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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
白波ホールディングス編

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華麗と暴威

 真壁銀譲(まかべぎんじょう)


 年齢は25。

 身長は194cm、体重109キロ。


 パッと見から言えば、人の皮を被った猛獣と言って差し支えないと言える。


 スーツを着ていても肉体の方で一際目立ち、歩くだけで周囲が無力化してしまう程のオーラと人望を備えている若い男だ。


 組に入ってからは、200名近くの部下を従える⋯⋯若頭。


 組織に入る前、後。

 彼は自身の人生において、明確な負けを知らない男だ。

 

 「ほぉ──これは凄い」


 「⋯⋯っく!」


 戦い方はいつも決まってる。

 食らいながら相手を倒す。


 このガキとはまるで正反対。

 コイツがもし無駄のない華麗だと言うなら、俺は荒ぶる獣か。


 

 ーードォン!



 「っ、これは──」


 自分と比較するなら、このガキの身長は170cm前後。


 そんなガキの足蹴がこんな威力だなんて。


 「回し蹴りか? テコンドーでもやってたのか?」


 「テコンドー?なんだそれは」


 知らないのか。格闘技や武術を知らずに使ってるのであれば──その潜在力は計り知れない。

 

 「まぁイイ。あまり期待はしていない。俺から両手を出させる事ができれば──お前の勝ちでいい。期間はない」


 「クソ生意気な」


 「⋯⋯おっ?」


 一気に詰めた事に驚いてるらしい。

 だが、コイツの蹴りを見ていれば、離れるのは危険だ。


 「拳を出さないからこんな事になる」


 ジャブに混ぜ込んでの──軽いローキック。


 だが。奴はその場で体勢を変えずに足先で少し後ろに飛び退き、浮いた僅かな時間で縦横無尽に脚を繰り出してくる。


 速い上に広い軌道力はムチ。

 嫌な場所を的確に狙ってくる繊細さと刃物みてぇな鋭さは剣。


 そして威力は重機、斧──と言えばいいか。


 なるほど。アイツらが負けるわけだ。


 威力はなんとなくわかってはいたが、実際に受けると感覚がおかしくなりそうだ。


 一発受けただけで──俺もかなりの衝撃だ。

 初見殺しと言ってもいいだろう。

 

 

 ーーブンッッ!!



 距離は僅かなのに、体の柔らかさもあるのか。


 それに体幹、筋量が並外れている。

 今まで見たこともない。 


 経験上、テコンドーをやっている奴らは伸びきらないところであそこまで維持が出来ないし、咄嗟に利き足を変えることなどできない。


 途中で蹴り方を変えたりなどのフェイント。

 威力。

 全ての動作を後出しジャンケンのようにやって来ることは段持ちでも難しいだろう。


 体幹でなせる技の極地みたいなものか。

 

 出来るだけ距離を詰め、ジャブやタックルの姿勢を取って牽制しようとするが、読み切ったように絶妙なところで僅かの隙間から斧さながらの足先が風圧と相まって頬を掠める。


 「──っ!」


 思わず唇に力が入る。

 こんな事は初めてだ。


 今まで何度も潜り抜けた喧嘩でこんな事はない。


 受けたら死ぬんじゃないかという恐怖。


 「三回も躱したのは"こっち"では初めてだ。加減してるとはいえ、中々やるな」


 神速とも言っていいサイドキックを避けた俺に、伸びきらない脚を戻し、嬉しそうに言い放つ。


 「加減──? 冗談だろ?」


 こんなので加減と言うならば、本気を出したら人が死ぬぞ。

 

 「依頼の対象者について何も調べてないのか?」

 

 「⋯⋯何?」


 地面を見て溜息をつき。


 「俺はまだ15だぞ?」


 「⋯⋯っ」


 信じられない。ガキとは思ってはいたが。


 離れたところで手当してもらっている周りの奴らも驚きを隠せずにいる。


 俺が15歳だった時ですら、こんなに強くなかった。


 「あまりやり過ぎると、筋肉と関節が持たん。最終的にはお前くらいになる身体だしな」


 ジャージについた汚れを払いながらそう抜かす。


 「"身体は"未完成だ。まぁそんな事はいいだろう」


 「そう──だなァ!」


 自分の事をある程度理解出来ている。

 奴は冷静に物事を判断するタイプだ。


 理論ではなく感覚で考える俺が苦手な人間。

 だからやれることは一つ。


 

 ーードンッッッ!!


 

 「突進か」


 「くうッッ!」


 懐に入る。


 まともに入った⋯⋯!

 これを15歳のガキが平然と出せるなんて!!


 奴の伸びきった踵を脇腹に貰う。

 だが──。


 「⋯⋯ッ。はは、なるほど。お前に最も向いている戦い方だな」


 脚を片腕と片足でロックした。

 

 ──ハァァァァ!!!!


 俺にできることは、一撃に全力を込めること。

 細かいパンチでも、大振りだろうと、なんでもいい。


 しかし、その一撃一撃に全力を込めること!


 そこまで動けないはずだ。

 そして。


 今までになかったこの感情。

 周囲にいる仲間達の姿を刻め。


 ──踏みしめる。


 足が折れても、腕が折れても、絶対に一撃入れてやる。


 化物相手というのは分かっている。

 ⋯⋯認める。

 お前は天才だ。


 強い。

 言い方から察するに昔からかなりの腕があったのだろう。


 今まで何処か喧嘩というのは楽しむものだと。

 闘争はそういうものだと。


 ⋯⋯そう思っていた。


 自分の滲んだ汗が踏みしめた衝撃で視界を泳ぐ。


 すぅぅぅぅ───。

 肺いっぱいに息を吸い込む。


 殺す。

 今までになかった感情。


 拳を固め、引く。身投げに等しい。

 この天才に長期戦は自殺への道へと行くようなものだろう。


 「その身に刻め──」


 ピクリと奴は何かに反応したが。



 ーーガァァン!!!



 咄嗟に奴は腕を交差させ──踏めしめた。

 だが、一撃入ったぞ。


 衝撃が骨の芯まで突き刺さる衝撃。

 ⋯⋯完全に入った。

 

 足がギリギリまで地を削る。

 それでも、崩れやしない。


 上半身をわずかに捻り折った膝は受け流すように軽い。

 とはいえ十歩以上は足元が滑った。


 肩口越しに、揺れる前髪の隙間。

 その奥にあったのは、驚きと──余裕。

 

 完全に入ったはずなのに。

 俺は何故か負けた気がした。


 「⋯⋯フフフ。お前──」


 手櫛で髪を後ろに流す。

 

 「イイな。悪くない」


 全身に悪寒が走った。

 距離を離している場合じゃない。

 本能的に悟った。


 全力で近付く。

 蹴られないように注意を払ったつもりだった。


 だが拍手一回もしない一瞬。


 

 ーードッッ!!



 「⋯⋯ッッッぐ!!」


 見えなかった。


 

 ーードゴォォン!!


 

 予備動作を見せず、奴の間にある空を切り裂く鈍い音が聞こえたと同時に、俺の顔は跳ね上がる。


 だが、死ぬ程ではない。



 ーーブンッッ!



 「⋯⋯なに──」


 

 ーードゴォォン!!



 音もせず、俺は地面に伏していた。

 今、何があった?


 「中々悪くなかったよ、真壁銀譲。こっちで見てきたどの人間よりも強かったよ」


 

 ーードゴッ!



 くそ⋯⋯やっぱり⋯⋯勝てなかったか⋯⋯。


 首を足先で切り伏せられた俺は、反抗することなくその場で落ちた。

 

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