38 馬と果実酒。2
「あの子の方が、ジュリエットより乗馬が上手かったのよ」
あの子とは。
ルーカスとエドワードが顔を見合わせる。
誰のことだろう。
ネイズ子爵家の従姉妹のことだろうか。彼女も自分たちと同じで婚約者探しに困っている。ホンス家の縁あるものとして嫌厭されるのだ。
――数年後に彼らの姉が払拭するまで、まだまだ苦しい立場にあった。
やっぱりプリシラのことだろうか? 才女の彼女は乗馬も、やはり?
孫たちの様子に、ジョアンナは苦笑した。
そして哀れにも思う。
こうして思い浮かべてすらもらえない「あの子」もまた、彼女の孫にかわりないから、情はある。
「リリアラのことよ?」
案の定、その名前に孫たちは驚いている。ルーカスなどは鞍から落ちかけた。
「そんなに驚かないであげて?」
「は、はい」
確かに失礼だよなと、慌てて二人は姿勢を正す。お馬さんもぶるりと身をふるわせて、自ら上の荷物の位置を直したくらい。
ジョアンナの実家が馬具作りに関わることもあり。
そちらではその馬具の試作や確認のためにも、広く乗馬ができる設備が整っていた。
ジュリエットが辺境伯家の跡取りのオスカーに見初められた場所だ。
当然というべきか。
プリシラとリリアラも、ジョアンナの実家に訪れたことがある。
ホンス家の皆はジョアンナが嫁いで来てから、ホンス家の領地で乗馬を習うより、先にそちらで習うこととなっていた。
「プリシラは馬の高さにはじめはおびえていたけれど、リリアラはすぐに慣れて……馬もかわいがっていたわ」
リリアラは根は悪い子ではないのだと、ジョアンナや叔父たちが見捨てなかったのはこうした過去もあるからだ。
動物は、ときに人間以上に人間をみる。
「……素直な子だった」
けれども、素直すぎて父親の偏りを、拘りを。そして母親の間違った「妹」像にも、素直に染まってしまった。
リリアラは両親の可愛がりにより祖母の実家にはあまり寄らなくなってしまったが、それでも一時見せた才能を、この同じ才を持つ祖母は忘れなかった。
だからこそ彼女は、伯爵位を継がねばならなくなったリリアラを助けたくて家に戻ったのだ。
結局はそれはリリアラが苦しみ、壊れる結果になったのが悲しみでしかない。
あの期限の中で、リリアラが――いや、リリアラを本当に愛してくれる者が見つかったら良かった。けれども世の中はそんなに甘いはずがない。
リリアラは今はホンス家の領地の隅にいる。
その村はホンス家の果実酒作りにも関わっていないから、リリアラのせいで領地が危機にさらされたときに影響をあまり受けなかった村だ。
ホンス伯爵領のお荷物な村に、お荷物なものを押し付けることで、村に便宜をはかる――そんなやりとりのはずが。
リリアラがその村で無為に暮らして行くだろうと誰もが思っていた。
それが彼女の罰で、ホンス家の皆が彼女の存在すらやがて忘れるだろう……――。
けれども、その村がまさかホンス家の大切な酒の販売に。その一端を担うことになるとは、誰が思いもしていなかった。
そのきっかけが、中心が、リリアラであることを。
それはまだ数年後の話。
今はこのエドワードがホンス家を継ぐために大変で。
果樹園を見廻った彼らは、肝心の酒の蔵に訪れていた。
そこで、とんでもないことが判明する。
今年の新酒だと、味見を蔵人たちから勧められ。
この国では皆が酒に強い。ときに水の代わりにされるほどに。戦場にも持たされるし、冬場は暖の代わりにも。
だから、飲酒も許される年齢も若い。そろそろエドワードも……と、いうわけだったのだが。
「……はれ?」
果実酒を。
あまり度数の高くないそれを。
御婦人方にも好まれ人気で、渦中でも根強いファンによりホンス家を助けた、それを。
「ちょ、え……?」
「エドワードぉ!?」
「わ、若様ぁ!?」
「嘘だろ、一口……いや、一舐め……」
「あわわ……」
まさかまさか。
エドワードはこの国では何百人に一人の――下戸であると。
酒が名物の領地の。
後の主が下戸であると解った瞬間だった。
味見用の小さなグラスを手にしたままひっくり返った弟に、ルーカスは「やっぱり僕がホンス家を継いだ方が」と本気で悩み。ジョアンナは凛々しいお姿のまま、黙って残った酒を飲み干しなさった。遠い目をしているのは、仕方なく。
まだまだ、ホンス家の先は大変そうだ。
何年か後。酒好きな女性がエドワードの妻になってくれたというが――ホンス家はまだまだ、波乱万丈だった。
お酒好きでも体質で飲めないのは日本人には多いけど、海外ではその逆で、日本人が飲めないと言うとびっくりされることもあるそうで。
お酒のチェイサーにまたお酒を飲む国もあるそうで、これは私がびっくりしました。




