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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
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3-1 闇の誘い

 すっかり夏の日差しが照りつけるようになった日。


 玖浄院では通常授業がいつもどおり行われていた。


 雷牙達が所属する一年A組も勿論同様ではある。


「えーっと、それじゃあこの問題答えられる人ー……って、もうちょっとくらいやる気出してよー」


 教壇で溜息をついたのは、雷牙達の担任教師である遠山(とおやま)愛美(まなみ)だ。


 腰に手を当てて呆れる彼女の前には、数名の項垂れる生徒達。


 けれどもその様子も無理はない。


 七月も中旬に入り、この時期に扱いは高校生の彼らを待ち受けるものといえば唯一つ。


 一学期の期末考査、ようはテストである。


 生徒達はそれを来週に控えているのだ。


 例年通りならばもう行われていてもおかしくなく、生徒達は夏休みと戦刀祭の開催を待つのみのだが、今年は選抜戦初期のごたごたもあったため、かなり押した結果このようになってしまった。


「仕方ないよ、愛美センセー」


 答えたのは教室にいる生徒の中では真面目に授業を受けている、大神(おおがみ)陽那(ひな)だった。


「だって、クラスで三人も来週の期末考査を受けなくていいのがいるわけだしさー。やる気もなくすよー」


「まぁ……それもそうだとは思うけれどね……」


 愛美は教室内にある三つの空席に視線を向ける。


 三つの空いた席にはそれぞれ雷牙、瑞季、舞衣が座っているはずなのだが、彼らは戦刀祭前の最後の強化ということで轟天館との強化試合に出ている。


 舞衣は選抜選手ではないのだが、生徒会長である龍子にその情報収集能力を買われたとか何とかで、強化試合の記録及び分析係として現地に行った。


 無論、他の教室にも同じような生徒はいる。


 新聞部や広報部は他四校の取材へ赴いているため、他の一年生のクラスでも欠席はある。


 彼らに共通しているのは、来週の期末考査を今のところは免れているということ。


 このような生徒同士での扱いの差が、生徒達のやる気のなさに拍車をかけているのだろう。


 二年生、三年生ともなれば、出場する試合である程度の差があるのは慣れているのだが、一年生からすれば、『なんであいつ等だけ』という気持ちになるのは当然といえば当然かもしれない。


 無論、皆も内心では戦刀祭に出場する選手やその取材で忙しいというのは納得しているのだろうが、やはりそれとこれとは話が別ということか。


 とはいえこのままではクラスから赤点を出す生徒が出かねないと、愛美は小さく息をつく。


「みんなのやる気が起きないのはわかるんだけど、あの三人だって遊びに行ってるわけじゃないんだよ。今頃は轟天館と試合をしてるだろうし、それが終わったとしても鍛錬をしているだろうし、勉強だって私が課題を出しておいたから多少はしてるよ?」


