永い(4)魔法を使う者としての矜持。王としての傲慢
何もない砂漠地帯。
視界は気付けば自分の髪を揺らすだけの無法地帯へと転移していた。
「日本の少年。最終警告だ」
俺を見下ろすローブを着た数十人の人間。
先頭に立つ如何にもと言ったロシア系のモテそうな男だ。
年齢は把握できないが、恐らく30代後半くらいだろう。
⋯⋯そんな事よりも。
俺はこの状況が面白くて、口を吊り上げながら言う。
「警告?笑わせるな。
あんな魔法をいきなり平和な日本でぶっぱなすとか狂ってるだろ」
あの魔法は俺の感覚で言うところの初等または中級魔法の間である応用魔法の小砲にそっくりだ。
この世界基準で言えばあれだけでも専門ではないとはいえ、まともに防がなかった場合手榴弾数十個分の威力はあっただろうな。
「中々余裕な態度だ。
我ら聖鳳教会を前に」
メンカリィってなんだ?
「弱いやつの名前なんて聞かないだろう?
ほら、フリー○○ソンとかは誰でも知ってるが、意外とそれそういうやつだったのと言うやつに近い」
「⋯⋯ふん。つまり無知故の余裕か」
「違うな──王たる者の無知だ」
そう言い放つと静寂に包まれる。
俺と奴らの間には風が分かち、少し掠めると風が笑っている。
「何?」
「何故王が王と呼ばれるか知っているか?
人々から選ばれた王は王ではない。
⋯⋯それは"代表"だ。
しかし、王は──最初から王だ。
強いやつは一々弱者の情報を調べない。
だが、油断をするという訳ではないぞ?
強者だからこそ調べないと言ってるのだ。
傲慢こそ強者の特権であり、王たる矜持。
だからお前たちに魔法をまだ使っていないのもそれが理由だ」
「子供が何を言うのかと思えば。
──まぁ良いだろう。
よほど殺されたいようだ」
同時に魔法陣が展開し、俺にデンカが飛んでくる。
「やはり弱いな」
障壁を突破するとは思えない。
「尚更──お前らなんかに魔法を使うわけにはいかない。
万物の王たる私がお前たちのレベルで魔法を使うなどゴミを焼却するために核爆弾を放っているようなものだ」
「⋯⋯舐められたものだな」
油断は決してするつもりはない。
なぜなら、魔法を使う者が最初に教わる事は、相手が何を使用するかわからない事を教わるからだ。
いるのだ。
突然特殊な魔法を使える者。
初等レベルではあるが、威力が桁違いな者。
質にこだわった人間、量をこなせる人間。
「ルーン・キート」
両手をポケットにいれ、傲慢に見上げる俺に大量とも呼べる魔法という名の弾幕が飛んでくる。
やはり。
視界は煙に包まれ。
「──なら、ここは一つ」
魔法はどんな形をしていても美しい。
前へと歩き、視界が奴らを映すと挑発混じりに前髪をかき上げて笑う。
「魔法を使う者として。
⋯⋯そして王としての矜持を見せてやろう。
陛下と言っていたな?
だが、俺からすればどいつもこいつも有象無象の愚民どもだがな」
嘲笑混じりにそう言ってやると向こうは少し眉を揺らした。
「騎士団を呼べ。ゾリシュ」
「正気ですか? あんな子供一人に」
「⋯⋯急げ、ここは固有結界を張り巡らせた我が領地だ」
固有結界?
地球はこの時点でかなり魔法を使える者がいるようだ。
固有結界はかなり難易度の高い現象になるが。
向こうとは違うモノなのか?
「少年。覚悟はいいな?」
上空に並ぶ数多の魔法陣。
眺めているだけで段々とこみ上げてくる感情がある。
それは"悦び"だ。
この世界の何処かにはいるとは思っていたが、魔法を使う者が存在するという事実。
そして敵対してくれるという現実。
「──全く愉快だ」
最っ高だ。
退魔師は術の形態が魔法とは少し違うから面倒だと思っていたところだ。
「さぁ⋯⋯殺り合おう」
穏やかに。
ただ確かな玩具を扱うように。
俺は見上げながら言い放った。
*
──久しく忘れていた。
空を泳ぐとはこんな気分だったと。
「ルーンが効きません!リンドリウム卿!」
「想定以上の強者だな」
下で何か言っている。
下々の言っていることなど理解する必要はない。
耳には風圧による風を切る音しか聞こえない。
空の中を、大の字になって急降下している。
ん?
