【3話】何が災いの元になるのか知らなければ回避しようがない
テドンの町は、3メートルくらいの白い石壁によって囲まれていた。
カタラの森を抜けると、土を踏み固めた太い舗装路があり、それが真っ直ぐ町の中まで伸びている。ようやく人里に降りてこられたと実感できた。
「ダルクーズ分隊だ。はぐれオークの討伐任務を終えて戻った」
「ご苦労さまです」
門兵も騎士らしく、同じ鎧を着た男とレンゲスが挨拶を交わした。
「まだ日の高いうちに帰って来られるなんて、さすがですね」
「ふ、退屈な任務だったな」
そりゃだって、お前は何もしていないもの。
門兵は俺を見ても特に何も言わない。そのまま入町できてしまった。
後ろ髪を引かれながら通った門を眺めていると、ライナさんが「どうした?」と尋ねてきた。
「身体検査とか、犯罪履歴を調べたりはしないんだなと思って」
「別に怪しくないなら、そんなことをする必要はないだろう?」
「まあ、確かに」
「そもそも、こんな所で犯罪履歴など、どうやって調べるんだ?」
「例えば水晶玉みたいなものに触れて、犯罪者だったらそれの色が変わるとか」
「そんな便利なものがあったら、騎士の仕事はだいぶ楽になるな」
無いんだ。ちょっとワクワクしていたのに。
「入町税とかは?」
「入町税? 住民税ではなくか?」
「ではなく」
「行商でもしたいのか? その場合は許可証発行に手数料がかかったりもするが」
「一般人が、ただ町に入るための料金ですね」
「意味がわからん。商業的な理由で関所を設け、一般人からも通行税を取ることはあるが、見世物小屋でもなんでもない町に入るだけでいちいち税を取っていたら、誰も寄り付かなくなるだろう。あっという間に寂れてしまうぞ」
「ごもっとも」
いや、前の世界でも、隣町に行くだけで金を取られたりなんてしなかったけど。
なんだろう、この肩透かし感……。
ライナさんが言っていたとおり、かなり大きな町だとは思うが、行き交う人々の恰好や中世風の建築物を見る限り、やはり文明レベルの差を感じる。
その代わり、現代日本人が捨て去ってしまった他者との関りというか、そういう人の温もりが伝わってくるような活気に満ちている。
「普段から、こんなに賑やかなんですか?」
「来月頭に《竜鎮祭》があるからな。その準備のせいだ」
「竜鎮祭?」
「この国の守り神である黒竜を祀った祭事のことだが」
「その黒竜って、実在するんです?」
「お前、それは無知では済まされないぞ」
「さーせん」
「実在する。西の《ベイール山》を巣にしている古代竜だ」
「へえ、見てみたいですね」
オークがいるんだ。竜がいたって不思議はないな。
ただ、周囲を見渡す限り、人間以外の種族と思しき姿は見当たらない。
「エルフやドワーフなんかはいないんですか?」
「どうだったかな。竜鎮祭が近いし、何人か国賓を迎えているかもしれないが」
「あ、そういうレベルなんですか」
でも、いることはいるんだ。
「獣人とかはどうですか?」
「滅多なことを言うな。この国は奴隷制を認めていない」
つまり、獣人もいるけど、この国にはいない。
また、他の国では獣人を奴隷として扱っていたりすると。
獣人の身分が著しく低く設定されているのは、ファンタジー世界あるあるだな。
それはそうと、人の数だけネームプレートが浮かんでいるのは鬱陶しい。
オンラインゲームなんかだと珍しくない光景だろうが、現実だと違和感が凄い。
常に大量表示されていると目にうるさいので、オン・オフできたらいいのに。
なんて考えた瞬間、表示がパッと一斉に消えてくれた。
表示する・しないは自由自在らしい。
何度か試してみて、見たい対象だけ表示させられることもわかった。
「着いたぞ。ここがコーリン王国騎士団テドン支部だ」
「この国はコーリン王国って名前なんですね」
「…………」
ヘルム越しにも感じる「マジか、こいつ」みたいなライナさんの視線が痛い。
でもなぜだろう。そのリアクションが、そろそろクセになりそうだ。
いつか、ヘルム無しの生視線も体感してみたいところである。
建物の形だけは国会議事堂に似ているが、サイズ的にはその半分にも満たない。
開放されたままの扉をくぐると、施設のロビーらしく開けた造りになっていた。
その正面奥にあるカウンターへ、レンゲスたちがまとまって向かった。
俺とライナさんは、少し離れて待つことにした。
カウンターに座っている男は事務らしく、鎧を着ていない。
レンゲスが事務の男と短い会話をし、オークの討伐証明である牙を提出した。
その後、差し出された書類にペンを走らせている。報告書だろう。
五分程度で処理が終わり、レンゲスたちが本日の仕事を終えたとばかりに大きく伸びをした。
「ライナ、俺たちはこれから酒場で一杯やりに行くが」
「すまない」
「ああ、勘違いするな。誘ったわけじゃない。お前と飲んでも面白くないからな。明日以降の任務の段取りを、いつもどおりやっておけと言おうとしただけだ」
