よし、戦おう
「さて──」
園児を叱る先生のように。
秘密基地に帰ると事情を話せと腰に手を当て問いただしてくる。
⋯⋯まぁ当然の話だ。
言わなくても分かるだろう。
俺のワイシャツは返り血で溢れ、顔にも乱雑に付着しているからだ。
あの時喋りながら殴り続けたからな⋯⋯。
仕方ないが、あんな小物以下の血で染まるなんてこの俺の名が泣くぞ。
と、その隣は隣で大概だ。
正座をしてちょこんと置物と化している星。
俺とは違って落ち着いた表情で見上げている。
が、同じように殴られていた自身の血となんかの液体がべっとり付いている。
「伊崎さーんっ? 今朝言いましたよね?問題を減らすように努力してるって」
⋯⋯、、あ。
「忘れてた。それはマジでごめん」
石田がこんなにも強そうに感じるのは初めてだ。
怒りの紋様が額にいくつも浮かび上がっている。
「はぁぁ⋯⋯まぁ仕方ありません。伊崎さんは雇用主であり、恩人でもありますから」
ほう?恩人?
「恩人とは初耳だが?」
「大和田組はかなり劣悪な環境でしたから。
おべっか上等。実力があるのにエンコやらされて足を洗う、なんてやつもいっぱい居たんですよ。
二番手。ですがほぼそれは、アニキと俺達が毎日必死に走り回って稼いで金ですし」
大変そうだな。
だからコイツら──あんなに毎日嬉しそうに鍛錬に励んでいるのか。
「伊崎さんには分からないかもしれませんが、アイツらなりにみんな感謝していますよ。
基本的に俺達は頭が足りませんから、結局のところ──誰に従うかで人生が決まってしまう」
そう寂しそうに空を見上げて呟く石田は、失恋した女のようだった。
「とまぁ、それとこれは別です」
「だな」
「今回ばかりはしっかり理由を教えてくださらないと」
「要約すると、新たな歩兵を持ってきた」
石田が星を見下ろす。
数秒固まると、遅れて理解できないと顔が言っている。
「ごめんなさい。理解できません。
アニキ、それに他にも人材がいるはずです。ガリガリで今にも死んでしまいそうなこの少年の何処を見たんでしょう?俺でも倒せそうですけど」
「誇りが許せないのはよく分かる。だが──石田。
お前は負けるぞ、この少年に」
「は、はぁ?正気ですか?」
即答で言い切った俺の言葉に思わず動揺する石田。
「あぁ。しかも、多分完膚なきまでにブチのめされる」
「⋯⋯そうですか」
顔の動きを見るに、言いたいが飲み込んだ感じだ。
良いだろう。丁度いい機会だ。
「折角だ、石田──相手をしてくれ」
「いいんですね?」
「あぁ、5分時間をくれ。別に何か悪さをする訳ではない。基礎的な話をするだけだ」
そのまま振り返り、ぶっきらぼうに言い放つ。
「⋯⋯叩きのめします」
ヤンキー上がりだからか、こういう時のヒリヒリ感は本物だな。
「ねぇ、あのお兄さん怒ってたけど、大丈夫?」
準備の為にそのまま去った石田を見ていた星が、気まずそうに俺を見る。
「星、お前は──今日から怪物に成れる素質がある」
「それ、僕自身が分からないんだけど──」
「大丈夫。星、お前はもう十分怪物なんだよ」
「説得力がないけど、大樹をあんな状態にしたのを見ると嘘ではないんだろうね⋯⋯」
「まぁ、怪物というのは自分のヤバさを理解していないのが世の常だ。
天才発明家も、音楽家も、小説家も、天才の部類は誰一人例外なく誰かが見つける所から始まる」
そう。そして──怪物を見つけた。
「うわ、口、口」
「お〜失礼、じゃあな?今から説明してやる」
*
「大将、石田は大将から見たらそうでもないかもしれないが、普通の物差しで見れば⋯⋯十分強いぞ?」
そうだ。
石田もああ見えて180はあるし、筋量もある。
「知っているぞ? ただ、それも──怪物の前では皆等しく同じだ」
「石田はボクシング、キックボクシングで結構有名だ。どうにかなるのか?」
「⋯⋯俺はな、銀。お前ですら勝てるか怪しいとすら思ってる──これが答えだ」
横目でそう言うと、目を大きく開く銀。
「確かにそれなら石田が相手になるのは分かるが⋯⋯未だ理解できん」
そりゃそうだ。
本人が目立たない生き方を選んでいるんだから。
「じゃあそれでは──開始!!」
怪物のを知らしめる良い機会だ。
腕を組み、パイプ椅子に座って、二人の戦いを見物した。




