5 かわいそう、は…。
アンドリューに憎まれているのは当然だった。
リリアラはそれをじわりじわりと実感していった。
初夜の夜はリリアラは難しい話に混乱して――一晩眠ったら、あれは結婚式の疲れが見せた悪い夢、だと……そのまま、なんと布団を被って眠った。
それは現実逃避より、思考放棄で。
そして次の日――何もなく次の日が来たことに、ようやく夢ではなかったと、青ざめた。
悪い夢はアンドリューがこの一ヶ月見たものだが。
疲れ果てていたのは彼女に振り回された周囲こそ、だったのだが。
アンドリューは別の部屋、すなわち彼の部屋で眠ったらしい。夫婦の寝室から振り返ることなく出て行き、続きの彼の部屋側の扉をガチャリとしっかりと鍵をかけていた。
そして初夜は終わった。無事――何もなく。
そうして。
蜜月などというものがあるわけでなく。
次の日、朝食すら――その後、一度も。
両親は別館にて過ごしていて。
むしろ気を遣ってゆっくりと昼近くに会いに来た。
姉はその前に仕事があるからといつも通りの時間に執務室に来た。
そう、しばらくは姉は別館から通いで仕事をすることになっていた。
アンドリューとともに。
「お姉さまは……お姉さまは、ちゃんと、部屋に……? 本館には、アンドリューさまのところには……来ていなかったのよね……?」
リリアラの様子に、そして言葉に。
「アンドリューさまも、別館には、お姉さまのところには行っていないのよね……?」
初夜はなかったのだと、誰もが理解した。
そして――姉はきちんと、その夜を別館で過ごしていた。
証人はそれぞれの使用人たちと、リリアラたちの親。
本来リリアラが住むはずだった部屋は、別館の一番日当たりが良く見晴らしも良い部屋だった。それはそのまま、入れ替えでプリシラの部屋になった。両親はその部屋の近く、またその親が住まうはずの部屋に移っていて。
互いに近い部屋にあり、もしも誰かが訪れたら気がつく間取りであった。
アンドリューは自分の寝室から出ていないし、プリシラもおなじく。
もっとも別館から本館に来るまでに使用人に会わない方が難しい。その上、さすがに両親は念のため、プリシラが別館から出ないよう、出入り口に使用人たちを控えさせてもいた。
だからプリシラが夜に出ていないし、アンドリューも訪れていないから、無事に初夜――初めてではないが、行われたと、愛しい娘の願いが叶ったことを喜んでいた。
次の日の、その状況まで。
――アンドリューの身に起きている状態を改めて聞かされるまで。
それまで。何より恐ろしいことは。
リリアラをはじめ彼らには、悪意が無かったことだ。
プリシラよりリリアラは鮮やかで華やかで美しい。甘え上手は愛らしさで、癒しである――と。
それが何よりだいじなことだと。
それだけで何でも許されてきたから。
悪意が無かったから、今回のことも――悪いことだと、思いもしていなかった。
むしろアンドリューは祖父が決めた地味で面白味がないプリシラとの婚約がなくなり、そうしてリリアラと結婚できたことを喜んでくれるとさえ、思っていた。
許されることだと。
――憎まれることだとは思いもしていなかった。
「今日もアンドリューさまとお姉さまは……一緒にいるのよね……?」
式より三日目。
リリアラは手にしていたレースの編み目を間違えて、ふと時計を見た。
もうすぐ昼食だ。
でも、アンドリューがリリアラと食事を共にしたのは、この三日間、一度もなかった。
忙しいから執務室で簡単に取っていると――呼びに行ったときにも、そう返事をされた。
本当に今は忙しい。
だからプリシラも手伝っていた。
本当に仕事が、プリシラが必要な仕事がまだ、たくさんあったのはリリアラたちも理解していた。
以前見せられた帳簿が赤字から、少しずつ回復してきてはいると家令からの報告もあって、父はほっとしていた。それを母とリリアラも聞いて、もう少ししたらまた買い物ができると喜んで。何せ金不足で新婚の祝いは旅行も何も、できないと言われてしまっているし。
同じ男として、アンドリューの機能不全に、父は何かしら申し訳なさを感じているのか、少しばかりおとなしくなった。
それは伯爵家の仕事を婿に押しつけている後ろめたさも出始めたのか。プリシラであれば頭ごなしに命令できていたが、アンドリューには公爵家という後ろもある。
そう、なんとアンドリューはすべてを明らかにした。初夜が行われなかったことを「どうしてだ!」「リリアラがかわいそうだろう!」と、怒ろうとした両親に「どこがかわいそうなんだ」と――すべて、自分たちの行いのせい、だと。
かわいそうなのは――アンドリューだ。
それをホンス家の皆は、ようやく。
「だから、責任をとって結婚しました」
それは様々な意味を今は持つ。
リリアラを傷物にした責任。
こちらがアンドリューを不能にした責任。
あの薬がそんな大変な薬だと知らなかった無知よ。無知による罰。
罰は――つまり、リリアラには……。
フェアスト公爵家も、婿にやるつもりであったがそれでも大事な息子に毒を盛った責任をとってもらう腹積もりであると、アンドリューから告げられた。
本来であれば、跡継ぎを作れないものを婿入りさせるならば問題が起き、婿入り先に何かしら詫びや代わりに良い条件などの提示があるはずだ。
だが。
やらかしたのはこちら側。
あの式の最中、フェアスト公爵家の皆がいっさい笑顔なかったことに、ようやく……遅い。
けれども。
「領民には何にも罪はない」
ホンス家のすべて。
本来であればプリシラに渡るはず――が、不幸にもプリシラが成人する前に前伯爵は亡くなってしまった。
なので仕方なくではあったが、プリシラたちの父が継ぐことになった。
まあそれは順当にいけばプリシラに爵位は渡るはず――それを。
アンドリューとプリシラは、諸々を飲み込み、領地の仕事をしていた。
婚姻前からのように――本来の通りに。
でも。
だとしても。
――それがリリアラには許せなかった。
悪気無かったのがたち悪いです。
彼らが何でそうなったかも、理由はまた後のお話に。
次回はまた虎の尾っぽ踏み踏み再開です。怖や怖や。




