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20/21

20. 閑話、老後の楽しみは今すぐにやれ

 まだ夜の10時前ぐらいだったが、自分で考えて会話を行うというシステムにまだまだ慣れないせいなのか、頭が疲れてきたので、ここで今日のプレイは辞めておくことにした。


 しかし、何とも不思議で面白いゲームだなー。


 俺が仕事に追われている間に、こんなにも凄いゲームが発売されていたとは実にけしからん話だ。


 今頃になって、ワクワクしながら1からプレイしているのは俺ぐらいなんだろうな。


 とはいえ、仕事を今も続けていれば、こんなゲームは遊びもしなかったろうし、死ぬまで知らなかった可能性もある。


 そういえば、昔、何かの本で読んだが、「人は死ぬ間際に何を後悔するのか」というお医者さんの話があったが、だいたい大きくいくつかに分かれるらしいのだが、その中の一つに「働き過ぎなければ良かった」というものが、男性には多いらしい。


 男性が仕事に人生を捧げてしまうパターンには、もちろん色々あるとは思う。


 家族の為とか、社会の為とかのような真面目な理由であったり、会社で手に入れた地位や名誉を手放したく無いというエゴな面もあるだろう。


 なにせ、定年を迎えた男性は、強制的に会社での地位と名誉を剥奪されて一般人へと貶められるわけで、肩書を失った男性の消失感たるや、引きこもりにまで発展するほどらしい。


 仕事は生活を支える上で大切であることは当然だが、だからといって仕事だけで人生が終わるのも実に考えものである。


 要はバランスだ。


 もし、せっかく結婚して家族という形を成したのならば、もっと家族と過ごした方が良い。


 独り身ならば、きちんと趣味を見つけて、自分らしく生きる時間も大切にした方が良い。


 なにせ、俺もこうやって仕事を辞めて人生を見つめ直しているわけである。


 そして、なぜにゲームをやり始めたのか。


 それは、軽いとはいえ介護が必要な父の姿を見たせいでもある。


 俺も世間の皆と同じように、心のどこかで定年を迎えたらゆっくりと趣味でも愉しめば良いかと考えていた。


 だが、それは儚い幻想であると痛感したのだ。


 テレビなどで時々、定年を迎えた老夫婦が楽しそうにクルーズ船などで旅をしている姿を見せられるだろう。


 あれは罠だ。


 彼らは、本当の本当に見事に運良く生き残った奇跡的な存在でしかない。


 まず、彼らほどの運が自分にも備わっているとは夢々、思わないほうが良い。


 どちらか片方が先に旅立ってしまうことなど多々あるし、片方が病気で倒れて寝込んでしまうことも実に多い。


 いざ定年まで漕ぎ着けても、そこから数年で倒れたり、力尽きてしまうことも往々にしてある。


 人生を謳歌する者は嬉々として声をあげるが、不幸に沈み悲しむ者は人知れず世界から退場していく為に、皆の視界には映りにくい。

 

