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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
白波ホールディングス編

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神代

 「白波はすげぇな、こんなセンターがいくつもあるんだろ?」


 「うん。パパがいくつも持ってるよ」


 休憩しながら適当に白波と時間潰していると。


 「あ、少し席を外します」


 胸ポケットのガラケーがバイブ音を鳴らしていた。


 どうぞどうぞと会釈して神代の影がいなくなるのを待つ⋯⋯と居なくなったな。


 「そういえばよ」


 「ん?どうしたの?」


 「白波──なんであの神代って人の事避けてんだ? めちゃくちゃ良い人っぽいじゃん」


 俺はどうしても、白波に尋ねたい事があった。


 「⋯⋯色々あって」


 「色々ねぇ」


 くるっと椅子を回しながら、無機質の天井を眺める。


 「まぁ、色々あるわな。ただ」


 「ただ?」


 「まだ白波にはわからない年齢かもしれないが、これは必要事項だ。だからそれだけでも言ってくれ。別に根掘り葉掘り聞きたいわけではないからな」


 「私の事でそんなに重要なの?」


 「まぁな。今後の事もあるしな」


 そう言うと白波の様子がおかしい。

 頬杖をつけなくなるほど。


 「こここ⋯⋯っ、今後のことって⋯⋯なに!!」


 「何恥ずかしそうにしてるんだよ」


 「いやだって⋯⋯!」


 「ほら、短く!」


 「わ、わかったよ! ⋯⋯私とあの力さんは一応婚約予定なの。政略結婚みたいなやつ」


 「ほぉ、なるほどな」


 「って! それよりも──」


 はぁ。溜息が出る。

 一々顔真っ赤にしてよ。

 まぁまだ俺ら年齢中学3年だしなぁ。

 

 気付けば自然にクルッと体ごと事務用デスクに頬杖をついて、後ろでギャーギャー喚くコイツを放置していた。


 「っはい。承知しました。では。はい。はい、それではこれで」


 少し遠くから聞こえる微かな声。

 見なくても分かる。


 「電話は大丈夫だったんですか? 神代さん」

 

 「ええ。それでお二人は──どんなお話を?」


 神代力⋯⋯なるほど。

 "お前か"。


 ルックスと⋯⋯何か特別なバックボーンがあるんじゃねぇかって思ってたけど、そんな事はなさそうだな。


 「少し世間話をしていました」


 数秒間が空いた。


 白波は俺と神代が逸らさずに見合っているのをオドオドしながら見ていた。


 「──そうですか。紗季さん?」


 「はい、」


 神代も大変だなぁ。

 少女のお守りなんて。


 こんなクッソ分かりやすい反応してるのに普通の人の顔していないといけないんだから。


 「ほら白波。そろそろ行くぞ」


 「うん!」


 だから、分かりやす過ぎんだよ。


 「⋯⋯⋯⋯」


 




 「こんな所でしょうか」


 それから一時間弱が過ぎた。


 途中から色々見物人が増えて(多分会長関連のコイツがいるからだろうけど)、病院の回診みたいになってたのがダルかったが、悪い気持ちにはならんかった。


 ま、良い気分だな。


 「わざわざこんな時間まで掛けてくださってありがとうございました」


 「いえ。紗季さんの"お友達"ともあれば、私が案内をするべきだと思いましたので」


 「ですね。お友達効果はテキメンです」


 「しかし会長も悪い人です。いきなり連絡もなしに来られたんですから」


 手帳に何かメモしながら、苦笑いでそう言う神代。


 「俺が唐突に言ったんですよ。自由研究の宿題がクリア出来そうにないって」


 「⋯⋯会長がですか?」


 大きく目を見開いた神代が手を止めて俺を見上げた。


 「そんな驚くことですか?」


 「え、ええ。会長は誰であってもすぐ行動するような方ではありませんので」


 驚いたな。少し"動揺"させてしまったかもしれん。


 「いや、それよりも"遅い"な」


 「はい? 遅い?」


 ガラケーのディスプレイを見続ける俺に、神代は不思議そうに首を傾げる。


 「ええ。そろそろだと思うんですけど」





 

