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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
国内無双編

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宿る恐暗(ひとみ)

 あれは、いつだったか。


 歴史などとうに記憶など頭から抜けているが、研究室から出た事は当たり前だが何回もある。


 いや何百回か。

 もっとか?


 そんなのは今どうでもいいか。


 きっと皆も想像に容易いだろうが、一言で言えば、俺は屑だ。


 それは分かるだろう?

 だが、そうなる俺にもおそらく段階があった。


 その最たる例が"人に与えたい"という段階だ。


 細かい事は省くが、俺は師と同じように最強という存在になった。


 これはまだ学んでいる途中──ではあるが、


 魔力だけで人を殺せるようになったし、意志一つで飛ぶ事も創造する事も──全てが可能になってしまった。


 そこまで行けば、救済する事が自ずと増える。

 何かお礼をと。


 最初は金銭。

 勿論くれるものが多くなってくるので、段々と金銭はどうでも良くなる。


 次はこちらで言うところのパイプ。

 つまりは権力だな。


 何かあった時はどこどこの家が矢面に立ちますよーっていうアレだな。


 だがこれも、言い換えれば最上級の家柄が味方になってくれれば問題はない。


 いくつかの王族を助けると、それも必要なくなった。

 ちなみにだが、ここで言う権力ではこの中に女や実験に必要な事というのも、含まれる。


 あとは地域特色のある食材や果物。

 カカオとか似たモノを見つけては、育てるなんてこともしたが、オリジナルより俺が改良した方がいいので最初だけ貰ったりした。


 加えて──その地域独特の武術や戦い方なんかも。


 と、どんどん必要がなくなっていくのが常であるが、ここまででザッと経過したのは一世紀もない。


 地球なら100年だの生きれるが、向こうは違う。

 平均で言えばおそらく50もない。


 向こうには戦争と魔物が常時深淵から覗いているからという要因が大きいからだろう。


 あとは経済格差と権力格差。

 女が率先して売春や娼婦になりたがる。


 理由は偉い人間がかなり利用したり、強い冒険者と交われるからだ。


 ゴタゴタで悪い。

 つまり強くなっていくにつれて、必要なものがなくなっていくということだ。


 ある程度救済ということをすると、人の欲望が丸分かりになっていく。


 特有の瞳と言えばいいんだろうかねぇ。

 家族を救ってほしいときはそういう目付き。

 本当に何でもいいから藁にもすがる気持ちで必死だ。


 他には権力的な人間はその欲望が大きく反映されている。


 出世したい人間は強く真っ直ぐな眼光をしている。


 と、こういうのに年数を掛けていくと。

 

 "人間が嫌になる"。


 こちらの人間で言えば、金持ちになると、周りの人間が信用出来なくなるに近いのかな。


 能力で食事も服も住むところですら創造できるし、無限の欲望を叶える事が出来る。


 それに例外はなく、俺に関わろうとする人間も、目付きや態度でそんな人間だってことはすぐに分かった。


 最初は各々事情があるのだと自分を納得させていたが、段々と俺はどうでも良くなっていくのをじわじわと感じていた。


 師匠が人に興味を示さない変人になったのも──ある意味本当の意味で理解した瞬間だったのかもしれない。


 男だ女だのと、何も関心が持てなかったのも。

 その辺から俺も外界と関係を持つ事を止めた。


 そうして10年、20年、50年。

 師匠以外の人間と喋らなくなってくると、最初こそ静寂で安心したのだが、人間という種族は曖昧だ。


 それはそれで寂しかったり、自己の欲が出てきたりもする。


 言い換えれば自身の無双は飽きた。

 けど無双感を別の形で感じたい。


 ⋯⋯そんなところだろうか。


 200歳を超えた辺りでそういう感覚が芽生えた頃だった。


 




 アルセイム王国という場所の王都に位置するジスヘイム。


 そこは表に出るのは華やかな場所で、国の顔。


 大通りは一本の大きい通路を満員電車で押し合う人々が歩くような光景が見えるのが日常。


 露店が立ち並びどこからともなく呼びかけ合う活気溢れる場所だ。


 だが。そんな場所も、裏の世界へ向かえば、そこは地獄みたいなものだ。


 俺はその日。偶々裏通りにある魔導具を専門とする店があると聞いて、覗いてみることにした。


 星征く穴(ゲート)から出た俺は、偶々出てきた場所がスラムの中心辺りに座標が定まっていたらしく、認識阻害(アーティメント)感知不可(ゼハイン)、様々な魔法で誰にも見つからないし感知されないという状態でスラムの通路に降り立った。


 「確かこっちだったかな──」

 

 結構入り組んでいたので、悩んでいると。


  

 ーードン!



