美味すぎたパン
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ」
目眩がする。
ヴッ⋯⋯エエエエ!!
「ママ、あのお兄ちゃんお口から凄い量出てるよー!」
「ちょっと喜美、あんなもの視界に入れちゃ駄目でしょ!」
⋯⋯なんて言い草だ。
こちとらまだ未成年だろうがコラ。
もしあっちでこんなこと起きてたら分かってんだろうなぁクソババアが。
「つっても、今の俺には──」
歩道の縁に沿って、雑居ビルの壁に肘をつきながら、ズルズルと歩く。
アスファルトのひび割れに足を取られそうになって、つい壁に体重を預けているのが今の俺、悲しき青少年である。
*
昨晩。俺は数百年ぶりの両親と再会した。
それはそれは嬉しい出来事だった。
熱い抱擁を交わした時はみんなの視線が何故か痛かったが。
そりゃそうだ。昨日まで何でもなかったやつがいきなり抱擁をしてくるんだから。
そんで、それからみんなで机を囲んで夕御飯を食べた。
数百年ぶりに出る両親からのご飯はもやし炒めだ。
それと、
「お母さん、これは?」
「それはねぇ、近所の恒美さんから頂いたものなのよ~」
⋯⋯どう考えても食べ物ではないだろう。
だが、浴室ですらあのレベルなのだ。
食事もその可能性はある。
⋯⋯うっ!
やはり駄目だ。思っていた通りだ。
必死に抑え込み、料理を食べ切る。
そんな昨日だった。
そして1時間前の朝食にて。
俺はとんでも発言を両親から聞く。
「このもやし、味付けとか何でやってるのか気になるんだけど⋯⋯」
「あら、このもやしは1週間と少しの賞味期限だったからかなり美味しいわよ?でも⋯⋯何だったのかしら」
──え? マジで?
気が付けば、急いで飯をかき込み、バレないように理由を付けて外へと逃げ出していた。
昨日食べた物も、そういうことではないかと。
「まさか俺が⋯⋯裏路地の貧困のガキどもみたいな食事をすることになるとはな」
そして今に至る。
色々な奴らには申し訳なく思うが、結構撒き散らしながら見覚えがありそうでなさそうなこの道を、ズルズル体を預けながら壁を頼りに歩いていた。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ」
マジで、昔の俺って⋯⋯まさか天才?
どうやって生活していたんだ?
あちいから水も飲みたいし、臭ぇし、ベタベタだし。
何なんだよ全く。
「あ、あの⋯⋯!」
「あァ?」
そうして。
いきなり声を掛けられた。
乱暴に返事をしながら声の主へと振り返ると、そこにはオドオドしている俺と同じくらいの年齢のガキが立っていた。
肩口まではいかないが短髪でしっかりツヤツヤ。
手入れが行き届いているな。
そんでまぁ、顔の整っている奴。
多分クラスの女共からモテているのだろう。雰囲気が少し女寄りにも見えるが、胸板が薄いので多分違う。
そんで手にはビニール袋をぶら下げている。
多分、買い物の帰りかなんかだ。
ていうか、これが普通だよな?
と思っていると、
「あっ⋯⋯!ご、ごめん!」
何度も何度もペコペコしながら謝ってくる。
やべ。つい向こうでの癖が。
「おう、悪い。体調が良くなかったからついよ。どうかした?」
「え、えーっと⋯⋯。伊崎くん⋯⋯だよね?」
「あ、俺の知り合いか。すまん。ちょっとこの間から記憶が曖昧でよ」
「へっ? あっ⋯⋯い、伊崎くんって学校外だとこ、こんなかんじなんだねっ!」
こんな感じとは失礼な。
ていうか誰だ? 同じクラスのやつなのか?
「こんな⋯⋯? まぁ、普通だな」
「こ、これ──!」
差し出されたのは500のペットボトルだった。
誇りは一応あったつもりだったのだが、気付いたら蓋を開けて垂直に傾けて一瞬で飲み干していた。
「クッソ⋯⋯美味すぎんだろ」
若干長い髪をかき上げながら彼へと感謝を述べる。
「すまん。いきなり飲み尽くしちまった。今金はないが、いつか返す」
「うんうん!全然いいよいいよ! これ、遠くから伊崎くんが見えて──その──」
あぁ──。
「同情だとしても嬉しいさ。俺にも、まともな友達というのが居たようだな」
ぐぅぅぅ。
「え、えーっと⋯⋯」
「気にするな。こういう身体をしているからな⋯⋯っておい」
ガサゴソ漁ったと思ったら、中からパンを取り出してこっちに恥ずかしそうに差し出されていた。
「マジで大丈夫だ。そっちだって買い物の帰りなんだろ?親御さんに怒られるぞ」
「だっ、大丈夫だよ! 僕のお小遣いあるし!」
コイツは⋯⋯俺の友達なのか?
昔の記憶が思い出せん。
でも、どっかで見たことあるような⋯⋯
「た、食べないと僕が困ります!」
「すまんな。では頂く」
ものの数秒で、開けたパンは俺の胃へと消えていった。
「⋯⋯はぁ」
「す、凄い食べっぷりだね。い、伊崎くん、よかったら公園で少し話さない?」
「ん? そっちは買い物があるんじゃなかったのか?」
「いや、夏休みだし、それにお母さんもお父さんも⋯⋯家に居ないから」
首を振って少し儚げにそう言う。
しっかしまぁ、こういう子供がいると可哀想に見えてしまう。
「そうだったな。今は夏休みだ。子供は遊ばないと」
「ふふ、伊崎くんも、子供じゃん」
「ーーなぁ」
「ん?」
コイツ⋯⋯。
そこまで言いかけたところで、俺はそれ以上追求することをやめる。
「いや、なんでもない」
「えぇ~? どうしたの?」
「さ、早く公園に行こう」
身体、少しは調子が戻った。
これならもう少し酷使したところでなんともないだろう。20代でもあるまいし。
「伊崎くん──そっちに公園はないよ」
「⋯⋯⋯⋯案内してくれ」
歩き出している俺に苦笑いを浮かべていた。
そのまま彼の横に立っては、彼の案内で公園に到着した。




