ」


「あらら、それは随分ご機嫌斜めね。やっぱり武蔵会長と会ったことでストレス溜まってるのかしら」


「七英枝族同士の不仲を持ち込まないで欲しいものだが……。まぁ、あいつの気持ちもわからんでもないか」


 今はレフェリーを務めている黒羽に視線を向ける刑丞。


 彼女と龍子は同じ七英枝族同士だ。


 白鉄家と武蔵家は昔から反りが合わず、常にいがみ合ってきた仲でそれは現在でも続いている。


 とは言っても、それは白鉄家が一方的にライバル視しているだけらしく、武蔵家はというとそこまで敵意を感じてはいないらしい。


 黒羽自身もそれは理解しているらしく、轟天館の一部の生徒が玖浄院を敵視するように、くだらない風習だと思っているようだった。


「七英枝族言うても難儀やなー。……せや、七英枝族って言えば、痣櫛の子、やっぱ強いなぁ」


「ん? あぁ、そうだな。だが俺はもう一人の一年の方が気になった」


「それわかるー。綱源くんね。やっぱり副会長も思った?」


 話題は切り替わって玖浄院側の一年生、雷牙の話になった。


「ああ。実力自体はまだ荒削りだが、かなり光るものを感じた。結果勝てこそしたが、あの霊力の多さは脅威だ」


「ねー。私もまさか毒を中和されるなんて思ってもみなかったわ。しかもその馬鹿でかい霊力を斬撃としてすっ飛ばしてくるとかさー」


 雷牙と闘った刑丞と冥琴はそれぞれ頷く。


 今日の所詮は雷牙と刑丞の試合で、刑丞は勝てこそはしたが、かなり余裕のある勝利とはならなかった。


 対面してみるまでは無名の一年生と高を括っていたものの、玖浄院の激しい選抜戦を勝ち上がってきただけはある。


「なるほどなぁ。けど、二人の言うてることもわかるわ。明日試合やし、うかうかしてられへんな」


「普通に足元掬われるから警戒しときなよ」


「お前はその代表格だったからな」


「う、うっさいな! 次は勝つし!」


「そうか。なら本番には期待しておこう」


 刑丞が鼻で笑うと、天一朗も肩を竦めた。


 すると、彼らの視線の先で凛とした声が上がる。


『そこまで! 勝者、武蔵龍子!』


 声はレフェリーを務める黒羽のもので、彼女の宣言どおりバトルフィールドでは既に勝敗が決していた。


 龍子の氷刃が黎雄の喉元を捉え、背後には鋭利な形をした氷柱が浮遊している。


 たとえ黎雄が抵抗を見せたとしても、確実に戦闘不能に追い込むことの出来る態勢だ。


「あーやっぱ負けちゃったかー」


「獅子陸といえど相手が武蔵会長ではな。それに天一朗の言うとおり、いまいち調子が出ていないようにも見えた」


「あいつも結構意固地っちゅうか、弱みを見せないようにしとるとこあるからなぁ。もうちょい丸くなってくれりゃあええんやけど」


 三人の視線は鬼哭刀を鞘に納める黎雄に注がれる。






「ありがとうございました。武蔵会長」


 試合が終わり、黎雄が龍子に軽く頭を下げる。


「こちらこそありがとう。武帝のお弟子さんと手合わせが出来て楽しかったよ。だけど――」


 にこやかな龍子の目元が少しだけ細められる。


 黎雄もそれに気が付いたようで、僅かに警戒を見せた。


「――獅子陸くん、調子悪かったりしない?」


「……なんのことでしょうか」


「あぁいや、私の勘違いだったかもしれないんだけど、すこし動きが鈍かったような気がしてさ。まぁ慣れない環境にいるから起こりえることだし、もしも体調が悪いなら無理せず休んだ方がいいよ?」


