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わたしたちのこと

※会話が下品です。ごめんなさい。


「ねぇ、こういうカオとか、どう?」

「ぼくの好みじゃないけどさぁ、まぁ、好きな男はいるだろうね」


 そう言って、桃華ちゃんの顔にカメラを近づけて、東條さんはシャッターを切る。レンズの向こうには、床に寝そべったまま、白目をむいてだらしなく舌を出した桃華ちゃんがいる。

 シャッターの音が何度か聞こえると、桃華ちゃんと東條さんが顔を見合わせて、声を上げて笑った。


「ヤバい、早く見たいんだけど!」

「いや、そんなに桃華ちゃんが期待するほどじゃないと思うよ。どっちかっていうと、変顔の域を抜け出せない感じだから」

「アップだけとかならそうだけど、それなりにカラダもちゃんと撮ってくれればそれらしくなるでしょ。このまえ見た女優がヤバくて、もっとすごかったの。一緒に見てた男も引くわーとか言ってたくせに、桃華ちゃんはあんなふうになったことないのとか聞いてくるから、こっちが引いたわ」

「うん、まぁ、なんていうか、怖いもの見たさかもね。実際、潮吹かせたり連続でイカせただけで、自分がイケなくても満足する男はいっぱいいるから、ヤバい顔ならなおさら、そういうことさせたっていう達成感はあるかもね」

「最終的なイキ顔が変顔でも?」

「うん。でもぼくは最後に変顔されたら、イケないな」


 桃華ちゃんは全裸で、そういう写真の撮影をしているというのに、ここにはいやらしい雰囲気のひとつもない。

 東條さんが同伴を断った次の撮影から、桃華ちゃんはわたしを撮影に立ち会わせることを選ぶようになった。

 ここでオンナノコが裸の写真を撮る時には、撮影時の様子をビデオカメラで収録するか、わたしが撮影に立ち会うか、彼女らに選んでもらうことにしている。それは、こういう撮影だから、何かの間違いが起きてしまわないように、撮る側と撮られる側のお互いのため、ということらしい。

 桃華ちゃんは週イチで撮影をして、どういう手段を使っているのかは知らないけれど、ちょっとした収入を得ているらしい。それでどれくらい稼げているのかわからないし、そこからどれくらいが東條さんの収入になっているのかも想像がつかないけれど。


「それから、マジでヤバい鬼畜モノも見た。女優は裸なんだけど、されてることがもうエロじゃないんだよ。SMよりは、拷問ってゆーか、冷静に見ると度を越えたガマン大会みたいな? けど、本人たちは必死なわけ。最後は全裸に爆竹巻きつけて大変なことになるんだけどさぁ。バカだよね。あれってやっぱカテゴリーはAVなのかな」