空を切る音か。
瞳を開け下を見つめる。
細やかな斬撃と矢が向かって来ている。
魔力を通す。
両手を広げ、手のひらに合うように。
するとバチッと火花と次元が歪み。
収束し、魔力は形を成す。
具現化した蒼い双剣。
足を前に出しながら上体を起こし、踊る。
到達する弾幕を弾く。
一部爆発する物が混じっていた。
切断し、周囲は煙で覆われる。
だが、関係ない。
音もなくやってくる一本の矢。
ゴウッと極限まで抑えられている存在を⋯⋯認知する。
──そこか。
"全感知"。
そして黄金の雫による究極の才能を持った肉体。
大きく見開いた自分の瞳は、発射間近の術者を捉え、貫通式の魔法をそちらに向かっていなす。
「⋯⋯っ!」
数秒の後に着弾し雲が晴れる。
そのまま急降下していく中、弾幕が俺を襲う。
膝を曲げ、逆手に構えた双剣で全て弾く。
回転し、体の反射を使い全弾対処完了。
すると肉眼で地上が映る。
「⋯⋯騎士団!!」
距離は10メートルもない。
接近戦だ。
地面に足が着くと同時、三方向からマントを着た謎の奴らが剣を振りかぶってくる。
一人は柄を。
一人はいなし。
一人は足で軌道を逸らす。
「「「⋯⋯ッ」」」
だが。
感知に引っかかるのはまたも精密に俺の肉体を狙った遠距離の魔法と中々な空間制御済みであろう槍を射出する魔法か。
他にも迫っているのは捕縛鎖。
すぐにその場から真上に飛び跳ね、上に向いた足を見ながら逆さになった世界の中を見渡す。
騎士団は10人。
恐らく使える者だろう。
ゆっくりな世界で、跳ねながら回転する間にいくつもの斬撃を奴らに飛ばし、次に着地した時には半分を削っていた。
「⋯⋯この、ガキッッ!!」
武器の取り回しが荒い。
感情は戦闘の勘を鈍らせるだけだ。
両脚で翻弄しながら一人の隙を狙い頸動脈を裂いて処理。
後4人。
男を踏み台に飛び上がり、残りを捉えながら狙い撃ちしてくる弾を弾き、騎士団の一人にドロップキック。
押し込みつつ腕と首の急所を裂く。
舞う鮮血を眺めながら、地を駆ける。
速度は速いから残像に変わり、常人の枠を超える。
「くっ!このガキ⋯⋯上位騎士団でも対処が厳しい!!」
上空からの横回転から縦回転の斬り落とし。
鎖を避け、弾幕を避け、俺は三人の騎士の首をハネる。
「⋯⋯一人」
だが、強そうだな。
顔付きが。
駆けて、残像を超え、速さだけで風圧を起こす。
空間を短縮し、瞬間移動のように点でヤツへと双剣を叩き込む。
連撃、連撃。
奴は一本の騎士らしい腹の広い剣。
「ん?」
体からこちらで言うところの魔力が具現化している。
レベルが高い。
連撃を止め、地面をスケートしながら片脚で制御しつつ斬撃を飛ばす。
「流石だな。お前がナンバー1か」
無言だが、奴は全て斬撃を斬った。
──来るか。
打ち合う。
互いの剣を打ち合い、俺は双剣ならではの細やかな動きで翻弄していく。
「⋯⋯ッ」
剣に魔力を通したな。
間違いなくコイツが一番強い。
──油断はしない。
隙あらば手首の血管を執拗に狙う。
手を使えなくするのは最優先だ。
絶え間なく続く俺と奴⋯⋯二つの剣戟。
恐らく常人には見えない。
弾幕と鎖が止まった。
"それが答え"だろう。
迂闊に手を出せまい。
「認めよう」
俺の連撃を防ぐとは。
中々のレベルだ。
本気でないにしろ、久しぶりに3分も攻防しているのが俺の笑みを見て引いてる奴の顔が対照的だが。
「ハハッ! お前、俺の下につかないか?金なら望む額をやるぞ!」
俺の一撃に防ぐヤツは言う。
「騎士とは主人に従うまで。
鞍替えする者は本物の騎士ではない」
「ふんっ、尚の事欲しいな」
「こんな双剣の一振りで重く硬い音が聞こえる主人に騎士が必要とは思えないが? 腰抜けの魔導師共が引いているぞ」
見上げるとタイミングを掴み損ねている奴らが汗を滲ませて攻防を見守っている。