「けどテストは免除なんスよねー……。やる気でないっスわ」


「ホントに……」


「理不尽ー!」


「選ばれたのは素直にうれしいけど扱いに差がありすぎると思います!」


 玲汰の呟きを皮切りに生徒達から不満が噴出する。


 が、愛美は「はて?」と内心で首をかしげる。


 不満を言っている生徒達はどこか勘違いをしているようだ。


 思い返してみれば、先程の陽那もどこか思い違いをしているようだった。


 ――なるほどね、じゃあ伝えちゃった方がいいか。


 とりあえず事態を収拾するため、愛美は軽い咳払いをした後、生徒達に改めて説明をする。


「えーっと、みんなどうやら勘違いをしてるみたいだね。さっき玲汰くんと陽那さんはテストを受けなくても良いと言ってたけど、完全に免除されるわけじゃないよ」


「へ?」


「それってどういう……」


「普通にテストはするよ? そのために三人には課題を出してるってさっき言ったし。というか、テスト免除ってどこ情報?」


「それは確か、生徒会長が……」


 おずおずと手を挙げて言ったのは、陽那同様に真面目に授業を受けていたレオノアだった。


 彼女の言葉に玲汰と陽那、樹の三人がそれぞれ頷いた。


 そこで愛美はようやく合点がいった。


 ――龍子ちゃん……後輩が可愛いからってからかうのも大概にしてよ。


 愛美は大きく溜息をつく。


 どうやら、勘違いをしている生徒達は龍子からの情報を鵜呑みにしてしまったようだ。


「それは真っ赤な嘘です。テストは普通に実施します。しかも五神戦刀祭の後の夏休み期間中に。普通に考えればみんなよりも雷牙くん達の方が大変なんだよ」


「……マジか」


「マジです。けど引っかかるのは、生徒会長がクラスの皆に嘘を吹き込んだわけじゃないよね?」


「あぁ、それは……」


 陽那が玲汰を見やり、彼はギクリと肩を震わせた。


 その後ろではレオノアと樹が溜息をつく素振りを見せている。


 玲汰を見ると顔色は見る見る悪くなり、エアコンがしっかり効いているというのに汗がすごい。


 どうやら玲汰が龍子の言葉を鵜呑みにして皆に告げてしまったらしい。


 さすがにこの状況でつるし上げるわけにもいかないので、愛美は咳払いをしたあと教科書に視線を戻す。


「ま、まぁ誰が悪いってわけでもないから、とりあえずこの話はおしまい! はいはい、それじゃあ授業の続きをするよ! 一応この範囲はテストに出さないけど、君達は来週からテストなんだし、しっかり勉強をするように!」


 とりあえず生徒達の思考を切り替えてはみたが、恐らく休み時間になれば玲汰にはそれなりの出来事が訪れてしまうだろう。


 それがどんな出来事はあえていわないが。


 龍子の性格を考えればその辺りは多少わかりそうなものなのだが、今回は運がなかったというべきか。


 心の中で玲汰に手を合わせ、愛美は授業を再開した。





 強化試合二日目。


 雷牙の姿はバトルフィールドにあった。


 行われているのは二日目の第二試合。


 彼の前で鬼哭刀を構えるのは、やや短めの鬼哭刀を構える冥琴がいた。


 冥琴は妖艶とも取れる笑みを雷牙に向け、雷牙は兼定の切先を彼女に向ける。


 冥琴から伝わってくるのはどこか得体の知れない甘い感覚。


 闘争心とも、殺意とも違う。


 どこか纏わりついてくるような感覚に、雷牙は思わず険しい表情になってしまう。


「そう睨まないでよ、綱源くん」


「睨んでるつもりはないっスけどね。すんません、気が抜けない状況だとつい眉間に皺が寄っちまうんスよ」


 雷牙が苦笑しながら答えると、冥琴は口元に指を当てて微笑む。


「いいわね、そういう子。私は好きよ。一生懸命で――」


 彼女は口元から指を離す。


 瞬間、先程まで感じていた甘い感覚が消え、肌を突き刺すような感覚に変化した。


 同時に彼女の瞳が狩人のそれに変わる。


「――――壊したくなっちゃうわ」


 ささやくような声は雷牙の耳元で聞こえ、雷牙は瞬時にその場から飛び退く。


 視線だけを向けると、妖しく微笑む冥琴がいた。


 一気に距離を詰められたようだったが、雷牙は如何せん不可解だった。


 ――どうやってあそこまで一気に距離を詰めた?


