蓮川
顔から垂れる液体──。
俺は目の前で叫び散らかす少年に一言告げる。
「若造、正義というのは人によって、環境によって、立場において変わるものだ。
何が大事で、何が必要じゃないか、よく考えよう」
背を向けると、何か後ろで喚いているのだが、言葉になってない。
そりゃそうだ。
吐くまでずっと顔面で遊んでたんだから。
「あ、そうだ」
振り返って、女の方に話しかける。
「お前らの家なんだけど、聞いた感じ、そこの馬鹿の単独行動で間違いないな?」
無言で頷いた。
「そうか。もし嘘だとバレたら──家はなくなり、お前もしっかり殺すからな?
⋯⋯マーキングは付けた」
「アタシもつけたよ!ご主人!褒めて!」
そんなブルンブルンさせない。
「よく頑張りましたねぇ」
「えへへぇー!」
撫でるとあら不思議。
素直で可愛いこと。
パチンと指を鳴らす。
すると。
「う、嘘っ!!ありえない!」
女の方も念のため尋問したが跡形もなく傷を修復する。
⋯⋯女の傷はあまり好きではない。
「リビ、ゲラハ、行くぞ」
「はーい」
「⋯⋯うん」
さて、何を要求しようかな?
石田に何をやろうか。
*
「⋯⋯リビ、お前後で褒美をやる」
お手柄だ。
コイツ、転移が使える。
転移と言っても、種類がある。
が、こいつの場合は瞬時に点で移動できるタイプだ。
正直思いがけない能力だ。
悪魔⋯⋯興味深い。
魔族ですら転移は難しい高等技術だ。
転移の魔法が使えるだけで、かなり裕福な生活と権力を手に入れることができるはず。
まぁ、達磨から常時力を得れるし、リビとゲラハは直接何回も俺から絞らせて調教したから実質俺が育てたみたいなものだろうが。
「えー!やったー! ご、ご主人と朝までわぁ?」
「ず、ずるいっ!」
「お前そんなんでいいのか?」
「えぇー?他に欲しいものがないでーす!」
学生みたいに挙手して嬉しそうにしているリビ。
「ご主人──私転移は使えないけど気持ちよくするのはリビより出来る」
上目遣いのまま俺の手を握って、恥ずかしそうに目をそらすゲラハに体を揺らされる。
こいつら、悪魔の癖に犬と猫っぽいな。
「そうか?俺としては有難いが⋯⋯っと、着いたな」
田舎ほどではないが、都会より離れた場所。
少し先に見える、かなりの広さを持つ屋敷がいくつか見える。
「ご主人、結構な数の人間が動き出したよ?」
「⋯⋯感知も出来るのか」
精度は俺の方がいいというのは置いといて。
「念の為だ、お前ら全力で逃げる準備をしておけ」
「「うんっ!(はいっ!)」」
退魔師とやらが何を使えるのかを理解していない。
こいつらは俺の生活(性)に欠かせない。
「折角だ──少し遊んでやろう」
同時、俺は全身に魔力を溢れさせ──奴ら全員にアピールしてやる。
"来てやったぞ"ってな。
天まで登る勢いで魔力を放出させると、感知に引っかかる奴らの速度が早まった。
草木の至る所が揺れ──人影が見えてくる。
「雷陣!!」
⋯⋯⋯⋯ん?
同時に数ヶ所、あの若造と同じ言葉が聞こえると、精度と威力が別次元の電撃が俺に飛んでくる。
最小限の上半身の動きで避ける。
木々が薙ぎ倒されるとその奥から真っ直ぐ稲妻が飛んでくる。
「あの若造──俺相手によく挑んだなァ!!」
魔力障壁で電撃を弾く。
こいつらの方がよっぽど強いぞ!
天晴だ!
「ご主人、なんで攻撃されてるのに嬉しそうなの」
全身が興奮する。
俺相手によく攻撃をした!
待っていたぞ?
──待ってたぞ?
頭に過るは男女関係なく頭を垂れる偉い奴ら。
美人だろうと金持ちだろうと、強かろうと。
従え、俺を見上げたら怯える。
それが正しい。
正しいのだ。
「身の程知らず共──伊崎様の降臨だぞ!!!」
歪む。絶賛顔がグシャグシャだろう。
興奮するぞ。
⋯⋯⋯⋯身の程知らずの愚民共がァァッハハハハハ!!
大量の札が舞う。
「⋯⋯ん?」
直後、それらが爆発する。
下がって俺は汚れを手で払う。
「爆発的な札か」
雷、爆発、札。
あとなんだ?
「──ん?」
次の瞬間、光のように空間を駆け抜け、閃光に相応しい速度で二方向から剣撃が俺を襲う。
「「⋯⋯っ!?」」
魔力を具現化させ、その剣をすれすれで受け切る。
「お前らか? 一番強いのは」
その間も稲妻の攻撃が飛んでくる。
空中でグネグネ避けながら、地面に立つ。
「蓮川──お前たちはその家なのだろう?」
「つまり──化物はうちの弟を殺ったって事ね?」
「ほう?お前の弟か」
怒りで歪んだ女の方が剣を構えて一瞬で轟音を鳴らしては俺に近付いてくる。
「よくも!!」
速度は普通ではない。
少なくとも、あの若造の10倍以上は速い。
なるほど、退魔師のレベルが見えてきた。
技も使う訳でもない剣技。
だがそれでも遥かに若造を凌駕している。
口の端が歪む。
「イイじゃないかァ」
「⋯⋯っ!」
もっとだ。
もっと俺を楽しませてくれ。
ーーケルビン様、自分はどうしたらいいのでしょう?
『ん?誰だお前』
「⋯⋯ふっ、こんな時にアイツを思い出すとは」
雷電。
まさにそう言っても差し支えない速度と威力で激情の如く攻撃を仕掛ける女。
外野の電撃を避けつつ俺は頭にアイツを思い出していた。




