魂の軍勢
懐遠自体。
化物としての話をするならば、華国の中で10本の指に入ると言われている。
武侠のような使い方をする彼らの中でも最高峰10人の拳であり、武人。
覇旬さえいなければ間違いなくその界隈では王の称号を得ていたに違いない。
相性が悪いぜ。
片膝をつきながら懐遠は荒い鼻息を漏らしていた。
ちくしょう。
その視線の先は、魔女⋯⋯メリダ。
この戦いはそもそもかなりの相性の悪さだった。
道士連中をこれでもかというほど倅の力で強化に使ったはずだが⋯⋯。
伊崎湊翔という化物の力によって、数字で言うところの10倍から20倍以上⋯⋯いや、それ以上の戦力の強化を行えた。
だがあのエロ女の足元にも及ばねぇ。
「やっぱり貴方が一番強いのねぇ?
私からすれば、あなた達と見ている世界が違うから全く困らなかったわ」
そう。あの女。
俺達の攻撃を全て見て避けていた。
恐らく反射神経や目の異能か何かをしているんだろう。
肉眼を超えている俺達の気術にも"見て""避け"ていた。
「⋯⋯へっ!
ずりぃよな!?道士はよぉ!」
アイツ、氣の量に制限はないのか?
アイツの戦い方⋯⋯それこそ氣を大量に消費して戦うってのに。
「あら、強情ね」
神聖力がグッと減っているわね。
途中で気付いたけど、オーウェンスとロイドの反応がなくなってるわ。
まさかねぇ?
私は神聖力を集めて維持出来るから何とかなっているけれど⋯⋯はぁ、やっぱり私がアメーロとこのやり方を反対した理由を理解していない人間たちから消えていくのね。
維持が出来る私と減少し続ける彼らじゃあそりゃ戦力に差が出るに決まってるじゃない。
というより。
一言漏らすメリダの目は細まる。
まさかだけど、この世界に私達が潰した能力者がいるのかしらね?
あの二人が万が一殺されたなんてパターン⋯⋯嫌だけれど相応の力を持った人間たちって事になる。
メリダの目には懐遠の後ろに広がる血の海。
浮いて、ただ魔導師として神聖力を操作しているだけで死にゆく武人たちを眺めるだけの簡単なお仕事。
「──早くした方がよさそうね」
隊長と陛下の戦力を削ぐわけにはいかないから。
指先に集められた神聖力。
買い物ついでに。という気だるさの入った一撃。
「懐遠さん!!!」
「⋯⋯ッ!?」
額から血が流れる懐遠は振り返る。
「天命在我の秘書?」
何?アイツら。
この男の知り合いのようだけど。
「大丈夫ですか!?
うわぁぁ!!
し、死んでる!?」
な、なんだよ!!
まじで死んでるじゃねぇかよ!!
石田の目には四肢が様々なやり方で取れている凄惨な光景。
思わず口を塞ぎたくなるものだが、そこは昔の経験が活きる。
「⋯⋯おう。
マジで死ぬところだったわ」
「懐遠さん、""コレ""を」
渡したその時。
""光の線が石田の瞳に映る""。
そして視界は高速で目まぐるしく映り変わっていた。
「な、何!?」
「おい!大丈夫か!?」
懐遠が必死の形相で駆け回りながら石田を抱えている。
「ふぅ⋯⋯ふぅ⋯⋯ふぅ」
何発も光の線が駆け回る懐遠と石田に向かっていく。
「アイツ、なんか急に化物みたいにブチ切れだしてねぇかよ!!」
「そこの男!!!!」
「は、はいぃぃ!!」
メリダは化粧が取れた化物のように捲し立てていた。
石田は自分にこれでもかというほど殺気が向かってきているのを本能で察して、返事を返す。
「いや、あれは嘘。
そんな訳がない。この世界に⋯⋯?
いや、なぜ──何故エリクサーを持っているの!!!!」
「え、えりくさー!?
こ、これのことですか!?」
「そうよ!!
それは伝説の液体なのよ?
それは錬金術師が人生を賭けて作る傑作よ!!
50年、下手したらその生涯を賭けて生み出されるモノよ!
この世界に⋯⋯あって⋯⋯たまるものですか!!!!」
ゼェゼェ肩で息をするメリダに、懐遠は色々繋がっていく。
もしかして⋯⋯?
滑りながら止まった懐遠。
倅⋯⋯いや、覇旬は⋯⋯この世界とは別の世界からの賢者?
「秘書」
「はいぃ!!殺さないで!!」
「ハッ⋯⋯殺しやしねぇよ、なんだ」
苦笑い浮かべながら抱える石田を見下ろす。
「めちゃくちゃ今怖いです!!」
だって俺、今殺されかけてんだもん!!