「傑作ドキュメンタリーだね」

「てか、前にココで撮ってた記録用のビデオのほうが、よっぽどAVっぽいじゃん?」


 桃華ちゃんの艶っぽい視線が、二人の会話についていけずに、しかめっ面をしていたわたしのほうを向く。

 その桃華ちゃんの横顔を、東條さんがファインダー越しに覗いていた。


「桃華ちゃんは、SMとか興味あるの?」

「ないけど、仕方なく縛られたことはあるよ。やっぱ相手だけハァハァして、引いちゃったんだよね」

「どっちかっていうと、桃華ちゃんは自分が踏みつけたいタイプかな」

「うん。縛ってみたいひとなら、いるよ」


 一度瞼を伏せた桃華ちゃんの瞳は、そのひとが誰かと訴えるようにわたしを見つめた。

 そしてその視線に気づいた東條さんも、わたしを見る。

 片膝を抱えてイスに座っていたわたしは、二人の視線に嫌な予感がした。


「あぁ、なるほどね」

「だって、ヒナコ、それなりにおっぱい大きそうだし、ちょっとむちっとしてるから、縛ったらイイ感じだよ、きっと」

「桃華ちゃん、なんでヒナちゃんのおっぱい大きいってわかるの?」

「そんなの、見たらわかるよ。巨乳ってほどじゃないけど、ちょうど東條さんの手に余るくらいのDカップ。どう? 当たってるでしょ、ヒナコ」


 悔しいけれど、サイズは正解だ。

 黙っているわたしを見ながら、桃華ちゃんはケラケラ声を上げて笑った。

 わたしは相手が桃華ちゃんでも、他のオンナノコと同じように接しようとしているのに、桃華ちゃんは他のオンナノコとは違って、ずかずかとわたしのほうへ踏み込んでくる。


「じゃあいつか、ふたりでヒナちゃんを縛ってみようか」

「いいね! マジでやろう、東條さん、約束」


 ふたりはにやにや笑いながら、楽しそうに指切りをしている。縛るだなんて、そんなこと、絶対させないと思っているわたしを差し置いて。

 呆れてこっそり息を吐き出すわたしをよそに、ふたりは撮影を再開した。

 東條さんと桃華ちゃんは、仲が良い。桃華ちゃんのように、毎週のように撮影に来るオンナノコは他にもいるけれど、みんな「仕事」上の関係か、もしくはオンナノコ側からの一方的な想いの強さがあるだけで。言い換えれば、東條さんは桃華ちゃんを他のオンナノコとは違って「特別」扱いしているように見える。

 そう思うのは、わたしが少なからずふたりの関係に嫉妬しているからなのかもしれないけれど。

 そうして桃華ちゃんは、わたしがそんな思いを抱くように仕向けているような気がしてならない。


「ねぇ、東條さん」

「うん?」

「ヒナコって、一体何なの?」

「ぼくの、大切なひと」

「大切なひとって、でも、彼女じゃないんでしょ」

「うん。今ぼくはヒナちゃんの返事待ち」


 抜群のプロポーションを備えた桃華ちゃんの体の動きが、ふと止まる。


「だから、残念ながら、ぼくはこの手にヒナちゃんのおっぱいが余るほどなのか、確かめたことがないんだ」

「はぁ!?」


 お尻を突き出して、ネコが伸びをするようなポーズをとっていた桃華ちゃんは、声を出すと同時に身体を起こした。


「待って、うそ、なにそれ、意味わかんない」


 そして、わたしを見て、薄ら笑う。


「処女? なわけ、ないよね」

「こら、ぼくらの純愛をけなさないで」

「いや、だって、東條さんが……手、出さないなんて」

「桃華ちゃん」

「じゃあ、ヒナコは東條さんがどんなエッチするか、知らないんだね」


 さも自分が知っているような桃華ちゃんの口調。

 わたしは今、どんな顔をしているんだろう。

 これみよがしに東條さんの太ももにすがりつく桃華ちゃんを、どんな目で見つめているんだろう。

 逃げ出したくなるのを必死でこらえて、一度ゆっくりと瞬きをする。


「桃華は知ってるよ。東條さんがどんなことしたら喜ぶとか、イクとき、どんなカオするのかとか。今度ヒナコに教えてあげるね」


 すりよる桃華ちゃんの頭を、東條さんの手が撫でる。それを気持ちよさそうに桃華ちゃんは喉をのけぞらせて、東條さんの顔を見上げた。

 これまで、東條さんが誰かと一緒にいるところを見て、こんなに悲しくなったことはなかった。

 あの手のひらは、わたしだけを撫でてくれるんだと思っていたのに。


「桃華ちゃん、そういうことは、秘密にしておいて。これから少しずつ、ぼくがヒナコに教えていくんだから」


 東條さんの声のトーンが、少しだけ低くなる。

 わずかな変化に、桃華ちゃんもそれまでの明るい表情をふと曇らせた。


「それに、触れたことはないけど、ヒナコの裸を見たことはあるよ。ぼくもDカップくらいかなって思ったし、きっと抱きしめたらたまらなく気持ちいいだろうとも思った。そうやって見てるうちに、とっても大切なものみたいに感じてね、ぼくがむやみに触れちゃいけないんじゃないかって気がしたんだ」

