現場
ーー"ケルビン"!
ーーケルビン見て!
──ん?
ーーほら、ケルビンが教えてくれた拳を出すやつ!
「んっ⋯⋯んんっ!」
聞き覚えのある声が何回も聞こえてくる。
うざったいなぁと思いつつも、目が覚めた。
上体を起こして寝癖を弄りながら窓の外を見るとまだ早朝だ。
ーーケルビン!
「懐かしい奴の声だな」
懐かしいが──あの若いガキの声⋯⋯誰だったか⋯⋯。
まぁいい。とりあえず外に出て身体でも動かすか。
*
「珍しいですね。伊崎さんが先に起きているのは」
「まぁな。懐かしい夢を見たんだよ」
「懐かしいですか。まだ15歳じゃないですか」
「ふっ、確かにな」
石田が親みたいに微笑んでくるのを見て俺も笑ってしまう。
⋯⋯思えばあっという間の一週間だった。
木村さんとの打ち合わせに、加えて会長がウチの近くまで来て次の打ち合わせが早くしたいと急かしてくる始末だ。
一応名目上もう俺と白波の取引は終わったはずなんだがな。
まぁ高校に入れてくれるという契約の元だ。
仕方ないか。
一応不可思議は見せていない。
あの後腰が抜けそうだった木村さんにも技術とだけしか言っていない。
それ以上の言葉を発したら心臓が止まりそうな顔をしていたからな。
あの日から──明らかに俺に対する言動と態度がめっきり変わったのは俺でも分かるくらいだ。
例えるなら⋯⋯信仰するモノが見つかったみたいに。
鰻も会長の助力の元かなりのサポート?を受ける事になりそうだ。
と言っても、ほとんど借りるのは人や場所のみ。
生み出す黄金は俺の手からじゃないと生まれないし、設定した魔法の拡張は俺にしかできないに加え、他の人間が調べたところで何も分からないようになってるからだ。
成分上は除菌されてるくらいしか認識出来ないと思う。
──多分。
あぁ。
後はサバの話だが、魔法による水質改善により、サバの養殖が可能になった。
精神的なものと魚が活動するために必要な成分が全て乗った水質だ。
繁殖率も高く、最高の機になると自然死する。
それは個体毎に最高の機というのを水が理解しているので、俺は正確なモノを知らん。
大昔に研究したきりだからな。
もう忘れた。
まぁ作って改善までした俺だ。
きっとどうにかしたのだろう。
正直、魔法一つで話が終わるのだから、あまり考えてはいけない。
そんでこのスクランブルエッグというのがなんという美味なことか。
やはり地球の食事は品質が高いな。
この俺が魔法もなしに食えているのが答えだ。
「伊崎さん。また学校生活が始まりますが、駄目ですよ?」
「主語が無いな」
なんのことを言ってるんだ?
「いや、忘れないでくださいよ。
この一週間で学校から親と勘違いしてる俺に電話が掛かってはどうにか息子様の説得をって」
「あら、そう」
教育機関も大変だな。
「まぁ仕方ない。気をつけることはしないが、減らすように努力というものをしてやる」
「⋯⋯よろしくお願いします」
食べ終わって制服に着替えながらチラっと見た石田の顔は、コイツ直す気がねぇなと苦笑いしていた。
⋯⋯まぁ合ってるから否定もないんだけどさ。
*
学校に到着。
消えていく石田と銀を背に、今日も憧れの学校へと登校する。
若干通うのが億劫になり始めているのだが、何か面白い事でもないだろうか。
グラウンドを通り過ぎ、下駄箱へ。
朝礼が始まり、聞いたこともないイベントの数々の説明。
そのまま授業が始まり、俺の睡眠時間が訪れる。
いつもならそろそろ起こされるはずなのだが、そのまま鐘がなる。
⋯⋯おかしい。
やはりあの教師に何かしたからなのか。
まぁ俺としては有り難い。
ほぼ四桁の異世界出身の立場としては凄く助かる。
金と権力があれば何をしてもいい世界観でいるから。
というか、そうか。
最初からあの大人たちに金を払えばいいではないか。
この学校では払わんが、高校に上がったらたんまり払ってやるとするか。
もしかしたら、大人の綺麗なおなごがいれば、ソッチも良い。
あぁ⋯⋯溜まっていく。
男としてはこの感覚が苦手だから処理をしてくれるおなごが欲しい。
今度会長に会ったら聞こう。
そして昼。
給食が出る。
マズイと喉まで出掛かるのだが、ただでさえ浮いているこの状況で発してはいけないということは俺でも分かる。
ただの独り言でも、クラスの人間からしたら普通のことではないからな。
そう考えたら、人生後期の俺は、ほとんど独り言で過ごしていたと言ったら──エラく悲しく思えてきた。
確かに色々人間と接触もしたし、亜人やら魔族だの、龍とも会った。
しかし時間で言えば大した時間ではない。
そのほとんどが研究室で新しい事実と検証の毎日だった。
今は検証どころか、やっと穏やかに毎日を過ごしている。
そう思ったら何処か心が軽いな。
しかし⋯⋯。
この給食、マズイのは良いにしても、なぜ温まっていない?
なんだ?俺に殺されたいのか?
*
「ふわぁ〜⋯⋯」
やっと一日が終わった。
帰りの会とやらが終わり、下駄箱で靴に履き替える。
学校の一日はもはや2,3日経過していそうな程長いな。
そうやって校門の方へ向かっていると。
ーーおい、ゴラァ!
──ん?
気配察知と強化された聴力に反応があった。
探ると数は5人と1人だ。
ほう?この学校は治安が悪いようだ。
殴打の音が聞こえてくる。
少し見てみるか。
と、近付いて壁越しに声を聞いた。
「ほら何とか言ってみろよ!!」
「うっわ大樹やり過ぎだって⋯⋯っはは」
「うるせぇよ。伊崎がバケモンみたいになったから、サンドバッグがいなくて困ってたんだよっ!!」
ドコッバコッと続く鈍い音。
そうか。彼らは俺を標的にしていたが返り討ちにされてしまったので行き場がないのか。
なるほどそれで──。
この時、別になんとも思ってはいなかった。
俺の中ではもっと酷い光景を日常としていたし、俺自身も人様には言えないような所業を行っていたから。
それに⋯⋯結局のところ、弱者はどの時代、どの環境においても、淘汰されるべきものなのだろう。
人間という種族の中ではそういう社会構造なのだろう。
行動から少しでも外れた行為をとった個体は、いじめという言葉に置き換わってるだけに過ぎん。
それは社会に出ても変わらずだ。
言い方は悪いが、弱肉強食は当たり前の事であり、弱いのが悪いというのが生物としての常だろう。
と、思いながら、チラっと殴られている人間を見たその時。
俺の顔は大きく歪んだ。
⋯⋯主に興奮したという意味で。




