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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
102/421

3-2

 剣閃と剣閃が交わり火花が散る。


 そのまま二度、三度と剣戟は続き、雷牙と冥琴はそれぞれ距離を取る。


 眼光鋭く冥琴を見据える雷牙は兼定を構えなおす。


 腕には小さな傷跡があるが、治癒術ですぐさまそれを修復させる。


 ――やっぱり動き自体は大して速くない。けど……。


 冥琴の動き自体は恐らく纏装を使っていなかったとしても、雷牙ならば対処はできるものだった。


 が、雷牙の中にはまだ少しだけ疑問が残っている。


 ――俺の予測よりも速く攻撃が来るのはどういう力だ……?


 雷牙の疑問。


 それは、冥琴が攻撃をしてくる際に生じる僅かな時間感覚のズレだった。


 龍子達と比べてしまえば雷牙はまだまだ実力不足かもしれないが、学生の域でならばそれなりの実力がある。


 ある程度は相手の行動や攻撃の予測が立てられる。


 冥琴との実力的に見ても彼女の攻撃を予測して回避し、先に攻撃に転じることは可能なはずだ。


 しかし、ズレの影響でそれがうまく行かないのだ。


 たとえ攻撃に転じることができても、再び襲ってくるズレのせいで完全に押し切ることができない。


 いや、そもそもがあのズレの正体がわからない今、下手に攻勢に出れば逆に制圧されかねない。


「まぁ属性の能力なんだろうが、どうしたもんかね……」


 感覚にズレを感じさせていることから霊力が関係しているのはすぐわかったが、如何せんその能力がわからない。


 情報をよく読みこんでおけばそれなりに対策を立てられたのかもしれないが、纏装の修業に集中していたせいでそのあたりがおろそかになってしまった。


 溜息交じりの言葉を漏らす雷牙であるが、その口元には笑みがある。


 やはりというべきか彼はこの状況を楽しんでいるようだ。


 視線の先にいる冥琴は瞳にサディスティックな光を灯しながら微笑んでいる。


 不気味な感覚ではあるが、面白い相手ではある。


 ――考えられるとすれば、蜃気楼的なものか?


 属性の炎熱や流水、氷結のように温度に大きな変化を生じさせるものはある。


 それを使えば光を屈折させるなどして彼女自身の姿をずれさせることは可能かもしれない。


 だが、雷牙はすぐにその考えを振り払う。


 刀を交えた時や、彼女がすぐ近くにまで迫った時を思い出しても温度変化は感じなかったのだ。


 つまり、蜃気楼のようなものではないということ。


「悩んでるねぇ。私の能力が知りたい?」


「まぁ気にはなりますけどね。アンタの様子からして「じゃあ教えてあげる」とはならないでしょ」


「フフフ、正解。まぁある程度情報は出ていたと思うんだけど、詳細自体は明かしてないからねぇ。頑張って対処してみて」


「じょうと――ッ!!??」


 雷牙は答えようとした瞬間、口がうまく回らなくなったのを感じた。


 だが、それだけではない。


 彼は突然その場に両膝をついたのだ。


 ――足に、力が……!


 立ち上がろうとするものの、足は僅かに痙攣するだけでまったく立ち上がることができない。


 やがてその痙攣は全身に回りその場にうつぶせの状態で倒れこむ。


 僅かに動かせる首だけを動かして冥琴を見やると、彼女は余裕たっぷりの笑みを浮かべてゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「ようやく効いてきたみたいね。すごいタフネスだから少しあせっちゃった」


「なに、を……」


「んー? 教えて欲しい?」


 ニタリと笑う彼女の表情は攻撃的なものだった。


 雷牙が視線だけを向けると、彼女は鬼哭刀の刃を少しだけ舐めてから雷牙に告げた。


「いいでしょう。そんな状態になっている君にもう反撃は無理だろうしね。今まで私と戦った相手がみんなそうだったし」


 彼女は雷牙の前に立つと、大仰に腕を広げる。


「私は君のところの会長さんと同じ、番外属性の覚醒者。しかも、後天的覚醒ではなく、先天的な覚醒ね。そして属性の名前は『毒』。霊力を人体はおろか斬鬼にすら有害な毒へ変化させる能力よ」


 冥琴に瞳に宿るサディスティックな光がいっそう強くなった。


 属性覚醒はその殆どが十代に起こるものだが、稀に生まれたときから属性の力を持つ子供が現れる。


 それが先天的覚醒者だ。


 しかも彼女の場合はそれがいきなりの番外属性だという。


 稀少な中でも更に稀少な存在といえる。


 けれど、雷牙には少しだけ引っかかることがあった。


「い、ったい。いつ……毒を……?」


「最初から仕込んでたわ。試合開始と同時にね。まず最初に仕掛けたのは、認識や視界作用を起す毒を空気中に散布しておいたのよ。吸い込めば程度は軽いでしょうけど、ある程度の阻害ができるからね」