「そりゃ倅から貰ったやつか?」
「そうっす!!
俺は走って様々な要人にエリクサーを渡す係っす!」
ふっ、決まりだな。
覇旬自体存在がおかしかった。
産まれた時から莫大な氣を持って生まれ、何でも出来る⋯⋯そんな化物この世界に産まれてる訳がねぇ。
「寄越しなさい!!!!」
怒鳴りつけるメリダを他所に、飲み干す。
「べぇー」
舌を出して飲み干した事を見せる懐遠。
「下賎な呪われし民がァァァァ!!!
お前たちに必要ない!!」
ドクン。
っ?まじかよ。
体内の不要な物質が押し出されている?
「氣が戻ってる?」
ハハハハ。
まじかよ。
あの女が血相変えるのも理解できるぜ。
「くそっ!!
エリクサーなんて1000年以上生きてて手にしたのはたったの一度だったのに!!」
「1000年生きてんのか?化物じゃねぇか」
「黙れ下賎な呪われた民よ」
怒り心頭だな、あの魔女。
こりゃヤバイかもな。
「煽ったの失敗したかも」
「なんかあの人煽ったせいでめちゃくちゃキレそうですけど!?」
「わり、秘書──俺らが死ぬ確率も上がったかも」
「なんてこと言ってんすかぁぁぁぁぁ!?」
「石田!」
バン!と勢い良く扉から、合流する銀譲。
「アニキ!!今やばいかもっす!!」
⋯⋯人が浮いてる。
銀譲は棒立ちで理解不能な光景に頭がパンクしかけている。
「真壁銀譲、こんなところで何をして⋯⋯」
「ん?草薙?
お前はなんでここにいるんだ?」
後ろから遅れ気味に現れたのは、優雅に煙草を吸う困惑気味の草薙。
「何よ何よ⋯⋯エリクサーを取られて、呪われた奴らが集まってきやがって」
「おい、そこの二人」
「「ん?」」
「とりあえず、俺達はあの魔女相手にやれることはねぇ」
「どういう事だ?武人」
「アイツは魔法みたいなのを使って攻撃してくる。
銃を使える奴と肉体だけで戦う俺達じゃあまるで中世の騎士と現代の兵士だ」
「⋯⋯なるほど。
言いたいことは理解したんだが、お前達は塔の啓示は受けたか?」
草薙が問うと、それより早く石田が嬉しそうに言い出す。
「そうなんですよ!
伊崎さんまた変なことしたのかもっすよ!!」
「お前、恐怖でキャラが変わってねぇか?」
呆れ笑う草薙。
だが、その時。
「っ」
「「「⋯⋯っ?」」」
草薙がピクッと振り返ると遅れて三人もその異様な空気感に気付く。
「メリダ・ローズガー」
ありゃヤバそうだな?
片頬を吊り上げながら冷や汗を流す懐遠。
他も同様の反応。
「おい、草薙とやら」
「なんだ?」
「あれに勝てるか?」
少しの沈黙。
草薙は肩をすくめる。
「⋯⋯多分無理だな」
「だよな」
全員が見上げる視線の先にいるのは、黄金に燃える虎に乗って覇気をだだ漏れな状態で現れるガイルキム。
「隊長!二人は?」
「残念ながらな」
アイツら。
さっさと済ませれば良かったものを。
舐めてかかったな。
「先程陛下からお達しがあった」
「へ、陛下から?」
「あぁ。
もう間もなくゲートの設置が終わるそうだ」
ゲート?
懐遠は氣で強化した聴力で耳にする。
「おい、お前ら⋯⋯なんかヤバそうだぞ」
「なんか言ってたのか?」
「ゲートからなんちゃ──」
「「「「⋯⋯!!」」」」
全員がすぐにその単語の意味を理解する。
重苦しい重圧。
ヒトが抗う事のできぬ感覚。
全員から見える空間から、巨大な亀裂が走っている。
いや、裂け目と言うべきか。
「おいおい⋯⋯楽しそうなモンが開くじゃねぇか」
「草薙とやら。
冗談キツイぜ?
あんなん俺達が勝てると思ってんのか?」
「石田、あれは知ってるか?」
「俺何も知らんっす!!」
それぞれが言葉交わしている中、石田はここぞとばかりに思い出す。
「そうだ!!」
「「「⋯⋯?」」」
「伊崎さんから魔導具を預かってます」
石田が取り出したのは謎の黄金色の物体。
「へぇー倅がか?何だこれ?」
「時計?いや、中の炎が黄金色だな?
イケメンくん、これは?」
懐遠と草薙がその魔導具を覗き込む。
「なんか、俺の全勢力とかなんとか言ってたんすよね。
ていうかそうじゃないすか!」
「「「⋯⋯?」」」
「アニキ!