「なに、それ」

「だから、ちゃんと順序を踏もうと思って。まずは、ヒナコ以外のオンナノコとセックスするのはやめた。それからヒナコに告白をして、ぼくのことを理解して、本当にぼくを受け入れられる心の準備ができたら、いいよって言ってもらうことにしてるんだ。ヒナコからオッケーしてもらえたら、ぼくは遠慮なくヒナコを押し倒すことに決めてる」


 ね、と東條さんが屈託なく笑うから、わたしはこくりと頷いた。


「東條さん、ヒナコに変なクスリでも飲まされたんじゃないの?」

「うん、そうかもね。でも、ぼくは今しあわせだよ」


 それまで東條さんの太ももに絡みつけていた両手で自分の身体を抱くと、桃華ちゃんはぶるぶる身体を震わせた。


「わー、やだ、キモチワルイ、吐きそう!」

「じゃあ、良い写真も撮れたし、そろそろ切り上げようか」

「あたし、もしかしてノロケ聞かされてなかった? マジでありえないんだけどー!」


 床の上でくしゃくしゃになったシーツをつかむと、力を込めて床に叩き付け、桃華ちゃんは立ち上がった。そうして自分の衣類を持って、バスルームへ向かう。

 もしかしたら、久しぶりに痛い目に遭うんじゃないかと思って身構えたのだけど、桃華ちゃんは何も言わず、ひとつだけ溜息だけ吐いてわたしの横を過ぎて行った。

 けれどいっそ、殴ってくれたほうが、わたしの気持ちもすっきりしたのかもしれない。


「えっ」


 顔を上げると、そこには東條さんがいて。

 わたしの胸の前で、カメラを持っていないほうの手のひらを広げていた。


「うん。桃華ちゃんの目は正しいかもね」


 目を細めて笑うと、その手でわたしの頭を撫でて引き寄せる。

 そして額にそっとキスをした。


「いつか、ね」

「……縛られるのは、イヤです」

「じゃあ、ぼくのこと、縛ってみる?」

「い、イヤですっ」

「ぼくは縛るほうが好きだけど、ヒナコにだったら、縛られてもいいかな」


 今度は頬にキスをして、東條さんもわたしの横を過ぎて行った。

 縛るとか、縛られるとか。ばかばかしいと思って、わたしは思いきり息を吐き出した。

 気持ちを切り替えて、いつもの清掃に取りかかる。桃華ちゃんは道具を使わないから、それらを回収する作業はないけれど、ほかは同じようにシーツをまとめて床の掃除をする。

 マスクと手袋を着用して、桃華ちゃんの艶めかしいボディラインを思い出す。するとその桃華ちゃんの体を抱く東條さんまで思い描いてしまって、わたしはぶるぶると頭を振った。


 桃華ちゃんは美人な上に、抜群のスタイルだ。特別胸が大きいわけじゃないけれど、ウエストはくびれているし、その下のお尻はきゅっと上がって本当に桃みたいだ。おまけに手足だって長くて、同性として、きっと誰もが羨やむ体型をしている。

 そう、磨き上げられた宝石みたいな、そんな感じ。

 比べてわたしは彼女に言われたとおり、余計な脂肪がついて、なんとなくもっさりとした体だと思う。うっかりするとすぐに太るし、むくみがとれないこともある。

 そんな、イモみたいなわたしの体を、とっても大切で触れちゃいけないだなんて。

 それも、宝石みたいな桃華ちゃんに向かって言うなんて、わたしは嬉しい気持ちより、どこか恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになった。

 わたしと桃華ちゃんが並んで立っていれば、きっとどんな男の子だって、桃華ちゃんを選ぶだろうに。

 東條さんは、どうしてわたしのことを好きになってくれたんだろう。


 わたしたちの出会いは偶然で。あのとき東條さんが声を掛けてくれなかったら、わたしは今頃、どこで何をしていたんだろうと考えた。

 同時に、何も言わないまま、会っていないひとたちのことを思い出す。

 彼らは……彼、は。

 今、どうしているだろう。


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