 雷牙はそれを聞いた瞬間、彼女との剣戟の際に感じたズレの正体に気が付いた。


「そして君を今麻痺させている毒は、剣戟の中で君に小さな傷を与えたでしょう? その傷口から毒化させた霊力を流し込んだってわけ」


「俺の、中に……毒……」


「そう。さてと、どうする? このまま降参した方が痛い目に会わなくてすむけど」


 優しい声音ではあったが、瞳は決して笑っていない。


 確かにこのまま降参した方がいいのかもしれないが、雷牙はひくつく口元を動かして歯を見せながら笑う。


「冗談……じゃ、ねぇ。テメェ、で負けを認め、るなん、て、できるか……!」


「おぉ、強気。んー、じゃあ少しだけ痛めつけちゃおうかな。幸い、黒羽ちゃんからのストップも出てないし」


 レフェリー役を務めるのは、轟天館の黒羽だ。


 彼女はフィールドを静かに見据え止める様子はない。


「玖浄院の会長さんだったら止めてくれたかな。助けてーって言ってみる?」


「言わない、ッスよ……」


「意地だねぇ。それじゃはじめようかな。安心していいよ。痛いかもしれないけど殺さないから! それに意識も失わないよ。だってそれじゃあ悲鳴が聞けなくてつまらないもんね!」


 笑顔を向けてくる冥琴であるが、言っていることはどこか頭のネジが外れてしまったような言動だった。


 彼女は短めの鬼哭刀の切先を雷牙の背中に向ける。


 すると、誰もが絶望的と思うこの状況で、雷牙はかすかに笑い声をもらした。


 それを疑問に思ったのか、冥琴が怪訝な表情を浮かべる。


「一つだけ、忠告。勝ち、誇ってるとこ、わるいんスけど――――」


 瞬間、雷牙の口元の犬歯がギラリと光り、瞳に凶悪な灯火が燈る。


「――――敵の前でベラベラしゃべりすぎッスよ」


「ッ!!??」


 同時に雷牙の全身から霊力が吹き出し、弾かれるように冥琴が飛び退いた。


 彼女が顔を上げると、そこにいたのは霊力を全身に纏って立っている雷牙の姿だった。


 体に麻痺毒による痙攣は見られない。


「いったい、何を……」


「知りたいっスか?」


 先ほど冥琴が雷牙にやったのと同じように、今度は雷牙が彼女に問う。


「けど、俺は教えないっスよ。下手にベラベラしゃべってると、今の先輩みたいに足元掬われかねないんで」


「……言ってくれるね。どうやって立っているのかは知らないけど、あまりいい気にはならない方がいいよ」


 不敵な笑みを浮かべる冥琴。


 すると彼女の背後が僅かに色付きはじめる。


 青の強い紫色をしたそれが毒化された霊力であることはすぐにわかった。


 直感的にそれが危険なものであると判断した雷牙は、すぐさま兼定に霊力を纏わせる。


「こういう毒はあまり使いたくないんだけど、正直そんな霊力を見せられると手加減なんて出来そうにないからね。今から話すことは冗談じゃなくて本当の警告だよ。この毒は濃度によっては死ぬ可能性すらある毒。死にたくないなら、今すぐ降参するか――」


 彼女がそこまで言いかけると同時に、その真横を青く煌めく光刃が駆け抜けた。


 駆け抜けた刃は彼女の背後にあった毒に触れると同時に、青紫色の毒素をかき消していく。


 さらに、続けて放たれた三つの刃も同様に毒化した霊力を飲み込むように消していった。


「な……!」


「毒化してようがなんだろうが、それ以上の霊力でかき消しちまえばそれで終わりってことッスよ」


 雷牙は歩み寄りながら冥琴に声をかける。


 冥琴も瞬時に反応はしたものの既に遅い。


 彼女が鬼哭刀を構えると同時に、首元に冷たい感触が押し当てられた。


 僅かに燐光を帯びる鬼哭刀と、霊力を纏っている雷牙の姿があった。


 一瞬、冥琴は抵抗を考えたものの、すぐに腕から力を抜く。


「そこまで、勝負あり! 勝者、綱源雷牙!」


 黒羽の宣言が聞こえ、雷牙は兼定を鞘に戻すと冥琴に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 彼はそのまま振り向いてフィールドから降りようとしたものの、「待って」という彼女の声に呼び止められる。


「なんスか?」


「どうやって毒を中和したの? あんな短時間で出来るとは思えないんだけど……」


「あぁ、それっスか。えーっと、まぁ簡単に言うと似たような状況になったことがあったんで」


「似たような状況って……」


「それである程度毒に対しては血清というか対抗する術があったって感じです。それじゃ、ありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします」


