9 今日まで、耐えたものたち。
これから伏線とか回収してまいりますぞー。
大事な話があるとアンドリューに改まって言われて、リリアラはとうとうその日が来たと、胸を高鳴らせた。
嗚呼、三年。
耐えたこの想い。
アンドリューがとうとう、リリアラに許してと――待たしてごめんと、言ってくれるのだ。
……が。
呼ばれたのはリリアラだけではなかった。離れの別館から両親も呼び出された。
いや、ことあるごとに本館には来ているから、今更感はあろう。
アンドリューは決してリリアラと食事を共にしていない。
ならばリリアラは誰と共にしているかというと、主に両親と、だったのだから。
両親にも辛い日々をおくらせたことを謝ってくださるのかしらと、リリアラはさらにアンドリューの愛に感動していた。
辛い日々。
社交界にもいけず、茶会もろくに開けず。
新しい、流行のドレスも、宝石も、無くて。
アンドリューから贈られるものは――冷たい視線だけ……。
アンドリューは全員そろっていると、話し始めた。テーブルにあるお茶はアンドリューの執事であるマリスが入れたものだ。彼は絶対に、マリスが用意したものか、確認したものでなければ口にしないと、この三年間で。
ホンス家の料理人には悪いと思う。彼はまた、大事な婿さまとお嬢さまに何てことしやがると、リリアラたちを怒っている側だから、なおさらに。それでも三年前にプリシラについて行かず、ホンス家に残って手伝ってくれているひとりだ。ありがたいことに。
彼は自分の料理を毎回確認される、料理人としての屈辱も、耐えてくれた。
自分が用意していた寝酒に、変なモノを混ぜられた怒りが――ある意味、当時の使用人で一番怒っていた者だった。料理人として、酒をはじめ口にする様々なものを仕入れて、作っていた責任者としても。
あの夜に、それまでアンドリューが好きだと褒めてくれていた彼の仕込んだハーブ漬けの果実酒のお湯割り。
ホンス家の仕事を手伝いに来てくれているアンドリューがお疲れ気味と聞いて、よく眠れるようにと心を込めて。
というのも、ホンス家の領地の特産の一つに葡萄と梨がある。他にも果実園もいくつか。
その果物を使ったものを味見するのも主としての役割だろうと。アンドリューも料理人達が工夫して、ときに研究しているものを大事にしてくれていた。プリシラももちろん、同じように。それらも売り物になればまた、領地に還元できるのだから。
心づくしの温かい寝酒を取りに来た馴染みの使用人が、まさかそれに。
ハーブ入りであったために、薬の匂いも紛れたのだろうと聞いて、彼はアンドリューに土下座した。
料理人が悪いのではないと、アンドリューはむしろ彼がプリシラを大事にしてくれる人間であったことを、安堵してくださった。プリシラに味方がいたことに。
けれども、アンドリューはもう二度と、寝酒は飲めないという。
好きだったものが。
「君には良くしてもらったのに、申し訳ない」
むしろ巻き込んですまないとすら。
もしリリアラたちが非道をしなければ、彼は良き主人とその夫に、これからも料理を喜んでもらえただろう。
己の仕事を汚された。その恨み抱えて、三年間。
彼が残らねば、新たに雇われた料理人がアンドリューにまた何かしでかすかもしれない。その為に。
「やっと、終わるな……」
彼は耐えた日々が終わるとため息を。
いや、むしろ今から始まると、片付けた調理室で彼は静かに。
今日まで、耐えた。
彼の他にも同じくな使用人たちがいた。彼らは本館と――今は、エルブライト大公家に。
だから別館にいる使用人たちは――三年前にリリアラたちに協力したものたちだ。
両親に愛され優遇される、鮮やかで美しいリリアラに仕えることを良しとしていたものたちでもある。
そう、リリアラが伯爵家を継ぐならば、彼女に付いた方が甘い汁が吸えると判断したものたち。
彼らの中には薄々と、どうして別館に配置になったか気がついている者もいた。だが、ホンス家の使用人を辞めたくても、次への紹介状を書いてもらえたかどうか。紹介状を書いてもらえたのは――紹介状を準備されているのは、アンドリューたちが捜査して確認した、あの夜にかかわり合いがなく、そしてプリシラに忠実であったものたちだけだ。