 ーー『会長!! それは何かの間違いです!』

 ーー『何がだ? 神原くん』





 おっ、聞こえてきたな。


 俺が見ている方向を二人も見ている。


 「えっ──」


 動揺を隠せずにいる神代の視線の先は──数十人も人を引き連れてこちらに向かってくる会長を含めた幹部達だった。


 ⋯⋯ちなみに。


 俺の顔を見た白波会長は、まるで孫を見るような満面の笑みである。


 初対面の時の冷酷さは一体どこに置いてきたんだか。


 「いやぁ、伊崎くん。こんな所に居たのか。結構歩き回ったぞ?」


 「遅かったですね、会長」


 「"君が言った通りだったよ"」


 隣にいる側近の一人、木村に細めた目で分かるよな?と訴えると、色々察した木村が慌てて資料ファイルを渡している。


 「──っ!!!」


 神代は資料に書かれているタイトルを見て思わず立ち上がった。


 「さて。伊崎くんは少し私と話をしよう。他の者は皆今の場所から動かないように指示を入れてくれ」


 「承知しました会長」


 木村が綺麗な所作でお辞儀をすると、隣にいたもう一人の側近──安部が睨みつけている。


 「伊崎くん、こっちに来なさい」


 「うーす」


 俺の態度にチラッと通り過ぎザマに見た神代の表情が完全に歪んでいた。


 今にも唇をかみ切りそうなくらい酷い。


 歩きながら会長は、俺を見下ろし。


 「伊崎くん──」








 「何?」


 「本当なの? 伊崎くん?」


 「ええ。起こる事です」


 取引の話を持ちかけた時。

 俺は夫婦のみにこの話をした。


 俺も知っている未来は断片的だ。


 ただ、魔力を脳に回して(頭痛と吐き気はヤバかったが)得た記憶情報だと、爆発事故の原因はセンター内にあるどこかの部分の老朽化によるものだと言っていたのをテレビ越しに母と喋った記憶がある。


 だから全部でなくとも、センター内のどこかが原因で爆破が必ず起こる──。


 それだけを会長に伝えた。


 「そ、そんなっ!」


 「仮にだ──」


 白波会長は久美子夫人が動揺して慌てる中、手で静止する。


 「本当だった場合、私は君も疑わないといけなくなるのだが⋯⋯それはどうする?」


 まぁ確かに。そう言われればそうだな。


 「んー⋯⋯」


 顎に手を当てて考えていると、会長から威圧感が刹那的に消えた。


 「なるほど。本当に関係ないのだな」


 背中を預け、ゆったりと座り直す会長は、しわくちゃになって何処か嬉しそうな表情をしていた。


 「ん? 証明はしていませんが」


 「──分かるさ。何年この業界でトップで居続けたと思ってるんだね? 君は」


 ⋯⋯まぁ。それもそうだな。


 「それは失礼しましたね。会長殿」


 「"助言"──。君の態度は少々若気の至りかと思っていたんだがなぁ」


 もたれながら天井を見上げる会長。


 「確かに。伊崎くんが言う通りの事が起こると仮定しよう。被害はどれくらいになる?」


 「そこまで大きくはありません。ただ、近くで作業していた人間数人が重症にはなる筈です」


 「ほぉ?」


 「まぁ⋯⋯こっちとしては」


 そろそろ立つのがだるかったから近くのソファに両手をポケットに突っ込んだままボフッと足を組んで座る。


 一瞬久美子夫人の表情が凄かったが、そろそろ疲れたんだよな──色々だの。


 「俺は──これを言っても言わなくてもあまり変わらないので。取引と言ったのはこの為です。オマケなんでこれは」


 そう。別に俺は困らないのだ。

 この助言は"オマケ"だから。


 だが俺のこのオマケだろうと、白波はこれでかなりの被害どころの騒ぎではない。

 

