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「だから結婚は君としただろう?」  作者: イチイ アキラ


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37 馬と果実酒。1


「やっぱり、馬は良いですねー」

「ルーカスもエドワードも、乗馬が上手くなりましたね」

「お祖母様にはまだまだ負けますぅ……」


 ホンス家の主な収入は果実酒だ。根強い愛好者がいてくださって、醜聞の最中も後も、なんとか。

 だから領地は果樹園を主としている村が多く、領地を見て回るのに適しているのは、馬となる。馬車は果物優先。

 今日、ルーカスとエドワードの兄弟は、祖母のジョアンナに連れられて領地を見て回ることにした。体験学習だ。


 乗馬服姿の祖母は凛々しいというその言葉がまさに似合う。亡き祖父が惚れた姿だと孫たちも憧れを。

 祖父たちと同世代のエルブライト大公が、孫がジョアンナ似であることを自慢しているのもさもありなん。

 ルーカスとエドワードはジョアンナの黒髪を受け継いではいるが、顔立ちはどちらかというと母親のジェシカ似――祖父のクリストフ側。女顔とからかわれた祖父の苦労を彼らもだ。

 そんなもう一人、同じく母親似の姉のジュリエットは先頃、かねてからの――騒動のときも守ってくれた婚約者と結婚式を挙げた。ジュリエットのみ、父親のソーン伯爵と同じ淡い栗色の髪だけれども。


 入れ替わりのように――リリアラが社交界から消えた。

 リリアラは期限の六年を待たず、若くして隠居することを選んだ。

 離縁より二年半、頑張ったが良い再婚を望めず、彼女は自分が伯爵家にしがみつくのは良くないと、後見である叔父たちに自ら申し出た。


 申し出ることができるくらい、リリアラもようやく現状を理解できるようになったのだろうか。


 祝賀会に参加したあと……彼女は何かしら折れたようだった。ぽっきりと、枯れ枝のような雰囲気に。

「もう、休ませてあげよう」

 叔父たちがそう思うほどに。アンドリューももう許してくれるだろう。

 そうして従兄弟になるエドワードに、ホンス家が押し付けら――まぁ、任されることとなった。

 エドワードはまだ十四歳。もうすぐ十五だから学園の進級前に進路がはっきりしたのは、リリアラにしてみたら良いタイミングでもあった。

 おかげで受ける選択科目も、領主コースとなる。本来次男であれば受けることもなかったから、大変。


「っていうか、やっと怒ってるて気がついたっていう、プリシラさんも、ちょっとアレだったけど……」


 結果、トドメを彼女が刺してしまったのだけど。


 祝賀会で何があったか。

 ようやくの姉妹対決だ。

 やはりプリシラも何処かしら、歪んでいたのだろう。

 遅すぎるぅー、と話を聞いたこの年下の従兄弟のルーカスたちはため息をついた。「自分たちは仲良いよね?」とそわそわしてしまう。

 こうしてホンス家の見学に弟を心配してついてくるくらいだから、ルーカスは良いお兄さんであるのだが。

 ソーン家は安定しているし父も、ソーン家の先代伯爵の祖父も健在だから、ホンス家の立て直しを手伝う方がルーカスの勉強にもなると、父親たちも喜んで息子二人ともジョアンナに預けることにした。