 雷牙は軽く手を振ってフィールドから観覧席へと戻っていく。


 その様子から見ても、毒の影響は殆どないようだ。


「番外属性には毒ってのもあるのか……。今度から相手の研究はちゃんとしとくべきだな」


 雷牙は窮地に立たされたことで、相手の研究は必須であることを学び、瑞季達の元へ向かった。




 観客席へと戻る雷牙の後姿を冥琴が見やっていると、彼女のお尻を黒羽が軽く叩いた。


「まっ、今回はあっちの方が上手やったってことやなぁ。ドンマイ」


「……私もまだまだってわけだね。あー、そう考えると調子こいてたんがえらいはずいわー」


「お、久々に方言出とるやん」


 その場にしゃがみ込んで顔を覆う冥琴を見て、黒羽はカラカラと笑う。


 冥琴は基本標準語で話すのだが、恥ずかしかったりすると素が出て方言が出るのだ。


「まぁえらい勝ち誇ってたもんなぁ」


 肩を叩きながら言うと、冥琴は顔を真っ赤にして立ち上がると、黒羽を涙目になりながら睨む。


「うっさいー! ええよもう。一人で修業してくるもん!」


「おーおー、いってらー。あんま無理せんようになー」


 後輩を見送った黒羽であるが、彼女は視線だけを観覧席で談笑している雷牙に向ける。


「……話だけやったからどんなもんかと思うとったけど、龍子のヤツとんでもない後輩出してきおったからに。実力はまだまだやけど、確かに鍛えればドえらいもんになるでアレ……」


 今度は各育成校の新聞部の面々と話している龍子を見やる。


 すると、彼女は黒羽の視線に気が付いたようでどこか挑発的な笑みを向けてきた。


 黒羽大きく溜息をつくと彼女から視線を外して呟く。


「……ホンマ嫌な女やで。けどまぁええわ。ウチが勝ちたいんは、お前やからな。いろいろ倍にして返したる」


 彼女の口元には笑みがあり、表情には自信が溢れていた。






「いやー、結構危なかった」


 瑞季達の下へ戻ってきた雷牙は頭を掻きながら言ったものの、帰ってきたのは溜息とジト目だった。


「な、なんだよ」


「なんだよじゃないでしょー。だからあれだけ相手の研究はしておけって言ったじゃない。毒使いって情報くらいは出てたと思うけど?」


「大城の一見がなかったら、負けていたな」


 瑞季の言うとおり、雷牙があれだけ冥琴の毒に早く対応できたのは、大城との一見があったからだ。


「そりゃそうだけど、俺だっていろいろあったし……」


「勝てたこと自体はよかったと私達は思っているさ。だが、次からはしっかり闘う相手の研究をすることだ」


「へーい……」


「まぁでも、雷牙らしいって言えば雷牙らしいけどね」


「そうだな。とりあえずは強化試合、一勝おめでとう」


「お、おう」


 もっと責められるのかと思っていたが、割とすぐに終わったことに雷牙はホッと胸を撫で下ろす。


 すると、試合が終わったことで緊張が解けたのか、雷牙の腹の虫こと獣が空腹を主張した。


「……昼メシ行っていいか?」


 若干顔を逸らしながらいう雷牙に、二人は苦笑しつつ立ち上がる。


「次の試合までそれなりに時間はあるようだし行こう」


「だね。試合中にお腹の音がうるさそうだし」


「うっせ! 朝飯軽かったし仕方ねぇんだっつの!」


「はいはい」


 軽くあしらわれる雷牙は、二人と共に食堂へ向かった。






 アリーナから出て行く三人の姿を見やる龍子は笑みを浮かべながら新聞部の面々に告げる。


「ホラね? ちゃんと勝てたでしょ、ウチの後輩くん」


 彼女の声に、涼香と満はそれぞれ顔を見合わせる。


「確かに面白い試合でした」


「ホンマに。毒を中和するわ霊力を斬撃として飛ばすわ、おまけにあのアホみたいな霊力……。どうなっとんのあの子」


「ウチの会長のお気に入りくん。そっちも警戒しといた方がいいんじゃない?」


 主に涼香へ向けて広魅が勝ち誇ったような視線を送るものの、彼女は肩を竦めた。


「まぁウチにはウチで、あの武帝の弟子がおるからなぁ。一筋縄ではいかへんよ」


 龍子も彼のことは名前だけなら知っている。


 五神戦刀祭に出てはいないが、他の大会で優秀な成績を残す彼もハクロウからも一目置かれているらしい。


 玖浄院としても警戒すべき存在だ。


「獅子陸黎雄くん、ね」

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