13. 閑話、ひとまず休憩
ミチルを仲間にした、というちょうど切りのいいところということで、俺はゲームを一旦、終了することにした。
フルレコードセーブという常時セーブ機能のおかげで、終わりたい時にすぐに終われるのは本当に便利である。
俺はゲームの電源を落としてヘッドセットを外し、床から立ち上がると背伸びをした。
二階にある部屋の窓の外は、既に綺麗な夕焼け空が広がっていた。
部屋のドアを開けて廊下に出ると、香ばしい夕飯の匂いが微かにしている。
俺は仕事を辞めた時に、都会中心部で借りていた一人暮らしの部屋を引き払い、実家へと帰ってきた。
実家は、都会中心部よりかは少し離れた場所にある街なのだが、便利と不便の絶妙なバランスで保たれており、山奥の田舎に比べれば、生きていく分には、公共施設も揃っており、駅も近く、とても過ごしやすくて落ち着いた場所ではある。
あくまで街であり村などではないため、近所中に「なぜ帰ってきたのか?」などと噂話をされるほどでもない。
さすがに、両隣程度の顔見知りからは、「あら、帰ってきたの?」などと興味を持たれるので、良好な関係を築く為にも元気な挨拶はきちんと済ませておいた。
実家に帰ってきて、ふと俺なりに感じたのは、親が必死に働いて築いた家は、まさに立派な財産なのだな、ということである。
子供の事を思い、専用の部屋まで用意してくれてあるのに、成人したらさっさとそこを引き払い、外に出て無駄に高い家賃を払いながら生きるというのは、果たして正解なのかどうか実に疑わしく感じている今日この頃だったりするわけで。
知らず知らずの内に心に入り込んでくる何気ない広告の類や、誘導された世論などによって、何だか扇動されていたような気がしないでもない。
なにせ、実家に戻って気がついたのは、どこの家も、俺と同じ30過ぎの世代の子供達は既に家を出てしまっており、二階建て、三階建の立派な家々に、父母の二人しか住んでいなさそうな物寂しい雰囲気の家が実に多いのである。
つまり、二階や三階の窓には年中、雨戸が閉められており、その部屋には誰も住んでいないことが分かるわけである。
きっと、足腰が少し弱くなり、不便を感じるようになった父母達は、一階部分を主な生活スペースとしているのだろう。
となると、二階建て、三階建という家は、父母だけが住むにはあまりにも過剰であるということだ。
もし、成人して子供が出ていくのが絶対ならば、子供部屋などは必要無く、一階建ての平屋で十分なのかもしれない。
一階建ての平屋は高さが無い分、危険性も低くあらゆる場所に手が届きやすい、つまりはメンテナンス性にも優れており、素人大工でも修繕がしやすい。
ということなどに気がつくと、これもまた、大きく過剰で修繕しにくい家を買わせる為に、知らず知らずに皆が誘導されてしまった結果なのかもしれない。
ちなみに、実家に帰ってきて良かった事は、都会の中心部のバカ高い家賃を払わなくて良くなったこと。
そして、朝昼晩のご飯が、ほぼほぼ勝手に出てくること。
母親の手料理なので、当然ながら口に合うし、美味い。
父母がまだもう少し若い頃だったのならば、世間の不確かな常識に流されて、息子が一人立ちを諦めて出戻ってきたことを少しばかりは悲しんだのかもしれない。
だが、今はそれなりに年を経て、父の方は少し病気をしたせいで軽い介護も必要になっていたことから、元気で若い一人息子が帰ってきたというのは、父母にとってはとても安心感を得られる出来事だったらしく、出戻り大歓迎のあげく、何だか以前よりも若返りつつもあり、二人共とても元気が良くなったような気がする。
母は、父を心配して家に居ることが多かったが、俺が家にいるので、気軽にお出かけするようにもなった。