 死活問題だ。



 ーーねぇ。


 「⋯⋯」


 今の俺にとっては、呪いだ。


 戻ってきたはいいものの、たまに亡霊みたいに声が聞こえる。


 そして。大事なのは過去では結局この情報は内部関係者の"リーク"によるものだと世に出回ることになる。


 問題を放置していたなどの責任から株価は大暴落。


 こんなでかい規模の場所だ。

 信用が失墜すれば全ておじゃん。


 一家全員幽霊のように消えた。


 「さっきも言っていたな」


 「ええ。情報源は信用に足るものなので安心してもらって結構です。仮に外れたとしても、埋め合わせは出来ますし。どの道──」


 そう。俺は──。


 「その内俺に土下座でもすると思いますよ」


 元⋯⋯とはいえ。異世界の錬金術師。

 しかも、たった二人しかいない最上位の生き物だ。


 たかが何処かのお偉いさんだからなんだってんだ。


 相手は公爵並の権力くらいしか持ってないだろう。


 大したものではない。


 「その自信と言動はどこから来るのか見当もつかないが、その態度を見るに本当なのだろうな」

 

 「白波を選んだ⋯⋯というよりは、たまたま近いのが白波だったという話です」


 「そうか。ん? どうした?」


 

 ーーねぇ。



 ぼうっとしているなんて。俺らしくないな。

 

 「いえ。まぁそんなところです。爆発は起こせないですよね?」


 「当たり前だ。そんな事をすれば一巻の終わりだ」


 「だとしたらログとか残ってればいいかもしれないですね。予め技術者達のスペシャリストを集めて裏でやらせましょう」


 「ねぇアナタ? そこまでやる必要があるってことなの?」


 「そう不安がるな久美子。伊崎くん、わざわざ私達二人に話した理由もあるんだろう?」


 気付いたようだな。


 「ええ」


 そう。"そういう"事だ。







 「ログと資料の確認が終わった」


 「技術者の返答は?」


 「文句なし、"意図的"な報告漏れだ。上長を含む数人の人間が分かってて黙っている。恐らく経年劣化と老朽化によるものと圧力蓄積、そして偶発的なものだろう。データにはいくつか異常値が確認されているにもかかわらず、このザマだ」


 だいぶキてんな会長。

 顔がマジ過ぎる。まぁ当たり前か。


 「まさか信頼されていた者達にこんな気持ちを抱くのは気分が悪い」


 「相手は分かっているんですか?」


 「あぁ。このセンターの最初に、君も会っただろう神原君がいただろう?」


 「ええ」


 「それが先程君と喋っていた神代くんの父に当たる男と親しい。父は私の部下であるが、かなり派閥を抱えていてね。察しの良い君ならこの意味がわかるだろう」

 

 なるほど。これで合点がいった。


 過去で見たテレビでも、その後引き継いだのが別の男だったが、あの爽やかお兄さんに似た顔も見たことがあったんだ。


 雰囲気が最初から少しあれだったが、まさかそうなっていたとはな。


 「俺の助言──価値はありましたか?」


 離れたところで会長の足が止まる。

 そうすると少し穏やかに口を綻ばせ。

 

 「礼を言う」


 「そこまでする必要はないっす」


 わざわざ頭まで下げる必要はねぇだろ。

 あぁ。だから場所を変えたのか。


 「いや。君の言っていた意味が分かったよ。"オマケ"⋯⋯言葉で言うのは単純だが、まさか──な」


 「まぁ、別に俺としてはこれだけで取引が成立するので、助かるだけですがね」


 そうなんだよ。

 俺はただ助言してやってるだけなんだから。


 「何を言う」


 上品に鼻で笑い、会長は否定する。


 「君がどう思っているのかは分からんが、この情報の価値は、白波グループと同レベルの価値があるだろう」


 確かに──と。


 後ろで両手を組む会長は、そう言って見上げた。


 「億では利かないな。確かに伊崎くんの言う通りだ。もちろん大人として君と約束したことは即座に実行される。それは確約する」


 ⋯⋯と。会長は腹が減っているウルフのような眼光を微かに俺に向けていた。


 「ふふふ。最近、色々思うところがあったんだ。"掃除"でもするとしよう。伊崎くん、先に自由研究を終えて帰りなさい。私はやることがあるのでな。詳しい事は明日か明後日──家に迎えを寄越す」


 「どうも」


 「フッ」


 横切って獰猛な顔を浮かべる会長は、歯を剥いて裂けたように口を歪め、堂々と現場へと向かっていった。

 

 その光景を黙って人影が見えなくなるまで追った俺は、そのまま予め用意していたのだろう人間とともにセンターの外へと向かい、家に帰った。


 正直現場に居合わせたかったのだが、それは難しいのが歳を感じる。

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