俺達、さっき向かう途中にここのビルに来るよう指示を受けたじゃないっすか」
「ん?あぁ」
「そもそもなんかこの魔導具を使う時はあの裂け目がどうたらって言ってませんでした?」
ーーお前らが恐らくこの魔導具を使う事になるのは、巨大な裂け目から魔物と邪悪な影が現れた時だ。
そう遠くない。
「⋯⋯あ、そうだったな」
「おい、じゃあ今使えよ!
俺達このままだと死ぬぞ!?」
抱える懐遠が必死に促していると、また光線が飛んでくる。
キュオ!!
全員が光線の光を察知した瞬間に飛び退く。
「っぶね!」
「いやァァァァ!!」
「秘書くん!静かにしろ!
てか早く使え!!」
「真壁銀譲、お前の右腕は緊張感がねぇな」
「アイツは頭がいいんだが、少々常識人でな」
「まぁ、ああいうのが地味にこういう場面で役に立つのが腹立たしいな」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ石田と促す懐遠を見ながら突っ込みを入れている二人。
東京上空。
裂け目の大きさがドンドン肥大していく。
「陛下はどうやら準備を終えたようだ」
ガイルキムが後ろの裂け目を指しながら言う。
「ですわね。
あの呪われた人間たち⋯⋯エリクサーを持っていました」
「⋯⋯何!?」
動揺するガイルキム。
それを頷きながら横目で見るメリダ。
「えぇ。
あの様子、恐らく一本じゃないと思います」
「最優先で捕まえる必要があるな。
首輪を繋げることは?」
その問いに首を横に振るメリダ。
「あいつら、何故か強いんです。
恐らく昔の産物でしょう」
「陛下が知らぬ世界はこれで"""最後"""だからな」
「えぇ。
今までの""地球""では""存在""しなかった勢力です」
そんな会話の後。
バキン!と裂け目から大量の魔物が砂粒のように流れ落ちていく。
「アレは?」
「陛下によれば、我らの世界の魔物だ。
特に、飢えた魔物をな」
ニヤリ顔で告げるガイルキム。
「あとはアレイスター様からの返礼品だと」
「返礼品?」
「どうやらコインを使用されているようだな」
「ねぇ、隊長?」
「ん?」
メリダは切実な表情で訊ねる。
「塔はなんとなく分かっているんですけど、塔って──」
「アレは関わるものではない」
「隊長はいつもそうですよね」
「本当の事を言ってるだけだ」
「具体的に教えてくださいよ。
意味が分からなすぎて⋯⋯」
「俺にも正確な説明ができない。
⋯⋯が、とにかくありえないくらい化物な連中が最下層に当たる住民で、100層からなる構造というのは知っている。
どうやら、話を聞くに、陛下のレベルで最下層なんだとか」
「陛下のレベルですって!?」
大きく見開くメリダの瞳孔。
「あぁ。だから説明ができんと言ったのだ。
実は俺もよく分かっていないんだ。
ただ、塔のウインドウで話した時──」
思い出すガイルキムの顔は真っ青。
「目の前に現れたら⋯⋯目も合わせられない存在である事は間違いない」
──そう発した時だった。
二人の視線は天を仰いでいた。
「なんだ?あれは」
「私も分かりません。
落雷⋯⋯?にしてはデカイような」
上空から見下ろす二人の視界には、巨大な落雷がいくつも降り注いでいた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
突如目の前には降り注ぐ落雷。
「何したんだよ秘書!!」
「知りませんよ!
ただ普通に押しただけなんですって!!」
押し問答の中、煙の中に人影。
「おい、誰かいるぞ」
懐遠が呟く。
目の前には、地球らしくないロングコートに近いローブを肩がけに羽織る一人の男が居た。
だ、誰?この人?
石田の目の前には、ローブを靡かせる一人の若い男が立っていた。
「⋯⋯あの」
「⋯⋯そうですか」
え?
なんか勝手に話を進められたんですけど。
すると、石田の方を振り向く。
「うおっ、かっ、カッケー」
銀譲程の体格。
そして、日本人離れした容姿。
「君たちが"""師匠"""の部下かい?」
「え?」
「ん?知らないのかな?
ケルビン・アルファル・ディア・アウグスベルファウス。
俺の師匠の名前だよ」
「あ、貴方は?」
「⋯⋯あぁ、名乗るのを忘れていたね」
「ラウンド大陸・アルセイム国、初代律拳公家──至律・ローマン・オルデ・アルセイム。
君たちからすれば、多分先輩ってやつかな」
物語の中にしか出てこない伝説の怪物が、今──4人の前に立っていた。