父も俺が家にいると安心するらしく、普段からおっとりとしている父だが、最近は特に機嫌が良いみたいだ。
もし、父母との関係が良好であり、独り身であるのならば、実家で暮らすのは経済的かつ親孝行も果たせて、とても素晴らしいのではと思う。
日本という場所で生きているから忘れがちになるのだが、凄いお金持ちなどを羨む前に、自分の姿を冷静に見つめ直してみた方が良いのかもしれない。
もし、例え小さくとも親が土地と家を手に入れてくれていたのならば、それは、凄まじい財産であり、もはや、貴族の家に生まれたと言っても良いのではないだろうか。
だから、なるべく、その利点を利用して、実家住まいでお金を貯めるなり、実家から仕事に通う、実家で仕事をするなどが正しいのではないのだろうかと、実家に戻ってきてやっと分かり始めたような気がする。
バカ高い家賃を払わなくて良いというのは、生きる上で本当に強い。
なにせ、必要なお金が、究極的には光熱費と食費だけに抑え込めるからだ。
そうなると、月々に稼ぐ金額も低くて済むわけだ。
ただし、人それぞれ細かいパターンに分かれてしまうので、それぞれで知恵を絞れとしか言いようが無いけれども。
ま、俺は独り身で、結婚歴は無し、ニートも恥ずかしく無い性格だし、貯蓄も少しはあるし、働くとしても食費分ぐらいでいいから、そのうち、ネットでユアーチューバーでもやろうかなどという適当な感じだが、結論、今の俺にとって実家暮らしはパラダイスである。
俺は一階に下りると、台所で料理をしている母に声をかける。
「母さん、風呂は沸いているかなー」
「沸かしてあるわよ」
「じゃあ、飯の前に入ってくるわ」
「うん、入っといで」
俺は脱衣所に行き、服を脱いで、風呂に入った。
シャワーで髪と体を洗い、温かい風呂につかる。
「あ”ー、ええ湯やなー」
しかし、ニートは最高やね。
親に好意的に迎え入れてもらえて、頼りにもされて、家賃無しで雨風や暑さ寒さをしのげて、寝所もあって、三食おやつと昼寝とゲーム付き……、うん、まさに貴族様やな。
とはいえ、俺の実家は普通で平凡かつ小さな二階建て木造家屋である。
他所様から見て、特別に豪華な見た目や中身は、ひとつもない。
だが、変な世間の誘導や扇動、見栄や欲望などに振り回されないならば、小さくとも平和で落ち着いた楽園が確かに、ここにはあるのである。
俺はお湯を両手でパシャパシャと顔にかける。
それにしても、良い買い物をしたなー俺。
無駄な出費はなるべく避ける為に、個人取引アプリを利用して、あの中古ゲーム機とおまけで付いてきたゲームを格安で手に入れたわけだが、なかなかの当たりだわ。
ゲームをしていない間に、次はどんなプレイをしようかとワクワクするなんて、子供の時以来のような気がするな。
こんなワクワク感を得られるならば、あの分厚い説明書も少しずつは読んでみても良いかもしれない。
さて、今日は寝るギリギリまでプレイして、明日の朝はいつもよりも早起きして、朝からプレイするかな。
俺はニートとはいえ夜行型に陥ることはなく、元気ハツラツな昼型人間なのである。
というか、母の買い物に付き合って重い荷物持ちをしたり、父の通院に付き添いしたりと、親孝行は昼間の活動が多いので、やはり俺も昼型人間かつ元気でないとダメという理由もあるのだ。
そのせいか、近所では親孝行の立派な息子さんと思われている。
ニートへの偏見や価値など、時代が変われば変わるものだ。
大介護時代に入りつつある昨今、家で親孝行をしてくれるニートを抱えている家庭は、むしろ羨ましがられるのやもしれないな。
俺は風呂を上がると、母の手料理を囲んで、父母と俺の3人で楽しい夕飯を過ごすのだった。