横薙ぎをやつの股下を通りながら回転斬りで対抗し、やっとの事来た遠距離攻撃に対して魔力を凝縮させた爆弾を、綿毛のように放つ。
空で衝突した爆弾は十字に破裂し、空は大量の煙で覆われる。
そう、俺とヤツの視界も。
「⋯⋯っ」
俺は見えているから関係ない。
一気に詰めて翻弄する。
「目にも通せるか。その歳でなんという才だ」
数発腕と足に浴びた切傷を指でなぞりながら奴はそれでも不敵に笑う。
「王たる俺にここまで欲求を昂らせたお前も大概だ。
初めて会う」
押し込みながら距離を空け。
空を右往左往、上下に空気を押して残像だけを残し爆速で駆ける。
間もやつに攻撃しつつ、反動で駆ける。
戦いで興奮したのは久方ぶりだ。
「──だが」
ヤツの動体視力をほんの僅か上回り、やつの胴に一発横蹴りをぶち込む。
蹴りは強化済み。
奴はなす術無しに吹っ飛ぶ。
飛んでいる間に俺は双剣をポイッと捨て、霧散した双剣を他所に一本の剣を亜空間から抜く。
「獲物だ、ディゲル・アルバロ」
白い剣は回路を浮かび上がらせ、世界にその金属音を知らしめる。
通る魔力は剣を覆う量に増え、剣すら見えないほど強大。
そして地面に片手で差し込み。
「名を聞こう、騎士」
遠くで煙を舞う中にいる男に訊ねる。
「シュハウバー・ラウゼン。
序列最上位騎士団長だ。
陛下に従う騎士である。
⋯⋯貴殿の名も聞かせてもらおう」
剣を構え、シュハウバーも聞いてくる。
それに俺は、笑って答える。
「──伊崎湊翔」
「そうか」
するとやつは何かを悟ったのか、剣に大量の魔力を通し、大技の準備を始めた。
さて、俺も応えてやらないとな。
「⋯⋯ん?」
聞こえてくるな。
昔聞いた歌姫の声が。
「ハッ、良いBGMだ」
それはオーケストラの中で輝く異質な歌声。
興奮の中剣を抜き、俺は構える。
身を屈める。
蜘蛛のように這わせ。
そして四足歩行の獣のように。
剣は片手で肩口に沿わせ。
世界を嗤う。
見上げれば視界のすべてが十字に輝いている。
「世界を尊ぶ」
世界を欺き、世界を嗤う。
全身から放出される"俺の魔力"。
地面は抉れ、どこまでも広がる勢いだ。
魔力とは何を込めるかで色を変える。
まるで心臓の鼓動のように。
俺の言葉で剣からドクンと後方へ放出している強大な魔力が黄に染め上げる。
喜びは黄に。
怒りは赤く。
すると今度はドクンと鼓動の後、魔力は赤く変色し。
悲しみは青く、楽しいという感情を込めると緑に変わる。
鼓動は赤から青に、青から緑へ。
そして──。
"全てが合わさると黒へ"。
ドクン、と。
重く、苦しく、歪んだ音を鳴らすとドロドロとした黒い魔力へと剣から放出する形に変容する。
世界は対極であり、黒も白も必要だ。
混ぜ合わせ、剣と一体化する。
剣から走る赤く激しい放出する魔力に黒い稲妻がかけ合わさり螺旋に迸る。
そしてその混ぜ合わった赤黒い魔力はこの場に波紋として見えない世界を創り上げ。
瞳には音もなく暗闇に変え静止したように見える世界が待つ。
俺はそこで感知する。
この場にいる全人間の数、位置を。
全自動で付く防具にこの剣術で印を掛け終わる。
──ゆっくりと息を吸う。
動かない世界で、自分の鼓動だけが孤独に響く。
ゆっくり、そして狂気に呑まれるように。
一拍の静寂。
瞬の間に駆け出す。
ゆっくりと進みながら、自分の鼻先がその暗闇を抜け出し、暗闇を血肉色の世界に変える。
構えていた剣を下に少し向けると魔力を纏っているせいで地面にクレーターが遥か後方まで広がり興奮する。
ここならイケると。
今の俺の8割をぶつけてやる。
重い金属音を鳴らすと俺は呟く。
「王者の剣
奥義
無形・無間」
ディアラヴァは一刀両断する技ではない。
意味通り形はなく、間もない。
使用者の力量によってどんな形も、間も変えられる文字通り猛獣であり王者の剣。
「⋯⋯戻るか」
亜空間に消えた剣をチラ見し、隕石数個分の跡地を背に、俺はこの場から消える。
それよりもあの白髪が気掛かりだ。