そう、薄々と。紹介状を書いてもらえなかったものたちも、友人知人といった、また使用人たちの繋がりがあるから、薄々と気がついていた。
紹介状のないホンス家の使用人は、公爵家の子息に毒を盛った一味である――と、今や貴族の間では。
まさかアンドリューが、公爵家がそんなことを公表するとは思わなかった。
そんな復讐をされるだなんて。
彼らもまたアンドリューに、その家族たちに憎まれていた。
彼らはまた怯えながら、三年間。
どんな罰を受けるのか怯えながら――耐えた。
主であるホンス家の三人が、どうしてそんなにもアンドリューの心変わりを――リリアラの鮮やかな美しさを信じているのか、首をかしげながら。
そしてアンドリューはとうとう終わらせる日を迎えた。
「本日で、三年経ちました」
「……え?」
リリアラはハッとした。
そうだ、今日はリリアラたちの結婚記念日。
昨年までは祝うこともなかったから、アンドリューはそうしたことに興味のない方なのだと、思っていた。
だって誕生日も、他の記念日も、何もなかったから。
でも、リリアラが彼の――彼らの妹であったときは、毎年誕生日は祝われていた。それも家が苦しいからよねと、健気なリリアラは我慢してあげていた。
「そうですわ、今日はお祝いを――」
ぱっと顔をほころばせて言いかけたリリアラに、アンドリューが先にそれ出して遮った。
「ここに離縁状を用意してあります」
この国では貴族の婚姻は神殿と王家に誓うことになるから、その両方に提出するように。
「り、えん……じょう?」
「そうだ」
リリアラが繰り返した言葉に、彼は律儀に頷いた。
「三年経った。子どもができなかったから、離縁が許されます」
それは国の法にある。
離縁の理由が、例えば白い結婚ならば。
二年間、何らかの理由により子を作る交わりもないならば――妻が交わりがなかった証として、処女のままだと何らかに証明できれば、男女どちらかによる有責によりても離縁を認められる。
そして結婚より三年経ったとして子ができなかったときも――それを理由に離縁が許される。
それは、跡取り問題がある故に。
貴族の――国の系譜は、血筋にあり。
跡取りは、縁故より何より、血縁関係が優先されるのだ。
かの薬もその為に開発された背景がある。
「それにより、私はリリアラと離縁します」
説明されて、リリアラたちは愕然とした。
何故ならば、子ができないのは――アンドリューのせいなのに。
「そ、そんなのひどいわ……私は……」
ひどいのはどちらか。
それを内心でつぶやいたのはアンドリューの背後に控えたマリスだった。だが彼は公爵家仕込みの優秀な執事である。表情にも出さない。
もしもリリアラが処女であれば、まだ二年間で済んだものを。
そもそも姉の許婚を考えなしに寝取るから、こんなことになっているのだ。
表情には出さないが、内心では確かにひどいことを、彼は罵っていた。
「いや待ちたまえ。ホンス家の血統は……」
さすがにそれは理解していたか、ホンス伯爵が拒んだ。
「跡取りはリリアラだ!」
そう、ホンス家の跡取りは、伯爵の子はリリアラであり。形式にアンドリューが婿としてそれを継いでいるだけ、だ。
リリアラの婿として。彼は伯爵位を手に入れたのだ。
「乗っ取りだ……」
まさかそのためにリリアラと結婚を!?
ざわっと、伯爵と夫人と、リリアラ。そして館にて聞き耳をたてていた使用人たちが。気配が。
「乗っ取りだ! 伯爵家はこのリリアラが――」
さすがに彼に伯爵家を任せていたとしても、それは許さないと怒ろうと――。
「ええ、次のホンス伯爵はリリアラのままですよ?」
その前にアンドリューが続けた。
「誤解なきよう。離縁されるのは、私だ」
他所様のお国の制度は解りませんが、お話の都合上、この国の白い結婚や離縁システムは、このように致しました。
そりゃ、使用人さんとかもいろいろあるよねぇ…と、いう回。
何人か首を切ったふりして移動したりして、公爵家からもマリスの他に何人か助っ人に来ているし…ひっそり、別館にも何人か潜り込ませていたり。