 ん?


 集団で殴るような音が聞こえる。

 壁越しに透視し、音の正体を探ると。


 「アリガン!てめぇ!今日も!なんにもねぇじゃないかっ!!」


 俺に映るのは、怒鳴りつけながら殴り続ける、子供たちの姿だった。


 殴られているのは、おそらく6歳か7歳程のガリガリにやせ細った子供。


 上はビリビリに破け、下も下着姿と変わらない。

 皮膚は切り傷だらけ。

 痣も至る所にあった。


 そう。俺からすれば、ただの日────。


 
























 少年の顔を見たその瞬間。

 俺の全身が震え上がる程の興奮を覚えた。


 思わず口元を歪め、自分でも酷い笑みを浮かべているに違いない。


 俺は思わずその現場へとゆっくりと歩み出していた。



 ⋯⋯⋯⋯血を吹く。


 ーーバコッ!


 傷がまた増える。


 ーーバコッ!


 だが──そこにある少年の顔には、いや。

 正確にはその両眼だ。


 オーラなんて無いのに。


 どこ迄も深い、深い、深い深淵を絵に描いたような⋯⋯絶望。


 まるで絶望が日常かのように。

 少年からは、抵抗の色はない。

 ただ、そこに宿るのは──恐怖。


 単語だけ聞けば、誰もがビビっていると感じるだろう。


 だが違う。


 その少年からは、その絶望と恐怖が同居した日常を魅せている。


 周りは殴り続ける。

 ただ、その少年は、"視えて"いる。


 殴ってくるのに合わせて、顔を的確にその方向へと向けているのだ。


 真暗なその瞳。

 思わず興奮した。


 俺の息子が女以外で反応したのは、生まれて初めての事だった。


 そもそも性以外で興奮したのもだけどな。


 絶望を受け入れ、恐怖を宿したその眼。


 黒い絵の具を使ってぐるぐるに描いたような深いその漆黒の闇に堕ちたと言ってもいいその堕落した眼光。


 やり返せばいいものを。


 報復を恐れているのか?

 理由はわからない。


 ただ、俺は無性に興奮した。


 この少年に力を授けたら──どれだけの怪物になるのだろう。


 女を抱くよりも遥かに興奮する出来事に遭遇したのは──その時が初めてだった。


 「おい、お前」


 「な、なん──」



























 「死ね」


 地面から生えた星空を具現化した槍。

 雷のような魔力の奔流が集団のガキ共を貫き裂く。


 死体を吹き飛ばし、散らかっているモノを消す。


 「おい」


 目の前に来てやる。

 見下ろすと、なんと酷い姿だ。


 そのまま両膝を折って聞く。


 「何故やり返さない」


 そのまま10秒、20秒程経った時。


 「生きる意味がぼくには何もない。

 死にたいと思った⋯⋯でも、死ねる勇気もない。

 だから僕は⋯⋯生まれた時から一人だから⋯⋯僕はこういう人間なんだろうって」

 

 あぁ⋯⋯イイ。

 

 「そ、そんなに笑ってこ、怖いよおじさん」


 「何?誰に向かってオジサンだと言っている?」


 「な、殴るの?痛いのは嫌だよ」


 と言って、少年は両腕で精一杯の防御。


 「──キヒッ!」


 思わず笑いが溢れる。


 面白い。良いだろう。


 「名前は?」


 「え⋯⋯?」


 「名前」


 「ぼ、ぼくに名前はないよ。ママもパパも、ゴミしか呼ばれた事ない⋯⋯」


 「そうか。アリガンというのは?」


 「アイツが付けた名前だよ。アリガンってアイツらの故郷では奴隷って意味なんだって⋯⋯」


 「まぁいい。お前、生きる意味が無いといったな?」


 「えっ? う、うん!」


 「⋯⋯生きる意味を与えてやる」


 「え、えっ?」


 「お前を──誰も殴れないような存在に俺がしてやる。  


 王様でもそう簡単に殴れない存在に。


 俺がお前を⋯⋯怪物にしてやる」


 「そ、そしたら──ご、ごはんいっぱい食べられるの?」


 「あぁ。たらふく飯が食えて、お風呂も毎日入れる。


 好きな時に人を殴って、好きな時に女を抱ける。


 良いだろう?」


 「ぼ、僕⋯⋯生きる!」


 こんなやり取りが最初とは。


 こうして産まれたのが──後の拳聖。

 最果ての狂人と呼ばれた男らしい。


 "ローマン・ディス・ハイゼンベルグ"。


 それが後に貴族となり、なんかの戦争で有名になった結果、王国で10本の指に入るまでに成長した──俺が与えた怪物の一人だ。

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