雑務を押しつけ、レンゲスたちは支部から出ていった。
ライナさんをハブにし、わははと楽しげな声が遠ざかっていく。
俺に至っては、目を合わせることもされなかった。
「さて、事務の者にクロイの話を通しにいくとしようか」
この扱いに慣れているのか、ライナさんには気に留めた様子もない。
声に気落ちのひとつでも含まれているなら慰めようもあるけど、本当になんでもないように振る舞うので、代わりに不満を言うことすらできなかった。
ライナさんが施設利用の申請を進めてくれている傍ら、異世界に来たはずなのに文字まで日本語に見えることを確認した後は手持ち無沙汰になり、きょろきょろと支部内を見渡してみた。
この国のシンボルだろうか。青い薔薇を中央に描いた旗が壁に飾られている。
下地が白なので、青薔薇が綺麗に映えている。いいセンスだ。
知っているか? 別の世界には、白地に赤丸しか描かない国旗もあるんだぞ。
鎧は騎士団の制服みたいなものなのか、事務の男以外は全員が同じ色形のものを身に着けている。貸与式かな。
だが、気になることがひとつ。
騎士たちは入れ替わり立ち代わり支部を出入りしているが、ライナさんのような女性騎士を一人も見かけない。もれなく男だ。
これについて、俺は特に何も考えず、そのまま疑問を口に出した。
「女性騎士って、少ないんですかね」
なんとなしに呟いた質問を、事務対応している男が拾った。
「少ない? 何を言っているんです」
「いや、周りの騎士が男ばかりだから、男女比に偏りがあるのかなと」
騎士の業務内容も様々とは思うが、現実的に考えたならモンスター討伐なんて、それこそ男の領分だと言えるだろう。
警察官みたいに、男女比が9:1くらいだとしても不思議はない。
と、思ったのだが、事務の彼は予想外なことを言った。
「女性は騎士になれませんが?」
「どういう意味だ?」
「言ったとおりの意味ですよ。騎士の資格項目にも『16歳以上の男であること』と明記されています。危険を伴う仕事ですからね。仕方のないことだと思います」
「だったら、ライナさんは?」
名前を出すと、なぜかライナさんが「ク、クロイ!?」と慌て出した。
「あ、わかりました。ライナさんは男にも勝るほど強いから、女性だけど例外的に騎士の資格を与えられているとか、そういうことですね」
「クク、クロイ、お前、どうして、あの、待て、それ以上は!」
「謙遜しないでくださいよ。男か女かなんて関係ない。俺の命をオークから救ってくれたのは、まぎれもなくライナ・レオブランカという女性騎士だ。あいつらよりライナさんの方が、よっぽど騎士としてカッコイイと俺は思っていますよ」
俺が誰かをここまで褒めることは滅多にない。
異世界で初めて出会えたのが彼女で、本当によかった。
感謝の気持ちが少しでも伝わってくれればと、俺は珍しく言葉に熱を込めた。
加えて、分隊連中から冷遇されているライナさんをここまで評価している人間がいるということを、建物内にいる全員に聞かせるつもりで声を大にしている。
きょとんとした顔で俺を見ていた事務の彼が、ゆっくりとライナさんを見やり、また俺に戻って、再度ライナさんを見て、と視線を何度も往復させた。
「……女性?」
「い、いや、違うんだ! こいつとはさっき会ったばかりで、自分は違う世界から来たとかおかしなことを言うし、妄想癖があるみたいで!」
「ライナさん、その点について信じてもらうのは難しいと俺も思っていますけど、今言ったことは全部本心です。騎士としての在り方に誇りを持ち、目標に向かって努力する貴女のような女性を俺は心から尊敬します」
「止まれ! それ以上は言うな!」
「じゃあ、最後にもう一度お礼だけ。今にして思えば、ふとした時に見せてくれた気遣いにも女性的な優しさがあった気がします。ライナさん、改めてありがとう」
「頼むから、お前はもう喋るな!」
謙虚な人だ。
まだまだ言い足りないが、このくらいにしておこう。
俺の熱弁を真面目に聞いていた事務の彼が、おもむろに席を立ち、早足で廊下の向こうへ消えていった。しかし、女性を伴って、すぐに戻ってくる。
現れた女性も鎧を着ていない。彼と同じ事務職員だろう。
この後、あれよあれよという間にライナさんのセックスチェックが行われた。
彼女はずっと「違う! 違うんだああああ!」と叫んでいた。
それからしばらくして、俺とライナさんは建物の外に放り出された。
どうも、彼女は性別を隠していたらしく、女性であることが発覚したため直ちに騎士の資格を剥奪。騎士寮も即強制退寮と相成った。
ヘルムはライナさんの自前らしく残されたが、支給品の剣も鎧も没収された。
ついでに、俺の宿泊の件も流れてしまった。
すべて俺の不用意な発言が招いた結果だ。
「ライナさん…………申し訳ない」
「申し訳ないで済むかああああああああああッ!!」