 ジョアンナに乗馬も教えてもらえて一石二鳥。

 おかげで兄弟も乗馬の腕前が上がって、学園に戻ったときにはクラスメイトに自慢できるくらい。


 乗馬好きは遺伝しているのか。

 実はジュリエットの嫁ぎ先は辺境伯家だ。

 ソーン伯爵家ほどの家格あれば辺境伯家にも釣り合うが、辺境伯家の跡取りのオスカーがジュリエットにベタ惚れであるからこそ叶った縁組でもあった。


 ジュリエットの乗馬姿が神々しかったそうな。


 ジュリエットは幼い頃から馬が好きで。これは祖母似であるとジョアンナを知る人は頷いて。

 だから彼女は祖母の実家にもよく訪れていた。そちらは軍馬の馬具作りが家業であり、ソーン家よりも馬に関われたからだ。

 そして辺境伯家は馬具を注文しに訪れ、将来のために跡取りとしても連れられてきていた幼いオスカーは、また幼いジュリエットに一目惚れした。


 自分より、遥かに巧みに馬を操る美少女。


 辺境伯の跡取りとして鍛えられている自分より、と。

 話せばその朗らかさもなんて好ましい。馬に好かれるということは、それだけ良いひとの証でもある――と、辺境の脳筋な偏りもあったが。まぁ、間違いではない。

 それよりもいざ馬から降りたら、伯爵夫人仕込みの淑女である。それは元はフェアスト公爵夫人も太鼓判を押す、ホンス伯爵夫人仕込み。

 ギャップにもやられた。主に心臓を。貫かれた。

 そこから彼は、無骨ながらも頑張った。

 遠い辺境伯領から、何かの折にはこまめに通って。

 それはかつての己を見るようだと、ソーン伯爵も複雑そうだった。ホンス家のジェシカに惚れて――かつて、逢えないさみしさに義兄に絵姿を描いてもらった記憶だ。

 けれども一途なオスカーのおかげで、ジュリエットは身内の醜聞もあったというのに、幸せに嫁いで行った。

 ルーカスもエドワードも、オスカーのことは義兄としても男としても尊敬している。彼はこれからも姉を、絶対に守ってくれよう。


 まさかそんなジュリエットが数年後にその愛の恩返し――辺境伯夫人として、国を護って伝説になった。

 彼女の活躍に、ホンス家の醜聞さえも払拭を。


 辺境伯家の役割は、国の護り。

 その日、隣国からの布告なき襲撃が起きた。

 辺境伯家はオスカーへの代替わりの祝いの宴で――その隙をつかれた。


 オスカーや辺境伯、その夫人も戦場に向かう。

 その隙をこちらもついて。

 ジュリエットは単騎、宴のドレス姿のまま、王都へと急報に向かったのだ。

 一分、一秒を争う。

 辺境伯家で一番早く馬を走らせられるのが、なんとジュリエットであったのだ。

 辺境伯家で行われる競技会優勝者が、まさに彼女。

 ジュリエットは途中で馬を変えるときに順に担保としてドレスを、身につけていた耳飾り首飾りを――オスカーから贈られた指輪を。

 そうしてはじめの馬を貸してくれた農家の息子が、馬とともに譲ってくれた動きやすいが見窄らしい姿で、彼女は王都へ辿り着いた。

 辺境伯家の紋章だけは手放さず。


 そうして彼女は間に合った。王都より急ぎ送られた援軍は、辺境伯家の跡取り――オスカーが敵将と一騎討ちをする場に間に合った。

 辺境伯家が押し返していた状況ではあったが、相手が諦め逃げる決め手となったのは王都からの援軍だ。辺境伯家と王家の仲の良さが、こうしたところで功をなした。

 そうして、国に大きな被害を出すことなく勝利を得られたとして――ジュリエットの活躍が讃えられた。

 馬を貸した家々は国より改めて褒賞を与えられた。代わりにジュリエットの身につけていたものは返却された――ドレスと指輪はジュリエットに返された。

 が。

 耳飾りと首飾りは、この勝利の証として、国により高額で買い上げられ記念に展示されることとなった。


 それは由緒正しい品でもあったから。


 かつてシーズリー侯爵家が、ホンス家に嫁ぐジャクリーンへとあつらえた一つ。

 揃いのサファイヤの耳飾りと首飾りは、ジャクリーンから嫁のジョアンナに譲られた。

 ジョアンナはそれをソーン伯爵家に嫁ぐジェシカに譲り――それはジャクリーンのひ孫のジュリエットに。


 かつてジャクリーンは身体の弱い息子に嫁いできてくれたジョアンナに感謝していて、自分のアクセサリーはすべて彼女に譲るとしていたのだけれど。

 まさにひとつひとつ、想いが込められていたから。


 まさかそれが廻り廻り、国の宝とされるとは思いもしなかったろう。


 それは「護国の青」と謳われるように。


 その国宝に刻まれたイニシャルがJとあり、国にその頭文字を持つ女の子が増えたのもまた後の話となった。


 


 けれども今はまだ平和。

 数年後にソーン家より兵を率いて救援に向かうこととなるルーカスものんびりと、祖母たちと姉の結婚式のときの話をしながら馬に乗り……ジョアンナから驚くことを聞いて鞍からずり落ちかけていた。


「あの子の方が、ジュリエットより乗馬が上手かったのよ」


 と。


 

 

 

 終幕に入りました。

 イニシャルを繋げたかったのはこの為に。伏線拾い拾い。馬とイニシャル。

 …本当はプリシラに受け継がれるはずでしたが、クライスとマリエッタに任せては価値があるのは危険と思われ、ジョアンナさんはジェシカに譲られました。名前も想いも、息子には続きませんでしたから。

 でも結果、ホンス家の醜聞を吹き飛ばしたのは――その同じ血の流れにあったジュリエットでしたとさ。(名前について来れたかな?(鼻歌歌いつつ)


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