 龍子は優しく声をかけるものの、黎雄は首を横に振って否定する。


「気遣い感謝します。ですが心配なさらず、体調はいたって普通ですから。では、俺はこれで」


 黎雄は踵を返してバトルフィールドどころかアリーナから出て行ってしまった。


 消えた後姿に龍子が溜息をつくと、黒羽が横に立った。


「お前から見てもそう見えたんか」


「それなりには、ね。黒羽ちゃんも気付いてたんだ」


「ったりまえやボケ。ウチは白鉄で轟天館生徒会長やぞ? 生徒の不調を見抜けんわけないやろが」


「フフ、確かにそうだね。じゃ、私もこれで」


「おう」


 黒羽に別れを告げて龍子は三咲や広魅達のいる観客席まで軽く跳躍する。


 そのまま席に座ると、三咲がスポーツドリンクを手渡してきた。


「お疲れ様でした、会長」


「うん、ありがと」


 ドリンクを受け取りそれを一口あおっていると、広魅が「はいこれ」とメモリチップを取り出したので、それを指で挟んで受け取る。


「一応見やすいように纏めておいたから。で、どうだったわけ?」


「んー。簡単に言えば調子が悪そう。勘繰った言い方をすると何かを隠してる。もしくは、別に闘うべき相手がいるって感じかな」


 肩を竦める龍子はチップを懐にしまいながら真剣な表情を浮かべた。


「今朝言っていた獅子陸黎雄の件ですか?」


「そそ。なんか妙な感じがしててさ、ただまぁ、なんとなく彼が()()()()()()のかは、分かってきた気はするけどね……」


 彼女は視線を少し離れた場所に座っている雷牙達に向ける。


 試合を見ていた彼らは彼らなりに試合の分析をしており、黎雄への対策を考えているようだ。


「まさか、痣櫛さん?」


「どうかな。それは広魅ちゃんがくれたチップの中身を見てからって感じになるかもね」


 龍子は珍しく楽観的ではなく、どこか真剣な様子だ。


「仮にですが、もしもなにか危険なことを起きた場合はどう対処しますか?」


「最優先に考えるのは自身の命。そしてもしもあの獅子陸くんが、ウチの生徒に危害を加えるようであれば、全力でそれを阻止するよ。場合によっては轟天館と協力する可能性もあるから、よく考えておいて」


「敵対じゃなくて協力?」


「向こう側も黎雄くんの不調は気付いてるみたいだったからね。彼が暴走して見境がなくなる場合もあるじゃない? だから協力するの。そしてもし穏便に済ませることが不可能だと感じた時は最悪の事態も考えておこうか」


 腕を組んだ龍子の眼光は研ぎすまされた刀のように鋭かった。


 広魅と三咲はその様子に思わずゴクリと生唾を嚥下する。


 同年代だというのにビリビリと伝わってくる圧倒的な気迫。


 改めて二人は思い知った。


 目の前にいる彼女はただの生徒会長ではなく、五神戦刀祭に優勝し十代において最強の称号を手にした者だということを。


 が、その気迫もすぐになりを潜め、彼女は周囲を見回して首をかしげる。


「そういえばさっきまでいた直柾くんが見えないけど?」


「あ、あぁ、なんか『飽きた』って言ってどっか行っちゃったわよ」


「ふぅん……」


 龍子は小さく息をついた後「まぁいいや」と視線をバトルフィールドに戻す。


 フィールドにはちょうど勇護が出てきたところであり、今日の最終試合が行われるようとしていた。






「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」


 アリーナを出てすぐにある休憩所には、胸を抑えて苦しげにうめく黎雄がいた。


 彼は懐からピルケースを取り出すと、飲む様にあおって錠剤を噛み砕く。


 やがて症状は落ち着いたようで、呼吸も穏やかになり、彼は椅子の背もたれにだらりと体を預ける。


「こんなところにいやがったか」


 聞こえてきた声に視線だけを向けると、そこにいたのは不機嫌そうな表情の直柾だった。


「……辻か」


「おう。久しぶりだな、獅子陸……。だけどテメェに一つ言いてぇことがある――」


 瞬間、直柾は黎雄の正面に現れ、彼は乱雑に胸倉を掴みあげた。


 黎雄はだらりとした状態でなすがままになっている。。


「――テメェ、なんだあの情けねぇ戦いは……! 終始ウチの会長に押されっぱなしで見ちゃいられねぇ!!」


「……」


 ぶつけられるのは怒りと呆れが交じった声。


 けれど黎雄はそれに答えない。


「シカトきめこんでねぇでなんとか言いやがれ! それとも何かぁ!? あれがテメェの全力だってのか! じゃあ今ここでテメェをぶちのめして……ッ!?」


 直柾は言葉を詰まらせる。


 前髪で僅かに隠れた黎雄の瞳を見てしまったのだ。


 その双眸には光がなく、まるで死人のような瞳だった。


 同時に彼は理解してしまった。


 空虚な彼の瞳には、自身の姿など写っていないことを。


 胸倉を掴みあげる腕から力が抜けると、黎雄は直柾の腕を振り払って立ち去ろうとする。


「待てよ、テメェ……!」


「わるいな、辻。俺はお前に構っているほど暇じゃないんだ。俺が倒したい相手は別にいるからな」


 冷淡に放たれた言葉に直柾は思わず立ち止まる。


 そのまま黎雄は何事もなかったかのように去っていく。


 残された直柾は、舌打ちの後休憩所の柱を思い切り殴りつける。


「クソッタレが……!!」


 ギリッと音がするほど強く歯をかみ締めた直柾も、やがてその場から消えていった。


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