 だからこそ、もし、自分の人生が少ないかもしれないと想像することには意味がある。


 とはいえ、悲観的になる必要は無いと思う。


 あくまで今の人生をより良くしていく為の思考法と考えればいいのだから。


 ちなみに、俺の父は軽い介護が必要な程度とはいえ、趣味をしようにも体力は失われており、視力、聴力も落ち、思考力も鈍くなり気力も減少している。


 老後は趣味の読書をたくさん楽しむんだと言ってはいたが、残念ながら趣味を満喫できる状態では無く、事実、本は全く読めていない。


 きっと世の中にも、定年後である老後の楽しみとして、本棚に漫画や小説を買い揃えていたり、積みゲーや、積みプラモデルや、積み○○をしている人達がたくさんいると思う。


 その気持ちは分かるよ。


 手をつけていない積み〇〇は、眺めているだけでも楽しいものな。


 でも、積んである物は、若い内に全て崩して楽しむなり遊んでおくべきだ。


 ストックの充実感も確かに楽しいが、やはり、一番はそれを用いて楽しむことこそが最高なのだから。


 老後の楽しみは、名作をもう一度、遊ぶくらいで丁度良いのだと思う。


 いつかなどと言っていては、それらを楽しむことなく倒れて、全てを誰ぞに廃棄されるのが落ちなのだ。


 だから、俺はゲームをする。


 仕事をしていた時は、酒、車、ブランド、女、と周りに話を合わせて一般的な男性を装って生きてしまった。


 本来、俺はオタク趣味が好きなのにだ。


 だが、周りからはオタクだと思われないせいかオタク友達はできず、気づけば流されるがままに流されて、ずいぶんと遠くへ来てしまったものだ。


 とはいえ、死ぬ前の後悔では無かったことだけは運が良い。


 なにせ、今からでも再挑戦が可能だからだ。


 だから、俺はゲームをしている。


 働くだけの人生はゴメンだし、もはや贅沢には興味は無いし、名誉や地位も別に要らない。


 温かい寝床と、三食たらふくに飯を食えればそれで良いじゃないか。


 これから先もずっとずっと、俺は自分のやりたいことをやれる人生を大事にしたい。


 今の俺の姿をかつての仲間達が見れば蔑むかもしれないが、俺は今の自分が大好きなのだ。


 他人の評価で自分を飾るより、自分で自分を認めて褒め称えてやりたい。


 他人はいつか去っていくものだが、自分を飾る自分の心は、いつまでも自分と共にあるのだから。


 皆にも後悔の無い人生を歩んでほしい。




 ……というわけで、ゲームを遊ぶ楽しさをSNSで投稿して、自分を押し殺して生きている仲間を救う活動をしてみることにした。


 というのも、このゲーム機は何世代も前の古い物とはいえSNSとも連動しており、その為にゲームプレイ中のスクリーンショットやプレイ動画を自動撮影しているらしく、ゲーム実況配信がメインらしいツイツイッチーにも簡単操作でアップ可能らしいのだ。


 ユアーチューブにも興味はあるのだが、とりあえず今はこれでいいか。


 動画編集とかを真面目にやるほど本気でも無いし、スクリーンショットで呟く程度から始めてみるのが丁度良さそうだしな。


 ということで、俺は早速、自動撮影されたスクリーンショットを眺めてみる。


 これも独自AIの仕業なのか、どれもこれも見事な撮影で、ゲームプレイを微笑ましく振り返って思い出させるような見事なチョイスばかりである。


 もはや、アルバムだなこれ。


 俺キャラが裸で青アメーバを殴っていたり、ミチルが青アメーバに囲まれてボコられていたり、俺キャラがミチルにおっぱいパンチをしていたり、借金取りのモヒカン筋肉野郎を木の棒で殴りつけていたり、玉将で俺キャラとミチルが美味しそうに食べていたり、女ヤンキーなギルド長が足を組んでいる色っぽい感じなどなど、とにかく、全自動のくせにまるでカメラマンが常に同行して撮影してくれているかのような精度なのである。


 万能か。


 独自AI、万能か。


 とりあえず、俺は先程の「ミチルがドラム缶を一生懸命に押す画像」を添付して呟いてみることにした。



『滅亡都市防衛圏、このゲームはなかなか面白いですね(^^)

 仲間にしたミチルにドラム缶を押させるの図w』



 何気ないSNS投稿。


 俺は、どうせ巨大なウェブデータの中に虚しく埋もれていくだけだろうと考えていた。


 それでも、誰か一人でもこの画像を見て、ゲームというものに再び興味を持ち、自分の趣味を、人生を、楽しく生きるべきことを思い出してくれれば良いなと祈った。


 ちなみに、コメント投稿などはオフにしてある。


 変な輩に絡まれたり、いちいち返信をするのも面倒だし、まだプレイを始めたばかりだからこのゲームに関する会話も弾まないだろうし、そもそも何気ないネタバレを食らうのも嫌だからね。


 とりあえず、見てくれて、何かしらを感じてくれればそれで目的は達成という感じである。



 だが、俺は知らなかった。


 この「滅亡都市防衛圏」には強烈かつ熱狂的なファン達が今もなお存在していたことを。


 俺の何気ない投稿は、すぐさま、彼らの情報網に引っかかることとなるのだった。

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