 霊力で身体能力を強化した様子はなかった。


 雷牙の洞察力はトーナメントやこれまでの鍛錬によって爆発的に向上している。


 今ならば龍子の動きも多少は捉えることができる。


 が、今の一瞬、あそこまで距離を詰められたことに気付かなかった。


 実力的に見ると、恐らく冥琴は轟天館の選抜選手でも下から数えた方が早いだろう。


 龍子や黒羽ほどのスピードが出るとは思えない。


 当然実力を隠している場合も考えられるが、果たしてそんな単純なものだろうか。


 一応彼女の情報は仕入れている。


 宝原冥琴。轟天館二年E組所属で、選抜戦の戦績は二十試合中十八勝。その殆どは相手の降参による勝利らしい。


 戦績自体はかなり高いが、降参というところが引っかかる。


 雷牙は考え込みそうになるものの、再びその場から飛び退いた。


「あらら、逃げるだけなの? もうちょっとガツガツ来てくれる子なのかと思っていたんだけど」


 聞こえてくるのは挑発する冥琴の声。


 見ると、やはり先程まで雷牙が立っていた場所に冥琴がいた。


 安い挑発には乗りはしないが、雷牙はあれこれ考えるをやめた。


 口元を舌で軽く湿らせた雷牙は、兼定を構えなおす。


「上等……!」


 薄く笑みを浮かべ、冥琴との距離をつめる。


 何かしらのカラクリはあるだろうが、ぶつかってみないことにはわからない。


 それに、龍子や瑞季、勇護とも違った感覚を持つ彼女と闘えるのも楽しそうだ。






「あー、突っ込んでちゃったかー。これは綱源くん、詰んだかなー」


「見事に挑発に乗せられたって感じだね」


 観客席の一角では、二人の戦闘を見ていた二人の少女が呆れ混じりの溜息をついた。


 二人の首からは『極楼閣(きょくろうかく)新聞部』と書かれた許可証がぶら下がっている。


 戦刀祭一週間前までは、基本的にどの育成校も情報を開示するのがルールである。


 そのため、どの育成校の新聞部や広報部も、この時期になると他校の取材へ赴くのが常だ。


 その中でも今回の強化試合は、玖浄院と轟天館のものだ。


 他三校がそれを意識するのは当然であり、彼女ら『極楼閣』の生徒も東北からここまでやってきたのだ。


「うーん、やっぱり無名の一年生だからなぁ。あんまし取材しなくても良い感じかも」


「だね。あーぁ、やっぱり取材するなら去年の優勝者の武蔵さんとか、あの痣櫛さんあたりがよかったかも」


 どうにも肩透かしを喰らった様子の彼女らは、雷牙の試合をどこかつまらなそうにみている。


 その声は雷牙の試合を観戦している玖浄院の新聞部部長兼放送委員長である笛縞(ふえじま)広魅(ひろみ)が溜息をついた。


「あの子たち、自分達が望む展開しか欲しくなさそうだねぇ」


「まぁそれも仕方ないことじゃない? センセーショナルな内容の方が食いつきはいいだろうし、とはいってもあの態度はどうかと思うけど」


 広魅の言葉に同意したのは、朝食代わりの携帯食を齧っている龍子だった。


「龍ちゃんちょっと怒ってない?」


 やや不機嫌に見えたのか、広魅は半笑いで問うものの、龍子はそれに肩を竦める。


「怒ってないって。けど、自分の学校の生徒があんな風に言われれば、口調だって硬くなるでしょ」


「まぁね。私も雷牙くんの闘いはトーナメントを追ってきて分かってるし、一度も生で試合を見たことがない人に意見はされたくないね」


「――とはいえ、彼女達の意見も多少はわかる気はしますけど」


「そやねぇ。その辺り、詳しく聞きたいもんやわぁ」


 真面目っぽい少年の声と、どこか胡散臭い京言葉を使う少女が近づきながら声をかけてきた。


 龍子は二人の姿を見て軽く笑みを浮かべるものの、広魅はというと少女の方を見て表情を曇らせる。


「げ、涼香(すずか)……。アンタも来てたの?」


「そら来るに決まっとるやないの。ウチと玖浄院の強化試合なんやから」


 クスクスと笑った少女の名前は、浅井(あさい)涼香(すずか)


 ウチと称したとおり、轟天館の新聞部副部長だ。


 そして彼女の隣で彼女らを「まぁまぁ」となだめようとしているのは、最北にある育成校、星蓮院(せいれんいん)の新聞部、八重樫(やえがし)(みつる)


「久しぶりね。満くんに涼香ちゃん」


 龍子も二人とは取材を受けたことがあり、それなりに親交がある仲だ。


「どうも、龍子さん」


「元気そやねぇ」


「まぁね。摩稜館(まりょうかん)の姿が見えないけど?」


 首をかしげながら問うと、涼香は軽く肩を竦める。


「あぁ、アレは昨日着くんが遅かったから、個別に取材しとるんよ。今は獅子陸のとこにでもいるんやない?」


 確かに、彼女の言うとおり昨日一番遅く到着したのは摩稜館の新聞部だった。


 個別取材を先に済ませてしまおうということか。


 まぁどの試合を見るのかは各学校の新聞部の自由なので、好きにすればいいと思うが。


「んで、実際どないな感じなん?」


 涼香は広魅に対してどこか自信ありげかつ、好奇心に溢れた笑みを浮かべながら問う。


「なにが?」


「んもう、いけずやなぁ。あの綱源って子、完全にウチの冥琴の挑発に乗っとるようやけど、勝算はあるんかいう話やないの」


「僕もその辺りが聞きたいですね。なにせ彼の相手はあの『毒蝶の淑女(ヴェネノ・モルフォ)』です。今のままでは彼に勝機は薄いと思うんですが」


 二人は視線をバトルフィールドに向ける。


 確かに二人の言うとおり、雷牙は押されているように見える。


 しかし、広魅と龍子はそれぞれ笑みを浮かべた。


「私達の口から説明するのは簡単だけど、まぁ見てた方が面白いと思うよ」


「そうそう。黙って見てて。うちのかわいいかわいい後輩くんを」


 自信ありげな龍子は、バトルフィールドで闘う雷牙を見やる。


 確かに、涼香と満の言うとおり、一見すると雷牙が押されているようにも見える。


 だが、二人はまだ気づいていない。


 雷牙の口元に浮かぶかすかな笑みを。


 あの笑みは、直に闘った者にしか分からない、彼独特のものだ。


 勝負はもうすぐ決まるだろう。

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